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*1*
桜満開。
始業式。
でも、それが何だというのだ。
学年にも友達がいない私は、クラス替えで一喜一憂することもない。誰と同じクラスになろうが、きっと同じだ。
普段よりも早めに学校に来たわわけは、クラス分けの表を人が混む前に見ておこうという考えからだ。メンバーなんてどうでも良いけれど、さすがに自分が何組か分からないのは困る。
校門をくぐると、やはりこの時間にはまだ誰も来ていない。
「まぁ、7:10だしね」
下駄箱の所に白い大きな紙が一枚貼られている。5クラスの一番上を見る(なにしろあめのやなので出席番号は必ず1番だ)と、
「…1組か。」
すぐに階段を2階に駆け上がり、3年1組の教室を開ける。
「…あ、飴野夜、おはよう」
「さ、九石ぃいいいい!?」
何でこいつがここに居るんだ。
「何驚いてるんだよ」
「え、あんたもしかして1組!?」
「そうだけど。」
――終わった。
つまりは、ライバルが近すぎる距離に居ると、逆に手を打ちづらくなるわけで。
「てかお前、クラスメイトの名前くらい見とけよ」
「見る必要ないもん、どうせ同じだし。」
「同じって…何が?」
ギクッと私は体をこわばわせる。そうだった。一度も私と同じクラスになったことの無い九石は私の置かれている状況をあまり知らない。
「…何でもないよ。気にしないで、ごめん」
「本当に何もないのかよ」
「うん!大丈夫だよ!何もないよ!」
浮かべた作り笑いは九石の目にくっきりと移っていた。自分でも不自然だと感じられる。
でも、
――こいつにだけは迷惑かけたくない。
知られたくなかった。もしその波に九石までもが呑み込まれていったとき、私は数学を語り合える存在さえも無くしてしまう。
だから、たとえ嘘をついてでも私は口を割りたくなかった。
「お前が言いたくないならそれでも良いけど、」
私はうつむいていた顔を上げる。
「一人で抱え込むのがつらいなら誰かに言えよ。俺でも良いし、他のやつらでも…」
胸がドキッとはねた。
それは――それは私がずっと望んでいた言葉で。
表面だけじゃない、本当の優しさを久しぶりに感じた気がした。他の人達は多分のってくれないかな、と言う言葉を飲み込んで、ありがとう、とだけ伝える。
「で、んなこと置いといて、新しい問題!お前なら朝の間に解けるだろうし!俺はちょっと行くところあるから!」
突きつけられたプリントを受け取ると、奴は駆け足で教室を出ていった。
その瞬間。
「何でだろう…涙出てきちゃった…」
久しぶりの温かい気持ち。この2年間、人の嫌なところばかり見て育った冷たい心に流れ込んでくる。
私は握りしめたプリントを見つめる。紙に涙が落ちて少しだけ濡れる。
――歯車が動き出したような気がした。