SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

30年後の後悔 ( No.38 )

日時: 2018/10/04 18:55
名前: 清水なごみ

「やってられるかぁっ!」
そう言って私はベッドに教科書、ノート、資料集、塾のワークを投げつけた。
けれど今日干したばかりの掛け布団はふかふかで、ボサッっという冴えない音しか立たなかった。
部屋を見回してまたイライラとする。

父のために幼稚園の時に始めたピアノ。
ここ一年塾と学校のため一回も触っていない。だから練習をせずに先生の家へ行く。
それでうまくなるはずがない。ろくに練習する暇もないのに、父は異常な位に期待するから、余計にやる気をなくす。コンクールでいい結果になっても「お前ならもっと上へ行けるはずだ!ここで満足するな!」と言うし、前回よりも悪いと、「金の無駄だからさっさとやめろ。」と言う。
自分からやりたかったわけじゃない。やめたいと思っていたのはこっちの方だ。
だから「ピアノやめる」と言った。すると、「10年以上続けてきたのをやめる?ふざけたことを言うな!」。
わけわからない。
ホコリをかぶっているアップライトピアノを蹴る。


本棚にぎっちりとつまったたくさんの本。
母が、子供のうちは本をたくさん読むべきだと言って、買ってきた本。漫画なんか一冊もない。
シェイクスピアだとか栄華物語だとか。読む気がしない。
古本屋で売ればいいのに。私みたいな読む気なしの人が持ってても意味がない。
けれど、そんなことを言ったところで母は聞くわけがない。
私は本棚も蹴った。


両親にいつも言いたくなる。
「じゃあ、あんたらは今の私よりも優秀だったんですか?」
私は知っている。
父は子供の頃、何度も校長から呼び出されていたことを。
塾のワークの一番上と一番下だけをやって提出していたことを。
家を一度火事にしかけたことを。


私は知っている。
母がいつもテストで最下位だったことを。
毎回再試祭りだったことを。
県の最下位の高校に行っていたことを。


できる両親を演じているけれど、中身はすっからかんだ。


岩手に住むいとこに会った。
最近のこと、両親のことを話した。
「じゃあさ、」
いとこは悪そうな顔をして、
「こっちに来ればいいじゃない。」
と言った。
「こっちに来れば、うるさい人はいないし、ピアノ教室も、でかい本屋もないから。」
目の前が明るくなった気がした。
どうして思いつかなかったんだろう。ここが嫌なら逃げればよかったんだ。


家に帰り、逃げる計画を立てた。
ただ逃げるのはつまらない。
高校をいい成績で卒業し、いい大学に行くと思わせて逃げればいい。
いままで両親のために頑張ってきたけど、もうそんなことはしない。
本だって勝手に売ってやる。
それで最後の最後にこう言ってやるんだ。
「いままでありがとうございました。おかげで最低の両親と最低な暮らしを楽しむことができました。」














あれから30年が経った。
あの時の計画を実行し、私はいとこの住む村で暮らしている。けれど、全然よくなかった。
畑仕事はちっとも慣れないし、夫は車で毎日秋田の仕事場に通って、遅くまで帰ってこないし、
田舎なので情報を集めるのも、買い物も大変だし、
おまけに上の娘は受験に失敗し、下の娘は昭和からタイムスリップしてきたわんぱく小僧のようだった。
ああ、あの時、我慢すればもっといい生活ができただろうか。


私はバカだ。30年経って、やっと気づいた。
後悔しても、もう遅い。

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