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cynical【完結】
作者: 美奈  (総ページ数: 63ページ)
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3ー9
・・・・・・・・・・・・・・・

湊はそこで、はっと我に返った。また、あの過去を思い出してしまった。いや、完全に忘れたらそれこそいけないのは分かっている。でも今日は、このレストランが貸切営業なのだ。いつもより仕事が多い。しっかり仕事しなければ。
舞もいつもの1.5倍はある仕事に忙殺されていた。意外に店内が広いのだ。
ビルのリニューアルの際、立ち退きか店の規模縮小を求められたが、店長は両方を拒み続け、そのまましぶとく生き残ったのだ。このやや広い店の面積も、ひとえに店長の努力だった。


約束の時間まであと少し。皆てきぱきと働く。
舞は様々な食器をお盆にのせていた。たくさんの食器を運ぶ事に慣れ始めていたのだ。時間がなく、ちょっと焦っていたこともあって、舞は急いでいた。…と。

「あだっ………」

客席へ向かう途中の段差に気がつかなかった。何という注意力の無さ。
…それより、食器が割れる!!
と思ったが、割れる音がしなかった。

「…どゆこと?」

と、舞は目の前で自分のお盆を支えていた湊を見つけて、また段差を踏み外しそうになった。

「……えっ??」

「危ねぇだろ。ちょっとは落ち着け。割れてその後片付けをする方が時間がかかるってことくらい、いくら生粋の馬鹿でも分かるだろう」

湊は溜息をついた。間に合って、良かった。
今まで無視されてきたから、いつもは人助けをしようなんて思わない。でも舞は違った。元々バカな子だって知っていたから、助けてやろうとしただけだ。でも。

「あ、ありがとう…ございます」

湊は驚いた。無視されなかった。学校では落ちたペンを拾ってあげても、教科書を忘れた子に見せてあげても何も言われず、無視されたのに。自分の目をまっすぐに見つめて、答えを返してくれた。嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。ごめんなさい、と謝る舞に大丈夫だから、と優しく言葉をかける。

「いや、わかってくれれば、いいんだって…。ほら、半分持つから」

貸切営業は、無事終わった。舞はもう、シフトの時間を終えて既に帰っていた。
今度は、話しかけてみようかな。
湊はそう思い始めていた。

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