SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

大正怪奇譚 ( No.48 )

日時: 2019/06/05 20:22
名前: 千葉里絵

 憎い、悔しい、許せない

 赦さない

 

 目が覚めたら知らない、木の天井が一番に目に入った。
 何時から寝ていたのか、体の節々が痛い。
 「早く、帰らないと。佐吉を風呂に入れないといけないし、由利子の着物に継ぎを当てないと」
 そう口に出すと、次から次へとやらないといけないことが思い出されてきた。
 「真代の風呂敷を縫わなくちゃいけないし、お母さんの晩飯の手伝いもしなきゃ」
 一頻り仕事を思い出してやっと、此処は何処なのだろう、と疑問に思った。
 壁は木で出来ており、奥に祭壇の様な物がある。
 祭壇のある壁の向かいは戸になっていて、外に出られそうだった。
 外に出てみると、もう辺りは赤く夕日に染まっていた。
 どうやら此処は神社の様で、綺麗に掃除された境内は素足のまま降りてもあまり痛くなかった。

 目の前には見たことのない街並みが広がっていた。
 道行く人々の中には奇妙な着物を着ている人もいた。
 今目の前を通っていった少女は桃色の裾の広がった変な着物を身に纏っていた。
 しばらく呆然と立ち尽くしていると、境内に刀を携えた小柄な少年がやって来た。
 小さな顔にある、愛嬌のある目が子供っぽく見せているだけで、もしかしたらもう少し歳上なのかも知れないが、兎に角話しやすそうな雰囲気の少年だった。
 「あの、此処は何処ですか?」
 思いきってそう訊ねると、少年は今初めて此方の存在に気がついたような驚き方をしながらも丁寧に
 「此処は東京ですよ。こんな所に居るのに、此処の人じゃないんですか?」
 と返してくれた。
 しかし、東京なんて聞いたこともない。
 こんな都会なら知らない筈もないだろうに、噂にも聞いたことがない。
 そう思うと急に怖くなった。

 此処は何処なのだろう、今は何時なのだろう、私は誰なのだろう。

 「今は大正ですよ?」
 少年の声が聞こえた、どうやら口に出していたらしい。
 「………大正?江戸ではないのですか?」
 そう訊くと少年は何故か哀しそうな顔をしながら
 「江戸はもう、かなり前に終わりました。もう江戸幕府もありません。そして、貴女のご家族ももう居ません。だから、いってください」
 ゴカゾクモモウイマセン。その言葉を聞いた時にいろいろなモノが頭の中に甦ってきた。
 血だらけの弟妹。地面に突っ伏したまま動かない母。土間で返り血を浴びながら死体を見下ろしている人影。

 そして、神社まで逃げて、その人影に殺された私。

 嗚呼、赦さないと死ぬ間際には思っていたのに。すっかり忘れていた。憎しみも悔しさも、忘れていた。
 争いに抱いた嫌悪感も、何もかも、全て忘れていた。

 「もう赦すしかないのかしら。奴等も、もう死んでいるのでしょう?」
 そう少年に話しかけると彼は変な顔で笑いながら
 「ええ、死んでます。だから、貴女も彼方側で、お母さんや弟妹と仲良く暮らしてください」
 そう言う彼の手は、刀の柄を握っていた。
 「ねぇ、痛くない?痛いのは嫌だわ。でも、痛くないのなら早く私を皆の所に行かせて」
 「大丈夫です。痛くないです。」
だから、さようなら。
 最期に聞こえた少年の声は何処か湿った響きをしていた。






 あいつらを野放しには出来ない。赦してはならない。
 あの女性の様に苦しみながら此処に留まる人が居なくなるように、罪の無き人々がこれ以上殺されないように。


 俺達があいつを討たなくては。

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