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偽りの救世主(メサイア) 後編 ( No.95 )

日時: 2017/08/06 16:41
名前: 流沢藍蓮

  ★ 

 ――メサイアが死んだ――。

 そんな知らせを受けたのは、僕が次期村長候補になってから二月が過ぎた頃。
 死因は自殺。家の中にある天使像の前で、まるで見せつけるように首を吊って死んだ。
 その家の正面の天使像の前には、「これが『救世主』の末路だ」と、皮肉にも取れる言葉の書かれた紙が縛りつけてあった。
 そして「救世主」は、僕に遺書を遺していた。

 もう一人の「救世主」 「錯綜の幻花」エクセリオへ

 ――おれはお前になりたかった――。

 いきなり言って悪いが、それがおれの本心だ。正直言って、お前が憎かった。今まで座っていた栄光の椅子を、後から生まれたお前が横からかっさらっていったのだからな。これを書いている今だって憎いさ。もっとも、その頃にはおれはこの世にいないと思うがね。余計な検閲がなけりゃ、今頃お前のもとに届いてるはずだぜ。

 これは遺書にして遺書にあらず。簡単に言えば、ただ本心を書き連ねた紙クズだ。かつて「救世主」と崇められ、その果てに「偽りの救世主」として捨てられた、救世主の名を持つ元次期村長候補のね。下らん世迷言かもしれないが、最後だしな、聞いてもらいたいんだ。

 おれはかつて「救世主」として人々に崇められ、持ち上げられていた。でもそれをおれは望んでなどいなかった。みんなが勝手に期待して、おれの意思なんて関係なしにかしずいていただけだ。おれは別に、そんなのどうでもよかったんだ。ただ平穏無事に暮らせれば、それだけでよかった。そのために「救世主」にならなければならないなら、おれはいくらでもなった。

 でも、違ったんだな。「救世主」って、幸せに暮らしてはいけなかったんだな?

 「誰かの不幸をなくすため」、「救世主」として駆けずり回って、結局おれが傷付いても、「怪我の功名です、よくやりました」って、誰も心配してはくれなかった。今思えば、「救世主」って、体の言い不幸のはけ口にするための言い訳だったのかもしれないな。誰かのために献身するだけの、使い捨ての道具。その名前に「救世主」をあてていただけだったのだろうよ。

 おれの本当の名はメルジアなのに、みんなメサイアメサイアっておれを呼ぶ。誰がおれの本当の名を覚えてくれていただろう? 
 結局のところ、みんながおれに見ていたのは「メサイア」――「救世主」ってことだけだったんだ。誰も「メルジア」を見ない。
 
 ふざけんなよな! 勝手に「メサイア」に、「救世主」に不幸のはけ口になることを期待して!

 おれは「期待しろ」だなんて誰にも言ってなかった!!

 普通の、ごくありきたりの日々を幸せに送りたかっただけだった!
 
 なのに結局、周りのせいでこのザマさ!
 
 馬鹿みたいだよな、ああ、本当にバカみたいだぜ。これが「救世主」たる「メサイア」の末路。
 
 笑ってくれ。「メルジア」なんて要らなかった。
 否、最初からこの世にいなかったのさ……。

 だからおれは自殺した。こんな地獄の中でずっと生きるなんて、到底おれにはできやしない。
 そも、「救世主」の道を奪われたおれには、他に生きる道がなかった。
 だってそうだろう? 「救世主」として生まれ、「救世主」として育ち、「救世主」として人々に接した。それ以外のことなんて何一つ教わらず、その必要もなかったからな。そして今のおれには何もない――。

 死ぬしかないのさ。こんな暗黒の中に生きるだなんて、何も知らないおれにはできない。
 ああ、家族は残ってる。みんな(所詮一部分だろうが)を悲しませることになるってのもわかってる。結論、おれは逃げてるんだよ、愚かなことに。
 
 それでも――死ぬことで、わからせてやりたかったんだ。

 一部の人だけでもいいから。自分が「救世主」として期待をかけた少年に、一体何をしてしまったのか。
 「錯綜の幻花」に罪はない。だって、すべてを壊したのは大人たちだからな。お前が生まれなければ、って思ったことは何度もあるが。おれを本当の意味で壊したのは大人たちだから。

 色々と話が紆余曲折したが、ここにおれは、遺言を残す。
 お前のことは憎かったけれど、もしも立場が違っていたら、おれはお前のようになったのかもしれないと時々思う。
 
 だから、聞いてくれないか。
 言いたいことはただ一つ。

《肩書きの前に押しつぶされるな》

 「救世主」の肩書きに振り回されてきたおれだから、言えることなんだよ。これから先のお前には「錯綜の幻花」としての使命やら期待やらが待っているだろうけれど……。どこかおれに似ていたお前に、これを言いたかった。
 お前はおれの次の、次期村長候補でもあるのだからな。
 もしも生まれる時と場所が違っていたらきっと、おれたち、友達になれたのかもしれないぜ?。
 
 以上をもって、おれの「遺言」は終了とする。

 「救世主」の時代は終わったのさ。とうの昔に。

          いつかの「救世主(メサイア)」 メルジア・アリファヌス

 ――僕は、泣いた。

 メサイア、否、メルジアのために何とかしようと思っていた。なのに彼は早まって、その結果死んでしまったのだから。

 彼を死なせたのは僕。頭の中ではどうしようもなかった、あえて言うなら大人たちのせいだととわかっていても、僕は涙と自責の念を止めることはできなかった。

 その三日後にメサイアの父は自殺し、その十日後に母は病死した。

 こうして一連の「メサイア騒動」、別名「救世主騒動」は幕を閉じ、大人たちは何事もなかったように日々を送っている。
 
 子供が一人、自殺したのに。家がひとつ、つぶれたのに。「何事もなかったように」だなんて信じられない。
 大人というものは醜いのだなと、僕は初めて自覚した。

  ★

 それから六年経ち、隣国の侵略によって王国は落ち、その戦い「聖戦」の際に村長も命を落とした。
 そして僕が村長になった。今は亡きメサイアの代わりに。それだけでない。僕が「アシェラルの民」そのものの長となることが決定した。
 これは何の因果だろうか。僕は望まずして、かつての「メサイア」の地位を超えてしまったのだ。

 メサイアの手紙はいつも身につけている。

 戦いが長引く中、僕に「錯綜の幻花」としての過剰な役割を、まだみんなが期待しているから。

 メサイアの手紙は教えてくれるんだ。

《肩書きの前に押しつぶされるな》

 あの言葉はまだ、僕の中に生き続けている。大きな悲しみと、ちくりと感じる後悔とともに。

 「偽りの救世主(メサイア)」なんて必要なかった。彼らに必要だったのは、単なる「はけ口」だったのさ。

 こうしてこの物語は終わるよ。結局言いたいのはね、

 僕の過去にはこんな物語があった、ただそれだけさ。

 偽りのメサイア、否、メルジア・アリファヌスのこと、忘れない。

  (Fin……)

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