完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*1*
ある晴れた土曜日のことです。
狐のお面に虎模様の和服を着た牙鬼軍団の幹部のひとり、十六夜九衛門(いざよいきゅうえもん)は、上司である晦正影(つごもりまさかげ)から都会に買い物に行ってくるように頼まれました。
いつも自分の名前を「八衛門」だの「十衛門」だのと正しく言って貰えない彼は少々不満でしたが、言う事を聞かないわけにはいきません。仕方なく、マイバックを持ってアジトの近くにあるスーパーへと向かいました。
「えっと、ジャガイモを3個にニンジンを2個、それからカレールー……」
メモ帳に書いてある食料品を見る限り、晦は今夜はカレーを食べたがっていることがわかります。彼はカレーに必要な最後の材料であるカレールーを取ろうとして、はたと考えました。
『僕はカレーよりシチューの方が好きだ。あの狸爺に好物を料理するなんて癪に障る。それならば、品切れだと言ってシチュー用のルーを買えば僕の好物を食べる事ができるはずだ。少なくとも正影様は買い物に行っていないのだから、気づかれることはないし、文句を言われる筋合いもない』
そう考えた九衛門は、悪戯っぽく微笑みを浮かべ、シチュールーを買い物かごに入れました。
さて、買い物帰りのこと。
彼は帰り道の途中で、以前から入ってみたかったゲームセンターによってみることにしました。幸いなことに、買い物をした後に出たおつりは好きに使っていいと上司から言われていたのです。
それを思い出した彼は、さっそくゲームセンターの自動ドアをくぐります。明らかに異形の姿をした九衛門ですが、従業員や客達は、特に疑うことはありません。ばれたらどうしようかと内心ヒヤヒヤだった彼は、ほっと息を吐き出しました。
さて、数多くあるゲーム機の中で彼が選んだのはパチンコ……ではなく、もぐら叩きゲームでした。
「妖術、肥大蕃息(ひだいばんそく)の術!」
味方の妖怪を巨大化させるときに呟くセリフを吐きながら、彼は初心者とは思えない卓越した動きで、萌袖でありながらそれをものともせずに、見事すべてのもぐらを叩いてしまいました。
手持ちのお金をすべて使い果たした彼は、上機嫌で帰り道を急ぎます。けれど、そんな彼の前に立ち塞がる者が現れました。
体格のいい黒い西洋風の軍服を着た強そうな男です。
軍服の胸のあたりに真っ赤なバラの刺繍が施されています。
「君は誰だい?」
突然現れた相手に対し、萌袖を揺らし首を傾げながら訊ねる九衛門。
すると相手は黄色い目を怪しく光らせ、腰に携えた鞘から長剣を引き抜き、闇のエネルギ波を彼めがけて発射します。ですが、九衛門の正体はラストニンジャと謳われ数多くの伝説を残している伊賀崎好天の元弟子。そう簡単に相手の攻撃を食らうはずもなく、変わり身の術で避けます。敵と背中合わせになると、その中性的な声で言いました。
「予告もなく攻撃するなんて、なかなか荒っぽい事するじゃないか。
まあ、そのぐらいの攻撃、僕に当たるはずもないけどね」
「フフフフ……さすがは腐っても牙鬼軍団幹部だけのことはある」
「へぇ、僕が何者か知っているの?」
「無論、十六夜九衛門であろう。私の名はシャドーラインの黒鉄将軍シュバルツ!貴様の命を奪いに来た!」