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作者: 花音 (総ページ数: 23ページ)
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*3*
初体験、と言われると想像があらぬ方へむかってしまいそうだけど、真実なので仕方ない。
受付を済ませた僕たちは早速エレベータで地下へ向かい、やや薄暗いフロアへと入っていった。レーンがあってピンがあってボウルの転がる音がする。そんな当たり前の想像しか出来ない僕だったが、ボウリング場というのはやはり――というか当たり前というか――想像した通りのものだった。ただし音楽はガンガンに鳴り響いていたり、意外にもピンを倒す音がこちら側まで聞こえるのには少し驚いた。
「あそこでね」と橋場さんに耳打ちされる。「シューズを借りるの。それじゃないとボウリング出来ないからね」
「へえ。……ていうか、借りるのにお金かかるんじゃん。何か腑に落ちないなぁ」
「そんなこと知らないよ」
小銭を入れて自分のサイズをプッシュ。……おぉ、シューズが出てきた。
シューズを持って決められたレーンへ行くと、朝日奈たちはさっさと履き替えてボウルを選びに行ってしまった。置いてかないでくれよ、使い方判らないんだから。シューズも普段のサイズなのにちょっとキツめで動きにくいし。
「橋場さ〜ん。お願い、置いてかないで」
「でも、あとボウル決めるだけだし」
「あんなに一杯あるの、どれ選んでいいのか判らないよ〜。あんなトコでもたもたしてたら、また滝沢たちにバカにされるよ〜」
「……もたもたしてる西島くんも見てみたいけど」
何か最近、意地悪に磨きがかかってる気がするんだけど……。
それでも待っていてくれた橋場さんと一緒にボウル選びに向かう。彼女が選んでいるボウルをひょいと持ち上げて――危うく後ろへすっ飛ばしてしまうところだった。
「軽ッ!え、何これ、これ転がすの!?」
「いや、これ9ポンドだから……」奥を指して「あっちに行くほど重くなるから。男のコだと大体、13とか14くらいじゃない?軽いとあんまり倒れないんだけど、あたしはこれくらいが限界なんだよ」
「びっくりした。もっと重いかと思って持ち上げたから放り投げるトコだった」
「やめてよ〜。軽いったって重いんだから!」
その日本語は意味が判らない。
「じゃあ、僕はあっちから選んでくる」
ボウル持ったらさっきのレーンに戻ってきてね、と橋場さんが言う。準備するものはこれで終わりらしい。
13ポンドとやらでもまだ軽い気がするなぁ、と奥へ奥へ進んで行くと、壁に背中をつけた男と目があった。俯き加減なので気のせいかとも思ったら、ボウルを見ている横から男の視線を感じて、目を上げるとまた視線が合う。
見たところ20代半ばくらいか。色素の抜かれたような薄茶の髪に背の高い様子を見ると外国人か。ポケットに両手を突っ込んで僕だけでなく辺りの人間を値踏みするように目線を送っている。
3度目の正直、また目が合った。
「……――」
今度は男は目を逸らそうとせずに片方の唇を上げて少しだけ笑った。あんな外国人に知り合いはいない。気にすることない、と視線を外しかけた時だった。
男が、見せつけるようにポケットから左手を出す。
誘うように親指で鼻の頭を数回、擦る。
――あぁ、成る程。そういうことか。
溜息と共に落胆。ここは共有施設だぜ?そんなところで何やってんだ、コイツ。
何度も鼻の頭を擦るという動作を見せつけてくるので、頭に来てずかずかと男へ近づいた。
「――オニイサン、ドウ?」
『興味ない。目障りだ、消えろ』
にやにやと笑いながら舌足らずな日本語で話しかけてくるので、スラングだが滑らかな英語で言い放ってやる。そのまま横にあったボウルを掴んでさっさと退場する。
どこにでもいるんだな、ああいう奴らは。
とにかく、と選んできたボウルを、みんなと同じように置くと、滝沢が驚いて僕のボウルを覗き込んだ。
「げっ、西島これ幾つだよ?じゅうはち〜!?大丈夫かよ」
これは重すぎたか?まあいいや。
「よし、とにかく始めよう。あ、僕ラストにしてね」
「何おう?」朝日奈が言う。「公正にジャンケンに決まってるだろう」
やはりそうきたか。でもトップバッターになってもボウル投げられないんですけど。
そうだそうだジャンケンがいい、と民主主義を振りかざされてしまったので、仕方なく合意する。ただし、ジャンケンは(ごめんなさい)と心の中で謝って、コンマ数秒のフライング。つまり後だしというズル。全員の手を見てから僕も出す、というアンフェアを数回続けて、最初に勝った僕はしっかりとラストバッターを手に入れた。
「ちなみに、2ゲームやってビリはみんなにアイスをおごる、というのが我々の公式ルールだ」
「ボウリングにそんなルールはないんじゃない?女史」
「我々の、と言っただろう?――その代わり、私とユイにはハンデがつく。どうしたってあっちの力任せには勝てないからな」
あっち、と言って女史は朝日奈と滝沢を示す。ボウルが重い分スピードが出て、勢いでピンを倒すことができるそうだ。
「西島の平均はどのくらいだ?」
「どのくらい、と言われても……。まあ、ハンデはいらないくらいで」
男のコですから、そういうモノはいらないと思う。アイスをおごることになるのはちょっと悔しいけど。
「よーし行くぞ!まずは先頭ストライクだ!」
滝沢が物凄い宣言をしてレーンへ向かう。
ちらっとさっきの壁に目を向けて見たが、男はもういなかった。