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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*1*

 今年は例年に比べて雨が多かったらしい。そう言われてふと季節を遡ってみると、確かに春の大雨だとか5月の降水記録を更新したとか梅雨が長引いたとか雨に関する情報が多かったような気がする。7月に入っても、梅雨は明けたはずなのに?と首を傾げたくなるような雨が週の大半を占めていた。

 期末考査の最終日はそんなじとじととした気持ちからも天気からも開放された、どこまでも抜けるような青空が広がっていた。教室の四角い窓から差し込む光はぎらぎらと熱を帯びていて、僕もクラスメイトたちもまとわりつく空気にいささか顔をしかめている。
「……終わった〜ッ!!!」
 最後の答案を持った教師が教室を後にしたところで僕――西島千尋は大きく背中を反らせた。期末考査の最終日、後はもう返された答案をごみ箱へ捨てて通知表を受け取るだけ。
「にっしじまっくん♪」
 軽い口調で声をかけられ、伸びをしたまま目を開ける。逆さまの視界に橋場(はしば)さんが立っていた。
「なに?」
「今日さ、みんなで遊ばない?」
「……いいけど、バイトは?」
 確か校則でバイトは禁止されているはずだけど、クラスの2/3はバイトをしているらしい。アルバイトというのもちょっと興味が惹かれる単語だな、と関係のないことを考えつつ、もう一度、バイトないの?と尋ねてみた。
「試験期間はいつもお休みもらってるもん。今日はまだテスト中でしょ?」
「あぁ、なるほど」
「で、どう?今夜ヒマ?」
「今夜ときたものだ。徹夜は勘弁してね」
「終電で帰るよ。ちゃんと」
 遊びすぎて終電を逃した数人が僕のボロアパートに集結したことがある。あまり騒がないでいてくれたからよかったものの、6畳一間にあの人数が集まると文字通り足の踏み場がなくなっていた。
「新宿にさ、新しい店がオープンしたんだよ。カラオケとかダーツとかぜ〜んぶ一緒になっててフロア行き放題!」
「……個人的意見を言わせてもらえば、新宿には行きたくない」
「え〜?どうして?面白そうじゃん」
「その店は確かに面白そうだね。○○放題ってのもお得そうだし」
「でしょ?でしょ!?」
「でも、新宿は嫌」
 意味が判らない、と頬を膨らませる。判らなくてもいいんだけど、繁華街は自ら足を運ぶ場所じゃないんだよ。
 昼も夜も構わない大音響と騒がしい人の群れ。カラオケから派手なネオンのキャバクラやどう見てもビジネスホテルとは思えない装飾のビル。路上で簡単にクスリが売買され、ビルとビルの隙間で人殺しもある。どこでどんな厄介事に巻き込まれるか判らないし、ぶっちゃけて言えば昔の知り合いに会う可能性だって無いとは言えない。
「何でわざわざ、この暑い中熱い場所に出向くかなあ。行くならもっと人が少なくて静かでのんびりしたとこにしようよ」
「パァ〜っと遊ぶにはちょうどイイでしょ?今日だけなんだから。西島君のリクで言ったらキャンプでもしなきゃいけないじゃない」
「あんな危なそうな場所には行っちゃいけません」
「平気だよぉ。10時に帰れば」
 いや、時間の問題じゃなくてね……。
 事実、殺し屋だった僕が『動いて』いた時間は真夜中とかではない。人が多くてやかましくてみんな自分のことに熱中しているそんな時間だった。ちょっと店の無い路地に入ってサイレンサー付きの相棒で一発。終了。人ごみにまぎれて逃げる。みたいな。
 おっと、ここまで話す必要はないか。
「そんな怖い顔しないでさ、行こうよぉ」
「うう〜ん……」


 行きたくない、と言い続けていれば彼女も諦めていただろう。
 夏休み目前のある日の、うだるような暑さを孕んだ午後だった。




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