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沙界集/砂漠の彼女
作者: ryuka ◆wtjNtxaTX2  (総ページ数: 12ページ)
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10~

*1*


■「 夏 の 冬 」





 その国には、冬が無かった。





 暑い。
 視界が、ぼうっと、ぼやけた。

 額に伝う汗は塩辛い。うだるような陽の中で、やっぱり私は冬が来るのを待っていた。

 馬鹿だな、と自分自身を嗤う。



 太陽暦で言うのなら今は12月だろう。もうすぐに年も変わるのだろうが、そんな事実さえもう関係無い。
 
 空を見上げると、大きな入道雲がいくつも浮かんでいた。異常発生した何億、何兆ものアブラゼミが、それを覆うように煩く鳴きながら空を飛んで行った。


 西暦2000年が過ぎて余百年。

 大きな戦争や災害がいくつも続いた。
 希望をもたらすはずの科学は、大地を大気を海洋を毒で覆っただけだった。

 けれども、その後も人類は数を少なくしながらもやはり執拗に生き残っていた。



 末法の世だ、と人は皆言う。

 その昔、ブッダこと、ゴーダマ・シッダルダが入滅してから二千年後には人はみな救われず、地獄のような日々が永遠に続くと言われていた。それを末法の世という。
 
 「由美もずいぶん、やられてきたね」
 ぽん、と背後から、突然肩に手が置かれた。振り向くと、いつも通りのふざけた笑顔が目に入る。

 「お前も随分イカれてきてるじゃないかよ」
 ははは、と笑い返すと、あちらも呆れたような笑いを見せた。


 弘樹と私は同い年だった。十六歳にもなって、今はもう数少ない生き残りだ。
 けれども、弘樹も私も、そろそろお迎えが近いようだった。死の兆しが表れたのだ。全身に現れた青いアザ。
 体中に溜りに溜まった毒素が、その飽和量を超えると青いアザになって表れるのだ。これが出たらもう、最期だ。

 だから、今の時代では人が二十歳を超えることはまず無かった。事実、最近、年上の人に会ったことはまず無い。



 海も、空も、土も。
 何もかもが、汚染されていた。


 「こんなところで何してんの?空なんか見ちゃってさ」
 弘樹が、私の横に並んで同じように空を見上げた。

 「今、十二月だろ」
 眩しい日差しを遮るように、額に手を添える。
 「ほら……、雪とか降るかな、とか思ったりして」


 「ああ、雪か。最後に降ったのは確か……」
 「二百三十年前。北米大陸での最後の核爆発の後。黒い雪が降ったんだってよ」

 「黒い……雪、か」
 弘樹が顎に手を当てた。「そういや雪ってふつう何色?」
 
 「さぁ。水が凝結したやつなんだろ、透明なんじゃない?」

 「へぇ、案外つまんねー色」
 弘樹が周りが青黒くなった目を痒そうに擦った。
 「まぁ……俺の色覚じゃ、あんまし関係ないけど。もう目が見えるのもあとちょっとだろうな」

 私はそれに、笑って答える。
 「私もだよ。もー赤も青も分かんないもん」

 なんだお前もか、と弘樹が残念そうに言った。それから、少しだけ笑った。

 「でも、」
 青も赤も、もう何の色も見えない白黒の空を、私は仰いだ。
 「見たいな、雪。だって冬なんだぜ」

 「ああ、俺も見てみたいな。冬だもん」



 暑い、暑い、12月の日差しの下で。
 きっと私たちは、一生、待っても降らない雪をずっと一緒に待つんだろう。


 けれど、やはり期待してしまうのだ。



 綺麗な色だといいね、と呟くように言った。
 そうだね、と弘樹も言う。




 きっとそれは、
 末法の空に、こっそりとかけた、おまじない。





 ―― 終わり ――


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