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*紹介文/目次*
「えっ、また転勤なの!?
せっかく親友ができたのに...
高校受験も近いのに...」
ああ、なんで転勤族の娘に生まれちゃったんだろう...
私の人生は別れの歴史、なんて悲しい宿命なの...
心の整理もつかぬまま、私は首都圏の中学校に転校することになった。
渋谷や原宿に遊びに行けることだけが慰めだった。
もう転校先の中学校では友達を作らないことに決めた。
これ以上悲しい思いをするのは嫌だったから。
転校先登校初日の下校途中、母から頼まれたものをスーパーで買った。
その帰り道、荷物が重くて手が痛くなった。
道の途中に公園があったのでベンチに腰掛けた。
少しすると、クラスで隣の席の加山君が私の斜め前のベンチに座った。
加山君も同じスーパーの袋を持っていた。
そしてスマホをいじり始めた。
私には気づいていない様子だった。
私も何も言わず、そのまま家に帰った。
翌日の放課後、私は学校の図書室で勉強していた。
苦手な数学でも勉強して寂しさを紛らせようとしていた。
そこへ、加山君と別のクラスの男子が入って来た。
宿題のレポート作成のために本を探しに来たようだ。
暫くすると借りる本が決まったようで、二人は本棚の陰でおしゃべりを始めた。
陰に私が居ることには気づいていないようだった。
「加山、スマホ買って貰ったんだって?」
「うん、格安スマホだけどね。
これで僕も佐藤のようにネットにアクセスできるようになったよ。」
「僕はパソコンは持ってるけど、スマホは高校に入学してからね、って親に言われてるんだ。
羨ましいなー、ちょっと見せてよ。」
「あっ、もう待ち受け画面をお気に入りの写真にしているんだね。
可愛いねこの子、どこで撮ったの?」
「昨日、公園のベンチに座っていたら斜め前のベンチに座ってたんだよ。
可愛いからスマホのカメラで撮っちゃったんだ。」
えっ、えっ、どういうこと!?
昨日、加山君はいつのまにか、私をスマホで撮ったっていうの?
可愛いからって、ウソでしょう!?
でも、佐藤君っていう男子も「可愛いね、この子」って言ってくれてたし...
私の心は天に昇らんばかりだった。
翌日、浮き浮きした気持ちで登校したが、何ごともなく一日が過ぎた。
加山君は隣の席の私に話しかけることもなく、
授業中に私が落とした消しゴムを拾ってくれるくらいだった。
そんなものかしら?
なんか、ひとりで舞い上がって、そしてがっかりして、
私ってバカみたい...
それから二日ほど経って、加山君が
「相沢さん、あんまりクラスの女子と話しとかしてないみたいだけど、
このクラスに馴染めない?」と心配そうな顔つきで話しかけてくれた。
「う、うん、そんなことはないんだけど...。
でも、心配してくれてありがとう。」
「それならいいんだけど...」
チャイムが鳴って、話は中断された。
その日の下校途中、私の少し前を加山君が歩いていた。
加山君の家は私の家の近くだったら、通学路が同じだった。
私のこと心配してくれた加山君にあらためてお礼を言おうと思って追いかけた。
「ねー、加山君、同じ方向だよね。一緒に歩いてもいいかな?」
「もちろん、いいよ。」
私たちは歩きながら話した。
「さっきは、私のこと心配してくれて本当にありがとう。
実は私、父が転勤族だから何度も転校しているの。
せっかく友達が出来ても、直ぐにお別れになっちゃうでしょう、
それで、こんな寂しい思いをするくらいなら、友達なんか出来ない方がいいと思って
殻に篭っていたの...
でも、加山君が心配して声を掛けてくれて、
私、本当に嬉しかったわ。」
「そうかー、相沢さんにはそんな苦労があったんだね。
僕は、両親が揃っているだけで幸せだと思ってたけど、
人にはそれぞれ違う苦労があるんだねー」
「えっ、加山君には...?」
「うちは、母ひとり子ひとりなんだ。」
「ごめんさい、変なこと聞いて...」
ちょうど、加山君の家の前に着いたので、さよならをした。
私は父を恨むことさえあった自分を恥じた。
次の日も、加山君と帰り道が一緒になった。
加山君は自分のことを話してくれた。
加山君は毎晩夕食を作ってお母さんの帰りを待っているとのことだった。
でも、加山君は言った。
「僕の母は料理があんまり上手でなくてね...
母から教わったとおり作ってもおいしく出来ないんだよ。
最近はスマホでレシピ調べたりして、自分なりに工夫しているつもりなんだけど、
やっぱり上手には出来ないんだ。」
私は思わず、「今晩、私に料理を手伝わせて!」と言ってしまった。
加山君は「えっ、本当!?
嬉しいなー。」
私は「あー、料理が得意で、良かった!」と心の中で呟いた。
二人でシチューの材料を刻みながら楽しくおしゃべりした。
「受験も近いのに、僕のために時間を割いてくれて、悪いねー」
「そんな風に思ってくれるなら、私に数学教えてよ。
加山君、数学クラスで一番なんだから。」
シチューが出来上がった後、加山君は喜んで私に数学を教えてくれた。
とても楽しいひと時だった。
また、今晩のような楽しい時を過ごせたらいいなと思っていたら、加山君が
「今日はとても楽しかったよ。
ねえ、また今度、料理教えてくれないかなー」と照れながら言ってくれた。
「もちろんよ」と私は返事をした。
それからひと月ほど経った頃、加山君が言った。
「あのさー、嫌だったらいいんだけど、相沢さんの顔、スマホで撮ってもいいかな?」
「いいけど、どうして?」
(そう言えば、以前、私のことこっそり撮ったんじゃなかったっけ?)
「母がね、料理教えてくれてる子ってどんな子なの?って聞くもんで...
夜が遅いから会えないけど、ご近所だし、もしどこかで会えたら、挨拶したいからっ
て言うんだ。」
「それは光栄だわ。ちょっと恥ずかしいけど、いいわよ。」
(こっそり撮った写真じゃ、お母さんに見せられないものね...)
翌日の放課後、調べものをするために図書室の一番奥の本棚で本を探していると、
加山君と佐藤君が入って来た。(以前も似たようなことがあったっけ...)
二人は誰も居ないと思ったようで、話し始めた。
「加山、最近、相沢さんとよく一緒に帰ってるみたいだね。」
「うん、家も近くだし、
僕の家で料理を手伝ってくれたり、僕が数学教えてあげたりしてるんだ。」
「へー、なんか幼馴染みたいにイイ関係じゃん。」
「そうなんだ...
でも、不思議なんだよ。
僕は女の子と話すのが苦手なのは良く知ってるよね、
でも、相沢さんは直ぐに打ち解けてくれて、
まるで幼馴染かのように僕に話してくれるんだ。
だから、僕も心おきなく話せるんだ。
それで料理の方もね、相沢さんにしばらく教えてもらった甲斐あって、
母も感心するほどおいしく作れるようになったんだ。
そしたら母が、相沢さんってどんな子か見てみたいって言うから、
昨日スマホで撮らせてもらったんだ。
それを母に見せたら
『かわいいね、この子』って言ったんだ。
その言葉を聞いた時、僕の心の中で何かが弾けたんだ。
そして、あらためて相沢さんの写真を見たら、毎日見ているはずなのに、
すごく可愛いって思ったんだ。」
「これは恋に落ちましたね。加山君」
「そうみたい...
それで、スマホの待ち受け画面を、
あの公園に居た子猫から相沢さんに変えちゃった。」
今度こそ、私の心は天に昇ったのでした。
おわり