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*紹介文/目次*
「本当になんとお礼を言えば良いのやら……お礼と言ってはなんですが、これを受け取ってく下さい」
少女はそう言うと、布袋の中から数枚の金貨を取り出した。これだけあれば、数ヶ月は普通に暮らせる額であり中々の大金である。しかし青年はそれを受け取ろうとはせず、少女の手を制するように優しく押し戻す。
「いえ、大丈夫です」
典型的なお人好しだった青年からすれば本当に要らなかったのだが、少女の方からすればそれで気が済む訳がない。自分の人生がかかった大事な大金をひったくりから取り返してもらったのだ。少女は、これだけの大金を前にしても、無欲な態度を崩さない青年に尊敬を覚えながらも、とにかく何か礼をしたい一心で説得しようと試みる。
「どうせ無くなるはずだったお金です。最低でもこのくらいは受け取ってもらわなきゃ私の気持ちも収まりませんよ。だからお願いです。どうか受け取って下さい」
「受け取ってほしい」と頭を下げる少女の様子に、青年は少し戸惑ったように手をばたつかせる。
「あっ、そんなっ、頭なんか下げないでくださいよ……分かりました。ありがたく頂きます」
男と別れてから少し後、青年の姿はギルドの玄関先にあった。青年は俗に言う冒険者であり、先程の件はギルドに向かう道すがらの出来事だった。従って、いつもより少しばかり遅れて職場に着いた彼だったが、そんな彼に対して、先に集合場所についていた男は、苛立ちを顕にする。
「おい、遅かったじゃねぇか」
「……ごめん」
「ごめんじゃねぇよ!! あっ? 俺より遅く来んじゃねぇよってあんだけ言ってんだろうが!!」
青年を怒鳴りつけた男は、その勢いに任せて、青年の腹部を思い切り殴りつけた。
「がぁっ!? がはっげほっ」
前触れもなくいきなり殴りつけられた青年は、たまらず膝から崩れ落ちて激しく咳き込む。そんな青年の髪を引っ張り、自分の顔の位置まで青年の顔を引き寄せた男は、まだダメージが残っていることなどお構い無しに、その理由を言及する。
「なんで遅れた? 正直に答えろ」
「っ……それは……」
青年は、今日の朝あった出来事を偽ることも、隠すこともせずに話した。男は、一応その話を最後まで聞き、さも当然と言わんばかりに手を出すと
「じゃあその金貨よこせ。それで、今日の遅刻は無かったことにしてやるよ」
いかにも等価交換を持ちかけるかのような口ぶりで金貨を要求する。男の言動はまさに横暴の極みとも言えるものであるが、青年は特にためらう素振りすら見せず懐から金貨を取り出し、手渡した。
「へへ、四、五、六……と」
男はそれをありがたがることもせずに受け取ると、手早くその枚数を数えて懐へとしまった。一方の青年の方はと言うと、金を半ば強制的に奪われたことに、というよりかは折角の好意を自分の保身のために捨ててしまったことに対する負の感情を表に出すまいとひっそりと唇を噛みしめた。
彼らの関係性を簡単に説明すると、ギルドのパーティーである。他にパーティーメンバーはおらず、比較的珍しい規模の小さいパーティーである。しかし、仲間と言うにはあまりにも横暴なこの男を、青年はなぜパートナーに選んだのか。それを説明するには少しだけ過去の話をしなければならない。
「おいそこの。何勝手に割り込んでやがる」
まだ駆け出しの冒険者だった青年が、受付を待つ列に並んだ際に起こったことだ。ドスの聞いた声と共にどこからともなく現れた、体格が良くお世辞にも人相が良いとは言えない男が青年の元に言い寄る。青年からすれば、ただ列の最後尾に並んだだけであり何か文句を言われるようなことは一切していないため、なぜ男が自分に言い寄って来たのか分かるはずもなく困惑した素振りを見せる。
「えっ?」
そんな青年の反応に対して、男はいきなり胸ぐらを掴むと
「とぼけてんじゃねぇよ。そこは俺が予約しておいた所だろうが。てめえみたいな坊主がこんななめた真似して許されると思ってんのか?」
まさに無茶苦茶である。それは十人が見れば十人全員がそう思うほど間違いないはずのことであるのだが、周囲は多少ざわつくだけで男の行動を咎めようとはしない。むしろ、関わらないようにしようと一度は注がれた視線が段々と離れていく。
青年は、男の言葉をただ聞くことしかできず、周りもそんな青年を助けようとはしなかったためこの場の主導権は完全に男が握ることになってしまった。男はそんな雰囲気を良いことに、青年のことをすっとんきょうな理論で責め立て、そして最後には
「もしこのまま冒険者を続けられないような状態にされたくないって言うんならこれを払うしかないよな。金額は予約を無視したことと、俺の時間を奪ったことを考えて金貨五枚ってところか? まぁ安いもんだよな。それだけでなにもされずに済むって言うんだからよぉ」
金銭を要求してきた。それも中々に高額の。何度も言うがまだ駆け出しだった青年が、大した金を持っているわけがなかった。それこそもうどうしようもなくなった彼の耳に、ある声が届く。
「もう止めろよ。そいつも困ってんだろうが」
その声の主こそが、現パートナーのあの男だった。結果、難癖をつけてきた男は渋々ながらも青年から手を引き、青年は助けられた。これを機に、二人は事あるごとに関わるようになった。
何かと自分のことを助けてくれる同年代の男に対して、青年は何かと親しみを感じると共に、尊敬のようなものを覚えるようになる。そんな相手からパーティーを組もうと言われて、断る理由などあるはずもなかった。