完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*紹介文/目次*
序
その場には雨の音のみが盛大に響いていた。目にも見えるほどの大きな雨粒が木々の葉に連続して当たり、ぬかるんだ地面にできた水たまりに波紋を作ってうるさく音を立てる。
かた、かた、雨の音以外に下駄の音が静かに弱々しく聞こえてきた。その下駄を履く少女は茄子のような地味な紫色をした傘を細い両手で決して離さないように握っていた。雨は容赦なく斜めからも少女を襲い、素足にできた無数の擦り傷にしみた。
どこに向かい、なんの目的で歩いているのか分からなくなるほどに少女は空腹と疲労で意識が揺らぐように薄れていた。そして、その場にゆっくりと倒れてしまった。
少女は地の味を身に感じるほどに地面と密接になっていた。瞼が支えを失ったように落ちていき、目を閉じた。涙を流せば、誰かが助けてくれるという考えは人間の幼児の考える発想だ。彼女には助けを求める人物はいない。だから涙は流さなかった。
その場にはもう雨の音のみが聞こえるようになり、少女のこの世に一つしか存在しない、名前である多々良小傘(たたら こがさ)を呼ぶ者も同様に存在しないのかもしれない。
一
小傘はうっすらと瞼が開き、目の前に広がったのはどこかの家の天井であり、自分は布団の中に入っているのだということが少しずつだが確認できた。同時に外は灰色の厚い雲がいまだにかかっているようで、雨は止むことなく降っていた。おそらく小傘が意識を失ってから二、三時間が経過したぐらいだろう。
小傘は掛け布団をどかし左右が青色と赤色に分かれている瞳で周りをゆっくりと見渡した。
小さな一人暮らしが妥当ほどの和風の家であり、彼女の左隣には囲炉裏があり、左右には縁側があり、外とはなんの境界もなく筒抜け状態である。前方には居間の玄関と台所がある
周りの状況を確認できたところで、玄関に一人の男が現れた。歳は二十歳ほどで服装はいたって質素な農民の着る服のようなものであった。彼は小傘が目を覚ましたことを確認すると仏頂面で口を開ける。
「目を覚ましたんだな。どうだ、調子は」
小傘は一瞬の油断も与えないように彼の仕草一つすらも凝視するように心の中で思った。表面上はあくまで助けてもらった旅人のような素振りで言う。
「大丈夫です。その、あなたは誰ですか」
男は居間と小傘のいる空間の間にある一段高くなっているところに腰をかけると、ふぅと疲れからの吐息だろう、一度大きく吐き出すとやはり無愛想に返答する。
「俺は水葉雫輝(みずは しずき)、この村で一応医師をやっている。といってもほとんど診断などには来ないから、専ら他の村に薬草や薬を届ける仕事をしている。今はその帰りだ」
小傘はふと自分の腕や足に巻いてある包帯に意識を向けるとこれらは彼がしてくれたのかと確認ができた。そして同時に彼女は決して感情を表に出さないように、まるで落としたものを拾ってもらうかのような口ぶりで言う。
「あの、私の持っていた傘を知りませんか。無くしてしまうと大変なんです」
水葉は右手にある玄関を指差して、それならそこにあると答える。小傘はそれを聞くと当然見た目的には無くしたものを取りに行くように行動を開始する。内面的には早くそれを自分のところに置いておきたいという願望欲で満たされていた。
小傘がその茄子のような色をした傘を掴むと、水葉に向かって丁寧に頭を下げてお礼を言う。
「見ず知らずの私を手当てまでしていただき、ありがとうございました。私はこれで失礼したいと思います」
水葉は感情の読みにくいその表情で、そうか気をつけてなと言い放った。小傘は笑顔で傘を差して彼の家を出た。
小傘の彼への不信感は思い過ごしであったのを彼女自身まだ分かっていないが、ただ人間は信用できない。そこには恨みという感情は込めらていないがそれがすべてであった。
二
その日も雨が強く降っていた。ぬかるんだ地面を下駄で踏みしめながら小傘は傘を両手で握りしめて歩いていた。水葉が手当てで巻いてくれた包帯は所々ほどけ血でにじんでいた。
道中で雨よけのできる小さな小屋を見つけて小傘はそこに入った。そこは人が三人ほど入れるほどの空間であり、花も食べ物も添えられておらずひたすら神への合掌を続ける地蔵がある。
小傘は傘をしまい、水が足元に垂れるようにして持つと不意に声をかけられる。
「奇遇だな、こんな所で会うなんて」
若い聞き覚えのある声であった。仕事帰りだろうか、水葉雫輝の姿がそこにはあった。小傘も驚きが隠せないようで
「あはは、本当に奇遇ですね」
笑ってそう答えるしか小傘にはできなかったが内面的には激しく感情が渦巻いており水葉が次に言う言葉でそれは外側にまで広がることになる。
「妖怪であるお前がどうしてこんなところにいるんだ」
小傘は言葉を失った。弁解の余地もないほどの真実を告げらてしまったがそれでも言葉を出そうともがいても喉が渇くばかりで何も言えなかった。
「なんだ気づいてないとでも思ったのか。俺にだって村からお前の手配書ぐらい配られる。茄子みたいな地味な傘を持った妖怪がいるとな」
言葉という抵抗を失った彼女にできたのは逃避しかなく、その場を逃げようとした。水葉を黙らせる程度に半殺しにはできただろうが、それでは意味がない。彼女はたしかに人間は信用していないが、それでも大切な存在であることには間違いないのだ。自分は捨てられた傘だが、捨てられる前はきっと親切にしてもらえただろうから。
待て、と言って水葉は逃げようとする小傘の左腕を掴んだところで彼女の包帯が血で赤くにじんでいるのが確認できた。
「村の連中にやられたのか」
「あなたには関係ないでしょ」
手を払いのけて小傘は地味な傘を差して、小屋を出た所で水葉は声を上げる。
「俺は医者だ。怪我をしたら治すのが俺の仕事だ。それは人間だろうが妖怪でも関係ない。怪我をしたら家に来るといい」
小傘はその水葉の不器用な優しさを感じたのか立ち止まってそれを聞いていた。そして彼はこう続ける。
「医者は患者のことを知る義務がある、お前名前は何というのだ」
「多々良小傘」
「そうか、いい名前だな。診察代など最初から期待はしていない。いつでも来るといい」
「怪我なんて自然と治る。私たち妖怪は人間と違って丈夫なの」
そう言って小傘は再び走りだしてしまった。頬には何かの液体がついていた。それはきっと雨が頬にかかったのだと彼女は信じたかった。
三
あっちにいったぞ、向こうだと村人たちの声があふれかえっていた。若い声から、野太い声、中には老人の声まで混じっていた。その中心にいるのはやはり小傘であった。
薄暗い森の中を一人で獣道でも整備された道でもない木々や落ち葉で満たされたそこをひたすらに駆けていく。背後には無数の松明の黄色い光が徐々にこちらへと近寄ってきており何より下駄では走る速度は彼らと比べれば遅かった。
捕まれば何をされるかは容易に予想がついた。普段は石を投げられ擦れて血が出る程度であったが今回はそれで済むはずがない。農作業で使う鎌や鍬を見ればとてつもない激痛が待っているはずだ。五体をバラバラに切断されようとも生きていられる妖怪にとって痛みで死ねる人間の方がまだ良いと思えるほどの苦しみである。
小傘と彼らとの距離が確実に詰まる中で彼女の脳裏に浮かんだのは水葉の姿であった。だが彼は人間である。そして彼女は妖怪である。その種族の違いが暗黙の了解で彼への助けを求める気持ちを遮っていた。
それでも小傘が気づいた時には水葉の自宅の前にいた。玄関の戸は閉まっており窓からは光が見えるので彼がいるのは確かである。彼女が左手で傘を持ったまま右手で戸にノックしようとしたところで右手が止まった。
彼に助けを求めればこの窮地を脱することができる。だが小傘にとって涙を流し彼に懇願できるほど彼女の痛みは浅くなかった。松明の光はもう目と鼻の先まで近づいていた。
「なんだ、騒々しいな。なにかあったのか」
そう言いながら水葉は玄関の戸を開けた。小傘はどうしたらいいか分からず声すら出せなかった。無言の彼女の不安定な心理状態は子供じみたものにも近かった。怪我をし泣き出す寸前の子供といったところだろうか。
入れ、と水葉は一言言った。えっ、と小傘がもう一度聞き返すと押し入れにでも入ってろ、と彼女の左腕を掴んで家の中に放り込んだ。彼女はすぐに身を潜め、彼は玄関のそこに立ったままで数十秒後に水葉と歳が同じほどの男が一人来た。
「おい、水葉。ここに手配書にのった妖怪が来なかったか。茄子みたいな傘を持った妖怪だ」
「いや、知らないな。見ていないが」
男はそうか、と言って舌打ちをしてからその場を離れようとした所で水葉は口を開ける。
「一つ聞かせてくれないか。あの子が一体何をしたと言うのだ」
はぁ、と何を馬鹿なことをいっているのだこいつはと半分殴りかかりそうな表情で男は言った。水葉は続ける。
「たしかに彼女は妖怪だ。だが我々と同様に息をし、腹をすかし、怪我をし、赤い血を流す。そこに一体何の違いがあるというのだ」
「違い、そんなのは必要ない。あいつは妖怪、それだけで理由は必要ない。それはどうして家畜を殺せるんだ、と聞いてるようなものだ。それは簡単だ。家畜だからだ。奴も同じ、妖怪だから。それだけだ」
男はそう言い捨ててその場を去った。水葉は一息ついて家の中に入ると居間に両手を胸の前でからめるようにして握っている小傘がいた。彼女は一言だけ静かに言う。
「さっき言ったのはあなたの本心ですか」
「ああ。偽りはない、あれは俺の本心だ」
それ以降小傘は言葉を発しなかった。いや、言葉というくくりには属さない感情を声として出さなければ抑えきれなくなった時に出るようなそんな嬉しさと悲しさを溢れ出していた。
水葉の胸の中で涙を出し続けた。止まることなく頬を伝わり彼の衣服を濡らすほどにその涙という液体はあふれ続けるである。 <了>
後書き
いやぁ、二次創作は楽しいですね。すぐネタが思いつきますし即興で書けるし楽でいいです。10割本気で小説書くと疲れちゃいますからね。1,2割がちょうどいいかな。次はたぶん進撃の巨人の二次と東方(誰か)を同時並行で書こうかなと思ってます。毎週土曜日更新でがんばって行きます。そんなわけでここまで読んでいたたぎありがとうございました。 黒猫