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*41*
なんでここにヒューがいるのだろうか。
ティアラの思考はその言葉で埋め尽くされる。
(ひょっとしてヒューのそっくりさん? ……いやいや、あれは間違いなくヒューだわ)
彼の琥珀色の髪が窓から差し込む光によってふわりと輝く。白い肌もしゃんと伸びた背筋も、眼の下にある小さな泣きボクロもヒュー本人だと主張している。
けれどここに彼がいるはずがないのだ。
スターグラァース学園は星硝子を専門的な学問として学ぶ学校だ。もちろん普通の常識的な授業もあるが主な時間割は星硝子の授業で組まれている。そんな将来、星硝子関係の役職に就く人以外、来ないであろう学園、貴族の息子であり大きくなったら親の跡を継ぐであろうヒューがいるはずなかった。
けれども確かにヒュース・ニューマント・ディネリバはこの場に存在しているのだ。
(ヒュー……あなた、もしかして……)
――星硝子細工師になりたいの?
それしかヒューがここにいる理由は考えられなかった。
「グレイスさん、ティアラ・グレイスさん?」
「……あ、はい!」
ぐいんっと意識を引き戻されてティアラは顔を上げた。そういえば自分は今、教卓の上で自己紹介中だったのだ。背筋にまた嫌な汗がにじむ。
担任が少し不思議そうにしながら、すぐに微笑をたたえてある一点を指さした。
「それじゃあ、あそこの空いている席についてください。分からないことがあったら遠慮なく私や他のクラスメイトに聞いてね」
「はい、ありがとうございます」
助かったとばかりにティアラは指定された席へ早歩きで向かった。
一番後ろの席ということで、クラスメイトはまだ興味津々だったが振り返ってまで見られることはなく、ほっと安堵の息をつきながらティアラは着席した。
それからの時間、クラスメイトの自己紹介が行われた。
人数はざっと見た感じ三十人ほどで年齢は皆、十五、六歳と言ったティアラと同じ歳だった。
ガキ大将のような兄貴肌の大柄な男の子や、共同不信になりながら少しなまった言葉を話す女の子、ずっと無言で怪しい魔術道具っぽい物をいじっているロン毛の男の子などがいた。
皆それぞれ強烈なほど個性派ぞろいである。
しかし、ティアラの意識はずっとヒューの方向へ向いていて、脳の半分は上の空だった。
長い自己紹介が終わり、放課後へと移るチャイムが鳴った。それを合図にしたように生徒たちは席を立って鞄を肩にぶら下げながら寮への帰宅をし始める。。
(……ヒュー。そうだ、ヒューに話しかけてみなくちゃ)
思い出して急くように立ち上がるとヒューの席へ向かった。丁度ヒューもこちらへ向かってきたようで、教室の真ん中でかち合う。
「ヒュー、なんでここに」
「ティアラもここへ来たんだね。パーティーの日からずっと会えなかったから嬉しいよ」
ヒューはティアラの言葉を遮《さえぎ》るように言うと、嬉しそうにふんわりと笑った。けれど、瞳の奥に何か含みのある感情が宿っている。
「ヒューも、この学園の生徒だったんだね」
「うん、まあね」
「でも、どうし」
どうして? とは聞けなかった。聞く前にそっと唇へヒューの人差し指が抑えるようにあてられたからだ。
それは聞かないで。と言っているような気がして、ティアラは言葉を飲み込んだ。ヒューの顔は笑顔なのに、なんだかこれ以上、話に踏み入ってはいけないような距離感がある。
「ごめん。だけど一つ言えることがあるとしたら、僕はここでやらなくちゃいけないことがあるんだ」
腕を下しながら、ヒューは決意の光が灯る眼差しで答えた。
(ヒューにはヒューの事情があるんだ。それがなんだかは分からないけど、きっとわたしが無理やりに関わるようなことじゃない。だったら、何も聞かないのがわたしのすることだ)
聞かれたくないことに一つや二つ、誰にでもあるだろう。
無神経だったかもしれない自分を叱咤して、すぐにティアラも雰囲気を変えるように明るい声を出した。
「そうだ。この学園すごいね! 校内はすごく広くて綺麗だし、学園の敷地なんてまるで迷路みたいなってるんだもの。わたし一人で歩き回ったら迷子になりそう」
違う話を切り出したティアラにヒューも少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
「それじゃあ僕が学園の案内をしてあげるよ。広すぎて把握できていない場所があるかもしれないけど、それでもよければ。学校の七不思議と共に紹介してこうか?」
「え、案内してくれるの!? 是非ともよろしくおねがします。でも……学校の七不思議は遠慮しとこうかな」
「もしかして幽霊とか苦手なの、ティアラ?」
「そんなことないよ。ただちょびーっとだけ、幽霊が出たら嫌だなとか思ったり、思わなかったり……。別に怖がりとかじゃないからね!」
あせったように力を込めて言うが説得力のないティアラの言葉にヒューは苦笑した。その後に二人して笑いあう。
この地へ来て、知人に会い、初めて安心と心強さを得た瞬間だった。