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*1*
男が態度を豹変させた、と言うよりかは本性を現し出したのは、パーティーを組んだその瞬間からだった。親切だったはずの男は完全に姿を消し、今までの恩を押し付けてありとあらゆる面で青年を奴隷のように扱うようになったのだ。
例えば依頼に向かう際の荷物持ちや、依頼中の囮役、男が犯した様々なミスなどと言った面倒だったり危険だったりすることは全て青年に押しつけられる。それでいて、報酬や実績、名声はその大方が男のものとなり、青年はパーティーを組む上でのありとあらゆる負の面を一人で背負うことになってしまったのだ。
更にここ最近はそれがエスカレートし、男が少しでも気にくわないと感じただけでサンドバッグのごとくストレス解消の道具にされることも少なくなくなった。更に一連の行為は主に周囲の目が向けられていない所で行われており、気づかれたとしても青年の方に非があるような言い方を男がしたため、男への周囲の評価が下がることはなく、むしろ評価が下がるのは青年の方だった。
そんな扱いを受けながらも青年が男から離れようとしなかったのには、彼のお人好しの性分が関わっていた。なんと、この期に及んでまだ男に対しての信頼を捨てきれずにいたのである。ある意味、狂気的とも言える青年のお人好し具合だが、ついに、そんな青年の狂気をもってしても許容することが出来ない事件が起こってしまう。起こってしまってはもう手遅れなそんな事件が。
その日の朝、男は青年を酒場に呼び出していた。いつもとは違う集合場所にいつもよりも早い集合時間、男よりも先に来て席を取った青年の表情には緊張の色が現れている。特に何かをした覚えもないことが余計にその緊張を掻き立てる。
「よぉ。待たせて悪かったな」
そんな青年の気持ちをある意味裏切るかのように、男は青年には久しく見せていなかった明るい表情でその場に現れた。普通ならそこに気味の悪さを覚えるはずの場面なのだが、純朴な青年はそれを素直に喜んだ。
「ううん。全然大丈夫だよ」
青年は今までのことを忘れたのかと疑いたくなる程、爽やかにフォローを入れる。男は、そんな青年の向かい側に座ると同時に、机上にそれなりの重量感を感じる布袋を置いた。その軽い金属音と膨らみ方から、中身が大量の硬貨であることは青年にもすぐ分かった。
「えっとな。今日はそれを渡そうと思ってここに呼んだんだ」
男は、少しはにかむような仕草を見せながらその布袋を置いた意図を話した。しかし、あまりにも突然すぎる出来事ゆえに、当然、青年は疑問の意を示す。
「……どうして急に?」
理由を問われた男は、神妙な面持ちを浮かべてその理由について述べ始めた。
「俺、どうかしてたんだ。ちょうどお前とパーティーを組んだ頃から妹が病気で倒れちまってよ。有名な治癒術士に治療して貰えることになったんだが、治療費がとにかく高額でな。それをかき集めることばかりに夢中になってなんか頭ん中がおかしくなっちまったんだよ。金を集めるためなら、なんでもしよう。俺はこんなに頑張ってるんだから少しくらい楽しても良いだろってな。おかげでって言うのもなんだが妹は助かったし、そのお礼と謝罪を兼ねてな。もちろんこんな金で足りるとは思ってねぇ。どんなことでもして、償っていくつもりだ。だから、本当にすまねぇ」
頭を下げる男に対して、青年は布袋を優しく差し出す。
「いいよ。償いなんか。元に戻ってくれるならそれだけで十分だから」
青年の顔は心底嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべていた。そんな青年の対応に対して、頭を上げた男は引き下がることをせず懇願する。
「……いや、受け取ってくれ。わがままかもしれないが、これは俺なりのけじめでもあるんだ。そうじゃなきゃ俺の気がとても収まらねぇっ」
「……うん。分かった」
青年は、この前の少女の時と同じく、「受け取ってほしい」という強い意思を受けて、結局は金品を受け取った。
その後、二人はパーティーを組む以前のように、仲むつまじい会話を交わしながらギルドの受付へと向かう。その際、二人の表情には久しぶりの笑顔が戻っていた。
しかし、そんな青年にとって幸せな時間は不穏な喧騒によって遮られることになる。喧騒のする方にに目を向けると、カウンターの前に人だかりができていた。青年と男は、人だかりの後方にいた冒険者仲間を捕まえてその事情を尋ねる。その仲間が言うには
「ギルドの金を盗んだヤツがいる」
と言うことらしい。それで犯人に心当たりがないか情報を集めていたようだ。確かに大変なことではあるのだが、青年には心当たりといったものは微塵もなかったためこの件に関しては協力することが出来ない。とこの場を去ろうとした。しかし、男の方にはその心当たりと言うのがどうやらあるようで、青年を呼び止めると共に「言わないといけないことがある」と突然、周囲の視線を意図的に集めた。最悪の可能性が頭をよぎり、少し不安そうな表情を見せた青年を差し置いて男はその心当たりについて話し出した。
「俺は犯人を知っている」
男の発した一言は、青年を含めた周囲の人間を驚かせ、ざわつかせた。青年に関して言えば、その口ぶりから男が犯人であるという最悪の可能性が断たれたことに対する安堵もそれと同時に訪れたのだが。さて、そんな訳でその場にいた誰もが男の次の一言に最大限の注目を向ける。そんな中で男が指を指したのは、
「信じたくはないが……俺は昨日、お前が金を盗んでいるところを見てしまったんだ。言うべきかどうか迷っていたが、やっぱり同じパーティーメンバーとして、見過ごすわけにはいかない……と思ってな」
その瞬間、周囲の視線は、全て青年に集まっていた。