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偽りの救世主(メサイア) 前編 ( No.94 )

日時: 2017/08/06 16:33
名前: 流沢藍蓮


 これは、とある世界の忘れられた物語――。
 
 ある国に、エクセリオという若き指揮官がいた。彼は翼をもつ異民族「アシェラルの民」の長であり、「錯綜の幻花」の異名を敵味方問わずとどろかせる魔導士でもある。
 彼は幻影の魔導士だ。ただし、並いる幻影使いとはわけが違う。彼が操り人々を惑わすのは、「実体のある幻影」なのだから。
 通常の幻影が惑わせるのは人の視覚のみで、幻影に触れればその手は幻影をすり抜ける。つまり、「触れればばれる程度の幻影」である。
 対し、「実体のある幻影」とは、触れればきちんとした感触が残り、リンゴなら香りはするし味もする、それなりの重さがある、など、その幻影は人の五感に働きかける。人の体温や鼓動すらも真似出来るのだから、誰がこれを見抜けようか。
 「錯綜の幻花」の名の意味は、「複雑に入り混じって本質を分からなくする幻の花」。「実体のある幻影」使いのエクセリオらしいあだ名である。

「錯綜の幻花」エクセリオが住んでいたのは、小さな村。
 そこは小さな村だけど実力主義で、特に魔法の才能の優れた者は次の村長になれた。
 ――昔々、そこに一人の少年がいた。
 名をメサイア。救世主の名を持つ彼は、天使の生まれたとされる日が誕生日だった。とても優れた炎の魔導士で、誰もが彼に注目し、彼をたたえた。
 彼は幼くして多くのものを与えられ、何をしても褒められ喜ばれ、まさに人生の絶頂期にいた。

――そうさ、エクセリオが生まれて、彼が壊れるまでは――。

 あとから生まれた「錯綜の幻花」はあまりにも優れすぎた。メサイアなんて、簡単に凌駕していた。その才が認められた彼はすぐに、次の村長候補となった。かつてメサイアが何の不自由もなく座っていた椅子を、横から奪うように。
 そしてメサイアは壊れ始めた。救世主として望まれ、その役目を果たし続けた果てに、新入りによってその座を奪われて。
 彼は「救世主」としての生き方しか知らなかったから、堕とされて、何をすることもできなくなった。
 そして、ある日、彼は自殺した――。
 少し何かが違っていたらまだ、何とかなったかもしれないのに。
 かくて救世主は偽りとなり、その名は誰からも忘れ去られた。

  ★

 おれの名はメサイア。名の意味は救世主。本当の名はメルジアというんだが、音はまあ似たようなものだろう。あ、意味は違うぜ? メルジアっていうのは「炎」って意味なんだ。
 おれは「アシェラルの民」の始祖、アシェールの生まれたとされる日に生まれた。そして、この村では最も大切とされる、強き魔法の才を持っていた。
 って、「アシェラルの民」を知らないって? まあ、そこまで有名ではないか。簡単に説明する。
 「アシェラルの民」っていうのは、背に翼をもち、自在に空を舞うことができる人々のことだ。その翼を使えば空を飛べるとか思ってる奴らによって、その翼を求めておれたちは迫害に遭っている。ひどいものだよな、まったく。
 話を戻す。おれが優れた魔法の才を持ってるってところだっけか。ともかくまあ、おれの村では優れた魔導士が村長になるっていう決まりがあってな。村長が元気な時は「次期村長候補」が一人だけ選ばれる。
 で、おれはまさにその規定にぴったり当てはまってたってわけ。
 だからだろうな、みんなには期待されるばっかりだ。おれは何にも言ってない。みんながただ、おれに期待しているだけだ。
 おれはできる限り「いい子」を演じていたけれど、窮屈で仕方がなかったんだ。それでもおれは幸せだった。幸せだったんだ。
 望むものは何だって手に入り、何をしても怒られない。道行けば「救世主様」と人々にかしずかれ、何やかやと敬われる日々。あのとき、おれは栄光のただなかにいた。多少窮屈であれ、これ以上望むべくもない日々の中にいた。そしてそれを、不変のものだと信じていた。
 
 おれは必要とされていた。必要とされていたんだ。
 誰かに認められるということは、本当に幸せなことだった。

 そんなある日のことだった。とある名も知れぬ夫婦が子を産んだ。おれは七歳。七歳だけど、どこか達観していた。周りから寄せられる期待の波の中におぼれ、「救世主」になりきることにおぼれ、そんな日々をどこか遠くで眺めている自分がいた。
 その子は少し特別な感じがした。生まれたばかりの頃から、その手に小さな幻影を遊ばせていた。
 そしておれは危惧したんだ、その子がいつか、おれを超える魔導士になるんじゃないかと。
 それでもおれは「救世主様」だからな。気に入らないという理由だけでその赤ん坊にどうこうなんて、できるわけがない。だからおれはその子を見守っていたのさ。胸の内に危惧を抱えながら。

  そして悪夢は現実となる。

  ★

「我の後継ぎから貴公を除名し、エクセリオとする」
 そんな知らせを告げるために呼び出されたのは、それから八年後のことだった。
 その頃にはおれは十五になり、あの赤ん坊は空前絶後の才を発揮してそれをものにしていた。
 あの赤ん坊――エクセリオの持つ魔道の才は、幻影の魔法。それもただの幻影じゃない。人の五感にさえ働きかけることのできる「実体のある幻影」を、自在に操る奇跡の力。
 おれの「炎の魔法」だなんて話にもならない、あまりにも珍しく強大な力。その力の前に、おれの今まで築き上げていた地位「救世主」は崩壊した。
「嘘でしょう、村長! どうか、もう一度、お考え直しを!」
 敗北を知りつつも叫んだが無駄。
「貴公の炎の魔法など、彼(か)の『錯綜の幻花』に比べれば弱々しいにも程がある。強き者は村長に、これ我が村の決まりなり。あとから生まれた者に負けたということは、貴公はそれまでの男だったというわけだ。――『救世主』メサイア。貴公の時代は終わったのだよ」

  そしておれは、奈落に落ちた。

  ★

 僕の前に、「救世主」メサイアという人がいたらしい。彼は優れた炎の魔導士。前の村長候補だったらしい。
 だった、って過去形で話しているのは、メサイアはもう、候補じゃないから。僕が生まれたせいで、彼は人生の絶頂期から突き落とされてしまったのさ。
 誰かが悪いんじゃない。これは仕方のないことだったんだよ。
 これでも僕は、メサイアを救おうとこっそり動いてはいる。だって、これはあまりにも理不尽だって、心から思ったから。
 これは偽善なのかな? ああ、きっとそうだよ。でも、偽善でもいいのさ。その先に待つ結末さえよければ。
 村長は「救世主」なんかからは興味をなくして僕に夢中だけど。

 ――僕が、助けるから。

 僕はメサイアの悲しみの元凶。それでも。彼に何を言われたって。僕がこの町からいなくなれば、自然、メサイアに地位が戻るはずだろう?
 だから、近いうち、この村から出るのさ。そうすればきっと、みんな笑えるのだろう?
 偽りの「救世主」として、僕があなたを助けるから。
救世主様、待っていてね。

  ★

 あれから一カ月が過ぎた。かつて「救世主」として崇められていた影はいずこ。おれは完全に奈落に落ちた。

 あの栄光の日々との差は、あまりにも歴然としていた。かつては望むものなら何でも手に入り、道行けば「救世主様」と人々にかしずかれていたが、今は……。
 泥の中を這いつくばって物を乞い、道行けば「救世主風情が」と人々にけなされる。
 日々の生活の糧を得るのに炎の魔法は役に立たず、「救世主」以外の生き方を知らなかったおれは途方に暮れ、恥辱屈辱に身を引き裂かれながらも慣れぬ物乞いをするしかなくなった。
 それでも、どんな時でも。父さんと母さんはおれを愛してくれたから。おれは頑張ろうと思う気になったのさ。
 おれの今生きている理由は「救世主だから」と言った聖人のような理由から、「両親のため」と言った俗っぽいものに変わってしまった。
 ――それは、きっと必然だった。おれは――堕とされたからな。
 
 そうさ、これが「救世主」メサイアの末路。
 期待ばかりされて、その挙句捨てられ見損なわれて。

 誰が――誰が信じてくれと言った!!

 期待してくれだなんて、おれは一度も言っていない!

 勝手に信じられ期待され「救世主」として崇められ。そこにはおれの意思なんてないっ!

 「救世主」の烙印を押され、新たなる才が生まれたら捨てられて。

 おれは使い捨ての道具だったのか!? おれのこれまで生きてきた日々は、一体何だったんだっ!

 こんな末路が待つぐらいなら、生まれない方がきっと良かった

 生きる意味もなくして、おれは――? どうなるんだ? どうすれば、何をすればいいんだ?

 顔を上げれば天使像が見えた。おれが生まれた日に買ったらしい。貧困に耐えかねて家財を売り、寒々しくなった家の中。それでもまだ売られずに残っているこれは、おれへの愛の象徴か?
 それでも、やるべきことがあるんだ。

 おれは、覚悟を決めた。

  ★

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