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絵師とワールシュタット 【完結しました!】
作者: ryuka ◆wtjNtxaTX2  (総ページ数: 15ページ)
関連タグ: 絵師とワールシュタット ryuka 異国 砂漠 不思議 戦い 青年 思春期 絵師 
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10~

*1*

(↑挿し絵、カキコイラストギャラリーに載りました!!)





■少年と絵師
 
 平和になった幸せ色の廃墟の街に、絵師が現れた。
 煉瓦造りの町並みは、足の踏み場も無いほどに壊れていたが、それでも人々は幸せそうだ。

 絵師はふと立ち止まる。
 何を考えているかよく分からない薄緑の目で、青色に澄んだ晴天を、眩しそうに少し目を細めて見上げている。

 街の人々は、忙しそうに、それでも生き生きとした元気な様子で、散らばった瓦礫や、壊された銅像や、燃やされて半分灰になっている看板なんかを、次から次へとせっせと片付けていた。

 絵師が通ると、町の人々は親切に笑いかけて、「やぁ同志!これからは俺たちの時代さ!」と皆それぞれ嬉しそうに口ずさむのだった。

 絵師は、声を出すかわりに、無理やりに張り付けた下手くそな笑い方でそれに返事をする。そして内心こっそり溜息をつく。ああ、うまく笑い返せたら、と。

 やがて歩き続けると、どうやら破壊の手から逃れられた一軒の飯屋があった。飯屋の中は、あらゆる人でごった返していて、料理の香りと混じって騒がしい汗のにおいがした。大声で笑いあう男たち、早口に喋りたてる中年の女たち、つまらない冗談を言い合いながら永遠に笑いの渦を巻き続ける若者たち。みんながみんな、とても幸せそうだった。

 絵師はふっと、独りでに笑って、飯屋に一歩踏み入れた。適当に銅貨を一枚カウンターに出すと、奥から湯気の立ったミルクが一杯出てきた。
 未亡人になった女主人は、「新しい時代のお祝いに、」と言って更に小さなパンを一切れおまけで絵師にくれてやった。絵師は、無言で頭を下げると、ありがたくそれを受け取る。この女主人、普段ならこんな腹の太いことはしない。

 たった一人の悪王が死んだだけで、こんなにも沢山の人々が幸せになれるのか。絵師は、少し不思議に思った。


 「やぁ同志!いい天気だね」

 絵師が座っているテーブルの向かいに、一人の少年が忙しく腰かけた。彼も絵師と同じように、温かいミルクと、一切れのおまけのパンを持っていた。

 絵師は無言で頷く。頷いてから、少年を見ると、少年は人懐こそうな目で、絵師をまじまじと観察している。だから、絵師も少年をまじまじと見返してやった。年は、十四、五歳ぐらいだろうか。いや、あるいはもっと年上なのかもしれない。この国の人はみんな、幼いころから栄養失調に悩まされたおかげで、ひどく小柄だから。

 少年は、おどけた様子で、再び口を開いた。

 「おりゃ?こりゃあんた、どっから来たんだい。不思議な化粧と恰好だね。ここのもんじゃなかろう?」

 絵師は無言で小さく頷いた。それから、少しカップを持ち上げてミルクを飲みこんだ。

 「どっから来たんだい、ねぇ」
少年はやはり引き下がらない。

「教えてくれよ、なんで喋らないんだい?もしかして舌がないのか?」
冗談めかしてそう付け足すと、絵師と同じようにミルクを一口飲んで朗らかに笑った。

 ああ、面倒なことになった、絵師は少し躊躇った。それから、嫌々ながらも腹を括って、半年以上も出していなかった声を絞り出した。

 「いいや。舌はあるさ。ただ、」
 「ただ?」

 「いや。何でもない」
絵師は意味もなくカップから立ち昇る湯気を見つめた。
「忘れた」

 「はぁ、……まぁいっか。そんでさ、結局どこから来たんだっけね」
 「それも忘れた。思い出せない」

 「あぁん?」少年は怪訝そうに眉を寄せた。
 「胡散くせぇな。思い出せないだ?」

 絵師はそれぎりそっぽを向いて黙ってしまった。目を逸らすと、顔ごと横に木枠の壊れた窓の方に向けてしまった。
 さすがの少年も口をつぐむ。少し居心地が悪くなって、ミルクをまたがぶがぶと飲んだ。飲み終わって、カップを顔から外してもやはり絵師は窓枠を見つめたままだった。自分に向けられた絵師の横顔が、やけに白くて人間味が無かった。

 それに、綺麗だった。


 「すまん、気分を害したようだな」
 少年は素直に謝った。
 
 「別に」
 「なぁもうちょっと気分を害すようなことを聞いていいか」

 すると絵師は名残惜しそうに窓枠から視線を外して、少年に向き直った。

 「なぁ……、あんた女か?」

 途端、絵師は無言でごくごくとミルクを飲み干した。それから、空になったカップを丁寧にテーブルに置くと、じろりと一度少年を睨んでからさっさと立ち去ってしまった。


 「おい、すまん! ちょっと待てよ、おいったら!」

 少年が呼び止めてももう遅い。絵師はごった返す人ごみの中を、まるで猫のようにするりと抜けてどこかへ立ち去ってしまった。

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