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*1*
「きみは誰、だねぇ」
「教えてほしいねぇ」
「おれの名はジャドウ=グレイ。おまえの中に眠る、黒い部分を解放しにきた」
「それは困るねぇ」
「やめてほしいねぇ」
「大形よ。おまえは魔力を封印され、記憶もおぼろげで苦しかろう。
悪いことは言わん。おまえの本来の姿に戻り、思う存分悪の限りを尽くせ」
「もうひとりのぼくは、本当のぼくじゃないねぇ」
「あんごるもあに利用されて捨てられた哀しみと復讐心が生んだ、悪いぼくだねぇ」
「フフフフ、大形よ。おまえは己を見失っているな? 悪の姿こそおまえの真の姿なのだ。人を傷つけ裏切り利用し、逆らうものは力ずくでねじ伏せる魔界の王……それが大形京、おまえという人間なのだ」
「さっきも言ったねぇ、それはぼくじゃないねぇ」
「悪魔の声には耳を傾けたくないねぇ」
「ぼくはずっとこのままでいたいねぇ」
「記憶もおぼろげで魔力が封印されていたとしても、みんなと幸せに過ごせる方が、ひとりぼっちの魔界の王になるより、ずっと楽しいねぇ」
「成程。それがおまえの導き出した答えという訳か」
「この答えは、何があっても覆らないよねぇ」
「そうだよねぇ」
「おまえの決意はよくわかった。ならば、仕方あるまい。おれはおまえが愛する者をすべて奪ってやろう。家族、五年一組のクラスメート、そして――黒鳥千代子をな。
そして後悔するがよい、おれの誘いを断ったことを永遠にな。
フフフフフフフフ……」
「――はぁっ……はぁっ……だねぇ」
また、同じ夢を見た。
ジャドウ=グレイと名乗る男が現れて、ぼくの両手にはめられてある魔力封印のぬいぐるみを取る夢。
それはぼくにとって、苦痛以外の何者でもない夢。
おぼろげな記憶しかないけれど、幸せな毎日。
パパにママ、そして桃と過ごす何気ない、けれど明るい笑顔に包まれた家庭。隣には黒鳥さんが住んでいて、ぼくにいつも優しくしてくれる。
けれどもぼくは、彼女の期待を――優しさを裏切ってばかりだ。
洗濯魔法をかけられても、改善の兆しが見えないぼくの心。
桃花ブロッサムがインストラクターになってからも、ぼくの心の闇は変わらない。
それどころか、日に日に増加している。
どうすれば、野心と支配欲に満ちたこの心を消すことができるのか。
毎日、寝る前に考える。
だけど、答えはみつからない。
この前も、自分のインフルエンザの分身を作って魔界に行った。
最初は、本気で黒鳥さんからチョコを貰った恩返しがしたかった。
でも、時間が経つにつれて、悪いぼくに負けている自分がいた。
そしてこともあろうに、哀しみに暮れる黒鳥さんの前で、ぼくは言っていたんだ。
「好きだの、愛だのばかばかしい」
って。
その言葉が、どれだけ彼女を傷つけていただろう。
胸が痛い。苦しい。
ロープでがんじがらめにされて、思いっきり締め付けられるように。
謝りたい。
だけど、謝ろうとすると、口が渇いて言葉がうまく出せなくなる。
そんな自分が、とても嫌になる。
心の中でぼくは五年一組のみんな、そして家族に謝る。
ぼくのせいで、悲しい思いをさせて、ごめんなさい。