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- 傷つくことが条件の恋のお話
- 日時: 2016/04/09 15:38
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。
ー登場人物ー
・北川 優
佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。
≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。
4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。
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- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.24 )
- 日時: 2016/04/09 15:47
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪優 side≫
今少し自分でも情けないぐらい頭が働かない。
話があると呼び出されてみれば、いつもと雰囲気が少し違う朝瀬君がいる。
そしてその話というのは、告白だった。
自分のことながら、自分の気持ちもまとまらずにどういう対応をしていいのかも分からずにあたふたと彷徨うこととなって。
彼が立ち去ってからも暫らくの間私はそこに立ったままだった。
「・・・、なんで、私なんか・・・。」
私の心にはもう一つ、困惑の中に私の知らない感情が芽生えていた。
——能澤君には、知られたくない。
後ろめたい。隠したい。
そんな疾しいような黒い感情が確かに疼いているのを感じた。
今思えば、このことがきっかけだったのかもしれない。
下駄箱を開けると、カッターの刃が落ちてきた。
机の下に、ぶりっ子、キモイ、うざい、そんなことが書かれている紙が捨てられていた。
私が通るたびに、嘲りの笑い声を立てる女子。
露骨に避けたり、肩ごとぶつかってきて悪口を耳元でささやいて通り過ぎたり。
それだけなら、無視して自分の感覚全てから叩き出せばよかった。
でも、それだけでは終わらなかった。
もうすぐ冬季休業が始まる12月の半ば。
凛が寝室へと入ったのを見計らい、さあ最後の家事をしてしまおうかと腰を上げたときにLINEの着信音が響いた。
こんな夜更けに誰だろうと開いてみれば、一斉に着たらしく、半端ない量のコメントが画面を覆い尽くしていた。
[あんたさ、いい加減に男子誑かすの止めたら?]
[本っと、見ててキモいんだよね]
[うざいよ、いい子ぶってさ]
[点数稼ぎ]
[男ったらし]
[そーゆーの本とふざけんなって感じ]
[この世にいて邪魔ものだよね〜]
[ニートしてくれた方が助かるんだけど]
[ガッコくんなよ]
次々と並べ立てられていく暴言や悪意の数々。
見ているだけで気持ち悪くなってくる。
私は、この子たちに何か悪いことをしたのだろうか。
彼女たちが傷つくようなことをしたのか。
分からない。
分からない。
分からない。
とてつもなく息苦しい。
凄く頭が痛い。
胸が潰れそうで、凄くつらかった。
「・・・・ゅうちゃん、ゆうちゃん・・・、優ちゃん!!」
耳元で絶大おっきな声を出された私は、バッと後ろを振り返った。
「りのちゃん・・・。」
「本当にどうしたの?」
「ううん、何でもない。」
「本当に言ってくれなきゃ困る。」
彼女の、あまり聞いたことのない威圧のある声に、私は押し黙った。
いや、押し黙るしかなかった。
彼女に話せば、噂が彼女にまで飛び火するかもしれない。
それだけは本当にやめて欲しかった。
彼女に限ったことではない。
沙穂や誠、能澤君や佳乃ちゃんや拓真。
いまだに以前と変わらず接してくれている人に、こんな下らないことで傷ついて欲しくはなかった。
だから、打ち明けることは、
「・・・、出来ない。」
「えっ・・・?」
「ほんとに大したことじゃないから、心配しないで。」
冷たく冷やかに、突き放すような声音を帯びたそれは、発した張本人である私の方が突き放された絶望感に苛まれる声だった。
「本当・・・、ごめん、りのちゃん。」
誰にも聞こえないくらいに発したその言葉に、りのちゃんが気付いていたことも知らずに私は教室を飛び出した。
もう明日が終業式なのに、こんな形で飛び出せば、受験に差し支えが出来てしまうのに。
それでも私は学校にとどまる事が出来なかった。
これ以上いくと、自分で制御が出来なくなることを、私は知っているから。
それから私は、一歩も自宅から出ることなく数日間を過ごした。
外に出れば、誰かが待ち構えていそうだから。
電話も着信拒否をするようにして、LINEも見なくなった。
外と関わりを持てば、またあのような虐めが待っていると思えて仕方がなかった。
自宅電話には、極力凛を出させて、自分は受話器に触れることもしたくなかった。
だから、沙穂や能澤君との繋がりもなかった。
沙穂が心配して電話してきてくれているのも知っていた。
能澤君や、誠が定期的にメールしてくれていることも知っていた。
それでも私には、植え付けられた恐怖心の方が勝った。
———もう私の中には、恐怖しかなかった。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.25 )
- 日時: 2016/04/09 10:51
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪崇 side≫
北川が学校を早退したらしい。
終業式の前日、真細やかに流れた噂。
その噂を友達から聞かされた時、一番最初に感じた感情は、【悔しさ・後悔】の類のものだった。
彼女の事だ、まず理由もなしに飛び出すことはしない。
凄く思いつめて、自分の限界を超えるまで自分で頑張った結果なのだろう。
頑張って耐えて考えた結果、自分を制御できなくなる寸前まで追い詰めた。
また今回も誰かを頼ろうとはしなかったのだ。
「なぜ・・・、頼らないんだ・・・!!」
行き場のない悔しさや、憤り。
自分はそれほどに頼りなかったのか。
どうして自分は北川の変化に気付かなかったのか。
・・・、いや、気付いていたのかもしれない。
気付いていたのに、助けようとしなかった。
心のどこかで、彼女からもしかしたら打ち明けてくれるかもしれないという希望が光を帯びていたから。
でも、それが逆に彼女を追いつめてしまったとしたら?
救いの手を振り払ってでも、周りの人を心配するような人間だ。
無理にでも腕を掴まなければ、すべてを打ち明けないことを俺は知っていたはずなのに。
それでも何もしなかった自分に、大きな苛立ちや怒りが綯交ぜになり、悔しかった。
「崇、大丈夫そうには全然見えないんだけど。」
「お察しが良くて。そういうところには目を瞑っとけよ。」
「めっちゃ怖い。半端ない殺気でこっちが大丈夫じゃなくなりそう・・。」
友人の瞳には、はっきりと憂いの色が浮かんでいる。
こいつがこんな瞳になるときは、俺が異常な状態になっている証拠だ。
「危なそうか?」
「ああ、とんでもない覇気が飛んでてみんなビビってる。」
とんでもなく恐ろしいというような眼をしているところから察するに、大袈裟に言われていることは分かったものの、さっきの憂いは嘘ではないのだろう。気づかいする様子が感じられる。
「すまない。俺、帰るわ。」
「ああ、くれぐれも喧嘩吹っかけるなよ。」
軽い気持ちで言われたそれに、内心ビビったのは別の話。
それから数日が経ち、北川弟の、凛から電話が来た。
内容は、少しでもいいから姉を家の外に連れ出して欲しい、ということだった。
詳しく話を聞くために、後日凛君と話をするために近くの公園で落ち合った。
「お久しぶりです、能澤先輩。」
にこやかでありながら隙のない動きには、姉と同じような優雅な気品が感じられる。
ただ、凛々しく涼やかな姉とは違い、陽気で朗らかな物言いで、話していて楽しいと思える男子だ。
はっきり言えば、姉とは正反対だともいえるが。
少し黙っていると、彼は単刀直入に切り出した。
「姉さん、終業式には出なかったし、そこから電話に出ることも嫌がってる様子で。」
「・・・。」
「壮也先輩の時よりも、もっと現世から離れていきそうで。今度はもう、姉さんは戻ってこなくなりそうで。」
そう早口で言う彼の口ぶりには、隠し損ねた焦燥が感じられる。
「・・、凛・・・、くん?」
「・・・すみません。やっぱ、怖いんですかね。前みたいなことがもう一度起きるのに、当事者じゃない僕が不安になってます。」
笑おうとしているけど、泣き笑いにしかなっていないことを彼は知っているだろうか。
その顔は、見ている人の心の臓までも潰してしまうことを。
こちらまでが、彼の不安が移ったかのように息苦しくなる。
「俺は、何を手伝えばいい?」
「・・・、姉さんを、前みたいに元に戻してください。」
「・・・、な、に・・?」
強い意志を宿したその双眸できっぱりと言われ、俺は絶句するしかない。
「姉さんがまた笑顔になってくれたのは、先輩があの時家に来てからでした。誰も出来なかったことを、姉さんを取り戻してくれた先輩にしかできません。」
必死に訴える凛君から、姉弟として役に立ちたい、家族として助けたい、そんな気持ちが次々と伝わってくる。
彼自身、自分からその気持ちを露にしようとなど微塵も思ってはいないのだろう。
俺は、そんな凛君の必死な言動に、行動に、いつの間にか牽き付けられた。
「・・・ああ、俺にできることならしよう。」
俺がそう呟けば、少し幼さの残る顔をクシャっと歪め、泣き笑いしながら、有難う御座います、といった。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.26 )
- 日時: 2016/04/09 10:48
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪優 side≫
「姉さん姉さん姉さん姉さん!!!!」
そんな叫び声にも悲鳴にも似た声を上げながらノックもせずに女子の部屋へと飛び込んできた莫迦くそガキが一匹。
一応人前に出られるように髪も服もちゃんとしているけど、心はこの部屋から一歩でも出ることを拒否している状態。
冬休みに入ってから数日たった今でも、依然として外との交流を絶ち続けている。
「・・・・凛・・・、何の用?」
「先輩先輩先輩先輩!!!」
「・・・・・意味解んないんだけど、ちゃんとしてくれる?」
「もう自分の眼で見て!!!」
そう言って私の袖を掴むと、強引に部屋の外へと連れ出した。
凛って、こんなに力強かったかな・・・?
そう思えるくらい、私の腕を掴むその手は、女の私じゃ敵わない立派な男の子の強さだった。
そうやって考えてうかうかしていれば、凛のペースにきっちり乗せられた私はもう自宅のドアを出て、外へと引っ張り出されていた。
「えっ・・・、ちっ、ちょ、ちょっと待って・・・、」
「待たない!!もう半ニートの姉さんは嫌だから!!」
「でもどこに・・・。」
今すぐにでも帰りたい。こんなことをして女子たちに遭ったりしたらもうおかしくなっちゃう。
「いいから帰ろうよ・・・。」
駄々を捏ねる子供みたいに泣きそうになる。
それに、さっきからの凛の行動の意図が全く分からずに混乱する。
突然入ってきたかと思うと騒ぎ出して、それが止んだと思ったら途端に外へ連れ出す。
奇妙な弟の行動に私は困惑し、恐怖すら覚える。
すたこらと私を引っ張り回した挙句の凛は、近くのカフェテリアへと私を連れ込んだ。
そして迷わずに店の奥へと私を引っ張っていく。
店内の一席に座っていたのは・・・。
「沙穂・・・、何で能澤君たちがいるの・・・?」
沙穂、拓真、誠、能澤君。
いつものメンバーがそれぞれ集まっていた。
ダメ、ダメだ。
無理だよ、まだ会うことは出来ないよ。
まだ整理がついていないのに。
まだいろいろ引き摺っているのに。
今会うなんて・・・。
「優、おはよ。」
にこやかに話しかけてくる沙穂に、私はもう困り顔で笑い返すしかなかった。
何もかも早すぎる。
「北川・・・。」
心配そうな能澤君の瞳が痛い。
目を細めてこちらを窺がう拓真の視線が痛い。
何を言っていいのか分からないといった態の誠の目が苦しい。
「姉さん、もうバラしなよ。」
凛の低くはっきりとした一言。
でも、まだ無理だった。
ここにいる人たちは、私が一番大切にしたい人たち。
私なんかのことで、みんなを縛りたくないし、心配かけたくない。
「みんな・・・、ごめん・・・!」
私はその場に耐えられなくて逃げ出した。
「北川・・・!!」
誰かの声が追っかけてきたけど、振り向かずにがむしゃらに走って逃げた。
そうやっては知って、一体どのくらい経ったのだろう。
気が付けば、暗い歩行者トンネルの中にいた。
はたりと立ち止まれば、カツーン、カツーン、と反響する音が静かに近づいてくるのが分かる。
その音に、私は、得体のしれない湧き上がる酷い恐怖感を、覚えた。
「北川・・・、優・・・。」
その声は、まさに飢えた狼の唸り声にしか聞こえなかった。
ガツンっと肩に鈍い痛みが走る。
「・・・・っつぅ・・。」
二度目殴られる気配がして、私はとっさに振り向きその人の腕を掴んだ。
そしてその相手の顔を確認する。
その途端、私の近くにいる人間は、一人ではないことを感じた。
少なくとも周りをかこっている人間は五人はいる。
そのうちの3人は男性。
「森山さん・・・・、と、永井さん・・・?」
女子二人は、その二人だった。
永井さんが、小さな唇を開いて、意地の悪い笑みを浮かべている。
「セイカイ。よく分かったわね。あなたが二股かけてる男子の元カノで覚えていたのかしら?」
「な・・・。」
「その顔は当たり?秋奈も能澤にこっぴどい振られ方したそうじゃない。あなたも見たんでしょ?振ったとこ見て、きっとせいせいしたでしょうね?欲しかった男が自分の言いなりになって他の女をひどく振ってるんだから。」
違う、そんなことしてない・・。
「それで少し飽きてきたから私の彼にも手を伸ばしたんでしょ?上手くいっていたと思ってたのに、急に私じゃない人ばっか見るようになって。おかしいと思ったのよ。まあ、貴方みたいな美人は、他の人が裏で傷ついていてもそんなの知ったこっちゃないんでしょ?勢いに乗って委員長までやっちゃって。」
そんなこと・・・、考えてない・・・。
それに・・・、彼女たちだって傷ついたなんて思ってなかったように見えたのに。
でも、分かってたかもしれない。
私が誰かを好きになれば、傷つくんだって。
分かってたのに、承諾したせいでまた他の人が傷ついた・・・。
「自分が何でもできるからって調子に乗っちゃって。キモイだけじゃない。」
「崇だって、あんなみたいなイイコしてるような女の事なんてなんとも思ってないわ。ただ、満足したかっただけよ。」
「みんな、あんたの事なんてなんとも思ってなんかいないのよ。」
嫌だ、いやだ聞きたくない。
分かってたかもしれない。
私みたいな欠陥品みたいな人間、壮也以外に相手してくれる人はいないって。
・・・わかってるけど・・、望んじゃった私の責任は、重い。
「・・・・ごめんなさい・・・!!」
小さく謝れば、は?何?と聞き返され、もう一度声に出そうとした直後だった。
「ねえ、何?聞こえない。」
そう言いながら、私の背中を思いっきり鉄パイプらしき物で殴ってきたのは、永井さんだった。
「ねえ、何て言ったの?ねえ、大吾、ききたいよね?榛、亮?」
意味深な笑みとともに、彼女は次々と名前を呼ぶ。
その名前の意味が分かるまで、数秒もいらなかった。
「はっ、これなら結構楽しめる?」
野太い声が聞こえたかと思えば、すぐに脇腹に衝撃が走る。
すぐに、反撃の間も与えずに次々と繰り出される蹴りや拳に、一人じゃないのは分かった。
私は脛を思いっきり蹴られ、思わず体制を崩し思いきり地面に倒れる。
素手が1人と、刃物を持った人が2人。
頭を殴られ、二の腕が切り裂かれる。
脇腹にけりが入れられ、頬骨が殴られる。
太腿を刃が滑るのが分かる。
額から流れる、腕から流れる、鎖骨から流れる血。
もう、抗うことも出来なかった。
意識を手放そうとする寸でのところで、聞き覚えのある声と、見覚えのある髪が見えた。
「へえ?お兄さんたち、楽しそうなことしてんジャン。俺も混ぜてくんない?」
「業、早く終わらせたいんだけど。」
「オッケ。じゃ、お兄さんたち、存分に楽しも?」
どこか楽しげな口調。
人を小莫迦にするような態度も、当時よりもましにはなったと思ったが、まだまだ周りから見れば、聞いただけでも殺しにかかりそうな挑発的なものだ。
上手く働かない頭で愚だ愚だと考えていれば、手際よく三人の男性を蹴っ飛ばして次々とノックアウトしていく。
その間に、素早く寄ってきた同い年くらいの女性。
「・・・・・、だい、じょう・・、ぶ?」
少しどころではないその怯えようは、人嫌いなのかと思うほどだったが、寄り添うように背を支えてくれている手のぬくもりからは、そんな気なども微塵もないように思えた。
「あなた、は・・・?」
「・・・、あ、っえ、と・・・。」
途端にどもる彼女。
「あ、ごめーん。説明なかったね。そいつ、結構な使い手の俺と同類。
名前は・・・。」
あー、と眼を明後日の方向へと向ける彼は、なかなかの風貌に、少し長めの赤髪。
私より一つ年下の赤羽業。
いつだったか、変なきっかけで知り合って、それからちょくちょく遊んだことのある人。
なんで彼がここにいるんだろう。
「え、と。亜梨紗です。業の同僚です・・・。」
真正面から見て、少し不思議に感じた。
・・・このこ、どっかで会ってる?
「うわ、マジで似てるじゃん。」
客観的な声を上げた業。
分かった。
「容姿がっそくりなんだ。」
「そう。それで、北川どこかにいるかなーって探しに来たら、まあここに来ちゃったわけ。」
「そう・・・。ありがと。」
彼らが通りかからなかったら今頃死んでたかもしれない。
それは、少し嫌だったかも。
みんなにお礼も満足に言えないまま死んじゃったらいや。
・・・、だけど、心の中で、このまま死んじゃえば壮也のところへ行けるなんて思ったりもしたのも真実。
「ま、そういうことだから、くれぐれも用心しなよ。後、君のオトート君にはメールしといたから。多分ここに来るはずだよ?」
自分で帰るハズだったのに。
・・・余計なことを・・・。
「してないよ?」
「は?」
「だから、余計なことしてないよ?普通に考えて、その体で助け呼ぶなって方が無理っしょ。」
それだけ言い残して、彼は立ち去った。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.27 )
- 日時: 2016/04/27 16:48
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪誠 side≫
優が逃げ去ってから、みんなで'どうしようか会議’の中、俺だけ抜け出して帰ってきた。
別に理由なんてなかったけど、もうあまり優の事は突かない方がいいと自分で感じたから。
多分、小さいころから一緒だったから、その手の察しはつくんだろうけど。
そうやって盛大な溜息を吐いて、さあ早く帰ろうと第一歩を踏み出そうとした直後、それまた盛大な邪魔が入った。
「まこせんぱーい!!」
元気な叫び声だこと、なんて思いながら声のした方に振り向けば、それはそれは血相を抱えた様子の凛が走り寄ってきた。
「先輩、姉さんからメールが・・・。」
そう叫ぶ凛から、いつもはあるはずの【朗らかな笑いの中の冷静さ】が欠けている。
焦りに飲み込まれた人間そのものだった。
「落ち着け、落ち着いて説明しような?」
思わずがくがくと震える彼の肩に手を置いて押さえつけるようにして言い含める。
まだ焦燥を抱え、自分では説明が出来ないと感じたのか、凛は自分のスマホを差し出した。
[〇〇〇〇駅付近の、歩行者トンネル 森山 永井 その他男性三名 北川が危ない状態 逸早く対処をお願いします]
画像も添付されており、赤髪の男子と、黒髪の女子二人が写っていた。
黒髪の女子のうちの片割れが・・・。
「何だ、このひどい有様は・・・。」
血液が固まり、ところどころ薄汚れていて、ひどい姿になっている。
どうする、どうすれば・・・。
答えは一つしか出なかった。
「・・・凛・・、一緒に来るか?」
「もちろんですよ。」
凛の瞳には、静かな炎が爆ぜていた。
そんな彼を連れて、メールに書いてあった歩行者トンネルへと急いで、真っ先に目に入ったものは、振り乱された黒髪。
「・・・・!!」
「優・・・。」
目に痛い光景にただ茫然としている凛。
凛の気持ちもよくわかる。さっきまであんなに普通だったのに。
どこにでもいるような女子が、たった十数分後にはこんな有様になっているのだから。
一歩先の未来すらわからないこの世界がつくづく嫌になる。
こんな現世があるから、みんながたくさん傷ついて。
みんなそれに耐えきれなくて死んじゃったり。
なんで傷つかなければいけないのか。
俺は、ずっと優の開かない双眸を見つめていた。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.28 )
- 日時: 2016/04/05 14:18
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪沙穂 side≫
優を外へ連れ出したその五日後、私らに一斉メールが届いた。
[総合病院000号室で、優が目覚ました。何か聞きたいことがあるんだったら来る人は来て。]
誠からだった。
当然、私は目に映ったとたんに家から飛び出して、病院へと向かった。
「・・・・、優・・・。」
指定されていた病室へ飛び込めば、白いベッドに座った優と、その脇に座った凛と誠がいた。
優は、長い睫毛が頬へと影を作っていた。
その影が浮かぶ頬は、知らずのうちに削げていた。
笑みが弱弱しいのを知った。
身体の影が薄くなっているのを知った。
あまり大きい方ではなかったのに、また一段と小さくなったのを知った。
いつでも近くにいたはずなのに、気付く事が出来なかった私は、彼女の近くにいていいのだろうか。
「・・・・ゆ・・、うぅー・・・」
「ごめんね、沙穂。心配かけちゃって。もう少しちゃんと立ち回れればよかったんだけど・・・。」
「そんなんじゃない!!なんで頼ってくんないの!?うちら一番の親友同士って言ったのになんで裏切んの?」
「・・・裏切ってない。ちゃんと私なりに考えての事だから・・・。」
「だからそれが自分だけで考えちゃって仲間を信じてくれない裏切り行為なの。」
お願いだから、私たちを頼って・・・。
こんなに苦しい懇願したの、いつ以来だろう。
もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。
祈りを熱心に捧げるみたいに固く目をぎゅっと瞑っていたら、顔を上げて?と優しい声音だかけられた。
「ごめんね?私、周りの事が目に見えてないのかもしれないね。ごめん。私のかたくなな態度が、そんなにみんなを追いつめてたの、分からなかった。」
柔らかい笑みを見せるのは、いつもの優だった。
それに、私は安堵した。
「私、なんか飲み物買ってくるから。」
「お、じゃあ俺も行くわ。」
何て言って立ち上がったのは、誠だった。
つ、とこちらに目配せする様子から見て、何か言いたいことがあるらしい。
「いいよ、一緒にいこ。」
病室から出れば、ぐいっと腕を掴まれて自販機とは逆方向に連れて行かれる。
ぐいぐい引っ張るもんだから、あんまり運動神経の良くない私はすぐに足がもつれる。
「おいおいおいおい、ちょっとぉ・・・。」
「はいはい、で?」
「で?って?」
「一番肝心なのが来ねえじゃんか。」
「?」
「・・・?」
「?」
「だから、能澤に決まってんだろ。」
「ああ。」
「忘れてたくせに反応薄っ。」
「だってほんとに自分の事でいっぱいで忘れてたんだもん。」
「だったら、彼女ほっぽらかして何処かにイルあのくそあほばかを呼びに行くの手伝ってくれる?」
「・・・なにが、’だったら’なのかがよく分からないけど、その作戦のった!!」
私みたいな童顔と、大人しくしていればめっちゃ運動万能イケメン君がワーワー騒いでいるのは、少し見た目が宜しくなかったかと今だと思える。
カレシのくせに優の事あんな風にさせたんだから、私の虫が収まらない。
「・・・・悪いか?くそあほばかで。」
めっちゃ低い声が頭上から降ってくる。
誠も拓真もここまで低くはない。
それに、背も誠より高いのは、もう一人しか知らない。
「・・・・、あはは・・・。・・・なんで能澤君インの!!」
もう逃げるしかない。
へらへらとテキトーに愛想笑いしてするりと隙間から体を抜くと、一心に走った。
小さいころ、何か一つは習い事しなさいと親に怒られてしぶしぶ習い始めたのが器械体操だった。
だから、辞めてもう五年は経つ今でも、一応体の柔軟さは保っている。
そのまま優の病室まで来たところで、何か忘れているような気がしてうーんと首をかしげて頭を悩ませたところ、誠を忘れてきたことに気が付いたが、まあ男の子だから大丈夫だろうと高を括って近くの自販機で飲み物を買ってそそくさと優の待つ病室へと足運んで行ったのだった。
・・・・後日、誠に“なんで自分を置いて行った!!”と、ひどく腫れた顔で怒鳴られた時は、少し反省したが。
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