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*1*
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「ん? あぁそういえば」
あたしがいかに有能で、数多くのジンオウガを屠ってきたか、ジンオウガマスターといても過言ではない、むしろジンオウガ相手じゃなければ瞬殺される――ともう正直なに言っているかわからないが、とにかくあたし一人でジンオウガは余裕ですとだけ猛烈アピールし終わったころ、彼女は行商人から捕獲用麻酔薬を買いながら聞いてきた。
「あたしの名前は――」
「いや、カードの交換のほうが手っ取り早いな」
彼女はカードをあたしに差し出した。いや、まぁそうなんだけど……。しぶしぶとカードを、彼女に差し出す。彼女は自分とあたしのカードを重ねて、両手のひらでギュッと挟んだ。
彼女から返してもらった自分のカードで、相手の情報を確認する振りをしながら、チラチラと彼女を見る。すると、案の定の反応が帰ってきた。
「ティン? 変わった名前だな」
うるさい。
「あたしの本当の名前は、ティディコットン・コーズ! 通称がここには書かれているの!」
「そうか、通称か。通り名があるとは恐れ入った」
「あ、いや、べつにそういうわけじゃないんだけど……」
「ん? そうなのか? まぁ、よろしくティン」
差し出された手を無下にするほど、彼女には悪い印象をもてない。握手を交わし、クエスト準備のため、お互い自分の貨車へ戻った。
昨日クエストから帰ってきたばかりなので、薬草は心元ないが秘蔵の回復薬グレードがアイテムボックスには入っている。はずだ。秘蔵すぎて腐っていなければよいが。
閃光玉に落とし穴、それから穴掘るようの道具に、そしてこれだ。アイテムボックスの半分を埋める、その名は砥石。剣士の生命線とも言える武器を研ぐ道具。これだけ買い込まなければいけないのは、理由がある。それはまぁ、いまは置いておこう。それを持てるだけ持ち、あたしは集会所へ向かった。
そこで、あたしは非常に後悔することになる。
クシャナが持っている獲物――というか、腕につけている、なにあの、白い、なんだろ、虫? 蟲? じゃあ名前谷の風のなんちゃらにしろよ、え? 蟲?
「虫ー!!!」
「うわっ! なんだ来たのか」
「ちょ! くんな! 来ないで! お願いだから! 近づくな殺すぞ!!」
「なっ、どうしたんだ!」
周囲も何事だと覗きにくるが、それどころではない。彼女の腕には虫がついていた。しかも羽虫だ吐き気がする! 生きてる! 足動いてる!!
「冗談じゃない! なにつけてるのさ! 金持ちのファッション!?」
「あぁこれのことか。この武器は操虫棍と言ってな、この地方じゃ扱われない武器だったかな? 最近編み出された武器ではあるが、そうか、珍しいのか」
珍しいとかそうい次元ではないのだが、まぁ、これもジンオウガのためだと、割り切れない割り切れない! いやだ! なにが悲しくて何時間も虫とともに歩かなければならない!
「なに、この虫は私が卵から育てた奴でな。この武器を使わなくてもある程度言うことは聞くんだが、あったほうが――」
彼女の言葉がすごく遠い。この金髪女は何を言っているのだろうか……。
「そういえばティンの武器は双剣か。めずらしい形だな」
「え、あ、うんそうね」
「すこし見せてくれ」
「え、あ、うんそうね」
「うわっ冷たいな! これは面白い……。氷のようで、ものすごい強度なのだな」
「え、あ、うんそうね」
「氷と言えば、このグロムウィル14世も多少だが氷の攻撃ができるんだぞ」
「早く行こう! もう行こう! 限界だから!!!」
虫を近づけられそうになり、受付嬢にギルドカードを預けて、速攻出口へ向かう。いまの名前虫のかな? 聞きたくないよ! 冗談じゃないよ! カッコイイよ!
クシャナも、ギルドカードと手付かずのクエスト用紙を受付嬢に渡すと、二、三言葉を交わしてからこっちに来た。来ないでほしい。
「ジンオウガマスターたっだか君の通り名は? いやはや、やる気が凄まじいな! 頼もしいよ、ありがとう」
爽やかな笑顔、屈託のない精神、空気の読めない愚鈍さ。これは不吉な旅になるかも
しれないな……。
何人かのハンターとともに、ポポ荷車に揺られ大自然を味わう。そこで気づいたのだが、このクシャナとやら、どうも致命的に常識がない。
いや、礼儀作法で言えばなんの問題もないのだが、ハンターとしての常識が足りない。受注したクエストは言わば、自分の力量そのものであるが、彼女はあっけらかんとソレを相手に質問する。
なんのクエストなのだ? ポポノタン納品なのか、そこのポポではダメなのか? そうか野生のポポをか。私はジンオウガを狩かるんだ。二人だけで、ジンオウガマスターと。
えへへって照れながら言っても可愛げがない上に、その装備だ。そりゃあ荷車の中は剣呑とした空気にもなる。虫が嫌で、一番離れた席にしたあたしにも責任はあるとは思わなくもないが――まぁいい我慢だ!
ジンオウガの素材一匹丸ごとなんて機会、絶対にない。ギルドのハンターである限り、礼儀と節度を守って狩りをしなければならないからな。命懸けで戦ったモンスターの死骸を引きずって、街に行って解体――そんなことしてはいけない。したいけど!
だが、今回は依頼主からのお達しだ。討伐されたというジンオウガがうまいこと成長していれば、体内から超絶激烈レア素材「雷狼竜の碧玉」が手に入る! 我慢だあたし!
「ティン、ティン」
「うん? え? なに?」
「これを着ろティン。私の分だ。ティンの装備は寒そうだからな」
報酬を考えニヤニヤと笑っていたが、いま気づいた。本当だ、なんか肌寒くなってきた。外を見れば太陽が顔を出していて、海はザザーンと波荒く――海? しかもあれは海氷?
「あれ……?」
バルバレ一帯では、ジンオウガは地形的に天空山の麓を選ぶはずだが……。縄張り争いに敗れたのかな、と呑気に考えてしまう。しかし、双剣を氷にしてしまったのは失敗だったかなとやんわり考える。氷に弱いと言われているジンオウガが、まさか氷雪地帯まで逃げてくるとは。寒さに侵食されるように風が冷たくなっていく。
あたしたちが観測気球に送られた場所に着いたのは、奥歯がカチカチと噛み合わなくなってきたころだった。