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君は愛しのバニーちゃん【完】
作者: ねこ助  (総ページ数: 27ページ)
関連タグ: ラブコメ 変態 家庭教師 歳の差 男主人公 コメディ 
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10~ 20~

*16*





「——えっ!!?」


 俺は座っていた椅子から勢いよく立ち上がると、驚きに見開かれた瞳で手元の携帯画面を食い入るようにして見た。
 そこに写し出されているのは、今しがた届いたばかりの美兎(みと)ちゃんからのラ○ンメッセージ。



【今ね、衣知佳(いちか)ちゃんと一緒に瑛斗先生の学校に向かってるよ〜𓀤𓀠𓀥】



 語尾に付いた絵文字の意味は、全くもって謎なのだが……。どうやら、最近の美兎ちゃんのお気に入りらしく、乱用するかのごとく毎度の様にオマケとしてくっついてくる。
 そんな謎めいた美兎ちゃんも、激しく愛しい——。

 解読不能な絵文字を眺めながら、うっすらと不気味に微笑み暫し惚(ほう)ける。


(——ハッ! 今は、そんな場合じゃねぇ……っ!!)


 俺の学校では今、2日間に及ぶ文化祭の真っ最中である。
 そこでサボっ……いや、休憩中に暇を持て余していた俺は、美兎ちゃんとのラブラブなラ○ンのやり取りを楽しんでいた。
 ——と、その時。何の前触れもなくやってきたのが、このメッセージ。


(い、今!? 今って……、今だよな!?)


 急な展開に慌てふためくと、手元の携帯を危うく落としそうになる。

 俺がこんなにも慌てているのには勿論、ちゃんとした理由があって。今日はカテキョの日でもなければ、美兎ちゃんと会う予定すら元々入ってはいなかった。
 という事はつまり、当然未変装な訳で……。その上もっと最悪なのは、変装グッズすら持ち合わせていないという現状だった。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイ……
ッッ!!! なんとかしねぇーとっ!!!)


 常備しているワックスと伊達眼鏡の入ったバッグを片手に、教室から飛び出すと一気に廊下を駆け抜ける。
 こうなったら、誰かに洋服を借りるしかない。そう判断した俺は、広く長い廊下をキョロキョロと見渡した。


(……っ、どこだ! どこにいる、俺の救世主……っ!!!)



 ———ピローン


 
 新着メッセージを知らせる着信音が鳴り響き、慌てて手元の携帯を確認してみると——そこには、美兎ちゃんからの新たなメッセージが表示されていた。



【着いたよー! 瑛斗先生、どこにいるの?𓀀𓀠𓀋】



(ファッ……ツ!? もう着いた!!?!!?)


 あまりの早さに驚き、その場で軽く飛び跳ねる。きっと、先程のメッセージは学校のすぐ近くからだったのだろう。
 全く……こうして君は、いつだって俺をドキドキとさせて飽きさせやしない。



(なんて、刺激的な小悪魔なんだ……っ♡♡♡)



 欲を言えば、もっと早くに知らせて欲しかったりはするのだが……。
 仕方がない、これも小悪魔のテクニックなのだ。君から与えられるものならば、俺は甘んじて受け入れる他ないだろう——。



【迎えに行くから、ちょっと食堂で待っててくれる?】



 それだけ返信すると、再び救世主探しに奮闘する。


(……どこだっ!! どこにいる、ダサ男……っ!!!)


 変装にピッタリな服装を探し求め、広い廊下を必死で彷徨う。
 だがしかし——流石は三流大学。チャラそうなやつらばかりで、中々お目当てのダサ男が見つからない。



 ———!!



「……おいっ! そこのダサ——……男! 今すぐ、俺にその服を貸せっ!!」


 やっと見つけ出したダサ男に声を掛ければ、ビクリと肩を揺らして立ち止まった見知らぬ男。


「だ、ださ……?」


 俺を見て怯えるような表情を見せる男は、文化祭のチラシらしき束を片手に小さく声を上げる。


「お前の着てるその服、俺と交換してくれ!」

「……えっ? ふ、ふふ……、服!?」

「俺には今、その服が必要なんだよ! お前には俺のこの服、貸してやるから!」

「えっ!? そ……っ、そんな派手な服……」

「なぁ……頼むよ……っ!!」

「——っ!?!? ヒィ……!」


 必死の形相で目の前の男の両肩を掴めば、顔面蒼白になった男は悲鳴を上げた。
 俺は真剣に頼んでいるだけだというのに……。こんなにビビられてしまっては、まるで側から見たら恐喝だ。


「なぁ……いいだろ?」


 般若の如く形相で再度必死に頼み込めば、ブルブルと震える顔面蒼白の男は、首を何度も大きく縦に振って答える。もはや、声すら出ないようだ。


(ハァ……。マジ、焦ったわぁ)


 目当てであった洋服を手に入れる事ができた安堵感から、ホッと息を吐いた——その時。



 ———!!?



 廊下の先に見えてきた美兎ちゃんの姿に驚き、両目を全開にさせた俺はその場で固まった。


(……えっ!!? な、ななな、なんで、うさぎちゃんがここに……っ!!!?)


 食堂とは真逆に位置するこの廊下。何故、居るはずのない美兎ちゃんが、ここに……?
 一難去って、また一難。どうやら、俺の可愛い小悪魔ちゃんは休む間も与えてくれないらしい。俺は1人、パニックからその場であたふたとする。

 ——とりあえず、見つからないように隠れるしかない。


「……おいっ。ここでちょっと、待っててくれ。ぜーー……ったいに、待ってろよ? 逃げたら……許さないからな」

「は……っ、はい!」


 未だ顔面蒼白のままの男に向けてニヤリと不敵に微笑むと、俺はその場から離れて柱の陰に身を潜めた。そこからコッソリと顔を覗かせると、悪魔を連れ立って歩く美兎ちゃんの様子を静かに見守る。


(このまま、俺に気付く事なく通り過ぎてくれ……っ)

 
 ズンドコズンドコと鳴り響く鼓動を抑えながら、祈るような気持ちで美兎ちゃんの姿を凝視する。すると——。
 何やら、チラシ片手に美兎ちゃん達に近付いて来た男達。一見するとただの出し物の勧誘のように見えるが……それにしては、やたらと長く話し込んでいる。

 よく見てみれば、少し困ったように対応している美兎ちゃん。あれは……間違いなくナンパだ。
 そう認識した瞬間、あまりの怒りに青筋全開で鬼のような形相になった俺の顔。柱を掴んでいる右手の指は、ミシミシと音を立てながら深くめり込んでゆく——。


(俺の……エンジェルに……っ、手ぇ出すんじゃねぇ……っ!!!!)


 自分の事は最大限高く棚に上げさせてもらうとして……。いくら可愛いからとはいえ、中学生相手にナンパとは許すまじ行為——!


「——おい。この子達、困ってんのわかんねぇの……? しつこくすんなよ、可哀想だろ」


 美兎ちゃんの肩に触れようとした男の手をグッと掴むと、そのまま目の前の男に向けてギロリと睨みを効かせる。
 そんな俺を目にした男は、一瞬ムッとしたような顔を見せたものの、急に焦ったように態度を一変させると口を開いた。


「あー……。ご、ごめんね〜2人共。じゃ、良かったら後で遊びにきてね〜」


 それだけ告げると、そそくさと立ち去ってゆく男達。どうやら、相手は俺の事を知っていたらしい。
 3年連続ミスコン優勝の威厳は健在だったようで、無用な争いを避けられたなら良かった。


(まぁ……負ける気なんて毛頭ねぇけど。美兎ちゃんの前で、喧嘩なんてしたくないしな)


 誇らしげに胸を張ると、フフンと鼻で笑って満足気に微笑む。


「あの……。ありがとうございます」

「…………へっ?」


 その可愛らしい声につられるようにして目線を下げてみると、そこには俺の顔をジッと見つめながら佇(たたず)んでいる美兎ちゃんがいる。



 ———!?!?!?



 俺の頭からすっかりと消え去っていた、今の危機的な状況——。

 あの、一瞬にして天国と地獄を味わう事となった”マシュマロ事件”の事もあって、今となっては、単純に未変装姿を晒す事自体がデンジャラス。
 万が一にでも顔を覚えられていて……それが、『瑛斗先生』と同一人物だとバレてしまったら——! 

 この先の人生に、俺の明るい未来はない。


(やヤやヤ……、ヤベェッッ!?!? っ、あぁぁぁああーー!! 可愛いっっ♡♡♡ ……って、今はそんな場合じゃねぇっ!! ヤバイヤバイヤバイヤバイ——ッッ!!!!)

 
 パニックで挙動不審さ全開な俺は、小悪魔ちゃんの誘惑から逃れるようにして顔を逸らすと、そそくさとその場を離れようとする。


「いっ、いいよいいよ、これくらい……っ。じゃ、2人共ナンパには気をつけてね」

「あのぉ……」

「!!? あー……。いやいや、名乗るほどのもんじゃないから! いや、マジで! ……じゃっ!」

「えっ……」


 悪魔からの会話を一方的に終わらせると、俺はクルリと背を向けて廊下を歩き始める。平常心を装ってはいるが、俺の内心はヒヤヒヤだ。
 名前なんて教えてしまったら一発アウト。もとより、『瑛斗先生』でいる限りこの姿の俺には教えられる名前などないのだ。

 今日は、この数分間だけでも何度ドキドキさせられた事か——。
 先程見た美兎ちゃんからの熱い視線を思い返すと、鼻の下を伸ばしてだらしなく微笑む。


(俺の可愛いエンジェルは……ホント、とんだ小悪魔ちゃんだなっ♡♡♡)
 

 こんなにも短いスパンでハラハラドキドキ攻撃を仕掛けてくるのは、後にも先にも美兎ちゃんくらいなものだろう。
 そのテクニックには、もはや驚きを通り越して脱帽だ。今後どこまで俺の心臓が耐えきれるのか……ちょっと、本気で心配だったりする。

 未だバクバクと脈打つ胸にそっと手を添えると、興奮で息切れの激しくなった呼吸をゆっくりと整える。
 


「……行っちゃったね」

「うん」

「食堂の場所、聞こうとしただけだったんだけど……」

「やっぱり、瑛斗先生にラ◯ンで聞いてみるね」

「うん。それがいいね」



 ——そんな2人の会話は、俺の耳に届くことはなかった。



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