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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
関連タグ: ファンタジー 吸血鬼 オリジナル 恋愛 
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番外編小説 【病人にはお気をつけて】

 目の前がゆらゆらと揺れる。ひどく激しい頭痛が脳内をかち割るように響いた。分厚い布団と体温のせいで体中が熱く、ワイシャツが汗で張り付く。
 気持ち悪いその触感にもぞもぞと動きながらナイトはベットの中で再び目を開けた。
「はっくしょんっ!…………」
 赤い鼻をすすりつつ、ナイトは久しぶりの高熱に内心困っていた。
(こんな高い熱を引いたのは何年ぶりだったかな? 確か、7歳の時に引いてからなってないような気がするな…………体が重い……)
 自分の上に熱く重くのしかかるのはすごい量の布団だ。これは風邪なんてまったく引いたことのない吸血鬼による間違った気遣いによるものだった。
(ありがたいんだが、もう少し少なくても…………――まあいいか)
 ルリィのすごく心配した顔が頭に浮かびふっと笑った。誰かに心配されるというのは温かいものだとナイトは彼女に出会って知った。
 ルリィの姿を思い出すだけで少しだけ気が和らいだ気がしてナイトはゆっくりとまぶたを閉じた。そして唯一窓から入ってくる爽やかな風を顔に受けると再び深い眠りへとついていった。


「氷枕にふとん、タオルに水桶。確かトカゲとかきゅうりのぬかづけとか風に効いた気がする……っとそれから薬!」
 台所の机の上にかたっぱしから風邪の時に必要そうなものを並べてみた。実際自分はなったことがないのでどれも本から取り入れたうわべだけの知識だ。
「まったくナイトったら。風邪引いたなら引いたっていえばいいのに無言で部屋にこもろうとするんだから……あんな赤い顔でおぼろげに歩いてたら安心なんてできないじゃない!」
 ついつい先ほどのナイトがとった行動を思い出し、ルリィは氷枕に入れるための氷をハンマーで思いっきり叩き割った。気づかなければきっと部屋で一人、何も言わずに熱が引くのをまったのだろう。
 あまり自分を大切にしないナイトに対し、ルリィは寂しさよりも先に怒りが湧いてきた。
「とびっきり苦い薬を飲ましてやるわ!」
 そう宣言し調味料やジャム、薬類がぎっしり詰まった戸棚を開けてみる。前のほうはよく使う調味料などばかりなので、おおまかにどかしながらルリィは奥を覗きこんだ。
「うわあ……あまり整理してなかったせいか、どれがどれなのか分からなし、埃かぶってるわー……」
 大きさや色もさまざまな正体不明のビンの列にしばし呆然とする。ルリィは薬を必要としないので、これは全て魔女のようなキューマネット夫人にもらった、どこか怪しい薬ばかりだった。
「もらって捨てるのももったいないからとっておいたけれど……この量はねえ」
 この中から一つ一つ成分や効果を見ながら探してくのはなかなか骨が折れそうだ。
 しかし、このまま見つめていても薬が自ら出てきてくれるわけではない、とルリィは奥に手を伸ばした。
「これは、腹痛に聞く薬……この緑色のは安眠効果の薬……こっちの紫の毒々しいのは……なんだか怖いからやめておこうかしら」
 がっちりと蓋のしてある紫色の液体が入ったビンをルリィは遠くにやるように追いやった。なんだか不吉な予感がしてならない。キューマネット夫人の怪しげな笑いを思い出すと背筋が寒くなった。
(ううん、きっと熱に聞く薬もあるはずよ)
 そう思い込んで頭を横に振り、再び作業を再開する。全体を見渡してみると、あるピンク色のビンに目が留まった。
「これは……――ん?」
 そのビンには何も説明書きがなかったが、どこか見覚えがあった。
「マタタビ草から作った薬……? あっ!」
 つい先月、キューマネット夫人が自信作だと言いながら得意げに話していたビンだと気づいた。あまりにも話が長かったので半分ほど聞き流していたが、確か熱に効く、何かの薬だった気がする。
「これで熱は下がるのかしら……?」
 まじまじとビンを見つめてみた。小さく花とつる模様が描かれたビンはきれいで中身のピンク色の粉も鮮やかだった。
「ちょっとだけなら、ね?」
 キューマネット夫人が自信作だと言っていたのを信じ、早くナイトの風邪を治してあげたいという気持ちからルリィは立ち上がってナイトのいる部屋に向かった。

 トントン、と扉をたたく音がどこからか聞こえる。その後に聞こえた声はとても静かで安心する者の声だった。
「ナイト、大丈夫?」
 あれからどれほど眠ったのだろうと、半分まだ寝ぼけている脳内で考える。日はまだ高く上がっているのでさほど時間は経っていないのだろう。
「ああ」
 小さく返事をした。それだけで目の前のルリィはほっとしたように笑う。ナイトはなんだかわからないがルリィの頭をなでたい衝動に駆られて、必死にそれを押さえた。
(何やろうとしてんだ俺。熱のせいでなんかおかしいのか……?)
 首をひねってみたが答えは浮かんでこないい。すると突然、頭にひんやりとしたものが乗せられた。
「どうかしら?」
 どうやら冷えたタオルを乗せてくれているようだ。それに気持ちよく目を細め、ナイトはタオルが落ちないようにうなづいた。
「楽になった。ありがとう」
「なっ! いいのよこれくらい、全然! それにすぐにまた熱くなっちゃうだろうし、どうせならでかい氷でも乗っける!?」
「いや、それはいい……」
 ルリィは顔を赤くしてぶんぶんと手を振る。もしかしたらナイトより赤くなっているかもしれない。
「それはそうと、薬を飲みましょう。きっと多分よく効く薬のはずよ」
「なんだその不確かな表現は」
 ルリィがニコニコしながらビンを取り出した。その色にナイトは眉を寄せる。
「ピンク色……怪しくないか、それ?」
 どこからどう見ても飲みたいなど、ひとかけらも思わせないビンの色にナイトは不吉な予感を覚えた。しかしルリィはちがう感覚の持ち主らしい。
「そうかしら? 可愛らしいし甘そうだわ。それにキューマネット夫人の自信作よ!」
「もっと怪しいな」
 喜々として進めてくるルリィに危険を感じ、少しあとずさる。キューマネット夫人のおすすめなんて笑顔で飲めるようなものでないのは明確だ。
「俺は飲まない」
 即答するように断ったが、ルリィはぐいぐいと押し付けてくる。
「少しだけ、少しだけでいいから、ね?」
「何が少しだ。飲まなくても熱なんて引くだろう」
「そうかもしれないけれど早く治ったほうがいいでしょう? きっとよく効くわよ! ね!」
「うわっ! やめろっ」
 病人相手にルリィは強引にビンの蓋をあけて飲ませようとしてくる。ナイトも必死にそれに抵抗するが普段よりも力が入らず上手く手が動かない。
「ちょっとだけ」
 そういってルリィがビンを近づけたとき、ナイトの手がビンにあたり、ビンが回ってナイトに降りかかった。
 ルリィは空っぽになった瓶を見つめ、しばし呆然とする。それからはっと息を吹き返したようにナイトを見やった。
「ごめんなさい! ちょっとした事故で……」
 ピンクの粉が散乱した枕もとでルリィはナイトに謝ろうとした。その時、ナイトががしっと手首をつかんだ。
「ちょっとした事故? じゃあこれもちょっとした事故で収まるよな……?」
 ナイトが強い力でルリィを引きずり込むようにベットへ手を引いた。ルリィはいきなりの行動にバランスを倒して倒れこむ。
「ナイト!?」
 その上に逃げ道をふさぐようにナイトが手をついた。
 熱のせいで赤くなった頬とうるんだ瞳、シャツの襟元をくつろげいているせいで、ナイトのうなじがまともに視界に飛び込んできて、思わずきゃっと叫びそうになる。
「ちょっ……ナイト、どいて!」
 あまりの赤面状態に動揺しつつ、それを隠すようにルリィは強く言い放った。普段の彼ならこんなことは絶対にしないし、退くであろう。しかし今のナイトは少し違かった。
「やだ……熱い…………」
 子供の様に断り、ナイトは気だるげに圧し掛かってきた。うぎゃっとルリィはナイトにつぶされそうになる。しかし思っていた体重がかかることはなく、すれすれでナイトは静止していた。
「熱が上がるわよ……? どうしたのいきなり」
 甘ったるくささやくように聞こえるナイトの息遣いを肌で感じる。それを気にしないように冷静な口調を務めたが、だんだん体温が高まっていくのが分かった。
(熱に浮かされているのかしら? 相変わらず高熱のままだし……もしかして…………っ)
 いきなり起きた状況の原因にある一つのことが浮かび上がった。あの不気味なピンクのビンだ。
 幸いベットに転がったままのビンに手を伸ばす。なにか理由となるものがないかと探すと、ビンの内側に薄く透明な紙が貼ってあった。片目だけで覗き込んで、紙に書いてある字を読んでみる。
「――彼をその気にさせる惚れ薬。弱っているときに使うと効果抜群! でも使いすぎには気をつけて――」
 外からじゃ見えなかった文章が読み取れた瞬間、ルリィはビンを壁に向かって割り投げた。
「ふーじーんー……」
 静かにおなかの下で熱いものが煮えぎる。ここまで夫人を呪ったのは初めてだった。
「ねえ、俺のこと好き?」
 突然、ナイトが耳元でささやいてきた。

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