コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 小説カイコ ( No.304 )
- 日時: 2012/08/29 23:36
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: rOrGMTNP)
- 参照: 政経と家庭科と現代文と世界史が終わってない。オワタ!
 ◇
 亡き冬は 花とのみこそ雪は散り
 
 かくても月日は経にけりや
 濁り染めつる吾が心 いつぞや夢てふものを頼みそめてき
 
 
 ◇
 遥か記憶の彼方。
 あの時、はじめて人を好きになった。
 初めて彼女に逢った日は、とても風の優しい日で。
 ただただ、やわらかな陽ざしが澄んだ空からふりそそいでいたと思う。
 そんな記憶も、今となっては他人のもののよう。
 幸せだった遠い日々は、思い出すたびに薄れていくばかり。
 いっそのことなら、はじめから出会わなければ良かったのだろう。
 今はただ、何も感じぬ孤独の中で、
 人外と成り果て、血の匂いを求めて彷徨うだけ。
 ◇
 気が付くと、暗い森の中、一人冷たい地面に仰向けに倒れていた。
 降り続く雨はさっきより勢いを増してきている。ふと胸元を見ると、着ているコートは切りつけられたように袈裟に破れていて、そこから信じられないくらいに血が真っ黒な滝を作って流れ出していた。
 「あーあ。」
 あのニセモノはもう居ない。あれだけの怪我をさせたのだ、きっと一旦退散したに違いない。
 遊黒と呼ばれていたあの女の子も跡形もなく居なくなっていて、あたりは雨の降る音以外、本当に静かなものだった。
 ……痛い。
 胸の傷が尋常じゃなく痛い。指で触れてみると、ぽっかりと穴が開いていた。穴は、背中まで通じていた。まるでどこぞのトンネルみたいに。
 まずいな、このままじゃあ、蛇姫が出てきてしまう。
 とりあえず、傷を治そうと立ち上った。立ち上がるだけなのに、何度もふらついて膝を付いてしまう。うまくちゃんと立てない。しょうがないので、近くにあった木の枝を折って杖代わりにすることにした。だいぶ楽になったが、それでもやっぱりふらふらする。
 一歩、踏み出す。それからもう一歩。休まずにもう一歩。
 歩くたびに、血の滴が地面に一滴、また一滴と落ちる。黒い血は、地面に触れるたびにまわりのものを溶かしていく。シュウシュウと音を出して白い煙を吐きながら。僕が歩くだけで、どんどん森が枯れていく。
 ふと、しばらく歩いたところで、近くに電灯の光が見えた。その光に寄せられて行くと、アスファルトでできた車道に出た。全くひとけの無い寂しい道である。降り続く雨に叩きつけられて、水の溜まった道路は湖のようにも見えた。
 ぱしゃり、
 アスファルトの道へと一歩踏み出す。やはり、舗装された道は森の中とは違って、いくらか歩きやすかった。
 ぱしゃり、ぱしゃり、
 足を地面に着けるたびに、小さな水の音がする。けれどそれ以上に、雨の音はザァザァと激しかった。髪が濡れて、ぴったりと頬に張り付く。視界が狭まる。
 「あ。」
 急に、ガクリと足の力が抜けて転んでしまった。膝が笑っている。立ちあがれそうにもない。
 胸の傷が痛い。どうしよう、このままじゃ、本当に蛇姫が出てきてしまう。
 息を吸おうとしたら、アスファルトに溜まった泥水を思いっきり吸い込んでしまった。ゲホゲホと咽込む。咽込むと、やっぱり傷が痛かった。
 ああ痛いな。すごく痛いな。
 もういいか。なんだか、胸の穴を治す気なんてなくなってしまった。どうせもう、死ぬこともないのだから。このまま、ここで無様に寝転がっていてもいい気がした。
 ザァザァと、冷たい雨が相変わらずに降り続いている。
 本当に僕は、嫌われ者なんだな。天の神様さえ、こうやって酷い雨を降らせてくるのだから。
