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この距離のままでanother story
作者: 雪歌  (総ページ数: 5ページ)
関連タグ: 恋愛 高校生 
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*1*


「……ハル。」

高校3年の冬。そろそろ寒さも本格的になってきた。受験の第一関門であるセンター試験を終えて、とりあえず学生たちはそれぞれ結果を思い思いに受け止めなければいけない時期だ。

「なに?」

教室では、授業もないため生徒の数は少ないが、友達同士で一喜一憂している姿も見られる。そんな中で、試験には全く関係のないことを話題にしている遠藤美香(えんどうみか)は、あるいみ異色であるかもしれない。

「……なんか…いいことあったよね…?」

長い付き合いである高見春を相手に、探りをいれるような少し眉間にシワのよった顔をして問いただしている。一方、相手のほうは動揺しているのかあまり焦点があっていない。

「ていうか、彼氏できたよね?」

突然核心を突かれてさらに目が泳ぐ春だが、必死で隠そうとしている。しかし、よく親友の目はごまかせないというセリフであるけれど、まさにその通りのようだ。

「っっっもう!いつの間にそんな楽しいことになってんの!?」

「いや、まって。まだ付き合ってないけど」

「“まだ”ってことは“予定”でしょうよ!一緒だよ、付き合ってんのと!」

「………そんな顔にでてた?」

「もうバレバレ。顔がニヤけてるしさあ。」

呆れたように吐き捨てる美香を見て、春は、おかしいな、といいながら顔が赤くなっている。

「で。誰よ、相手は。」

「……ちゃんと付き合い始めてから、言う。」

春はモゴモゴとどもりながら小さく答えた。ばれるとは思っていなかったのだろうし、こんな受験シーズンに報告するつもりもなかったのだ。いつもは割と冷静な様子も今は皆無である。どう見てもはげしく動揺している。

「親友のあたしがいるというのに…なんなの最近。みんな心細いからっ
て相手作りすぎ。ハルはそんなことないと思ってたのに。」

オーバーリアクションでため息をついてみせた美香は、肩にかかる程度で整えられている少し茶色がかった髪をバサっと振って机に突っ伏した。すると春がその頭に手をのせて、ぽんっと叩いて言う。

「美香は?あの同じバンドの…名前なんだったっけ」

「…ああ、糸樹のこと」

軽音楽部であった美香は、部活は既に引退しているがバンド活動は継続していた。それも受験によって中止していたのだが、私立志望の彼女はセンター直後に一応試験は終わっていて、また活動を再開しはじめつつあるようだ。彼女が共にバンドを組んでいた櫻木糸樹(さくらぎしき)は幼稚園のときから面識があり、俗に言う腐れ縁というやつだ。

「そうそう、シキくん。仲いいでしょ。そういう感じではないわけ?」

「そういう感じってなに。」

「だから、恋愛的ななにかよ」

「あるわけないでしょそんなの。糸樹とあたしが?ただ文字通り腐った
縁で繋がってるだけなのに。」

美香は微妙な笑いを浮かべながらありえないと言って首を振った。それに関して話すことでさえ価値がないというように話題を転換しようとする。しかし春はさっきやられた仕返しといわんばかりにそのことについて話続ける。

「なんで。他のクラスにも人気だよ、多分。よく知らないけど。」

「…適当だなあ」

「でもさ。結構かっこいいよね、……名前が」

「……名前?…まあでも確かに、シキってねえ。音がいいよね、かっこいい。」

苦笑気味に頷く美香の横から、突然聞きなれた声が聞こえた。

「今格好いいって言った!?おれのこと」

先ほどまで教室にはいなかったのに、どこから現れたのかそこにはいかにも冬らしくマフラーをぐるぐる巻きにした櫻木糸樹がしゃがんでいた。

「うわっ…びっくりした」

とっさに椅子から立ち上がった美香は彼がしゃべりかけた方の耳を手で押さえながら目を見開いた。

「うわっとかひどいなー。しかも耳まで塞ぐとか、そんなに俺が嫌いなのかよ」

わざとらしくしおれてみせる糸樹に対して、平静を取り戻した美香は心底めんどうくさそうにしている。

「ね、ね、それでさ。格好いいって言ったよな、さっき」

そんな彼女の様子に気づいていないのか、気づかないふりをしているのか。後者の方が有力であるが、どちらであろうとしつこいことには変わりない。

「言ってない。名前が格好いいって言ったんだよ、名前が!」

完全に見当違いな解釈をしている糸樹に、すぐさま修正を入れる。その間、春は何も言わず、二人の様子を不思議そうな顔をして見ていた。

「ふーん…そんな言い訳しなくてもいいのに。」

糸樹がニヤニヤと表情を緩ませながら言った。なんともいえないほど、美香にとっては癪に障る顔をしている。するとおもむろに、それまで黙っていた春が口を開いた。

「なんか…糸樹くんって結構面倒くさいんだね」

しみじみと言う春の言葉に、美香はそうそう、と言って頷き、糸樹はというとやはりオーバーリアクションでひどいなあといいながらへこんだ様子をしてみせる。そんな、日常といえば日常なのだが、この他愛も無い会話がいつ終わるのか、美香がそう思い始めたとき。

「そういえば、美香。さっき、こうすけにあったんだけど。職員室に来いって言ってた」

“こうすけ”というのは社会科の教師なのだが、性別は女である。苗字が北島だというだけのことから、生徒たちがそう呼び始めた。もちろん、影で勝手に呼んでいるだけだが。

「?なんでだろ、用事あったっけ」

言われたものの、美香には全く覚えが無い。首をかしげながらダルそうに重々しく腰をあげた。

「まあいいや。ちょっと行ってくるね」

「うん。待ってるよ、一緒に帰ろう」

そう春と言葉を交わしてから、教室を出た。



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