コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 傷つくことが条件の恋のお話
- 日時: 2016/04/09 15:38
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。
ー登場人物ー
・北川 優
佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。
≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。
4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。
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- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.29 )
- 日時: 2016/04/09 16:04
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪拓真 side≫
一斉メールが来ても、僕は行かなかった。
理由もちゃんとある。
僕が行ったところで、また誰かが傷つくだけだから。
自分の言葉を制御できないような人間じゃ、誰かまた裏で泣かせるようなことになりかねない。
それに、優の性格からして、色々な人が見舞いに来ても迷惑なだけだと思うから。
自分を嘘の塊で盾を作って守ってるような奴だ。
そんなやつを見舞っても、相手のストレスになるだけだ。
行きたいけど、いけないこのもどかしさ。
さっぱりしない、もやもやの残るこの感情は、俺の大嫌いなもの。
それをさっぱりさせるために、家を少し出た。
それが間違いだったのか、正解だったのかは、よくわからない。
でも、少しは前に進める選択だったとは思えた。
一万五千くらいは入った財布とカードが数枚差し込んであるスマホだけ持って、ふらっと行く宛もなく歩を進めていると、ある芝生広場が目に入った。
「・・・・、っここ・・!!」
そうだ。
ここは、幼い頃どちらか一人でも悲しかったり怖かったり怯えていたりしたときに必ず来た思い出の場所。
あれから年月が過ぎて、いつの間にか忘れてしまった憩いの場。
頭ではもう忘れてしまったと思っていたのに、身体にはいまだにここにいた時の想いがきっちりと刻み付けられていた。
『拓真!拓真が淋しくなったらここにきてね?』
『じゃあ、沙穂が怖いって思ったらここに逃げてこいよ?』
『怒られて嫌になったら、ここで一緒にお話する。』
『苦しくなったら、一緒にお互い支え合う。』
そう言いながら、いつもここで一緒に遊んでた。
あの時間は時の流れの狭間にはさまって、いつの間にか消えてなくなって。
今思えば、あの時間が僕たちにとって一番輝いていた時だったのかもしれない。
それを僕たちは、なぜ手放してしまったのだろうか?
「・・・・・、どうして、・・・・た・・。」
風に乗って、聞きなれた女子の声が耳に届いた。
その瞬間に僕は頭を上げて辺りを見渡す。
ここにいるはずがない。
だけど、その見慣れた姿を必死に見つけようとする自分がいる。
我ながら本当に呆れる。
でも、見つけたい。
その姿を見つけたい。
その姿を見つけて安心したい自分がどこかにいた。
そして・・・・、見つけた。
「・・・・、なんで、沙穂がいるんだよ・・・。」
震えるように蹲るその小さな姿は、何年経っても変わらない。
その小さく華奢な背中は、いつでも誰かの為を想って。
いつでも誰かの笑顔を待って。
みんなの幸せだけを願って全力疾走して。
時々空回りして危ないことに首を突っ込んで怒られるけど。
それでも懲りずに誰かの笑顔だけを願って自分から危険なところでも形振り構わずに突っ走る。
誰かが泣いていれば、さっそうと近寄って自分が肩代わりして。
そんでもって自分が凄く辛いと、誰も気付かない暗い闇で独りぼっちで泣いてたりする。
そんな僕の幼馴染。
向日葵みたいな明るい笑顔。
人の心を居るだけで軽くしてくれる。
「沙穂。」
そっと近づき、その肩に触れる。
途端にびくりと大きく波打つ。
ゆっくりと上げられたその眦には、いっぱいに溜まった大粒の涙。
薄く張られた涙の膜。
いつもそうだった。
周りには笑顔を振りまいて、人の居ない裏側の暗い所では一人だけで肩を震わせて泣いている。
だからこの思い出の場所が出来た。
一人で泣いて欲しくなんかないから。
「まだここのこと覚えてたんだな。」
「・・・・、た、くまこそ・・・・。」
「僕が忘れるわけないだろう。でも進歩したなお前も。」
自然と微笑が零れる。
一人だけで悲しさを溺れさせなくなってくれて、単純に嬉しかったから。
「ちゃんとこの場所に来るだけ、昔とは違うお前がいることの証明になる。」
その言葉で、決壊が壊れたように泣き出す沙穂は、'泣き虫’じゃなく、'素直’なことを知っている。
優に対しての、やりきれない感情。
自分に対しての、責める気持ち。
全てがぐちゃぐちゃで、苦しそうにする彼女。
僕は、その身体を包み込むことで支えてやることしかできないから。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.30 )
- 日時: 2016/04/09 16:12
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪優 side≫
静まり返った病室に一人の私。
三時頃に来ていたみんなが帰ってくれたのは、みんなには悪いけれど内心ほっとしていたりする。
飲み物を買いに行くと言って出て行ったきりここには戻ってこなかった誠には、ずいぶんと迷惑をかけてしまった。
病院に連れてきてくれたのも、凛の面倒もずっと見ていてくれたらしく、私が目覚めたときに覗き込んできた彼の眼の下には、くっきりと残された黒い隈が文句ひとつ洩らさない誠の疲労を物語っていた。
そんな誠と一緒だった沙穂は、私の好きな紅茶を買ってきてくれて、そのまま慌てたようにすぐに帰って行った。
そのまま凛も連れて帰ってくれたので、今ここにいるのは、私一人だった。
そして、みんなが帰ってから一時間後くらいに送られてきたメール。
お父さんからだった。
隠しきれない焦燥をいかにも冷静さで押し隠したような、お父さんらしい文面に、私は暖かな安堵感を知った。
凛から話の詳細を聞いたらしく、何度も'大丈夫か’が連発されており、その後に付け足された感満載の自分の説明。
今は、少し作業が詰まっていて、しばらく現場に泊まり込みで帰る予定がないから、くれぐれも気を付けるようにとの事だった。
その心遣いが嬉しくて、でもその反面、またお父さんに迷惑かけて、余計な心配かけてしまった申し訳ないと思う。
私が行動すれば、傷ついてしまう人たちがいるという現状を、改めて突き付けられた。
私が少しでも誰かを愛せば、その陰では泣いている人たちが沢山いる。
私を少しでも愛してくれる人がいれば、誰かが自我を忘れて周りが見えなくなってしまう。
そう、分かっていたのにまた同じ過ちを犯したのだ。
能澤君があまりにも暖かすぎたから。
能澤君があまりにも優しかったから。
そして、私が凄く愚かな人間だったから。
だからまた、だから周りを傷つけてしまうような未来を生んでしまったのだ。
なんで、なんで私は・・・。
思わず顔を伏せて目元を手で覆い隠そうとした時だった。
コンコン、と控えめなノックの音がして。
北川、と声をかけられた。
少し迷った後に、はい、と返した声はとても掠れていて、自分のものとは到底思えない酷さだった。
「入るぞ・・・。」
そっと開けられたその扉から入ってきたのは、厚手のパーカーと運動部が使うようなジャージを組み合わせていて、まあ寒く無ければ何でもいいです、的な雰囲気を纏わらせている長身の男子。
なぜか視界がぼやけていてよく見えないが、その賓がこちらを見据えていることは気配で分かった。
「こんな時間にどうされました?」
「いや、少し道草食ってたら遅くなっただけだ。それよりお前・・、」
そこで躊躇うように言葉を切った彼。
どうしたのかと首を傾げれば、その彼がこちらに近づいてくる気配がして、ぼやけていた姿がだんだんと輪郭を覚えてきた。
だが、その名を呼ぶ前に、彼が一足早く口を開いた。
「・・・・、どうしてお前は泣いている?」
耳朶に吹き込むように囁かれたその言葉に、私は何を言われたのかあまりよく理解できなかった。
でも、理解できずに首を傾げたことで零れ落ちたものには、すぐに気づけた。
眦に溜まっていた'涙’という名の雫。
それを自覚したことによって、私の心のどこかが緩んだ。
次から次へと眦から頬を伝う雫。
自分ではどうしようもないと感じていれば、それを悟ったように優しく目元を大きな手で覆われた。
「素直になれば、ほんとに可愛いんだけどな。」
そう、優しい能澤君のバリトン声。
苦笑交じりに吐かれたその柔らかい声は、私の決意さえも脆くする。
決意が脆くなることをこの現世の人々の間では‘素直’と表わすのだろうか?
分からない。
分からないけれど、自分の過ちは分かる。
分かるけれど、それを治す為の行動に移せないのが私。
・・・・心の弱い私・・・。
「少しは落ち着いた?」
「・・・はい。ごめんなさい・・・。」
またこの広い心にすがってしまったのだと思うと、凄く居た堪れない。
「ん。じゃあ、今日ここに来たのは理由がある。その理由は?」
「・・・・?」
「今日は何月だ。」
「12月」
「何日だ。」
「・・・?」
「そうか、引き籠ってたから感覚が狂ってんのか?」
「んー?」
何か少し言われ放題になっているような気がしたが、まあそれは置いておくとしよう。
「能澤君の答えがまだわからない・・・。」
「じゃあ・・・、ん。」
少し迷うそぶりを見せたと思ったら、何処から出てきたのか、小ぶりの紙袋を渡された。
言われるがままに受け取り、そしてまた固まる。
「・・・私に?」
「じゃあお前以外に誰にやればいい?」
彼はこんな時でも意地悪かった。
素直に言ってくれればいいものを、わざとこんな風に誤魔化して、でもきちんとこちらを思惑通りに動かせるこの計算高さが信じられない。
開けろ、と顎で紙袋を示され、中身を取り出して出て来た漆黒の小箱を観察する。
何か、ものすごく高価そうな箱だった。
今思えば、これが入っていた紙袋にも、何か高級ブランドのロゴが付いていたような気もする。
彼の反応を気にしながら恐る恐る箱を開けてみれば・・・。
「・・・・!!」
「お前、自分の誕生日もクリスマスも忘れるなんてどんだけ鳥頭何だよ。」
すっかり忘れていた。
「お前に聞いてもどうせ忘れているだろうと思って、あらかじめ凛君に聞いておいたんだ。」
失礼なことを悪気もなくいう男は、女子から好かれ無い筈なんだけど、なんか色々とそういう男子が好かれている気がする。
それにしても・・・。
漆黒の箱に入っていたのは、シルバーのチェーンネックレス。
先端に小さく空晶石がついた、落ち着いた雰囲気のしとやかなネックレス。
こんな高価そうなものが自分の掌の中にあるのが信じられなくて、食い入るように見ていれば、ひょいと取り上げられた。
「!?」
「見てても何にも起こらないから。」
そういって少しだけ笑むと、彼はそのチェーンを項のところで止めた。
すとんと胸元で揺れる空晶石。
それを両手で包み込むと、静かに呟いた。
「ありがとう。誕生日覚えていてくれて。」
そういって自然に微笑めば、少し驚いたという態でしばらく目を見張っていた彼も、私の髪を少し撫でながら笑い返してくれた。
胸元の空晶石が、とても暖かく感じられた。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.31 )
- 日時: 2016/04/09 12:58
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪崇 side≫
12月の始め、2・3か月くらい前から少し様子がおかしいと感じていた北川に、ぶかぶかと傷が頬に一筋ついていたのを目撃し、その時から彼女の身の廻りを探ろうと必死になっていた。
その時偶然に聞いた彼女の誕生日。
その時に、なんで今まで彼女の誕生日を知らないのに気付かなかったのだろうと考えた。結局は答えが出なかったので放っておくことにしたが。
まあそれは置いといて。
それを教えられた翌日から、普通の人ならどうするのかと思って少し遠出をしていれば、中学時代のクラスメートにばったり出会い、
“ちょうど店で人手が足りなくて困ってるんだ”
なんて切り出され、最終的には、
“お前みたいな時間を持て余している奴はバイトして日本に貢献しろぉ!!”
と無理やりバイトという労働をすることを承諾させられた。
期間は二週間。
内容は配達。
まあ、元クラスメートの小地谷の言うとーり、確かに暇してる人間だから、バイクも車の免許も習得してはいるが、別に日本に貢献するために修得したわけじゃない。
小地谷の家は、結構歴史のある洋菓子店だ。月末には大きな行事のあるこの十二月だから街に出てアルバイトを雇い入れようとしていたのだろう。
現に俺の前にも4〜5人のアルバイトを雇っていたらしく、俺を言い包めた小地谷は、気分上々に俺を連れて意気揚々と自宅へと足を運んで行った。
軽快な足取りの小地谷とは正反対に俺の脚は鉛を引きずっているように重たいものだった。
そこから二週間、家でゆっくりしたかった俺のペースは隅々まで狂わされ、空手の道場の帰りにバイトが入っているもんだから俺の身体はもう愚だ愚だになって勉強なんてもんは放り出したまま埃を積ってしまった。
二週間が終わり、少し北川に会いに行って、叔父の所に正月の挨拶しに行って久々の登校をすれば新学期。
新学期早々一般推薦があり、うかうかしていれば一般入試が始まる。
新学期のHRで担任が意気込んで話す内容だった。
体育大学を目指す俺は、ただ運動をずっと続けたいという理由だった。
ただ、今までの運動の成績で、空手道の黒帯級、剣道の七段級、中学時代のシングルス硬式テニス男子の部、県大会2位入賞が評価され、あんなにシンプルな理由だったにも拘らず推薦選抜を受けさせてもらえるらしかった。
それをすっかり元通りに回復して退院を果たした北川に話せば、
“じゃあ明日貴方をしっかりお勉強させてあげる”
なんて不気味な言葉を残して颯爽と帰って行った。
翌日、何の心構えもせずに投稿すれば、少し眼の下に隈を付けた怖いほど清々しい笑顔で、たっぷりと120頁はありそうな重い紙束を手渡された。
「・・・・、なに、これ・・・。」
「ん?推薦を成功させるための資料。私が全部読んだ中でも、特別大事なところを重点的に絞り上げたから、能澤君も読めると思う。」
「こんなにあって絞り上げたって・・・。」
「だって、600頁以上もあったら読めないでしょ?」
「・・・・、読んだのか・・・。」
「もちろん。読破したよ?」
「・・・・・。」
他の人とは違う類の人間なのは承知していたが、こんなに秀でているのは知らなかった。
渡された重い紙束を持ったまま、立ち尽くすしかなかった。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.32 )
- 日時: 2016/04/09 15:34
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪優 side≫
冬季休業が終わり、本格的に私たち高校三年生は、受験と嫌でも真向で顔を合わせなければいけなくなった。
始業式から2週間が私の合否を分ける。
そして、能澤君の合否を分けるのも二週間。
その二週間、私たちは時間の許す限りを町の図書館や学校の図書室などの静かな場所で凄し、ひたすら過去の入試問題や学校から提供された対策問題を解き返した。
分からないことがあれば色々な手を使っていち早く調べて頭に叩き込み、自分の頭が働かなくなれば、外に出て小一時間の休憩をはさむ。
少なくとも6時間の睡眠はとるようにし、頭を活性化させる食べ物を食事に入れるようにする。
あらゆる方面から精一杯の手を尽くして臨んだ入試試験当日。
時間的の最初の彼は、いつも通りを装いながらも内心はものすごい焦燥を覚えていることが分かった。
「自分自身の力で頑張れ。」
私がそう言って笑めば、
「お前もちゃんといつも通りやれよ。」
そう返して片頬を上げ、いつもと同じように電車の人込みへと消えて行った。
そこから日本の電車を乗り継いだ先の試験会場。
待合室はもう戦場と大して変わらなかった。
熱心に最終確認する人や、周りを隙なく睨んでいる人。
周りをぐるっと一周眼を走らせれば、私の背に悪寒にも似たものが走った。
その直後にフラッシュバックする光景。
周りの人の鋭い眼が、学校の女子の軽蔑の目に見えた。
誰かが静かに話している囁き声が、クラスの中の嘲笑に聞こえた。
何か物が落ちれば、下駄箱から落ちてきたカッターの刃に思えた。
誰かが席を立てば、こちらに襲いかかってくるのではないかという疑いの気持ちがどんどん大きく膨らんでゆく。
やだ、やだ、嫌だ。
やめて、やめて、もうやめて。
怖い、怖いよ。
恐怖が私の脳を埋め尽くす。
埋め尽くされたまま開始の合図が鳴る推薦入試。
最初っから私はおかしかった。
頭の中に入っていたはずの公式が思い出せない。
腕に染みついていたはずの文法が書けない。
語呂で覚えたはずの年号がぐちゃぐちゃになって分からない。
漢字の意味がこんがらがってまったく思い出せない。
文章を暗記したはずなのに一言も覚えていない。
どうしてだろう。どうしたんだろう。
どうして私こんなに焦っているの?
なんでこんなにテンパっているの?
どうしたらいいの?なんでなの?
分からない
怖い
嫌だ
やめたい
いっそのこと諦めたい
どうしたいのか分からない
知らない
・・・ヤバい
私の脳裏にチラつくのは、記号でも、単語でも、綴りでも漢字でも計算でもない。
ただの嘲りの視線、ただの悪口、ただの狂気じみた森山さんの眼だけだった。
私の頭の中がパニックで覆われたまま終了の合図が鳴り響く。
私の答案用紙は、10分の1が白紙だった。
大事な試験の答案用紙が埋まらなかったことなど今まで一度も経験したことがなかった。
ただただショックだった。
ただ悔しかった。
ただ自分が許せなかった。
もう自分に失望した。
まだあと一回チャンスはあるものの、自分自身に失望したものは大きかった。
4日後の合格発表は、見なくても結果は分かった。
でも家族に行かないことで心配をかけさせたくなくて、会場へと足を運んだ。行けば、今ここにはいないはずの人が長身を余らせるように樹木に寄り掛かっていた。
「・・・・、どうして・・・。」
「や、気になったから。」
「自分の結果は?」
まあ、あまり気落ちしていない様子から察するに、結果は目に見えているも同然だが。
「受かったよ。それより今はお前だろ。今にもぶっ倒れそうな顔してんの分かってっか?」
感情のあまり籠ってないその言葉に、嬉しくないのかと思われがちだが、別に喜んでないわけではない。
ただ自分の気持ちを表す術を知らないだけだったりする。
でも、そんなにひどい顔してたかな?
少し身に覚えのある私は、無意識に自分の頬に手をやった。
でも、それが失敗だったことはやってから気づいた。
「あ」
「‘あ’じゃねぇよ。身に覚えがあるんだったら無理すんな。」
なにか、いつもよりも言動が荒っぽい。
どこか、焦っているようにも、心労がたまっているようにも見える。
多分彼の事だから、後者の方だろう。
理由もない行動する人間ではないことは分かっている。
「無理してないから。結果見にいこ。」
明るく気丈にふるまって、彼の手を引こうとしたが、逆にその手を引っ張られ、そのまま人気のない路地に、すっと連れ込まれる。
それがあまりにも隙のない流れるような動作で、抗う時間がなかった。
掴まれたままの腕を、ドンっと勢いよく壁に押し付けられ、少なくとも5cmは背の高い彼に見下ろされる。
「・・・!?」
「もういいから、嘘をつくのはやめろ。」
彼の垣間見せた狼のような荒々しさと、予想もしていなかった言葉を耳朶に吹き込まれ、私は息を飲み込むしかない。
「・・・、な、に・・・。」
「いいから、なんで何も言わないんだ。なんで頼らない、どうして相談しない?何を思っているのかは知らないが、前に言ったろう。信じて前に進む努力をしろ、と。あれは、周りの人間に信頼を寄せろと言ったんだ。成長したと思ったが、お前はそうでもないようだな?」
早口でそうまくしたてる彼の眼には、はっきりと怒りの炎が見て取れた。
その中に、失望の色が、覗いた気が、した。
ただ気がしただけだ。
光の加減かもしれない。
そう思おうとしても、私の頑固な脳は受け入れてくれなかった。
彼を失望させてしまったのは、とても心が痛かった。
期待を裏切ったと言われた様で凄く悲しかった。
「・・・、俺は・・・、お前のおかげで人との関わりを教われた。人を愛することを知った。初めての感情を知れたんだ・・・。」
さっきとは違う、悲しそうに伏せられた瞳が胸に痛い。
申し訳なさが心を覆い尽くしていく。
「結果は・・・、お前も想像が付いていたんだろ?どういうきっかけがあったかは知らないが、辛いなら無理して見に行く必要はない。」
「なんで・・・、知ってるの・・?」
「凛君に、受験番号を教えてもらった。自分で報告が難しいなら凛君たちには俺から言っておくが、担任には自分で報告しろ。」
私の内心を汲み取ってくれたようなその気遣いが嬉しい。
有難う、そういう代わりに少し微笑んで見せた。
弱いのは自分でもわかった。
でも、これが今の精一杯だった。
でも、それだけで、もう帰れ、と背を押してくれる、人の心に敏い彼がいるから少しだけ前を向ける。
ごめんなさい、そう小さく呟いて、私はその場を立ち去った。
- Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.33 )
- 日時: 2016/04/20 15:21
- 名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)
≪沙穂 side≫
[落ちちゃった。]
たった一言送られてきた。
差出人は、優だった。
素気なく無情に見えるこの一文に、彼女がどんなに苦労を込めたのか私は分かる。
一般世間では、推薦落ちても次あるから怖くないし安心だ、なんて言ってる人の方が多いとは思うけど、実際は推薦で脱落してしまえば、大きな精神的衝撃が伴う。
そこを何とか抜け出せて一般入試に臨むしかないから、あまり精神的に強くなかったりする人は、苦痛だと思う。
まあ、推薦に臨める人たちの事だから、そんなに弱い人はいないと思うけど、それでも落ちたときにかかる不安だったり衝撃だったりは、必ずある。
見えないところで精一杯頑張った。
まわりの人からの期待と、それに応えなければならないという精神的な圧迫。
失敗したくないという焦りや焦燥感。
それらを全て一つの人間が抱えて、押しつぶされそうになりながら這い上がる人間。
最後の最後に頂上に立てるか、それとも足元が崩れて落ちるか。
立てたときの感動は二度は味わえない最高なもので。
落ちたときの耐え難い辛さ、苦しさは最悪なもので。
優は、周りの事をいつでも最優先に考える。
自分の事は二の次どころか結果的に一番最後だったりする。
一番最後なのはまだいい方で、自分の事を捨て置くこともしばしばある。
自虐的になって、責め続けて、我を端の端まで追い込んで。
そんな優に、私はこう返す。
[今夜はうちに泊まりにおいで。]
きっと、家には居辛いだろうから。
「・・・・、沙穂ぉ・・・」
「はいはい、ちゃんとしなさい。徹夜で優から話引き出すんだから。」
言い切ってにこっと笑えば、今にも泣きだしそうな顔で抱き着いてきた。
落ち着いた色合いのスポーツバッグをひっかけ、制服のままの優。
泣き腫らしたような跡はないけど、無理やり我慢していたのは一目瞭然だった。
現在の斉藤家の家族構成は、九州へ単身赴任中の父親と小学校教師18年目の母親、現在24歳位のめっちゃ頭いい兄と21歳の大学3年の少し阿呆な兄で、家にいるのは母親と阿呆な方の兄だけなので、部屋は余っていたりもした。
適当に家族とのおしゃべりをあしらった私は、さっそく優の堅い口をこじ開ける作戦をひねり出すことにした。
あれやこれやと低脳で我ながらと思える傑作をいくつか考える。
そうすること約一時間。
優はどこ行ったかと思うが、それは私が無理やりお風呂場へ押し込んだから全然心配しなくてOK。
でも、私のそんな一時間は、優が素直に口を開いたことによって水の泡となった。
まあ、私としてはありがたいのだが、一時間前の自分に申し訳ない気持ちになった。
そんな軽い気持ちで臨んだ優のお話。
別に意味なく軽い気持ちで臨んだわけじゃないし、軽い気持ちで臨まなければ、気の弱い私は最後まで話を聞けない。
優は、淡々と感情を混ぜることなく、まるで機械人形のようにいきさつを話した。
聞いている方こそが耳をふさぎたくなるような人間のお話を。
その間彼女は身動き一つ、感情ひとつ出すことがなかった。
唯一人形ではないと思えた証拠は、話をゆっくりと終らせた後の眦から流れ出した涙だった。
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