SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

お皿の魔神 ( No.93 )

日時: 2017/07/19 19:49
名前: タルキチ

「寂しいと思う事はありませんか。
 誰も分かってくれないと思いませんか。
 誰かを特別に思う事がありますか。
 誰かに特別に思われる事がありますか。
 自分が好きですか。
 自分を誉めてあげていますか。
 自分の長所を答えられますか。
 自分は大切な人間だと思えますか」




 夏は嫌いだ。
 湿度と汗で張りつく服、湿る肌、やたらと乾く喉。なにより暑い。風も生ぬるく、視界はたびたび熱に揺らぐ。四六時中湯船のなかを泳いでいるような気分になる。町全体、いや、もっと広い範囲だ。出口がない風呂場。なんて恐ろしい場所だろう。
 自室のエアコンの冷気で生き返ると、もう一度外出しようという気持ちなどたちまち失せる。
 どれだけ世間さまに後ろ指を指されたって構わないから、夏の間は私を引きこもらせてほしい。

「疲れた……」

 着替えなきゃ。湿った服が気持ち悪いと思うのに、座布団に寝転んだまま立ち上がる気力もない。このままだと汗が冷える。私は胃腸が弱いので、この後の地獄を想像するのは容易だが、着替えるの面倒くさすぎる。
 ああ、お腹すいたな。勝手にご飯できないかな。無茶苦茶な事を思いながら台所をじっと見つめる。洗い物たまってるから片付けしたくないな……。
 着替えたら、洗い物をして、料理をして、食べて、片付けをして、洗濯物を干して、録画していたテレビを見れたら見て、四時にはもう一度出かけないと。待ち合わせに間に合うように。

『私、あのお店行きたいな〜。あと駅前にカフェ出来たって! 千夏も行くでしょ? 店員がイケメンらしくてさ〜。あっ、千夏彼氏いなかったよね、狙っちゃいなよ〜! そういえば私の彼氏が最近〜』
『千夏ちゃんどうする? どこ行く? 私は千夏ちゃんの行きたいところがいいなあ。……映画? あ〜……良いけど、私今月お金なくて……』
『ふーん、でもさ、それよくある事じゃない? そんなに悩むような事でもないじゃん。それよりあたしの方が大変なんだから! 聞いてよ、昨日ほんっとムカついて!』

 待ち合わせ……嫌だな――――。




 私が一人暮らしを始めたのは、県外の大学への進学が決まった去年。親と離れて生活するのは初めての事だった。
 能天気なものであまり不安はなく、薔薇色の大学生活を思い描いていたおめでたい記憶――現実、一人暮らしというものはそんな優雅なものではなかったのだけれど。大学の課題も多いしね。
 才能のなさを感じて趣味に疲れて、大学に疲れて、家事に疲れて、人付き合いに疲れて……自分の人生の色は薔薇色なんて鮮やかなものではないと気がついたら、もう疲れるどころか冷めた。
 何故生きねばならないのか。思考は哲学へと飛ぶ。
 しかし死ぬのは怖いので、惰性で生きている次第だ。




 スポンジを握り、皿を磨いていく。一枚、二枚……。

「ジャーン!!」
「えっなになに怖い怖い怖い、えっ?」

 突如吹き出た煙に驚きシンクに皿を落とした。ガシャンと耳障りな音が鳴る。

「ああっ! ちょっと! 何するんですか!! そんな上から落として割れたらどうするの〜!!」
「こっ怖い怖い怖い怖いんだけどなに」
「ていうかね、そもそもそんな安い洗剤でゴシゴシ洗っていいもんじゃないんですよ! 魔法のお皿なんだからあ!!」
「いやパン祭りの皿だもん! パン祭りの皿が喋ってる!!」

 気のせいじゃない!
 慌てて換気扇を回す。あ、しまった泡つけちゃった……。
 煙が晴れると、私の半分ほどの身長のおじさんが大事そうに皿を抱いていた。私の家のシンクのなかで。小さいおじさんが。泡まみれのパン祭りの皿にハグしてる……。
 目眩がした。これは多分本気の体調不良だ。脳が状況を理解する事を拒んでいるのだろう。

「貴方ね、前から言おうと思ってたけど、お皿の扱いが雑なんですよ! 強いにおいの洗剤でガシガシ洗うわ、汚したまま平気で三日洗い場に放置するわ、電子レンジにかけるわ!」
「パン皿電子レンジ可じゃないの!?」
「魔法のお皿なの! 特別なの! 他よりデリケートなの!」
「め、面倒くさ……」

 よろめき冷蔵庫に寄りかかる私を一瞥し、おじさんはふぅと聞こえよがしにため息をついた。おい、このおじさん性格悪いぞ。

「で?」

 で? ……私が言いたい。私は何を促されているんだ。

「願い事は?」
「願い事……?」
「分かんないかなあ。あれよ、あれ。ランプを磨くと願い事を叶える魔神が出てくるヤツ。僕はお皿の魔神なんですよ。本当はシルクで拭ってくれるまで出てこないつもりだったけど、貴方あんまりにも酷い顔してたから、おじさんサービスね。サービス」

 話ながら、おじさんはシンクから床へどすっと降りた。洗剤の泡が飛び散る。
 私はといえば、台所の掃除しなきゃ、だの、おじさん立っていると中年らしいぽっこりお腹が目立つな、だのをぼうっと考えていた。分かってる、これは逃避。分かるけどこの向き合いきれない現実どうにかならないかな……。

「ちょっと〜? 聞いてます?」
「あ、はい、願い事ですよね。ランプの魔神は三つまで? でしたっけ?」
「ランプはね。けど、僕が叶える願い事は一つだけ。魔神もピンキリな訳よ」
「へ、へえ〜……」

 生返事のお手本のような生返事をした。
 それきり会話は途切れ、おじさんはこめかみを指でほぐしながら私の答えを待っているようだった。分かる、それ気持ちいいよね……。あ、今度はお腹かき始めた……。

「……あの。じゃあ、私、もっと……生きやすくしてください」
「生きやすく? あ〜、なんか貴方見るからに生きにくそうですもんね」

 失礼な言葉にイラッとする。けれど、見てくれから分かるぐらいの不器用さである自覚もあった。つまり図星。二倍腹が立つ。おじさんは悪びれず納得したように頷いている。ええい、もう。

「そう、私ね、生きづらいんです。生きづらいの。友達もいないし、お互い全然好きじゃないけど友達のふりして付き合ってる子達とは話も合わなくて、見下されてて……サークルじゃ私だけ嫌な先輩にキツく当たられて、大学の授業楽しくなくて、バイトもキツいし変な客多いし、道歩いてて向かいから来たおばさんたちは横並びのまま譲ってくれないし、エアコンのかけすぎでお腹壊すし、電気代高いし、ブスだから彼氏なんかできないし。でも私悪くない。だってしょうがないじゃないですか。生まれつき、生まれた場所とか、持ってるものから違うのに、当たり前に比べられて。恵まれた人達と同じようにできなきゃ駄目って言われるんです、それがどんだけ不得意な事でも、おかしくありません?」
「ああ〜、発言がもうね、貴方ホント向いてないね。社会で生きるのに向いてない。いるわ、こういう若い子。おじさんたくさん知ってますよ貴方みたいな子」
「だから、生きやすくしてください。何でもいい。顔でもお金でもコミュ力でもいい。それか、物凄い才能をください。誰にも負けないような天才にしてください。それがいいです」

 おじさんは黙り込んだ。
 何だよ、出来ないとか言うなよ、とおじさんを睨み付ける。凄く虚しくなった。こんな、小さい、ふざけた訳の分からないものにしか強気になれないのか。私は。

「よし、貴方に才能をあげましょう。世の中の人間の顔が全部パンに見える才能です。ジャーン!」
「ハア!?」
「あのね、貴方のそれ、おじさんアカンと思いますよ。『周りよりできてないから駄目』、『もっと凄い人がいるから駄目』、私なんか私なんか……。『こんな人達とは気が合わない、嫌だ、でも我慢して付き合わなきゃ』」
「ちょっと……それ私の真似ですか? キツいんですけど。ふざけんな」
「無い物ねだりの人ってね、例え何をあげたって上手くいかないんですよ。考え方が一番不幸だから」
「おい――」
「嫌だったらやめれば? なんでやめられないの? 何が怖くてやめたくないの? 生きたくなくなるぐらい嫌な事から逃げないでいつ逃げる気でいるんですか。本当に逃げたくないの? 頑張れないんでしょ? どうして無理できる気でいるのかなあ〜」

 もう殴ろうと思った。おじさんをキツく睨みつける。
 殴る、殴る、殴る…………。
 殴ったら、傷害罪になるんだろうか。ぴたりと動きが止まる。

「ほらね。どうせ貴方ぐらいの考えすぎな子は、自分でストップかけられるんだから。自分が良ければいいじゃない! 頑張りなさいよ千夏さん!」

 お皿の魔神ことおじさんは帰っていった。来たときと同様、突然煙に包まれて。私にはどうしようもない。かなり腹が立っていたけど、言い返したい事が山のようにあったけど、シルクのハンカチでお皿を拭っても拭ってもおじさんは帰ってこなかった。言い逃げしやがった。
 四時からの約束はドタキャンした。そして寝た。エアコンとめて扇風機とアイスノンして寝た。翌朝スマホを確認すると、うわべ友達から昨日の動画が送られてきていた――メロンパンと蒸しパンとピザパンが流行りの服を着てカラオケで笑っていた。見てくれどんだけカオスだよ。嫌味らしき言葉も添えられていたけれど、これを打ったのは所詮メロンパン。脱力感。凄まじくどうでも良くなった。

 ランプの魔神はランプのなかから登場するけれど、おじさんの帰る場所を私は知らない。もしお皿のなかに居るなら……と考えると恐ろしいので、おじさんが抱き抱えていた魔法のお皿は簡易な神棚を作って祀っておいた。お供えものは食パン。殴るのは諦めたから、もう一生出てこないでください、と念じながら置いている。
 そして、最近パンを見すぎてご飯派になった。秋の米祭りでご飯茶碗くれるキャンペーンがあれば文句なしなんだけどな。


 おしまい

 読んで頂き、ありがとうございました!

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