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僕だった俺。
作者: 全州 明  (総ページ数: 5ページ)
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*1*

 二日目  「別物の明日」


 ―――気付けば朝を通り越して昼になっていた。
 俺は今更帰ることもできず、結局この宿で一夜を明かしていた。

 ・・・・とうとうこの日が来てしまった。
 俺は憂鬱(ゆううつ)な気分になり、布団の中で頭を抱えた。
 そう、この日、もしこの日、俺が学校に戻らなければ、俺はもう絶対に戻れなくなる。
 なぜなら今日、定期テストがあるからだ。
 俺が僕だったころから、ずっとやってみたかったのだ。
 全てのテストを白紙で提出することを。
 だが、もしそんなことをすれば、退学は目に見えている。
 だから今までの僕には出来なかった。だが、今の俺は違う。
 今の俺は、寝てる間にそれを成し遂げてしまうぐらいなのだから。
 客室に備えられた画質が残念なことになっているブラウン管テレビの電源を入れると、昨日の昼ごろ、○○学校の男子生徒が、突然学校を抜けだし、行方不明になっていると報道していた。学校から電話を受けた俺の両親が、あの後すぐ、警察に捜索願を出していたらしい。
 まぁ、いきなり窓から飛び降りたんだから、無理もないが。
 画面がパッと切り変わり、うちの学校を上空から生中継で映し始めた。
 ずっと見ていても気分が悪いので、チャンネルを切り替えた。
 今度は俺が中学生ぐらいだったころに撮った写真がでかでかと映しだされていた。
 ほかのどのチャンネルも、同じような内容を報道していた。
 あるチャンネルでは、俺が街中を疾走しているのを多くの人が目撃していることから、彼は何らかの精神的障害者である可能性がある、と、偉そうな専門家が話していた。
 またあるチャンネルでは目撃者の証言をもとに俺がどのようなルートで走って行ったのかをパネルを使って考察していた。
 俺の居場所がバレるのも、時間の問題かもしれない。
 朝食を食べに行こうと食堂へ向かう途中、廊下ですれ違った宿屋の従業員の視線を感じた。もし怪しまれているとしても、テレビに映っている俺の写真のほとんどは、中学生の頃のもので、今とはかなり見ためが違うし(主に髪の色が)、そう簡単に通報されたりはしないとは思うが、もしも通報されたら困るので、昼食を食べ終わった後、すぐにこの宿を立ち去った。

 しばらく街を歩いていると、道の先で何やら人だかりができているのが見えた。
 その人だかりの中心で、微かに黒煙が出ているのがうかがえた。

 人だかりの中心には、ありふれた二階建ての一軒家があった。
 ただ、その一軒家は、炎上していた。
 すでに警察が駆け付けていたが、消防車がまだ来ていないのか、火を消そうとはせず、拡声器でせり出したベランダに向かって何かを叫んでいた。
 その先には少女がおり、何かを叫びながら自らの首にナイフを突き付けていた。
 野次馬の波をかき分けながら、警官に止められる距離まで家に近づくと、ようやく彼女の声が聞きとれた。
「来ないでっ‼ 私はもう死ぬの‼」
 彼女は、そう叫んでいたのだ。
 そして彼女のまわりには、多くの野次馬たちが群がっていた。
 心配そうに見つめているくせに、何もしない者達。
 警察に止められているのにも関わらず、スマートフォンで撮影するものたち。
 何を思ったのか、動画を取り、勝手にネットに投稿する物たち。
 そして、目の前で少女が自殺しようとしているというのに、なぜか口元から笑みがこぼれ、瞬きすらせずに、家が燃える様子を見続ける物達。
 これではまるで、見世物じゃないか。

 ―――なぜ奴らにはそんなことが出来るのか、俺にはわからなかった。
 それだけは、永久にわからないままでいいと思った。

 このままではまず間違いなく彼女は死ぬだろう。
 彼らはそれすらも、無表情で見つめ、撮影し、そしてネットで盛り上がりるためのネタにするというのだろうか。それは、絶対に許されないことだ。
 彼女の死は、軽々しくネタにしていいものではないはずだ。
 でも、きっと彼らはこの先も、それを続けるだろう。
 きっと誰かが助けるなんて、勝手に思い込んで、仕方なかったなんて勝手に言い訳して、自分が同じ目に合わない限り、いつまでも、ずっと変わらずに。
 そう思うと、腹の底から、熱く煮えたぎるような何かが込み上げてきた。

 気付けば俺は警察官たちを押しのけ、火で脆(もろ)くなっていた木製のドアを蹴り飛ばし、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく家の中へと駆けこんでいた。
 昔の僕だったらきっと、怖くて野次馬にすらなれなかっただろう。
 でも、それでいい。あんな風になるくらいなら。
 でも俺は、もうどちらでもない。俺はもう、僕じゃない。
 今の俺ならきっと、彼女を助けることができる。
 俺には、変えられる力があるから。

 どうやら炎上していたのは表だけのようで、二階へと続く階段は無傷だった。
 俺はためらわずに階段を駆け上がった。
 ベランダに向かう途中、少し燃えている個所があったが、俺は構わず飛び越えた。
 彼女の背中はもう目の前だ。
 彼女はベランダの窓を閉めているためか、まだ俺には気付いていないようだった。
 だが、俺はそれ以上前に進めなかった。
 俺は、何をすればいいのかわからなくなったのだ。最初は少女からナイフを奪い、窓から離れさせればいいと思っていた。そうすれば、彼女は救われるとばかり思っていた。
 でも違った。それじゃあ彼女は救われない。それじゃあ彼女はもう、戻れなくなってしまう。
 では、どうすれば彼女は戻れるのだろうか。
 彼女はもう既に、戻れないところまで来てしまったのではないだろうか。
 背後から、大勢の人々が階段を駆け上がってくる音がする。
 警察官たちが、今更中に乗り込んできたようだ。
 もう考えている暇はない。
 俺は警察官たちにこの怒りをぶつけてやりたいと思った。
 俺と同い年ぐらいの少女を助けてやりたいとも思った。
 だから俺は、ベランダの窓を開け、少女からナイフを奪い取った
 俺は飛び降りようとする少女の襟首をつかんで抱き寄せ、階段を上ってきた警察達の方に向き直り、少女の首に、ナイフを突き付けた。
「これ以上近づくな! あと一歩でも近づいたらコイツを殺すぞ‼」
 警察官たちは一斉に立ち止った。急に立ち止ったために後ろで何人か転げ落ちる声がした。
 あまりに突然のことに状況を飲み込めず、皆困惑したが、ただ一人、人質の少女だけは恐怖に脅えていた。
「助けて・・・・」
 少女は、今にも消えてしまいそうな震える声で、そう言った。
 彼女の首筋に、うっすらと血がにじんだ。
「そっ、その子を放しなさい! さもなくば撃つぞ!」
 警官たちはあからさまに動揺していた。どうやらようやく気が付いたらしい。
 ナイフの刃が、彼女の首筋にほとんど隙間なく当てられているという事に。
「撃ってみろよ。お前らが銃の引き金に手をかけた瞬間、コイツの命はないぞ!」
「少女を開放しろ! この状況で逃げられるとでも思ってるのか!」
「道を開けろ、従わなければ、コイツを殺すぞ」
 少女の首筋から垂れた雫(しずく)が、床に赤い染みを作った。
 たちまち警官たちは恐れおののき、両端の壁にぴったりと密着するようにして道を開けた。
 俺はその間を一切警戒せずにずんずんと突き進み、一階へと降りた。
「俺がいいと言うまで一階には降りてくるんじゃないぞ‼」
 俺がそう叫ぶと、俺の後へと続こうとしていた足音が途絶えた。
 もはや彼らは、俺に黙って従うしかないのだ。
「おい、裏に出る勝手口はどこだ?」
「台所の、奥よ・・・・」
「案内してくれ」
 そう言って、俺はずっと突き付けていたナイフを降ろした。
 だが少女は、特に逃げ出す様子もなく、黙って台所の勝手口へとゆっくりと歩き出した。
 その背中はどこか、この状況を喜んでいるようにも見えた。

 勝手口から家の裏に出た俺たちは、家の表へ向かう野次馬たちに紛れ、家の正面へと向かった。野次馬たちに紛れていたのが功を奏し、家から出てきた警官たちは俺たちに気付くことなくパトカーに乗り込み、どこかへ行ってしまった。
 おそらく俺たちがどこか遠くへ逃げたと思い込んでいるのだろう。
 そりゃあそうだよな、まさか家の目の前で野次馬に紛れてるなんて思わない。
 俺たちは警官やパトカーの数がまばらになったのを見計らい、家を後にした。

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