SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

満腹の餓鬼 ( No.32 )

日時: 2018/05/31 13:44
名前: 通俺



 それはむかし、むかーしの話。あるところに、一匹の餓鬼がおりましたとさ。そいつは腰布一枚だけ巻いて、いつも山の中で暮らしておりました。
 この餓鬼というものは魍魎の類で、生まれた時から何かを食べており、常に何かを腹に入れていないと気が済まない。また、いくら食うても満腹になれずただはち切れそうになる腹の痛みとそれでも襲ってくる飢餓の感覚に悩みながら生活をしておりました。

 ある日、シカを食べました。切り分ける息の根を止めることも我慢できず、丸のみです。けれど満足できません。
 ある日、木を食いました。存外食べごたえこそありましたが、不味いし満腹にもなりませんでした。
 ある日、池を飲み干しました。水なら湧きつづけるので限界まで行ける。そう思いましたがただ張り裂けんほどに腹が膨らんだのみで、そこに充実は一切ありませんでした。

 不味いことはわかるのに、美味しいということがわからない。せいぜい食いやすいとか、その程度。満腹感を覚えたことはないが、空腹というものはよくわかる。
 いっそのことと、腹を空っぽにしてみました。どうせ食うても駄目なら食わなければいい。当然、空いた腹は普段よりも激しく苦しい飢えを訴えていした。餓鬼はこれを無視し、耐えてみることにしました。
 ……数刻の後、辺り一面のものは彼の腹の中に納まっており、その痛みと気持ち悪さで吐いて、また口に入れるものを探しに行きました。
 
 我慢ができない、しょうがない。再び、終わらぬ食事の日々が続いた。少しの後のこと、餓鬼の寝床の近くに奇妙な来客が居りました。
 どうやらその者は、山の近くにある村の代表者らしいのです。彼は餓鬼を見ると仰け反りましたが、少し時間がたつと冷や汗を垂らしながら話を始めました。
 
「おお餓鬼よ、何故山を食い荒らすのか」
「腹が減るからだ。お前らも腹が空けばものを食うだろう」
「程度があろう。このままでは我らが飢えてしまう」
「知れたことか、さっさと出ていかんと貴様も食うてしまうぞ」

 餓鬼が山を荒らすことで山の恵みが減る。もうすぐ冬が来るというのにそんなことをされては。と言われても餓鬼にはどうしようもありません。
 こちらとて飢えるのだ、苦しいのだ。ふざけたことを抜かすのなら……それ以上言う前に、いつの間にか男は逃げるように帰っていきました。

 まったく変な男だった。そう思いながら熊を捕まえた次の日。
 そのまま熊を寝床に持ち帰ると、もっと奇妙なものが居りました。年端もいかぬような子供です。
 ボロ着一枚だけの少女が一人、彼の寝床の近くにポツンと立っているのでした。

「これ、そこの。人のねぐらの近くで何をしている」
「……」

 少女は何も答えません。ただひたすらに無感情の視線を返すのみです。随分と胆力がある子なのか。そう思いもしましたが、本当のところはただ諦めたゆえの境地だと気が付くのにそう時間はかかりませんでした。
 どうやら、彼女は村の生贄にされたようなのです。その手に持っていた一通の手紙から、餓鬼は幼い子供が好みであることを聞いたとか、それをやるので少しでも食べる量を減らしてほしいといったことが書き連ねてありました。

「まったく、誰がこんなやせ細った稚児など好むものか」

 餓鬼にとってそれは心外でした。それは大方どこぞの山姥か何か、いや他の餓鬼でも指しているのではないか。少なくとも餓鬼にそんな嗜好はありません。
 これが丸々太っていればあるいは……とも思いましたが、ほつれた衣服から覗く腕や足の細さから言って殆どが骨と皮です。食いでないそんな子供など腹に入れたところで一日も持たないでしょう。
 大方、生贄という発想に至った後村で厄介者扱いになっていた子供を渡してしまおうということだったのでしょう。

「お前など食うてやるものか。山で野垂れ死に、獣の血肉にでもなるがいい」
「……」

 かと言ってそのまま食うのも気に食わない。彼は子供をほったらかし、熊を食い始めました。流石に熊を生きたまま食うのは不味いか、そう思った彼は四肢をそぎ、大まかに切り分けてからそれを腹に入れ始めました。
 しかし、普段よりもまったく手が進みません。少女がじっとこちらを見つめていたからです。餓鬼は生まれてこの方、ずっと一人で食事をしてきたののですから誰かに見られながら食べるというのを体験したことがなかったのです。
 ようやく熊の腕一本腹に入れ終えると、彼は苛立った調子で子供に話しかけました。

「人の食う様がそんなに面白いのか貴様は」
「……」
「それともそんなに食うて欲しいのか」
「……」

 少女は何も答えません。ただ無表情で揺れない視線を返すのみです。そこまで困るのならば殺してしまうのが一番手っ取り早かったのでしょうが、彼はそれをすると負けた気分になるだろうと思いました。
 ふと、まだ残っていた熊の肉が目につきました。同時に彼女が酷く痩せていたことを思い出しました。

「……」
「……?」

 単なる思い付きですが、餓鬼は木を食うた際に零れ落ちたのであろう枯れ木を集め、火をおこしました。小さく切り分けた肉を炙り、子供に渡してみました。
 しかし、少女は僅かばかり首を傾けただけで、まったくその意図を介していません。しびれを切らした彼は強引に熊肉を少女の口の中に突っ込みました。

「ッ! …………」
「どうだ、うまいか」

 肉の味など味わったこともなかったようで、少女は目を見開きました。そうしてゆっくりと顎を動かし始め、咀嚼を始めました。
 餓鬼はそれを見て、美味なんて分りもしないのにそう零し、自分の食事に戻りました。気のせいか先ほどよりも手が進み、自分でも熊の手を炙ってみたりして口に入れています。ですがやはり、味がわかりません。木などに比べればマシということはわかるのですが、美味しい……とは思えませんでした。

 数分後、気が付くと少女が先ほどよりも近寄ってきているのが餓鬼にはわかりました。どうしてか、その眼には先ほどよりも活力というものが宿っている気がします。それを見て少し楽しくなった餓鬼。また適当肉を焼いては渡しました。女の子は今度は素直に受け取り、ゆっくりと口に入れます。

「──っ、ん!」
「……そうか、うまいか」

 ようやく、年齢に見合った振る舞いを彼女は見せました。両手でほっぺを押さえ、その感覚を少しも逃がしたりはしないとしながらも感動で打ち震えています。
 ここまでは餓鬼の思いどおりでした。精神的に死んでいて自分を恐れもしなかった少女、彼女に食料を与え生への渇望を取り戻させる。
 その後に……実に魍魎らしい思考をしていたのです。ただ一つ、誤算がありました。

「木の実も食うか、何か食うてみたいものはあるか」
「ぁ、あ!」
「そうか、今は肉がいいか」

 餓鬼はすっかり、とても美味しそうに物を頬張る彼女にほだされていたのでした。溢れんばかりの喜色を放つ彼女を羨ましく思い、別に食うのはまた後でいいかと彼は企みを先送りにしました。
 熊を一頭、二人で食べきった頃には少女は疲れと満腹感からか眠りにつきます。とても幸せそうに眠る彼女を見て、餓鬼は微笑みました。
 さて、じゃあ自分は次の獲物でも……そうやって出かけようとした時です。彼はあることに気が付きました。

「……?」

 腹をさすり、調子を確かめます。
 不思議と、空腹感がありません。それどころか、どこか満ち足りた……今まで感じたことのない幸福感がありました。眠気がありました。
 餓鬼は、彼は、少女と食事をともにしたからでしょうか。
 いつの間にやら、満腹になっていたのです。




--終
 

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