完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*2*
一瞬にして顔が赤くなる。
「さ…九石ぃいいいいいいいいいいい!!」
相手は片手に持っていた本から顔を上げた。綺麗な黒髪が揺れる。
「…何?」
「何じゃない、見たでしょ!」
「は?何をだよ」
「何をって…私のそのパ…」
恥ずかしさで真っ赤になって、そこから先はプライドが邪魔して言えない。
知ってか知らずか、九石は面倒そうな顔をすると、
「何をかは察したけど、俺ずっとこの本読んでたし、そういうの興味ない。あと、そもそも校則破ってスカート折ってる飴野夜の方が悪いじゃん」
正論と来た。彼の手には「フェルマーの最終定理」の本が握られている。
九石優也。私と同じ十一期生の男子。数学特待生で私はこいつに勝ったことが一度もない。私が出た数学の大会においても、九石が出ているのならば優勝は九石に確定、私は銅賞か銀賞だ。世間でも多分九石の方が注目されているのだろう。百人に一度の天才とも巷では言われているらしい。
「し、知らないよ!ってか、九石、時間大丈夫なの!?もう8:15だよ!」
「何言ってるんだよ。今日は9:15集合だろ」
「あ…」
忘れていた。
確かに「明日は卒業式なので9:15登校です、間違えないように」と言われた気がする。
「そっか…」
それなら逆に早すぎるくらいの時間に学校に着いてしまう。
「阿呆だ、私…」
一人でうな垂れていると九石は「俺先に行くから」と行ってしまった。
相変わらず不愛想な奴だ。
私はその背中を追いかけた。
「九石!ちょっと待ってよ!」
「…何、まだ何かあるの」
「何かないと話しかけちゃだめなの?」
「別にいいけど」
学年1の成績優等生と劣等生。そんな私たち2人はフェルマーの最終定理について話しながら登校した。
「あそこでフライ曲線が出てきたときはびっくりした!関係するんだ、みたいな!」
「というか、実際にフェルマーはあの方法で証明したのかな。もっと単純にできそうな気もするんだけど」
「えー、でも『この余白は狭すぎる』って書くくらいだから、証明、そんなに簡単じゃないと思うよ?」
そんな会話をしているうちに校門が近づいてきた。
「じゃぁ、ここで。卒業式、寝るなよー」
「バ…バカ!寝ないもん!九石こそ寝ちゃだめだよ!」
「お前に『バカ』っていわれるとはなー、心外。」
「五月蝿い、だまれ、馬鹿!」
「だから『馬鹿』じゃねーし」
じゃぁな、と手を振る仕草は認めたくないけれどイケメンだった。
もう少し一緒に居たかった、と言うのは恋心ではなく、別の理由だ。