SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

第14回 SS小説大会 結果発表!〜 お題:争い、憎しみ 〜 ( No.77 )

日時: 2020/07/07 18:01
名前: 副管理人 ◆PP0y3Hx.36

☆☆☆ 第14回 SS小説大会 結果発表 ☆☆☆


集計し重複分などをざっくり差し引いた結果、以下のSS小説作品が第14回の優秀作品となりました。
北風さん、おめでとうございます!

この作品は(今までの作品も含む)、後日小説図書館にSS小説優秀作品ページを別途作成し保存させていただきます。

第15回SS小説大会用スレッドは、遅くなってしまい申し訳ないですが2020年7月7日夜に作成いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

■(Update memorys)について (感想)

非常に短い文字数にもかかわらず、二転三転していく先の読めない展開がとても魅力的ですね〜!

   ↓ ↓




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『Update memorys(上・下) ( No.10・11 )』(>>10-11

        作者 北風 さん






人生で十七回目、なはずの夏。


セミの音だけが響く住宅街を抜け、夏休みだというのに誰も居ない公園の角を曲がると、古びた学校が現れました。

「わあー、懐かしいー」

わたしの前を歩いていた佳乃ちゃんが、声をあげて走り出しました。

よくそんな元気があるなあ、とわたしは感心します。
確かに駅からここまで十分とかかりませんでしたし、なるべく日陰を選んで歩いてきましたが、今日は朝から猛暑。
木漏れ日の落ちる頬を伝う汗は、止まることを知りません。

「ほらハコ、ここが私達の母校だよ」

見覚えの無い校舎。
蜃気楼の見える狭い校庭。
錆び付いた校門の柵に寄りかかった佳乃ちゃんが弾むように口にします。

「いや〜、こんなボロかったっけ?」

佳乃ちゃんは苦笑いを浮かべますが、わたしの胸中は不安でいっぱいでした。
佳乃ちゃんの柔らかい手を、汗ばんだ手でそっと握ります。

「……大丈夫だよ、無理せずに少しずつ思い出してこ」
「うん……ありがとう、佳乃ちゃん」

佳乃ちゃんはこう言ってくれますが、わたしは無理をしてでも思い出すつもりです。
これ以上佳乃ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないのです。

わたしが全ての記憶を失ってからもう三ヶ月。
佳乃ちゃんはもうずっとわたしに尽くしてくれています。
今日だって、記憶が戻るきっかけになればと、わたしを昔通っていた中学に連れてきてくれました。

そんな彼女のためにも、意地でもここで記憶を取り戻してみせます。
そう決意を固め、わたしは一歩踏み出しました。

     ※

「あらぁ、あなた山里さん!? 山里佳乃さんでしょ!?」

校舎の一階にある職員室の前。
五十代後半くらいに見える女性が、口許を押さえて歓声を上げました。

「えー!? 覚えててくれたんですか? 担任でも無かったのに」
「当然よ〜、本当に久しぶりねぇ。……それにしても、まさか山里さんが会いに来てくれるなんて……っ……やだ、私ったら」
「もう、大袈裟ですよ先生」

女性は感極まったのか目尻に涙を浮かべます。
彼女が目を伏せてそれを拭おうとしたとき、ふと佳乃ちゃんの後ろに隠れていたわたしと目が合ってしまいました。

「……っ」

わたしは気付かなかったふりをしてそっぽを向きますが、女性は佳乃ちゃんの肩越しにわたしの顔をまじまじと眺めてきます。

「……? あなた確か……」
「あっあああそうだ! 先生、私達教室行きたいんですけど! それってマズいですかね?」 
「え? 教室? そうねえ……クラスの担任の先生とだったら……」
「あ、三年二組行きたいです」
「じゃあ確か……前谷先生じゃなかったかしら?」
「え、前谷先生? あの人、本担任になったんですかー!?」
「あら、そうね。山里さんが居た頃はまだ新任だったものね……」

佳乃ちゃんは適当な会話で場を持たせながら、わたしに目配せをしてきました。

「あ……えっと、わたし、ちょっとお手洗いに……失礼します!」

わたしはそう言い切ると、半ば逃げ出すようにその場を立ち去りました。
佳乃ちゃんに感謝です。
あの教師と思われる女性に、昔の思い出など語られても困りますので。

     ※

やっと手近なトイレを見つけ、一番奥の個室に飛び込んだのは、それから三分後のことでした。

職員室前からここに来るまで、誰とも出会わなかったのは幸いでした。
小さくて古びた学校なので、教職員の数も少ないかもしれません。

「ふう……っいやいや!」

溜め息を溢して軽く目を閉じかけますが、わたしは慌てて首を振りました。
このトイレの個室ひとつ取っても、私の記憶が戻るきっかけになるかもしれません。
せっかく佳乃ちゃんが用意してくれた機会。
大事にしなくては。

とは言っても、トイレの個室を見て思い出すことは何もありません。

──やっぱり、もっと色々見なきゃ……。

人に会うのは怖いけど、そんな風に逃げていてはいつまで経っても記憶なんて戻りません。
記憶を取り出して、佳乃ちゃんに改めてお礼が言いたいのです。
家族や他の友達は皆どこかわたしに対してよそよそしいのに、佳乃ちゃんだけは積極的に関わろうとしてくれました。
心からわたしのことを考えてくれる、本当に良い子なのです。

「……よし」

深呼吸してトイレの扉を開けようとした瞬間。

──コンコン。

突然その扉がノックされました。

「ひゃっ!」
「あ、ハコー?」
「か、佳乃ちゃん……?」

恐る恐る扉を開くと、そこには優しい笑顔の佳乃ちゃんが立っていました。

「大丈夫? 先生は上手く誤魔化しといたから、もう出てきて良いよ。ほら、教室行こ」
「う、うん……ありがと」

差し伸べられた手をそっと取ると、しっかりと握り返してくれました。
それだけで、随分勇気付けられます。



「ここが、わたしの通ってた教室……?」

そこは、何の編鉄も無い教室でした。
少し古い所を除けば、学園ドラマの撮影現場にでもなりそうな、余りにも普通の教室。

「そ。何か思い出さないかな」
「……」

目を凝らして部屋の隅々を見渡すものの、引っ掛かるものはありません。

「ごめん、佳乃ちゃん……」
「いやいや大丈夫だよー。仕方無いよね、この教室、面白み無いし。あははっ」

折角の学校訪問が無駄足になったのにも関わらず、朗らかに笑う佳乃ちゃん。
本当にこの子は良い子だ、と思うと同時に、申し訳なさで胸がいっぱいになります。
目を合わせられずに俯いていると、

「あ、そうだ!」

佳乃ちゃんが何か思い出したように声をあげました。

「これ、私の当時の教科書とかノート! 持ってきてたんだった!」

彼女が鞄の中から取り出したのは、一冊の教科書と二冊のノートでした。

「これ見たら何か思い出すんじゃない?」
「え? そうかな……」

教科書やノートなら自分のものを既に見ていますし、教室を見ても何も思い出さないのに、正直思い出すとは思えません。

「そうだよ! ほら、見てみて!」

佳乃ちゃんに渡された教科書とノート。
わたしは何の気なしにノートを一冊、開いてみました。



『死ね   ぶりっ子   何で生きてるの?   自己チュー   学校来んな     死ね    死ね死ね   帰れ   馬鹿  ブタ   ブス   死ね  殺す 死ね  ジイシキカジョー   死ね   死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死』



「きゃあああっ!!」

わたしは悲鳴をあげてノートを放り出しました。
見れば、教科書の表紙ももう一冊のノートも、表紙が何かで切りつけられたように破れていた。
それらも続けて投げ出します。
バサリと音をたてて転がったのは、佳乃ちゃんの足下。

「あ……」
「どうしたの? ハコ」

佳乃ちゃんは何でもないような笑顔でそう言うと、床に転がるノートを拾い上げた。

「あっれえ? 思い出せないかなぁ?」
「あ……あぁ……」

ゆっくりと近付いてくる佳乃ちゃん。
何故かわたしは逃げることが出来ません。

「そんなはず無いよね? だってこれ……」

出来ない。
逃げることが。
足が縫い付けられたように。
貼り付けられたように。
逃げられない。
わたしは。
私は。
山里佳乃から。
山里から。
逃げられない。


「箱根小毬、あんたが書いたものだもんねえ?」


「う、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああ! ああああああ、ああああああああぐっ!」
「煩いなあ、先生達が来ちゃうでしょ?」
「ぐ……むゔ……え゙っ……」

私の口に突っ込まれたのは、ボロボロのノート。
それをぐりぐりと押しながら、山里は言った。

「ねえ、思い出した? あんたが何で記憶喪失になったのか」
「ゔっ……ご……」
「親友が自殺したことによるショック。はっ、笑えるわ」

山里が顔を歪める。
ノートが口に詰め込まれ、息が出来ない。

「あんた、中学の時に自分がクラスメイトを虐めて自殺させたこと、忘れたの? ほんっと鳥頭だね」
「ん゙ッ……ぐえ゙っ……おえ゙ぇ……」

胃から食べ物が逆流してくる。
だが、口が塞がれているため全て吐き出すことが出来ず、吐瀉物は鼻に流れ込んだ。

「ああ、そうだよ。このノートは私の親友、棚橋未来のものだよ!」

見上げる山里の顔が涙で歪んで見える。
気付けば全身がガタガタ震えていた。
息が出来ない。
意識が遠退く。

そこでやっと山里の手の力が弱まり、私はノートを床に吐き出した。

「げほっ……げほっ……! うっ……ええ……」
「きったないなあ! 信じらんない!」
「うっ!」

四つん這いになって吐いていると、横合いから頬を蹴られた。
起き上がる間も無く胸元を掴んで立たされる。

「私はねえ……ずっとあんたに復讐してやろうと思ってたんだよ……。それが、記憶喪失? 親友の死のショックで? 自分の大罪を、全部忘れた? ……ははっ……あはは………………ふざけるな!!!!」
「ひっ!」

胸元を掴まれたままぐいぐいと押されて、気付けば私は窓を背にして立っていた。

「絶対に記憶を戻してやろうと思った……記憶を戻してから復讐しようと……」
「あ……あっあっ……あっ……」

どんどん押される。
いつの間にか開けられていた窓から、頭が出る。
怖い、怖い。
力が出ない。

「死ねよ、箱根。死んで償え」
「あ……あっ……あっあっあっ」

窓から首が出る。
背中が出る。
腰が出る。

「最後に言い残したことは無いか」

塵を見るような目で、山里が吐き捨てた。

「あ…………ぐっ……」

その目が無性に癪に触り、私は歯を食い縛って山里を睨み付けた。

そうだ。
こいつは、棚橋未来の友達だった。
でも、私や他のクラスメイトが棚橋に何かしても、山里は遠くから見ているだけだった。
その癖、棚橋が自殺してから復讐?
あまつさえ、私の親友の死を笑った?

恐怖を怒りが塗り替えていく。
もう、山里が私の胸元を掴む力を弱めれば、私は窓から真っ逆さまだろう。
ここは三階。
足から着地すればまだ助かるかもしれないが、この体勢だと頭から落ちる。
私は、きっとどう足掻いても助からない。

それなら──

「何、その目」

思いっきり憎まれ口を叩いてやろう。
呪ってやろう。
祟ってやろう。

そう思って開いた私の口から飛び出した言葉は──



「佳乃ちゃん、三ヶ月間、ありがとう」



──あれ?

わたしは、驚いて目を見開きました。

佳乃ちゃんの顔が、わたしと同じ驚きに染まった後、笑っているのか泣いているのか分からない表情に歪みました。

胸の圧迫感が無くなりました。

シーソーのようにゆっくり傾いた体は、みるみるうちに加速していきます。

全部思い出したはずの私の脳裏に浮かんでいくのは、この三ヶ月の出来事ばかりでした。


佳乃ちゃんは、記憶喪失になって不安なわたしを安心させてくれました。

佳乃ちゃんは、家族と気まずくて家に居場所の無いわたしを遊びに連れ出してくれました。

佳乃ちゃんは、いつもわたしに穢れの無い笑顔を向けてくれました。


遠ざかる入道雲。


耳に吹き付ける風音に掻き消される蝉の声。


溢れ出して止まらない涙。



佳乃ちゃんがわたしをどう思っていようと、わたしは佳乃ちゃんが大好きでした。


さようなら、佳乃ちゃん。



わたしの、初恋のひと。

                              End.

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