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パフェイン0% (完) 『原題:今日創られる昨日』
作者: 全州明  (総ページ数: 9ページ)
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 第二章 『前触レ』


「は? 雷? 雷神?」
「否、断じて否! 我名はセルゼルノ、この新たなる世界の、神となりし者なりっ!!」
 セルゼルノがそう言った瞬間、悦子は思った。『頭大丈夫かな? コイツ』と。
 しかし、それを顔に出すほど、悦子はバカな女ではない。
「御主、信じておらぬな? 今、『頭大丈夫かなコイツ』という感じの顔をしたであろう」
 つもりだった・・・・。
「え? なんでわかっ・・・・あっいや、その・・・・やっぱ、なんでもない・・・・です」
「まぁ、良かれよ。それより、この世改の歴史を記す、書物を持っておらぬか?」
「世界の歴史を記す書物? ・・・・もしかして、これのこと?」
 悦子は、目にかかってきた茶髪を耳にかけ、肩にかけていたスクールバックの中から、まさかなと思いつつも、高一の歴史の教科書を取り出した。
「あぁそれそれっ! あっ、いや、それじゃ、それ。ちと、その物を貸してくれぬか」
 一般人が普通に世改の歴史を記す書物を持っていたことに驚き、一瞬素に戻ってしまったが、すぐに平静を装い、なかったことにしようとする。
「・・・・なんか、さっきから言葉遣いへんじゃない? まぁ、貸すのは別にいいんだけどさ」
 悦子は、セルゼルノの言葉遣いに少し違和感を覚え、少々訝しみながらも、歴史の教科書を差し出した。
「おぉ、有りがたき幸せ。これ、少しの間借りるぞ」
 言うが早いか地面を蹴りあげ、セルゼルノは空高く飛翔した。
「え!? ちょっ、ちょっとぉー! 困るんだけど――」
 悦子が言葉の意味を理解し、そう叫んだのは、セルゼルノが空の彼方へと消えた後だった。

 見慣れた赤いカーペットの上に、突如現れた扉が、小気味のいい音を開いた。
 この扉は、何も異世界に行く時のみに使われるわけではなく、地球から宇宙の中心にあるこの神殿へ行く時のように、遠く離れた場所を移動する際にも使用される。
 要するに、ど○でもドアのようなものである。
 この扉は外見こそ似ているが、異世界へと通ずる扉とは違い、神なら誰でも開くことができ、閉じることもできる。ただし、行先か扉を開く場所のどちらかが、必ず神殿である必要があると言うのはどちらも同じである。
 そんな、そこまで役に立たない扉から出てきたのは、額に大きな星のついた冠をした、女神だった。
 額の星より左側が肩より下まで伸びる長髪で、右側が短髪というなんだかよくわからない不思議な髪形をしており、その髪は、金箔を塗ったように光り輝いている。
 服装も金のマントに金のロングスカートに金のヒールと金一色で、めちゃくちゃ奇抜な恰好ではあるが、本人はそのことについてはあまり気にしていない。
 コツコツと足音を響かせながら、カーペットの上を歩き、神王の座る玉座の前まで来ると、即座に跪いた。髪が流星のようになびく。
「おぉ、来たか。想いの神ティンクよ」
「テゥィンクでございます。神王様」
 テゥィンクは唇を弾くように発音し、自らの名前を正した。
「あぁ、それはすまない。それで? どうじゃ今年は」
 地球の教会や神社で人々の願いを聞き、一年に一度、神殿に戻り、神王に願いの内容を伝え、その中から毎年一つだけ、願いを叶えてやるのがテゥィンクの役目だった。
「こちらを見て頂ければわかるかと」
 そう言って、テゥィンクは何十枚もの分厚い紙の束を手渡した。
「どれどれ」
 しばらくその紙を眺めていた神王だったが、すぐに顔をしかめ、手を止めた。
「うーむ。どうも最近、自分中心の利己的な願いばかりじゃな」
「お言葉ですが神王様。私に言わせれば、利己的でない願いなど、一つとしてございません。
 願いとは、自分がそうなってほしいと強く願っているからこそ成り立つものです。
 ですから、その願いが叶えば、何らかのかたちで、必ず自分も幸せになるのです」
「うむ。さすがは想いの神じゃな。そう言われてしまうと、もうわしには決められん。
 どうじゃ、たまには、御主が決めてみては?」
「私が、ですか?」
「そうじゃ。御主が好きに決めてよい、それが、地球の規模を超えぬものならば」
「そうですか、では・・・・」
 テゥィンクはしばらく考え込むと、やがてリストの中から、一人の少女の写真を指さした。
「この者の願いなど、いかがでしょうか?」
「なるほど、恋愛成就か。そう言えば、一度も叶えたことのなき願いじゃな」
「それでは、今年はこの者の願いでよろしいですか?」
「いや待て、その者の相手は誰じゃ? あまりに有り得ぬ恋ではいかんぞ」
「心配いりません、神王様。相手はただの青年でございます。
 恋の理由は一目惚れ。どうも、この青年の凛々しき顔立ちに惹かれたようです」
「うむ、なら―――」
 神王が承諾しようとする最中、テゥィンクの開いた扉の前に覆いかぶさるようにして、もうひとつの扉が現れ、中から、セルゼルノが現れた。
「どうかしましたか? 神王様」
「あぁ、すまぬ。どうやらセルゼルノが異世界から帰ってきたようでな」
「セルゼルノが?」
 テゥィンクも神王の視線の先に振り返ると、いつの間にか現れたセルゼルノが、何かの書物を片手に、ゆっくりと、こちらに向かってきていた。
「今年の願いはその者でよい。もう持ち場に戻ってよいぞ、ティゥンクよ」
「承知いたしました。・・・・あと、正しくは、テゥィンクでございます。神王様」
 テゥィンクは少々不服そうな顔を浮かべながらも、素直に立ち上がった。
「神王様、世・改の歴史を記す書物を手に入れました」
 セルゼルノは、歴史の教科書を持っている方の腕を上げ、見せつけた。
「おぉ、久しぶりだなースィンク!」
 そしてテゥィンクとすれ違う際、そう呟くと、テゥィンクは足を止め、
「テゥィンクです! 間違えなえないでくださいね。セルゼルノ」
 眉間にしわを寄せ、口元の引きつったぎこちない愛想笑いをしてから、速足で歩き出した。
「神王様、なぜティンクはあんなに怒って―――」
「テゥィンクです!!」
 テゥィンクが向こうに行ったのを見計らったつもりだったのだが、聞こえてしまったらしい。
 そのあまりの剣幕に、神王も思わず身をすくめた。それでいいのか創造神。
「・・・・それで、どうじゃ? たいした誤差はなさそうか?」
「はい。今のところは」
「そうか。なら良い。
 と、言いたいところじゃが、どうも最近、世界の人間たちの数が激増しておる。
 じゃからバランスを取るため、今日から三ヶ月後に、地球で大きな災害を起こすことにした。
 良いか?」
「と、言われましても。災害が起こるのは、世界の地球であって、私には関係ないのでは?」
「いや、そんなことはない。
 忘れておるかも知れぬが、御主の造った世界は、この世界のコピーじゃ。
 そこに住まう人間たちもここの人間たちと同じ記憶が植え付けられておるし、世界の環境も、こことほぼ同じのはずじゃ。速い話が、世界と世・改はある程度リンクしておる。
 じゃから、世界の地球で災害が起これば、世・改の地球でも、形は違えど、必ず何かしらの災害が起こるはずじゃ。というか、でなければ困る。世界の予備として成り立たんからな」
「つまり三ヶ月後我世・改の地球でも、災害が起こるということですか?」
「この世界とそっくりな環境に作られておればな」
「それは一体どのような災害なのですか?」
「そこまではわからん。いくらわしが未来を運命(さだめ)ることができるとはいえ、あまりに正確に決めすぎると世界のバランスを崩す可能性があるからな。じゃから、人間の激増に歯止めをかける規模の災害であることと、人間が一番被害を受けること、この二つしか、わしにはわからん」
「しかしその災害は、いつか必ず終息し、人間が全滅するまでには至らない程度なのですよね?」
「・・・・それは、まだ何とも言えん。
 この世界にはイブがおるし、危なくなれば、いつでも終わらせる事が出来る。
 じゃが御主の、世・改で、災害を、つまり運命を捻じ曲げられるのは世・改唯一の神である、
御主だけじゃ。すべては御主の元から持つ力、有無にかかっておる。我々には手出しできん。
 何せ、御主の世界じゃからな」
「しかし! 私は、物体を生み出すか、無きものにするかしかできません!」
「まぁそう焦るな。まだ、起こるかもわからぬ災害じゃ」
「まぁ、それはそうなのですが・・・・」
 セルゼルノが俯くと、視界の上端で、神王が立ち上がるのが見えた。
 神王が立ち上がる姿を見るのは、これが初めてかもしれない。
 そう思うとセルゼルノは、なんとなく嬉しくなった。
「まぁとにかく、そう言うわけじゃから。
 とりあえず世界と世・改を半年後にし、両の違いを見るとしよう」
「しかし、世・改に影響を与えられる神は、私だけではないのですか?」
「それは扉が閉まっておればの話じゃ」
 神王はおもむろに右腕を上げ、再びガチャガチャを回すようなしぐさをした。
 以前とは違い、半回転しか回さなかった。
「では、行くがよい。もしも世・改で想定外の規模の災害が起こっておれば、終息させるまで、帰って来てはならぬぞ。でなければ、世界の予備として、――役に立たん」
「・・・・はい。では、行ってまいります」
 セルゼルノは、扉の向こうの世界へと姿を消した。
 事実上、六ヶ月以上歴史の教科書を借りっぱなしであることにも、気付かずに。

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