完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*1*
プロローグ*エリカ*
もう何十、何百年前か忘れるぐらい昔のことを僕は思い出していた。でも、決して曖昧な記憶ではなく、まるで昨日のように思い出せるほどに鮮明な記憶。
コンコン、と僕はノックの音を響かせた。
「失礼します」
そう告げて、僕はドアを静かに開けた。ぎいい、と重苦しい音を立て、扉が開いた先にあったのは、広い広い、部屋だった。中央には、淡い桃色の天蓋ベッド。家具には可愛らしい、しかし高価そうな文様が描かれている。ところどころに、ふわふわのぬいぐるみが飾られ、見上げるほどに高い本棚がいくつもあった。
そして、ベッドに腰掛けていたのは__、
「……あなた、誰?」
幼さの残る、しかし人間離れした美貌を持つ少女だった。9、10歳くらいだろうか。彼女は、夕暮れ時の空のような、桃色と紫色の間の不思議な色合いをした髪を腰まで降ろしていた。そして、同じ色の澄んだ、でも何処か冷たい瞳でこちらを見つめていた。
僕は跪き、言葉を発した。
「僕は本日より貴女様にお使えすることになった者です、エリカお嬢様」
すると彼女は、興味の無さそうな感情のない声で「ふうん」と呟いた。
「まぁ、どうせ他の者共のようにすぐ辞めるんでしょう。……名前は何?」
一瞬、僕は迷った。僕は死ぬほど自分の名前が嫌いだった。この名前で呼ばれる度に、吐き気が込み上げる。思い出したくもない過去を思い出すからだ。
しかし、正直に告げることにした。
「アイビーです」
ああ、やっぱりこの名前は大嫌いだ。
すると彼女はまた、「ふうん」と呟いた。しかし、先ほどと違い、面白げで感心したような声色で。
「……いい名前ね」
そう言うと、彼女はほんの少し口元に笑みを浮かべた。それはまるで花の蕾がほんの少し綻んだような。
そうだ、僕はその笑顔と言葉に救われた。誇張なんかじゃない。
苦過ぎて飲み込めなかった記憶を、何度も吐き出しては見ないふりを決め込んでいた僕に、たった一言、「いい名前ね」という言葉と笑顔だけによって、救いの手を差し伸べてくれた。
僕はこの日、生涯彼女と共に生きようと決めたんだ。