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作者: nagi (総ページ数: 8ページ)
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*≪赤いバケツと黄色いシャベル≫*
これはフミさんが20代後半のころの話。
フミさんの娘『明美(あけみ)』の話。
あのバケツはフミさんの父が明美にあげた物らしい。
そのころ明美はまだ小学2年生で、遊び盛りだった。
そんな明美さんの宝物の一つだ。
〜40年前〜
その日は明美が近所の博と公園で遊んでいた。
固い地面を博の黄色いシャベルで掘り、明美のバケツに入れて水を混ぜて泥団子作りに熱中していた。
フミは夕飯の支度も終え、明美を呼びに公園へ向かった。
「お母さん!」
公園につくなり明美はフミを見つけ駆け寄ってきた。
手は泥だらけでフミの前掛けを汚した。
「手が泥だらけじゃない!」
フミが怒ったように言うと、明美は笑って
「博君と泥団子を作っていたの!」
と言った。
博もフミのもとに駆け寄り
「いっぱい作ったぞー」
と3つ4つ作った泥団子を持ち上げた。
「明美も明美もー!」
そう言って明美も泥団子を持ち上げた。
「2人とも仲がいいわねー」
とても微笑ましい光景だ。
それから博も一緒に家へ帰った。
フミは自分をそのとき、他人の子もなつくいい母親だと思った。
次の日、また明美は博と公園に行った。
昨日と同じうにようにフミは明美を迎えに行った。
しかし公園に明美はいなかった。
博が木の根元で一人寝ているだけだった。
「博ちゃん。起きて博ちゃん。」
明美の居場所を聞き出そうと博を起こす。
「ん…何…?」
やっと起きた博に明美の居場所を問い詰めた。
「明美はどこなの?」
落ち着かない様子で返事を急かした。
「帰ったよ。」
苦い顔をして博は言った。
博の手には赤いバケツがあった。
「そのバケツはどうしたの?」
明美の宝物だ。
「置いて行ったんだ。僕のシャベル持ってっちゃったから!!明美ちゃんに貸してって言われてないのに持ってっちゃったよ?」
博は多分さっきまで泣いていたのだろう。
目元が赤かった。
博が言うには、明美が博のものを取ったということだ。
「本当なの?貸してあげたんじゃなくて??」
「うん。取られた。明美ちゃんとケンカしたんだ。痛かったんだぞ!」
そう言って博は肩をさすった。
ここを見てみろと言わんばかりに、フミの顔を見つめながら。
そこを見ると擦り傷のようなものがある。
「明美がやったの?」
信じたくないが聞いてみた。
「うん。」
自分の娘がそんなことするはずがない。
明美は優しくて頭の良い子だ。
「嘘をおっしゃい!!博ちゃん!悪い子ね!!」
フミはつい博を怒鳴りつけてしまった。
「ほっ…んと…だっもん…」
涙目で博はそう言い、走って帰って行った。
結局家に帰ると明美は黄色いシャベルを持っていた。
博が置いて帰った赤いバケツを抱えたフミを見て
「お母さん、私は悪くないのよ?」
そう明美は言った。
「そうね。」
フミは娘を叱れなかった。
結局博とはそのあとしばらく話した記憶がない。
そして明美も博と遊びに行かなくなった。
たいした問題ではないじゃないか?
そう思うのもいい。
そこは個人に任せよう。
だがフミさんは違った。
『どうして明美を叱れなかったのか。』
たかが子どものちょっとした嘘じゃないか。
…いや、たかがというには難しい問題だと思う。
「私は娘を叱れなかったことが今も忘れられなくてね。」
膝の上で指を絡ませながらフミさんは言った。
きっと明美にとってこの嘘は『始まり』だったのだろう。
誰でも一度は嘘をついたことがあるだろう。
では、初めて嘘をついた理由を言える人はいるのだろうか?
少なくとも私にはできない。
人は生まれた瞬間には嘘など知らない。
意味もその言葉も。
では、いつから嘘をつけるようになったのか
周りの人間を見て知ったのだろう。
そして嘘をつく理由はだいたいが自分を守るためだ。
他にも誰かを傷つけないため。など理由はある。
が明美は自分のための嘘だったのだろう。
フミさんがこんなにも昔のことを思い出したのは、1年半前に明美が死んだ時だった。
旦那と息子と3人一緒に逝ってしまったらしい。
家が火事になり、誰も助からなかった。
ボヤの状態が長く、冬だったため窓も閉め切り毒ガスを吸ってしまったらしい。
3人の通夜に博が参列してくれた。
その時にこの話をしたそうだ。
私は明美に似ていたそうだ。
私はその話を聞いてすぐにフミさんと別れた。
フミさんに急ぎの用があったらしい。
今回私が思ったこと。
嘘をつくということは、自分を守っている代わりに
誰かを傷つけてしまっているかもしれないということ。
しかし、傷ついて傷つけて何か新しいものに出会えるのなら
またそれもいい。
もう一つは叱るということ。
フミさんはああ言っていたけど、私は叱るよりも
話を聞いて、どこがどう良くないのかを話して聞かせたほうが良いのではないかと思った。
教育の仕方は人それぞれだ。
私の口をはさむところではない。
でも、できれば怒鳴られ手をあげられたなんて
小さいころの思い出にしたくはない。
あくまで私の場合。
だが叱ることも大切だ、難しいのは何が正しいかを教えることだ。
好き勝手やらせてたんじゃ、きっと周りの見えない子に育つことだろう。
私は駅までの道をまた歩き始めた。
新しい出会いと私の中に生まれた『嘘』と『叱る』とともに。