完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*紹介文/目次*
ねえ、誰か言って私のために、私のためだけに、
“好きだよ”
そう言ってよ。
そう願っても誰も言ってはくれなかった。
でもあなただけが言ってくれた、あの言葉。
あなたは覚えてる?
contents
1暗い闇
2初めての出会い
3私の汚い心
4言って欲しかったあの言葉
5言えなかったあの言葉
6キセキの未来
7世界は明るい光に満ちていた
character
神崎(かんざき)優好(ゆう) 白神好大(しらかみこうだい) 立花(たちばな)梨奈(りな)
虹原(にじがはら)夢歩(ゆあ) 滝口(たきぐち)紗希(さき) 如月(きさらぎ)美姫(みき)
白神(しらかみ)好華(このか)
1暗い闇
「よし、じゃあこれは来週までにまとめて完成させておくように」
「親の職業、レポートにまとめるとか小学生じゃん!」
「だるすぎ…」
どう、しよう…親の職業なんて…かけるわけない…
「優好(ゆう)ちゃんは親何してるの?」
「っえ…?」
そんなこと言えるわけない。お父さんはもう他人だしお母さんは無職だ。今はなんとか貯金で生活している。そんなの友達に恥ずかしくて言えないし、知られたくもない。
「えっと…そんな大した仕事じゃないよ?」
「いいじゃん!教えてよ!」
「んとね…スーパーのレジ打ちかな?」
「へーそうなの」
私はその反応に少し苛立ちを覚えながらニコニコ笑って
「うん。まあね。」
と言う。きっと今の私の顔は曇っている。今の話で一瞬にして昔のことを思い出してしまった…。
それは10年前の私の6歳の誕生日だった。その日は朝から大雨が降っていた。こんな大雨の中でお父さんは家を飛び出して行った。その日を境にお父さんは二度と私の家…「神崎家」に帰ってこなくなった。お父さんとお母さんはその前からいつものように、夫婦喧嘩を繰り返していた。私はお母さんと2人になってすごく悲しかった。だけどその時にお母さんが
「ごめんね。お母さん1人でもあなたを立派な大人に育てるからね。優好のこと大好きだからね。」
そう言ってくれた。その言葉が嬉しくて2人でも頑張れるような気がしていた。それが最後の「大好き」とは知らずに…。その日からお母さんはどんどんおかしくなっていった。そんなある日私はお母さんにこんなことを聞いていた。
「ねえ、お母さん、お仕事行かないの?」
今思うとびっくりするようなこと聞いてるけどその時の私はそんなこと考えられないくらい幼かった。すると、お母さんがものすごい剣幕で
「うるさい!優好を産んだから…」
と言った。それ以降お母さんは私に大好きと言ってもらえなくなった。大好きどころか、まともに話もしてくれないし、ご飯もお風呂も、何もかもやってくれなくなった。最初はすごく悲しかった。当たり前だ、自分の親に大好きと言ってもらえないし、何もしてもらえないのだから。でもそのうちにすぐ慣れるようになった。別にお母さんに好きと言ってもらえないからって、そこまで大きくダメージを受ける必要は無いと思ったからだ。やっとそう思うことができたのは8歳になってからだった。でも、こんなに大きくなっても心のどこかで「ねえ、言って。私に、私のためだけに、好きだよ。そう言ってよ。ねえ、お願い!」いつもそう叫んでいる気がして、そういう自分が嫌で、大嫌い。人のことも大嫌い。だから自分は好かれないんだな。と、時々ぼんやり思う。そんな事を考えながら今日の学校が終わった。
2初めての出会い
「何書こう…」
公園のベンチで1人呟いた。風に揺れている草木をぼーっと見つめながら、ふと、ブランコの方を見てみる。あ、誰かがこっちを見ている。でも、目が悪いから、誰かちっとも分からない。なんとなくあの制服はうちの学校?多分男子かな?するとその男子がスッと近づいてきた。だんだんはっきりと顔が見えてくる。
「あ!やっぱり!神崎だと思った!」
そうして、そいつがニッと笑って白い歯をみせる。
「え…」
「なんだよその反応。せっかく俺が声かけたんだぞ!」
思わずゴクッと唾を飲み込む。
「白、神…」
そう、こいつは白神(しらかみ)好大(こうだい)。私のクラスメイトであんまり好きじゃないタイプ。私とは違って明るい所で生きてるって感じの人。おまけに不良っぽいし、ちょっと怖い。いつも教室で会っても話しかけてこないのにどうして話しかけてくるの?今日は部活ないの?頭の中が疑問でいっぱいなっているのを気づかれないように平然を装った。
「何?なんか用?」
「冷て〜態度。」
「何の用って聞いてるんだけど」
「別に何でもないけど」
「じゃあ何でここにいるの?今日は部活ないの?」
「神崎…俺のことめっちゃ知ってるじゃん…。
ちょっと嬉しそうに口角を上げている白神を見て、私の胸がドキッとなった気がした。でも、今の一瞬の思いを知られたくなかった、いや認めたくなかったからそれがバレないように、口を開いた。
「それで部活は休み?って聞いてるんだけど。」
そう、今の気持ちは私の気のせい。
「今日は休みですけどぉ?あ!そうか!帰宅部の神崎にはわかんないかぁ?」
そう言われてかなりイラッとした。さっきまでのドキドキが一気に消えて、逆に怒りで体が熱くなっていくような気がした。
「なんなのよ、バカ。」
そうぽつりと呟いてしまって慌てて口を押さえたけど、たまたま通った車の音で聞こえなかったと思う。あんまり関わった事ないから何されるか分かんない。
「俺ここで、あのレポートするから。」
「えっ…なんで?」
すると白神はあからさまにシュンとする。…なんで?
「俺のこと嫌い?」
「えっ、あ、えっ、と…」
反応に困る。そんなことないよって言って、じゃあ仲良くしようって言われたらどうしよう。別に仲良くしたい訳じゃないけど、なんか白神だけはこっち側に巻き込んじゃダメな気がして。
「…。」
「やっぱりそうなんだ。」
そんなことない、けど…。
「まあ、宿題するだけだから。」
違う。そんな苦しい笑顔にさせたかったんじゃない。
「うん…。」
そして白神は私の横に1人分空けて座る。ダメだと思ってるのに口に出せない。ずるいなぁ、私。1人分空けてても白神は私より大きいから時々肘が触れ合いそうになってすごくドキドキした。この時間がずっと続いたらいいのにー。今だけはそう思っていたい。
3私の汚い心
「ごめんね…。」
家に帰って、見慣れた天井を見つめながら、たった4文字の言葉を口にする。あの時、言えなかった。
「じゃあ、俺終わったから帰るわ。」
ギクシャクした気まずい空気が流れる。
「う、うん。」
ああ、時を戻したい。
「じゃ、また明日な。」
「うん。」
なんて馬鹿なんだろう…この2文字の言葉を繰り返して。
「はあ。さっきの事を思い出して何がしたいんだ。」
やっぱり私の心は汚い。ドス黒い心だ。…なんだかお腹すいてきたな。そりゃそうか、もう20時だもん。
「なんか食べよ。」
自分の部屋から行きたくないダイニングへ。
「お母さん、なんか食べる?夜ご飯作るよ。」
ソファにボーッと座っているお母さんに偽物笑顔で尋ねる。こんな優しい心、私にはない。
「………」
私はお母さんにバレないようにそっと息を吐く。冷蔵庫を開けてみると、空っぽ。夜ご飯またカップ麺か…。
「お母さん、コンビニにご飯買いに行ってくるね。」
そして、重たいドアを開けて一歩踏み出す。段々秋に近づいて来て空気が冷たくなってくる。
「早く、行こ。」
錆びた自転車を全速力でこぎながら、やっとコンビニに着く。
「なに買おっ…!」
え?白神…なんでこんな所で…さっきのことがあるから気まずい。バレないように通路を歩く。こっそり見てみたら、制服の白神とはイメージが違う。今は、パーカーにジーンズというごく普通の服を着ている。あんまりオシャレには興味がないのかな。そんなことを考えていると、目で追っていたはずの白神が消えていた。
「あ、れ?」
まあ帰ったんだろう。自分も足早にカップ麺を買って、コンビニを出る。あれ?自転車の鍵がない。どこ行ったの?自転車の鍵がないと帰れない。最悪…。思わず口に出そうとしたら、急に手が伸びて来て、レジ袋がさっと奪われる。な、なに。
「ちょ、嘘!白神⁉︎」
帰ったと思ってた…。ていうかそれより、
「早く返してよ‼︎っ…!」
キランと自転車の鍵が光る。
「あ!鍵!白神が盗んだの⁉︎」
「あ?んなわけねえだろ。探してたんだろ。これ。どうせここに入ってるんだろうかなって思って。ほら、レジ袋に入ってた。」
「…えっあ、ありがとう。」
その鍵を貰おうとすると、あいつの顔が曇る。
「何?早く返してくんない?ていうかなんでレジ袋に入ってるて分かったの?」
自分でもびっくりするような質問攻め。すると、「はあー。」という声が聞こえる。
「お前、これ夜ご飯?」
白神が私から奪ったレジ袋をひょいと軽く持ち上げる。
「なんであんたにそんなこと言われないといけないの?」
それが夜ご飯ですなんて言えない。
「いつもこんなの食べてるから細いの?」
「はあ?プライベートに入ってこないで。」
「ちょっとこっち来い。」
そのままコンビニ前への公園へと連行された。本当は抵抗したかったけど、あの家に帰る前の暇つぶしにと思って黙ってついて行った。
「お前、親に連絡取れる?」
「なんで?」
「夜ご飯俺ん家来ねえかなって思ったから。」
「はあああああ?」
うっそ!男子の家に行くなんて!しかもさっき公園でどちらかといえば嫌いです的な返事しちゃったよ!嫌いじゃないんだけど!待って、無理だよ、迷惑だろうし…いや、落ち着け!落ち着くんだ!
「いや、さすがに家に行くのはちょっと、ね。」
「やっぱり嫌いかあ。嫌われてたら無理だよな。」
寂しく笑っている白神を見て虚しくなってきた。
「ちなみに家に行って何するの?」
「は?お前ガチで言ってる?」
「ガチだけど。別に意味もないのに男子の家に行く必要ないからさ。あ、あと自転車の鍵返してよ。」
「あ、忘れてた。はい、鍵。…俺、お前のことが心配なんだよ。」
そう、モゴモゴ答える。耳まで赤くして。こんな白神初めてだ。かあと顔が熱くなる。でも耳まで赤くしている姿ととさっきの言葉から全て察した。多分白神は私の体が心配で、自分の家に呼んで、栄養のあるご飯を食べさせよう。そうしようとしてくれたんだと思う。あともう一つ。私のことが好きだということも判明した。…恥ずっ。どう接するのが正解?気まずすぎる…。
「えっと、それで私を家に呼んで夜ご飯を一緒に食べようっていうこと…ですか?」
なんで敬語で喋ってんだろ。自分で自分にツッコむ。
「う、うん。」
「じゃ、じゃあ、迷惑じゃないんだったらお言葉に甘えちゃおっかな。」
そう言って、笑った。ああ、なんだか久しぶりに心の底から、本当に笑った気がする。友達の顔色を見て笑ったりしてたからなぁ。ほんと、汚い心。
「そうだな。俺ん家の夜ご飯、ハンバーグだから。」
そう言って、白神も笑ってきた。私をほっとけない白神と、白神をほっとけない私。案外似たもの同士かも。私の心は汚くて綺麗なのかも、そう思えた。好きじゃないタイプの白神だけど、上手くやっていける気がした。
4言って欲しかったあの言葉
「夜ご飯、どうだった?」
「めちゃくちゃ美味しかった。」
あんなに美味しいご飯久しぶりに食べたな。白神のお母さんもすごく感じが良くて、なんていうか、白神の親って感じがした。
「今から、家1人?」
「いや、お母さんだけが…じゃなくてお母さんとお父さんと妹が家にいるの。」
そう言ってにっこり微笑む。嘘つき。ほんと大嫌い。自分だけは絶対に好きになれない。さっき、綺麗かもと思った自分の心も結局汚い。真っ黒だった。でも、嘘をついてでも、これだけは隠さないといけない。
「そうなのか。でも、親いるけど、夜ご飯カップ麺ってなんかおかしくね…っておい!」
私は急いで、家へと走っていた。なんで、私、もっとあの場に居たかったのに。気づいたら足が勝手に動いていて…でも、バレたくない。その気持ちが勝っちゃって…。そのまま全速力で家に帰って急いで鍵を閉める。さっきまですごく楽しかったのに。バレずに済んでいて安心した気持ちと、自分からあの時間を終わらせたことへのショック。あ!自転車!コンビニに忘れたままだ!今ポケットに手を突っ込んで自転車の鍵に触れるまで気付かなかった。
「馬鹿だなあ。」
もう自分が面白くなってくる。
「取りに行くの明日でいいや。」
気づくと11時になりかけていた。
「早く寝よ寝よ。」
そう言ってベッドに潜った。
「チュンチュン…」「ピピピピピピピピ」鳥の声と、目覚ましの音に起こされ、重たい頭を上げる。ああ、学校行かなきゃ。そうしてバタバタと支度を始めた。
「お母さん、行ってくるね。」
急いで家を出る。思っていたより遅くなってしまった。
「やばいな…間に合うかな。」
なんとか間に合って教室に入る。そして、お決まりのグループに入っていつもと同じ言葉を言う。
「みんな、おはよう。」
そう言ってニコリと微笑む。
「………」
ん?私はこの異常な空気をビビッと感じた。みんなも気まずそうに目を逸らす。え?何?私何かした?
「みんなどうしたの?私何かした?」
みんな言うか言わないか戸惑っている感じがする。普段結構喋る梨奈(りな)ちゃんも普段私に甘えてくる夢歩(あゆ)ちゃんも黙ったままだ。
「あ、あのさ。」
普段聞き役側の紗希(さき)ちゃんが言いづらそうに話しかけてきた。私は黙ってコクっと頷く。
「昨日、あそこの…」
彼女が指を指すところには、いつも先生の前ではいい子。男子の前ではぶりっ子。女子の前では女王様の如月(きさらぎ)美姫(みき)がいた。今も男子にいや、白神に媚を売っている。
「その如月さんが昨日見たって言うの。」
「何を?」
「えっと…白神くんと…」
その言葉だけでスーッと背筋が凍ってしまった。
「優好ちゃんが…一緒に居たって…!」
「ええ!?」
「動揺しすぎ。」
梨奈ちゃんが苦笑いする。
「待って、待って!てことはついにゆうゆうにも彼氏が出来たの⁉︎やったー!夢歩とおそろじゃん‼︎」
白神が彼氏⁉︎
「いや、いやいやないない!」
私は全力で否定する。
「そんなの如月さんの勘違いだよ。」
でも、如月さんに見られたのはちょっと、いや、かなり恥ずいな。
「どうしたの、神崎さん?」
ふわっと彼女特有の甘い香水の匂いがする。
「如月さん…」
彼女がクスッと笑って
「私の名前呼んだかしら?」
と言う。
「え、呼んでないよ。」
「あら、私の気のせいね。」
ホッ。私もグループの子も息をつく。
「あ、でもちょっと話したいことがあるから、後で屋上に来てくれるかしら?その3人抜きで。」
え?
「なんの話?」
負けずに立ち向かってみる。ピクッと彼女の形の綺麗な眉が吊り上がる。
「ちょっと、ね?いいでしょ?」
ここはうんと言わないとまずそうだ。
「うん。わかった。」
短い返事を交わす。
「じゃあ、後で。」
そう言って、高いポニーテルをクルンと回し白神の方へ行って媚売りの続きを始めた。
「大丈夫?」
紗希ちゃんが言う。
「うん、でもだからみんな避けてたんだね。」
みんな一瞬言葉に詰まっているように感じたけど、こう言う沈黙が苦手な夢歩ちゃんはすぐにこくんと頷いた。少し上目遣いで涙目になってペコっと謝る。
「ごめんね。避けたわけじゃないんだけど、どう接したらいいか分からなくて…」
「いいよ、別に。」
そう言って、嘘の笑顔を貼り付けて笑った。嘘つけ。本当の友達なら、そんなことしないくせに。でも私は笑う。私の居場所を守るために。
「私もごめん。」
紗希ちゃんはそうして礼儀正しく90度ぐらい腰を曲げて頭を下げる。梨奈ちゃんは自分の顔の前でパチンと手を合わせて謝る。
「いいってば。気にしてないから。」
そうして笑っていたら、先生が入ってきて、休憩は終わった。
「ああ、やっと、終わった〜。」
「今日の授業意味分かんなかった!」
「そう?簡単な方だよ。」
「え?すごっ!やっぱオール5のさきりんは違うなぁー!」
「だって、夢歩って下から数えたほうが早いでしょ?」
「ひっど‼︎」
みんなはさっきのいざこざがなかったかのようにいつも通りに話を始める。あはは!とみんなが笑っている中、私だけが笑えずに固まっていた。もうすぐ昼休みだ。如月さんに何を言われるかずっと考えていて授業に集中できなかった。
そうして午前の授業は頭を素通りして過ぎていったのである。
「お昼どうするってあれ?どこ行くの?」
「ちょ…夢歩。」
「え、なに?」
本当空気が読めないバカのどこがモテるんだろう?
「今から如月さんのとこ行くんだよ。」
「あ、そっか!頑張ってね、ゆうゆう!ファイティン‼︎」
いいよね。結局行かない人はそんな軽い一言で済むんだから。
「行ってくるね。」
嫌でもニコニコして、全然大丈夫です顔を装った。
「ギー…」
鈍い屋上のドアを開ける。ここは使用禁止になっているので、誰も人はいない。本来入っちゃダメだけど、管理が緩いから鍵が空いているのを多分、みんな知っている。あ。と普段の男子に喋る時の声とは全く違う声で喋る。
「やっと来た。だいぶ遅かったわね。」
「す、すいません。」
消えそうな声で呟く。
「あ?聞こえねえよ。」
ガシャンと屋上のフェンスにわたしをくっつけた。
「お前、白神くんと付き合ってんの?」
「え?」
付き合った…昨日は確かに夜ご飯を一緒に食べたけど、そう言う関係ではない。
「いや、そんな関係ではないです。」
「じゃあ、なんで昨日あの公園にいたの?一緒に歩いてたの?11時手前に。」
「そ、それは…」
どうしたらいいの?今嘘をつくとどうなるかわからない。でも真実を言うとみんなに言いふらされる。
「早く、言えよ、おい。」
だんだん、フェンスから落ちそうになってくる。
「言えないの?」
彼女がフッと馬鹿にしたように笑う。
「まあ、言わなくてもいいけど?でも、今度から近づかないでね。私の白神くんなんだから。」
そんな…せっかく良い関係になれたのに。え?なんで私、白神のことを思ってるの?別にどうでもいい存在じゃん。今までもこれからも単なるクラスメイトなはずだったのに。でも何だか胸がチクリと痛む。
「ギギイ…」
鈍いドアの音。誰かが屋上に来た。
「っ白、神くん」
嘘…。
「おい、如月、何やってんだよ。」
息が切れている。ここまでわざわざ走ってきてくれたんだ。
「だ、だってこの子が悪いのよ。私の白神くんなのに、昨日一緒に歩いてたから…。」
そう言って苦しそうに顔を歪める。
「俺が、夜ご飯一緒にどうって誘った。こいつは断ったけど俺が、お願い、って言ったから仕方なく行ったんだよ。だから、こいつは悪くないぞ。」
「なんなのよ。結局あんたもこの子の味方なんだ。こんなブサイクの。ま、関係ないけどね。」
そう言うとフンッとそっぽを向いた。ちくっと痛む。まあ、ブスだって自覚してるけど。
「俺だって、お前に私の白神くんなんだけどって言われる筋合いないけどな。」
「……」
そうすると悔しそうに手を握り締め、屋上から降りて行った。
「大丈夫か?何もされてない?」
ああ、なんて優しいんだろう。
「うん。大丈夫だよ。」
ごめんね。こんな私を庇って。
「今なら言えるかもな…」
そうボソボソ何か呟いている。
「どうしたの?」
「あのさ。」
急に真っ直ぐ見つめられて白神の目がすごく綺麗な色をしていると知った。でも不意打ちのせいか胸のドキドキがおさまらない。
「な、何?」
「俺、気づいたらお前のこと目で追うようになってたんだ。」
次の言葉の期待で胸がうるさい。たった昨日ご飯を一緒に食べただけなのに。いや、昨日だけじゃない。実はずっと前からなんか、優しいなとか意外といい人なのかなとか思ってて。この気持ちにブレーキをかけていたけどやっぱりー。
「お前のことが、好きってことに気付いたんだ。」
好き…何年振りに言われた言葉だろう。あの時と嬉しさは変わらない。誰に言われても、好きって嬉しい言葉なんだなと知った。
「だから俺と付き合って下さい。」
私に差し出してきた手がかすかに震えている。きっと、前の私なら断っていただろう、他人も自分も愛せないから。でも、今の私はもう違う。他人も自分も愛せる人だから。それを彼が気付かせてくれた。実際は彼がこの気持ちに気付かせてくれた、かも。
「はい!こちらこそ!!」
満面の笑みを顔に浮かべ、嬉しいと言うことを精一杯表現した。
「これからよろしくお願いします!」
そう言って屋上に2人の幸せな笑い声が響いた。
5言えなかったあの言葉
「私にも幸せな未来が来るんだなあ。」
ほっこりした気持ちで呟く。
「当たり前だろ。それが人生なんだから。」
何それ。価値観中年のおっさんか!と思いクスッと笑う。ああ、ほんと人生って何が起こるか分からない。
「ほんっと嬉しい!ずっと大好き。」
「お前ってそんなに自分の気持ち積極的に言うタイプだったんだな。」
えへ。だって嬉しいもん。こんなに幸せな時間はガラスみたいだとはこの時はまだ知らなかった。
「教室に2人で戻ったらやばくね?」
確かに。如月さんとか梨奈ちゃんになんて言われるか分からない。バレた時のことを想像してブルっと身震いする。絶対ダメだ。
「そうだね。先戻ってて良いよ。」
「分かった。じゃあ、5分後くらいに戻ってこいよ。」
「はーい。」
最大級の甘い声を出した。夢歩ちゃんのぶりっこしたくなるような理由がよくわかる。でも、あんまりぶりぶりし過ぎは良くないぞ、って思うけど。ぶっちゃけ言ったらうちの彼氏って1番サイコーじゃない?スタイル良し、顔良し、優しさ良し!整い過ぎ〜。だって、梨奈ちゃんの彼氏はちょっと太ってて中身がおおらかな人。私は外観も気にしちゃうから、中身良くてもね…まあ、それが梨奈ちゃんのタイプだから良いけど。えっと…夢歩ちゃんの彼氏はイケメンだったなぁ。でも、中身がちょっとな…夢歩ちゃんにしか優しくないところが私は苦手かなあ。紗希ちゃんの彼氏は見た目はごく普通の男子だったな。でも多分、めちゃくちゃ賢かったんだっけ?多分東大レベルだったかな。すごいなぁ。うちの彼氏は頭は足りないな。まあ、私と一緒だから似たものカップルだけど。クスッと1人で笑っていると、気付くと10分も経っていた。やば!自分の妄想力にビビる。もう戻ろ。そして教室に入った瞬間。空気が凍りつくのを感じた。一斉にみんながこっちを向く。その真ん中には白神が。え、何?すると如月さんがコツコツッ…と近づいてくる。ゴクっと唾を飲み込む。嫌な予感がする。
「あら、神崎さん何処へ行ってたの?彼氏が待ちくたびれていたわよ。」
「え…。」
これが絶句と言うのだろう。言葉が何も出てこない。
「何しに戻って来たの?彼氏が出来たことの報告かしら?」
そう言ってクスクス笑っている。何…どう言うこと…なんで私たちが付き合ってるって分かったの?まだ誰にも言ってないし、この先いうことも絶対にないのに。パッと白神を見る。なんとか目が合ってあんた言ったの?と訴える。伝わったけど首を横に振るばかり…嘘…じゃあなんで…?
「あーあ、リア充とかこの世に入らないんだけど。」
そう言って睨んでくる。心臓の鼓動が早まる。
「なあ、死ねよ。」
教室に冷たく響く声。みんなの視線が私から如月さんへと動く。でも賛同もしなけりゃ、反対もしない。まるで誰もいないみたい。
「あ、あのさ。」
こんなに凍りついている空気の中、1人がポツッと呟く。
「え。」
思わず声を漏らしてしまった。まさか、何の関係も無い梨奈ちゃんが口を挟むと思わなかったから。
「人のプライベートにズカズカ入るのもどうなの?」
やばっ…今のは絶対如月さんに響いてる。如月さんの手がかすかに震えている。今にもはあ?と言い出しそうだ。
「何偉そうに…」
「リア充、リア充お前の方がよっぽどうるせーよ。バッカじゃ無いの⁉︎」
そう言ってケラケラ笑っている。何だか梨奈ちゃんらしい。男子は引いた目で見てるけど。
「そ、そ、そ、そうだよ、ね、ね?」
そう言って夢歩ちゃんも紗希ちゃんに同意を求める。紗希ちゃんもギョッとしながらモゴモゴ答える。
「確かに、それはちょっと、ね。」
言いにくそうに答える。…嬉しい。みんなが私の事を守ってくれているみたい。それでも、教室の扉のど真前にいる私と、みんなに囲まれ教室の真ん中にいる白神は2人ともダンマリしている。すると今度は、白神と仲の良い子たちが、なあ?、とか、いやそれわかる!、とかボソボソ言い始めた。
「どうしたの?私に用?」
あいからず男子には猫撫で声だ。
「いや、さっき神崎に死ねよって…なあ?なんか、可愛いって思えなくなったんだけど。」
「え…?」
これはやばい。彼氏がいない人からしたら大ダメージだ。可愛い顔をしてるけど性格は終わってるから、彼氏はいないらしい。
「え〜?そんな冗談やめてよお。」
顔は笑っているけど、ピクピク瞼が動いている。如月さんの怒った時の癖だ。
「だって、顔可愛くても性格ブスだよ。よく人に死ねって言えるよな。神崎より、お前の方が死ねって言う言葉がお似合いだよ。」
「きっと自分についての独り言だよ。」
そう言ってケタケタ笑っている。そうするとみんなも、「そうだよね。」「ちょっと言い過ぎだよね。」とボソボソ呟き始めた。私はだんだんと嬉しくなってくる。こんな私の事をみんなが守ってくれている。そうすると、如月さんはもっと怒った表情になった。とても悔しそうに睨んで来る。何だかゾワゾワする。
「もう良いわ。」
そう低く呟くと、拳を私に振り上げて来た。うわ、殴られる。逃げろ。そう分かっても、全く体が動かない。嫌っ…。
「俺の彼女に近づくんじゃねえ‼︎」
パチンッと冷たい音が響く。パッと顔を上げると、如月さんの一気に振り下げた手を払いのけていた。
「大丈夫か?当たってない?」
ああ、白神はどこまで優しいんだろう。
「うん。大丈夫。」
そう言って、ニコリと笑う。すると、良かったと言いたげな顔をしてホッと、胸を撫で下ろしている。
「何なのよ。結局付き合ってたんじゃない。この嘘つき!馬鹿!」
フンッと顔を背け、スタスタと教室の扉の前に歩いて行った。
「ちょっと、どいてよね。」
そう言って私をどかして、ブツブツ文句を言いながら、教室を去って行った。
「怖かった…。」
そう言って夢歩ちゃんがうわんうわんと泣き始めた。男子はその姿を見て、可愛いなとか何とか言っている。あ、そうだ!
「みんな、ありがとう!」
普段一緒にいる偽物のグループ。
「そんなの友達だから、当たり前っ!」
そう言ってニッと梨奈ちゃんが言ってやったぜ顔で笑う。
「困った時はお互い様だよ。」
夢歩ちゃんをあやしながら紗希ちゃんがにっこり微笑む。私にとっての偽物の…いや、本物のグループだ、と感じた。
「だって、本当の友達でしょ?」
そう言って泣き止んだ夢歩ちゃんがピースサインをして、ニコニコ笑っている。今は本当に、幸せだ。
「ていうか、神崎優好さん!おめでとうございまーす‼︎」
梨奈ちゃんがニコッと微笑む。パチパチ…とみんなの拍手の音。
「みんな、ありがとっ!」
そう言って私は幸せそうに笑った。
6キセキの未来
「はい、撮るよ〜。」
梨奈ちゃんが掛け声をかけた。
「はーい!」
みんなで楽しく答える。パシャっと軽い音が響く。
「やば!可愛い〜!」
そう言って夢歩ちゃんがはしゃぐ。
「私の顔がこんなに…!」
そう言って嬉しそうにホクホクしている紗希ちゃんを横目に、自分の顔を見てみる。ここは学校から近いゲーセンのプリ加工はしている物の醜いなと思う私の顔。大嫌いな私の顔。でも、やっぱり可愛い自分の顔。楽しそうに笑って幸せそうだ。最近自分の顔が醜くなくなって来た。好きと思えるようになった。顔だけではない。自分の心も。
「ねえ、今度は卒業証書持って撮ろうよ!」
あの事件が起きてから、5ヶ月が経った3月の日。暖かい春の日差しと桜の花びらが、卒業式って雰囲気をかもし出している。
「ほら、ゆうゆう早く早く!」
「はーい。ちょっと待ってよ〜!」
そう言ってみんなで笑う。最近幸せだなぁと良く思う。
「あはは!めっちゃ可愛い〜!」
そう言って、やっとの事で撮り終わったプリを並べながら写真の感想を言っている。ようやくついて来たカフェでホッと一息つく。
「ねえ、卒業式の日に、彼氏に会わなくて良いの?」
紗希ちゃんがみんなに聞く。
「んー、うちは別に…彼氏も男友達とどっか行くって言うからさー。まあ、一緒にいても腹立つだけだから良いけどお?」
そう言いながらケーキをつついている夢歩ちゃんの顔は曇っている。多分寂しいんだろうな。
「あー。そう言えば私別れたんだよねえ。」
そう言って梨奈ちゃんがケラケラ笑っている。
「ええ⁉︎いつの間に⁉︎」
夢歩ちゃんは驚きを隠せないみたい。
「えへ。ついさっき。卒業式終わってすぐ、俺、新しい恋に進もうと思うのでごめんなさい。さようなら。だってさぁ。あははっ!」
フラれているのにニコニコ笑っている。ちょっとウケる。思わずクスッと笑ってしまった。
「紗希ちゃんは?」
「今日は塾で会うよ。その帰りに公園デート。」
じゅ、塾で会うの⁉︎すごいなぁ。やっぱり勉強ができる物同士はデートの場所も違うんだなぁ。そんな事をぼんやり考えていると、私に話が振られた。
「ゆうゆうは?」
上目使い攻撃で夢歩ちゃんが聞いてくる。
「んーとね。私はこの後、会うよ〜!」
もう嘘はつかない。
「どこ行くの?」
梨奈ちゃんが聞いてくる。
「分かんない。多分これから決めるよ。」
「ていうかそもそも、何で付き合うことになったの?」
紗希ちゃんが興味津々という顔つきで聞いてくる。他のみんなもコクコク頷いている。
「えっとね…。」
恋バナだとどんどん話が進んじゃう。あっという間に時間になってしまった。手元のカフェオレが氷で薄くなっている。紗希ちゃんが残りのアイスティーを急いで飲んでいる。
「私もう行かないと塾に遅れちゃうから、またね!」
そう言ってスキップをしながら出ていく。
「今からどうする?」
「2次会しか勝たんでしょ!」
夢歩ちゃんがノリノリで言う。飲んでいるのはカプチーノなのにお酒を飲んで酔ってるみたい。
「優好ちゃんは、もう行く?」
「そうだね。そろそろ行かないと遅れちゃうかも。」
「じゃあね。」
「また会おーねー‼︎」
そう言って2人が手を振る。私もニコニコ笑いながら手を振った。そうしてカフェを後にした。カフェを出てすぐスマホを見る。約束まであと10分。ここから待ち合わせ場所までは結構かかる。
「よし!」
気合いを入れて、坂道を元気に駆け上った。
「あははははは!」「ちょっとやめてよー!」などの声が響き渡る。人がこんなにいるショッピングモールを待ち合わせ場所にするなんて、ちゃんと会えるのかなあ?
「しかもまだ来てないし!」
向こうから誘って来たくせに。本当は誘いがあってめちゃくちゃ喜んでたんだけどね。しばらくスマホを見ていると白神が来た。
「悪りい。遅れた。」
時計を見ると約束の時間より5分も遅れていた。
「もう、何してたの?」
ぷくうと頬を膨らまして若干イラついた口調で言う。
「本当ごめん。マジで。嫌いじゃないから。」
「嫌いじゃないなら、大嫌いなのかなぁ?」
ちょっと意地悪に笑って見せる。
「え…。」
一瞬言葉に詰まっていたけどニヤリと笑って、こう言う。
「ごめん。さっきの言葉訂正!嫌いじゃないからって言ったけど、やっぱ好きじゃない。」
え…ハンマーを落とされた気分だ。そんな…私が絶望に陥っていると、あはは!と笑い声が聞こえた。
「え、何?嘘だったの?」
私はプチパニックになる。
「ううん。嘘じゃないけど。好きじゃないよ。いや…好きなんかじゃないよ。」
「え?」
自分の今の声はすごくマヌケな声だ。
「大好きってこと。分かんなかった?」
白神はおかしそうに笑っている。は…?最初は何を言っているか意味不明だったけど、段々その意味が分かってくるとボッと顔が熱くなった。
「急にそんなこと言わないでよ…。」
ブンっと顔を背ける。思いっきり照れ隠しだから、余計に恥ずかしい。
「ごめんって…もう行こう!」
そう言って私の片方の手をぐいっと引っ張る。その繋がれた手から温もりが伝わる。…幸せだな。この時間が一生続いたら良いのに…そんな事を思いながら、ガヤガヤうるさいショッピングモールを2人、仲良く歩いた。
7世界は明るい光に満ちていた
「ピヨピヨピヨピヨ…」小鳥のさえずりが聞こえる。今日は春の日差しが眩しい日。
『ピコン』LINEの着信音が鳴る。メッセを開くと、久しぶりのグループラインから連絡があった。
「どうしたんだろう?」
このラインの最後の連絡は紗希ちゃんの結婚の報告だった。彼氏は最後の方に迷って迷ってやっと出来た、って感じだったのに結婚の時だけ、成人式を迎えて数年経ったらすぐに報告があった。しかもその内容は、【この度は結婚することになりました。結婚相手は高校の時からの彼氏です。高校を卒業した後もずっと付き合っていました。みんなも頑張ってね。】という短い文章。おめでたいんだけどなんだか物足りない文章。そんな事を思い出しながらスマホに目を落とすと、驚きの文章が書いてあった。
【私、結婚することになったよー‼︎このグループの中で2番目ですっ!梨奈⭐︎】
え…?嘘⁉︎すごっ!相手誰だろう?気になるなあ。するとまた『ピコン』と着信音。
【嘘⁉︎未婚同士だったのに…ついに置いて行かれた!でも…おめでと〜‼︎マジ感激!夢歩♡】
【おめでとう!末長くお幸せにね。紗希】
みんなからの次々のメッセージ。あ、私も何か送らなきゃ。
【結婚おめでとう‼︎私も早く結婚したいなぁ!優好】
ポチッ、送信っと。はあ。すごいなあ。
「ねえねえ、あのさ、梨奈ちゃん覚えてる?」
私がそう尋ねると、は?という返事が返って来た。
「誰それ?」
「えー?ひどくない?梨奈ちゃんだよ。高校の時の立花梨奈ちゃん!」
しばらく考え込んでいると、あああ!と叫ぶ。
「立花か!ああ!そんな奴いたなー!あの時はあいつに蹴られ殴られ…暴力振るわれたなぁ。金持ちのお嬢様のくせに口も悪かったし。」
そう言って肩をすくめた。
「その梨奈ちゃんが結婚したんだって。」
「えー?マジか。やっぱ金なんだろ!あんな奴が結婚できるなんて世も末だな。」
「ちょっと、私の大事な友達にそんなこと言わないでくださーい!」
大事な友達…私の大事な友達。大好きな友達。その友達が結婚するとやっぱり自分のことのように嬉しい。また会えたら良いのにな。
「なあ、俺らもそろそろ結婚しても良いんじゃねえか?」
そう言う男子は私の彼氏、白神好大。高校の時から付き合っていた自慢の彼氏。大学はそれぞれ別々の学校に行ったけど、その間もしょっちゅう会っていた。そして就職した今でも付き合っている。最近は一緒に暮らし始めた。
「何それ、プロポーズ?」
それがプロポーズだったらさすがに引くよ…。
「プロポーズな訳ねえだろ。」
そうだよねー。うんうん。
「でもゆくゆくはそうなるでしょ?」
そう聞くと少し頬を赤らめた。
「ま、まあな。」
照れている横顔を見て、私の運命の人はこの人だと、決意した。
それからはあっという間に年が過ぎて行った。そんなある日の大きな満月がピカピカ光る夜のこと。
「オギャーオギャー!」
ああ、もう起きちゃったか…
「はいはーい。大丈夫だよ。ママここにいるよ。」
そう言ってふわふわの天使の頭をそっと撫でる。そうするとすぐに泣き止み、ギュッと私の指にしがみついて来た。…可愛い。でも、もう19時か。帰ってくるのいつもより遅いなぁ?すると玄関のガチャという音が響く。あ、帰ってきた。
「ただいま。ごめん、ちょっと遅くなったわ。」
「全然良いよ。お疲れ様です。」
そう言って赤ちゃんを抱きながらパパの元へ歩く。
「あ〜可愛い天使ちゃん。また泣いてたな。目が腫れてるぞ。」
「ああう。んーあ!」
まだまだ慣れない赤ちゃん言葉で喋っている。
「本当、顔そっくりだな。目がクリクリで可愛いのはママ譲りですかあ?」
そう言ってニコニコ笑う。きっと意味はわかっていないんだろうけど、パパの真似をして好華(このか)がケラケラ笑っている。好華は私が産んだ子供。とっても愛らしい。自分がお母さんにしてもらいたかった事、愛情を、全部この子に注ぎ込む。好華の「好」はみんなの事を好きになれるように。好かれるように。あと、私たちの名前から取った。「華」は華のある美しい女の子になって欲しいという願いを込めてつけた名前だ。そして私の旦那さんは白神。本当に今はすごく幸せだ。今から3年ぐらい前は、大騒動になったけど。あの日は、いつもの仲良しメンバーでビデオ通話をしていた。
「やっほー!みんな元気?」
「ていうか本当久しぶりだよね!」
「何年振りに顔見たかな?」
「分かんない!」
そう私が答える。
「まあとにかく、今日はゆうゆうがビデオ通話に誘ったんだから、ちゃんと仕切ってくださいよー。」
「じゃあ早速!今日は重大発表がありまーす‼︎」
そう私が言うと一気にみんながザワっとした空気に包まれる。
「何々?」
みんな興味津々という顔で聞いてくる。
「私は、なんと、結婚しました‼︎」
キラッと結婚指輪を見せる。
「うっそおおおおおお⁉︎」
相変わらず分かりやすい反応の夢歩ちゃん。
「ええええ?」
珍しく驚きが隠せない紗希ちゃん。
「一緒だ〜‼︎」
そう言って喜ぶ梨奈ちゃん。それぞれ反応が違って面白い。
「相手は誰なんですか〜?」
とまだ未婚の夢歩ちゃんが聞いて来た。
「えへへ、白神ー!」
「うっそ!あんな奴と⁉︎」
今度は梨奈ちゃんがめちゃくちゃ驚いている。
「こんなこともあるんだね。」
そう言って紗希ちゃんが微笑む。
「まあ、何はともあれ結婚おめでとう!」
夢歩ちゃんがあははと笑う。
「そうだねー!」
みんながふふふと笑った。私もハハっと笑う。その後はお互いの近況報告をし合い、夢歩ちゃんに「彼氏はいないのか」「気になっている人はいないのか」「結婚する気はないのか」などの質問攻めをされていた。
「え⁉︎もうこんな時間⁉︎もううち終わんないと…。」
「じゃあ、また今度ねー!」
そう言って私たちのビデオ通話はあっという間に終わった。はあ。こういうのって意外と疲れるんだよねえ。でも楽しかったな。
そんな3年前のことを思い出すとクスッと笑ってしまった。
「え?どうした?」
白神に聞かれ、はっと我に帰る。
「いや、なんでもないよー。」
そう言ってそっと好華の頭を撫でる。
「さっ、ご飯にしようか!」
そう言ってバタバタと準備を始める。…幸せだ。私は今人生の中で1番幸せかもしれない。だって、私の周りにはたくさんの愛する人、愛してくれる人がいる。よかった。もう一生私に“好きだよ”なんて言葉をかけてくれないと思った。だけど、私のことを見捨てなかった人たちがこんなにいる事がすごく嬉しかった。だから私はみんなの愛をどんどん繋げていきたいと思う。こうしていつまでも幸せの輪が広がっていくことを願ってー。 【END】