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*1*
目が覚めると、まぶしかった。
柔らかな光の中、小鳥の鳴く平和な音以外、何も聞こえない。
―――――― きっと、今は昼頃だろうな。
ぼんやりとした意識の中で、それだけ思った。
ここは、どこだろう?
ここはどこかの部屋のようで、畳の美草の上品な香りがやんわりと漂っている。なぜか自分の体は真っ白な布団で覆われ、横に寝かされていた。
まるで自分自身、死んだのかと思ったくらいに静かで、平和な気持ちだった。
しばらくぼうっとしていると、部屋の向こうから軽い足音が聞こえ、誰かが部屋の中にに入ってきた。戸を用心深く引く音が、スーっと聞こえた。
反射的に腰の太刀に手を伸ばしたが、太刀がない。……抜かれてしまったか。仕方がないので相手を刺激しないために、寝た格好のまま相手を見据えることにした。もちろん、右手は懐の短剣へと伸ばして。
「あ、起きていらっしゃったんですか。」
そこに立っていたのは、年は十七、八くらいの女の子だった。張りつめていた警戒心が一気にほどける。緋色の帯をなびかせた、長い黒髪の綺麗な子だ。こちらの視線など一切気にせず、その子は話を続けた。続けた、というより、いきなり物凄い勢いで言葉を叩き出した。
「びっくりしたでしょう?今朝ね、水を汲みにいったら、あなたがそこの辻で倒れてたの。あなたあんまり悪い事しそうな顔じゃなかったからね。拾ってあげたんです。ああ、さすがに太刀は危ないから抜かせてもらいましたけど。」 そう言うと、その子は無邪気に笑った。
「………なんだかよく分からないけど、ありがとう。」
そう答えると、その子は嬉しそうににこっと笑った。
「今、飲み物持ってきますね」
そう言い残して、その子はパタパタと部屋から出て行った。見た感じ、裕福な家の子なのだろう。
しかしまあ、なんと不用心な人だ。行き倒れの男を拾って、それでいて更に家の中に置いておくなんて。いや、この家には他に下人がいるということなんだろうか。………確かに、あの少女の細腕だけでは自分をここまで運べはしないだろう。
それにしても、さっき少女が発したあの言葉。
“あんまり悪いことしそうな顔じゃなかったから”
あの、無邪気な笑顔はそこから来るのか。それにしても、あんまり悪いことしそうな顔じゃない…………ね。思わず、間が抜けすぎていて笑ってしまった。本当に、なんて不用心な人なんだろう。なんて馬鹿な人なんだろう。
……だって、俺は。
昨日の夜、ひとを、殺そうとしていたのに。