SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

歪な世界で ( No.35 )

日時: 2018/10/17 13:57
名前: 片岡彗

「私…もうここにはいられないの。」

彼女はいつも唐突だった。
出逢いだって、「好き」だと告げるのだって、いつだって唐突で。
「な…に言ってるんだ…?」
ぽつり、と溢れた自分の声は、それはそれは弱々しい。
君の小さな手を握る手が震える。

別れを告げるのさえ唐突なんて、そんなの絶対許さない。

「私はね、ここにいちゃダメな人間なんだよ。禁忌を犯したの。」
『禁忌』。
その言葉にそぐわないほどの美しい笑顔で彼女はそう言った。
「今から言うこと、真剣に聞いてほしい。」
そう前置きをして、彼女はほんの一瞬瞳を伏せた。
「私は……今から10年後の未来から来たの。」
「………………え?」
思わず肩の力が抜ける。
なんて馬鹿げた、ファンタジーな話を彼女は真面目な顔でするんだろう。
「信じてもらえなくていいよ。だから、一つの不幸な少女の物語として聞いてほしい。」
彼女の瞳が不安と、切なさ、それから苦しみ、たくさんの感情で揺れる。
信じられる訳ない、という思いと、何処かで納得しかけている矛盾だらけの自分。
そんな顔で見られたら、頷くしかないじゃないか。
俺の無言を肯定と捉えたのか、彼女はぽつりぽつりと語りだした。



私のいる世界…10年後の未来は、科学が進み、人間がとうとう時間を操れるようになっていた。
時間が操れる…つまり、自由に過去や未来を行き来したり、時を止めることができるようになったのだ。
どう?素敵だと思う?
そう。"最初は"素敵なことだと思われていた。
でも、それが当たり前になったとき、良からぬことを考える人が出てきた。
始まりは小さなこと。
少し未来に行って、テストの内容をカンニングする。
同じ手口で、宝くじを当てるとかね。
それがどんどんエスカレートして、人生を意のままにする人が出てきた。
自分の思い通りにならないこと、気にくわないことがあれば、安易に過去を変えだしたのだ。
『過去を変える』ことは犯罪だった。
でも"本当の"過去なんて、本人以外は誰も知らない。
警察も取り締まることは容易ではなかった。だから、見過ごされてきた。
暗黙の了解となっていた部分は少なからずあると思う。
たくさんの人が、同時に自分本意に過去を変えれば、それはもちろん混乱が起こる。
だって、万人が望む人生なんて、存在しないのだから。
誰かの人生を尊重することは、同時に誰かの人生を犠牲にすることと繋がっている。
そうして、私のいる世界は瞬く間に壊れていった。
全員が自分が一番だと提唱する姿はそれはそれは醜かった。
ここまでの状態になって、やっと世界は『時を自由に操ること』を禁止した。
明らかに遅かった。
みんなもう、それなしでは生きられないほど、馬鹿になってしまっていたのに。
世界各地でデモが起こった。
そんなニュースばかりが毎日のように取りざたされた。
それを見るたびに、私は凄まじい吐き気と、頭痛に襲われた。
私は、当初から、この『時を行き来する』ということがいかに恐ろしく、気持ち悪いことか、16歳ながらに理解していたから。
だから、一度たりとも時空を飛び越えたりはしなかったし、それを当たり前のごとくする人たちに、説得だってしてきた。
でも、誰一人として私の声には耳を傾けてはくれない。
むしろ、理不尽な罵声をたくさん浴びせられた。
あの世界に、私の味方はいなかった。
そんなときだった。彼に出逢ったのは。
彼は、私と同じ考えだった。
彼は私よりも10も年上だったけれど、好意を抱くのにそう時間は掛からなかった。
すぐに大好きになって、私の居場所は彼だけになった。
でも…彼にとっての居場所は、私ではなかった。
彼にはもう、結婚している人も、子供もいたのだ。
彼は私のことを妹のように可愛がり、「君みたいな考え方の子が好きだよ。」なんて、残酷なことを何度も言った。
酷い話だ。
だって、彼が結婚しているあの人は、簡単に過去を変える、あっち側の人間なのだ。
彼の言葉は嘘ばかりで、その場かぎりなものばかりだった。
もしかすると、私の好意にも気付いていたのかもしれない。否、きっとそうだろう。
気付いた上で、その好意を決して受け取らず、私に期待をさせるようなことばかりを言っていたのだ。
何度嫌いになろうとしたか。
最早数えられない。
それでも、好きで好きでどうしようもなくて、奥さんと子供を連れて幸せそうに笑う彼を見つめていることしかできなかった。
だから…
そんなことを、ずっとしてきたから、魔が差してしまったのだ。
結婚をしていない、あの人とまだ出逢っていない、彼に会いたい、彼と同じ年で、同じ目線で会話したい、なんて…そんなことを思ってしまったのだ。
今までずっと忌み嫌っていたものに、すがろうとしてまで自分の思いを叶えたいというはじめての欲求。
ああ、みんなこんなひりつくような想いで、過去を変えていたのだろうか。
なんて自分勝手。
あんなに批判していたのに。あんなにたくさんの人を蔑んできたのに。
もういっそ、死んでしまってもいい。
どす黒いほどの重い『好き』は、私を禁忌へと誘った。

『見るだけ』、から『声をかけるだけ』、『想いを告げるだけ』そうやってどんどん行動はエスカレートして、もう後戻りできないところまで来てしまった。

結局、私は、自分が可愛くて仕方のない、最低の人間だった。




彼女の語った内容は、余りに暗く、辛いものだった。
「……猶予は、50日間なんだって。いくら科学が進んだって言っても、それ以上は無理みたい。強制的に向こうの世界に戻されるんだって。それがね、今日なの。」
自嘲気味に笑う彼女に、僕は何も言えなくなって俯く。
「私は………未来の貴方が好き。でも、ここに来て、それ以上に貴方が好きになった。本当…最低だよね。自分だけ幸せになって、貴方を放って行くなんて。」
幻滅したでしょ?と消え入りそうなほど小さな声で彼女は囁く。
背景に溶け入ってしまいそうなほど真っ白な肌を、透明な雫がそっと伝う。
ああ、なんて…
「(綺麗なんだろう。)」
このタイミングでそんなことを考えるとか、不謹慎だって分かってる。
さっきまで、信じられるわけないと思っていた自分が嘘みたいに、腑に落ちている自分がいた。
法を犯してまで僕を追いかけてきた彼女のように、僕もきっと_
「僕は、ちゃんと君が好きだ。君の未来にいるその男と、僕は違う。僕は、出逢ってから今までずっと、君だけが特別で、愛してる。だから…」
彼女の華奢な体を引き寄せ、優しく抱き締める。
「自分を責めないで。」
なんて、歪な言葉。
16歳に、恋も愛もわかるはずなんてないのに。
この脆すぎる想いにすがって、彼女の肩に顔を埋める。
「貴方は……私があっちに帰ったら、私のことはすぐに忘れちゃうの。だって、本来、私たちは出逢うはずがなかったんだから。」
彼女の俺を抱き締め返す手がほのかに震える。
「………僕が忘れたら、君が思い出させてよ。」
綺麗事だって分かってる。それでも、それくらいしか彼女を安心させられる方法を僕は知らない。
「貴方は…私に甘過ぎるよ。」
彼女は困ったようにはにかんだ。
愛しくて愛しくて。
僕が彼女の柔らかな黒髪をふわりと撫でたとき。
彼女の体は真っ白な光に包まれた。
「ごめんね……もう…駄目みたい……。」
「……うん。」
「大好き。大好きよ。」
「…知ってるから。」
ボロボロと涙を流しながら、彼女は笑っていた。
本当、勝手だよ。
僕の心には、もう君が住み着いていて、君無しじゃ生きられないのに。
本当は、
この体を離したくない。
君の声を香りを笑顔を、思い出を忘れたくない。
でも、それは無理なんでしょ?
なら、僕にはこう言うしかないよ。
「僕も共犯だ。だから、未来を変えるよ。僕のとなりで、君が笑っている未来を、実現して見せるよ。」
堕ちるなら、僕も一緒に。
君となら何処まででも落ちていい。
短い間でも、君へのこの曲がった思いは、誰にも否定させないから。
僕の言葉に、彼女は目を見開いて、それから、懇願するように、僕の服を強く掴んだ。
「_____……!!」
彼女の姿は完全に溶けて、空に消えていった。
それはそれは、幻想的で、美しいものだった。



10年後。

出逢った。
この狂った、歪な世界で、僕は柄にもなく、一目惚れをした。
それも女子高生。もう、26になる大人なのに。犯罪の他、何でもない。
でも、声をかけないと絶対に後悔する、と僕の中の誰かが叫んだのだ。
艶やかな黒髪をなびかせる彼女の真っ白な手を掴む。
掴まれた彼女は驚いたように振り向いた。
「……迎えに…来た!!」
本能的に出た、意味不明な言葉。

_な、なに言ってるんだ僕は!!

自分で自分の言葉に焦る。
なんとか弁解しないと、そう考えていた矢先。
「……!……はいっ!!」
彼女は瞳に涙を浮かべ、嬉しそうに微笑んだ。
どき_…。
初めて逢ったはずなのに、そう感じない、懐かしい想いが僕の中に沸き上がった。
「ずっと、貴方を待っていました…!!」


…end.

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