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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~

*1*




 私は目を開いた。
 色々な足がせわしなくすれ違っていく様がだんだんとよく見えてくる。
 まるで、今までずっと長い間眠っていたかのようだった。まるで、今この瞬間に初めて目が見えるようになったかのようだった。
 私が目を開いたこの瞬間を、仮に覚醒と呼ぼう。

 そのとき、私は寂れた灰色の街の路地で、足を投げ出して座った格好をとっていた。
 ゴミや吐瀉物や血がひび割れたアスファルトにこびりついて、酷い臭いを発している中、人々は私に見向きもしないで歩いていく。
 後に私は、私が小さな女の子の姿をしていることをショーウィンドー越しに知るのだが、今思ってみれば、小さな女の子が道に座っているのにもかかわらず一声もかけられないなんて。私の前を素通りする大人たちが優しさを知らないのか、女の子一人も助けられない世の中なのか。
 私はまだ何も分からず、ただ呆然と行き交う人々の足を眺めていた。
 かかとの高い派手な靴。やたら光っている趣味の悪い革靴。裸足。極端に肥えた足。極端に痩せた足。
 覚醒の前のことが何も思い出せない。自分が何故ここにいるのかも分からない。
 私は、記憶喪失らしかった。


 その結論に思い至ると、体が思い出したように震え始めた。
 寒さに耐えかね腕をさすったときに、私は気がついた。服を着ていない。さながら、禁断の果実を齧った愚かしい二人のようである。
 意図せずそんな例えが出てきて、少し驚く。こんなことが記憶喪失になっても忘れないような大事なことなのだろうか。
 何か、寒さをしのげるものはないかと辺りを見回すと、ゴミの中に都合のいい布を見つけた。びりびりに破けた、汚い布だったけれど、今はこれで我慢しようと羽織る。
 布は大きく、頭からローブのように羽織っても足元を引きずるくらいだった。
 薄い布だ。布をかぶったところで寒いことには代わり名がなかったが、裸よりはいくらかましだった。

 この場所には居たくなかった。
 前に隙間ができないように布を手で抑えてながら、行くあてもなく歩き出す。
 悪意が染みたアスファルトに、涙の跡を残して。

*

 冷たい雨粒が降り始めて巻きつけた布に落ち、染みてくるためにまた寒くなってきた頃、私は歩き疲れてそろそろ休みたい気分だった。
 かなり歩いてきたはずだが、道は覚醒の場所と変わった様子が無い。私も小さな女の子であるわけだから、歩く速度も体力も女児並だということだろう。こんなスピードじゃ何日歩いてもこのような道から離れられないと、溜息が溢れる。
 とにかく疲れていた私には休憩場所の選択肢など無く、ためらいも無く、ゴミの上に座リ込んだ。相変わらずの酷い臭いにも嗅覚は慣れたようで、今はそれほど気にならない。
 けれど、寒さは深刻だった。体の震えが止まらなくて少し困る。濡れた布を抱えた膝の上に集めて、少しでも暖かくなるようにと勤めてみるても効果は見られない。仕方がないんだ我慢してくれと言っても、聞く耳を持たない。
 しびれたような足の痛みが少しずつ和らぐに連れ、眠気が視界をを蝕んでいく。
 しばし眠ろう。目を閉じると、案外あっさり眠りに落ちた。

*

 目を覚ますと、なぜだか世界に絶望したような気分になった。
 かすむ視界と頭の中がはっきりするのを待つ。
 夢など見なかったためか、寝ていたのがとても短い間に感じた。ころっと眠ってしまったけれど、やはり寒かったのかもしれない。幸いなことに、足の痛みはすっかり取れている。
 目をこすり、とりあえず暖かいところを目指そうと立ち上がった時に、気づいた。
 錆びたトタンで出来た建物の影。あれは、人影だ。少し周りを見回してみると、また別の古い廃墟のようなマンションの屋上、がれきの影、それぞれ一人ずつ潜んでいるのが分かった。どうやら私は、大層な視力の持ち主であったみたいだ。
 彼らは何やら物騒なにおいがするような種類の方々らしく、各々武器を携えている。付近には私以外に人がいない。頭の中で警鐘が鳴り始める。
 さてどうしよう。策を考える間もなく、向こうがこちらに気がついた。

 相変わらずのねずみ色の雲をバックに黒い影が、跳んだ。文字通り。人間をも跳躍する跳躍力だ。
 圧倒され、私の足はすっかり動かなくなってしまった。
 数十メートル先に着地した彼らは砂埃と禍々しい雰囲気を纏い、こちらにゆっくり近づいてくる。それぞれ変な顔が描いてある紙袋を被り、スーツをお召になり、チェーンソー、釘バット、刀とまた容赦のない武器を持って。
 恐怖感だけで死んでしまいそうでも、足は全く動かない。金縛りあったようで、全身が痺れている。焦り、息が苦しくなり、呼吸も鼓動も破裂しそうだ。
 私の吐息が白く空に消えたときようやく、足が動いた。ここぞとばかりに、私はくるりと踵を返して走り出した。

 相手が持っている武器が近接ばかりだったのも幸運であろう。また近辺には建物が多いため、まくのも簡単そうだと考えた。私の小さい体を活かせば、どこからでも逃げられるだろう。
 と、そう思ったのが馬鹿だった。私はひどく後悔をする。

 細い路地をぐるぐると曲がりながら走り、そろそろいいか、と走るのをやめたその時、一瞬のできごとである。
 どこからともなくさっきの方々が現れ、三方向を包囲してしまった。
 状況はさっきよりも厳しくなった。狭い道故にするりと抜けてまた逃げ出すこともかなわない。

 私はため息を吐き、もういっそ死ぬ覚悟を決めた。

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