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【完結】「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜
作者: すずの  (総ページ数: 39ページ)
関連タグ: 推理 恋愛 生徒会 
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10~ 20~ 30~

*1*

 喫茶店に流れるラテンの音楽が、案外何の違和感もなくスッと耳に入ってきた。
 ラテンというとサンバやモサンビケ等、陽気で明るくてテンポが速いというのを想像してしまうかもしれないが、全てがそんな歌ではない。今、喫茶店に流れているこの曲は、少し哀愁を漂わせる落ちついた雰囲気のものだった。とろけるような男性ボーカルの声と歌詞がマッチしていて耳にとても心地よい。僕が曲名も歌手名も知らないラテンをかけているなんて驚きだ、と今から行われる話し合いの内容とは全く繋がりのないことを考えてみる。
 話があると恋人から電話がかかってきたのは今から三十分程前のことだった。
 焦ることもなく自転車を走らせ、ゆっくりと校門を抜け、この喫茶店の扉を開けた。
 高校生である僕の周りで、待ち合わせ場所に喫茶店を指定するオシャレな友は残念ながらいない。そんな金銭的余裕もない。まあ、高校生の内情なんてそんなものだ。
 僕は今から喫茶店で話をするのではない。喫茶店は我が家だ。家族はお客さんが利用する店の入り口から入るのではなく、いつもなら裏口を使うのだが、ただ今、外装を改装中。家族は常にカウンターの奥から厨房に入り、さらに奥にある居住空間に行くための階段を上がらなければならない。うちでは未成年だけで喫茶店を利用することを禁じているから、恋人はきっと二階の居住空間に通されたのだろう。僕の予想であれば、恋人とあと他にもう一人、来ている筈なのだが。
 僕はカウンターの奥にある厨房を目指し、お母さんの後ろを通り抜けようとするが、お母さんはそれを許さず、物凄い力で腕を掴まれてしまった。
「あんた、なんで何も言わないで家にお友達呼ぶのよ。適当にコーヒー出しておいたけど、忙しい夕方の時に友達なんか呼ぶんじゃないよ」
 素早く耳打ちしたあと、すぐにカウンターから離れ、他のアルバイトとバトンタッチし、店自慢のオムレツを営業スマイルでテーブルに持っていった。
 お母さんは店が忙しい時に友達やら客やらが来るのを嫌がる。うちの店自慢のコーヒーを出してごゆっくりと言ったきりでは、丁寧なもてなしと言わないんだそうだ。本当は、客とコミュニケーションをして場を和ませたいのだろう。お客様一人一人に丁寧なもてなしをする、という我が喫茶店の商売理念を、身うちの客や友達にまで持ち出してきているのだろう。
 別に進んでお茶をふるまう楽しい話をこれからしようって訳じゃないのに。
 僕は、今日も忙しく働く母の背中をじっと見つめ、独りごちた後、奥に進み、やっと階段を上がる。
 上がりながら、コーヒーとオムレツとピザがおいしいと巷で人気ということを、今更ながら思い出した。さらに、駅からそう遠くはないため、平日のラッシュ時では店内が会社帰りのOLやサラリーマン等で混雑する。そして、今がその時間帯だ。まあ、確かに怒られるのも無理はないなと時間が経てば冷静に考えることが出来た。
 しかし、さっきも言ったように今から楽しくない話しあいをする僕にとって、家族を気に掛けるほどの余裕なんてなかったのだ。
 居間と階段を仕切っているのれんをくぐると、うちのリビングのテーブルに僕のよく知る人物、その隣に僕の恋人の姿があった。恋人から電話があった時点で、ある程度、話の内容を予測していたのだが、改めて僕の家の椅子に座っている恋人の姿を見ると、やっと現実味を帯びてきて、あっという間に涙がこみ上げてきてしまった。彼らにそんな姿を見せる訳にはいかない。僕は慌てて上を見上げ我慢する。
 遅くなってごめん、と早口で告げると素早く座る。
 恋人はまるで太陽を見失ったヒマワリのように、深くうなだれていた。常に明るい笑顔を振りまく楽観的な彼女を知っている僕は、こんな姿なんて見たくなかった。四年間、彼女の隣にずっといる僕でさえ、こんな光景を見るのは初めてだったのだ。
 真正面に座る男を改めて見ると、石造のように顔の筋肉を硬直させ、目を血走らせていた。きっと拳はひざの上で固く握られているのだろう。これから何を言うのか、一言一句、僕は手に取るようにわかってしまった。まるで推理小説の犯人が冒頭からわかってしまったかのように。
「彼女と別れて欲しい」
 男は唐突に、何の震えもなく一気に言った。
 この言葉を何回も咀嚼し、シミュレーションしたということを窺わせるような、まるでロボットのような言い方だった。
「昨日、偶然ではあったものの、あんな風な形で知らされることになるなんて。今の今まで言っていなかったことをまず謝る。すまなかった。お前と彼女の関係はわかっているつもりなんだ。だけど、お前では彼女を本当に幸せにすることは出来ない。俺のほうが彼女を幸せに出来る」
 誠実な彼らしい言葉だった。これでは結婚のプロポーズだ。
「お前と彼女がどれほど強い絆で結ばれているか、見ればわかるが、これは俺と彼女が考えに考えた結論だ。わかってほしい」
 そして彼は深々と頭を下げる。テーブルにつきそうな程。
 僕はそっと小さく息を吐く。
 実をいうと、僕はもうずっと前から恋人にチラチラと男の影があることなんて、うすうすわかっていたのだ。僕と話す時も、どこかうわの空だったし、スマホを何回も確認してそわそわしていたし。わかっているのに何も対策を打たなかったのは、自信があったからだ。結局は恋人が僕の元へ戻って来てくれるという自信みたいなものが。こんな話をするけど、実はそうじゃないのよ、とあの柔らかな笑みと共に彼女ならそう言ってくれるだろう、と希望を抱いていた。

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