コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.50 )
- 日時: 2016/03/23 12:10
- 名前: miru* (ID: .pUthb6u)
#10
「和泉ちゃん、心ここにあらず、って感じねぇ……。あれ、大丈夫かしら……」
うわの空で食事中の和泉を、遠まきに管理人と双子は心配そうに見ていた。
ついに管理人は動き出し、和泉に声をかけた。
「和泉ちゃん? どうしたの?」
「えぇ、ちょっと本が読みたくて手が震える症候群にかかっ……いやなんでもないですどうしましたか?」
「う、ううん、大丈夫よ。今日のご飯、おいしい?」
「あ、はい! とても」
机の上の食器に一瞥をくれ、双子のもとへと帰ってきた管理人は言う。
あれはマズい、と。
やっぱり秋桜が合わなくて、ついにおかしくなっちゃったのかしら……、と管理人が言うと、ほれみろあそこは和泉が行くようなところじゃないんじゃん、と双子の片割れが吐く。
ぶつぶつと続く会話は、急に和泉が立ち上がったことによって強制終了した。
「ど、どうしたの? 和泉ちゃん」
「あ、清子さん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「それはよかったわ……」
そう言って食器を洗うため、台所に向かった和泉の手の上には、和泉が何杯もおかわりした丼が乗っていた……。
「…………」
ただいま和泉は自室にて、煩悩を振り払うため悟りを開こうとしていた。
……ふぉぉおっ。本が。あの本が。読みたくて読みたくて。頭から離れない。
いけない。いけないいけない。そんなことを考えては。
煩悩にとりつかれそうになり、和泉は先ほど夕ご飯を大盛りでかきこんだ。正直お腹が苦しくて、胡座もキツい。
「……なんで、あんなところにあるのかなぁ……僕の大好きな作家さんの本が! 読みたい! もう絶版済みの古い本だぞ! 滅多にないぞ! 読みたい!」
ぅあーっ! と叫ぶと和泉はバッと机の椅子を引いた。
ドカッと座ると、猛然とテスト勉強を始める。
ドアの外では、管理人が額に手を添え、双子が揃って、黙って首を横に振った。
テスト間近の今日この頃、和泉はテキスト片手にゆっくりと廊下を歩いていた。
廊下で勉強しているのは、決して、教室が居心地悪いからではない。
ひとりで勉強しているのも、ぼっちだからではない。
と一匹狼を演じる。
「少しいいかしら? そこのあなた」
後ろから声をかけられて、前にいた生徒が振り返ろうとする。
なんだ、自分じゃない。
油断する和泉の腕を、何者かがガッと掴んだ。
「少しよろしくて?」
「……え? ちょっと、何するんでっ────」
まさか自分が声をかけられたとは思わなかった和泉は、油断している間にあっと言う間に声の主に連れ去られた。
一瞬で角の向こうに消える。
「…………?」
後には、一瞬の出来事にぽかんとする生徒が残るばかりだった。
校舎の奥、午後のティールーム、綾小路栞子のサロンにて。
「ふぅ……」
かちゃん、と丁寧に施錠確認する彼女は、満足したように和泉の方を振り返った。
綺麗な巻き髪がふわりと舞う美女。
彼女の名前は、綾小路栞子という。3年生の先輩だ。
先ほど道中、『私、綾小路栞子と申します! 突然押しかけて驚いたでしょうけど、私どうしても貴方とお話がしたくて、ね』と飛ぶように移動しながら叫んでくれた。
綾小路って、この学院最大派閥組の名前じゃね?
正直、雲の上の方だ。そんな方が自分に用があるとすれば……。
しめられるのか、とプルプル震える和泉に、栞子はふふふふ、とにこやかに話しかけた。
「ごめんなさいね、立場上、貴方といるところを見られてしまうのはあまりよろしくなくて……」
「いえ……」
「ところで、噂の的の方は、貴方様ですの? 大皇様と城野様に懐かれたという方は」
目を光らせ、ぐいっと迫る栞子。心なしか、少し食いつくように話す。
うっわ、いきなりキターっ!!
大皇様が誰か、和泉は理解するのに少しかかった。狐さんか。
そして噂の的ってなんだ。
と、とりあえず否定しないとマズいよな……。
「えっと、ち、違います。僕は教室のすみっこにいるような奴で、大皇様や城野様のような方々は同じ空気を吸ったこともないような雲の上の方です」
「えっ、嘘よ! 私見ましたもの! その前髪、確かに貴方でしょう!」
ま、前髪……。
そう言われてしまうと、もう自分以外いない気がする。
なんとか言い逃れしないと、しめられるよな、これ。どうしよう。
「…………」
黙ってしまった和泉を見て、わたわたし始める栞子。
「違うのよ、貴方を咎めようとかそんなのではないの。あの子達と仲良くなる子なんて稀で、私嬉しくて話がしたいだけなのよ」
「え?」
「そういえば、お茶も出していなかったわ。少しお待ちになって。今お茶を淹れるわ」
栞子はソファを静かに立って、白い金縁のティーセットを手に取った。
予想もしなかった言葉に、和泉はぽかんとする。
紅茶を淹れながら、栞子は話し始めた。
「私、あの子達をこーんなに小さな頃から見てきていましてですね? それはもう兄弟同然のように可愛くて仕方ないの。でも……そうね……あの子達、ひとくせもふたくせもあるじゃない? 正直イラッとすることも多いじゃない? お友達なんて珍しいのよ」
「はぁ……」
こーんなに、と指でだいたい3cmを作る栞子。
そーんなにちっちゃいときからなんですか。
ファンは多いのだけどねぇ……と頬に手を添え言う栞子に、和泉はハッとして、この人ブラコンだ、とようやく気がついた。
「ということなのだけれど、貴方、どう? あの子達のお友達?」
「えっと……」
お茶の準備がひと段落ついたのか、栞子はまたソファに腰を下ろす。
とりあえず、返答に困るので、和泉は栞子に今まであったことを話した。
うんうん、と聞く栞子はストーカーっぽい狐さんの様子を聞いて眉をひそめ、和泉が部活に誘われたことに嬉しそうに目を細め、断ったことに悲しそうにうるうると和泉を見つめた。
あの部活に入れと言うのですね、栞子さん。
そして栞子は立ち上がりながら、ふっと思い出したように眉を寄せて話し始めた。
「……そうそう。そうなのよね、あの子、ストーカーっぽいところあるのよねー……」
心当たりがあるのか、思い出してちょっとイラッときている様子の栞子さん。
「自分の気になることになると、ひとの迷惑顧みず追っかけまわすのよ、あの子。本人自覚ないんでしょうけど」
あちゃー。身内同然の方にまで言われてますよ、狐さん。
「僕、初めはあの人から逃げまわっていて。それでも追いかけて来るので、変態なんだと思い、諦めました」
「そう! 私もさすがに制裁を加えようかと思ったわ」
ここまででだんだんわかってきたが、栞子さんはあまりお嬢様っぽくないぞ。
結構おてんばなことも言っちゃってるぞ。
栞子は紅茶を和泉の前に置き、またそっと静かにソファに腰を下ろした。こういう立ち振る舞いはすごくお嬢様っぽい。
「ありがとうございます。
そうですね、本人に自覚がないんでしょうね……。
最後、言いたかったことを言い捨てて来ちゃったんですが……ずばり、それはストーカー行為ですよ、と」
「なんと、ついに! あの子にそれを言ってくれる人が現れたのね!」
笑い転げそうになりながら、栞子は楽しそうに和泉の肩を叩いた。
だんだん素になってきてるよなぁ、と和泉は思った。失礼のないようにしなければ、と思いつつも緊張が緩みそうになる。
それに気がついたのか、栞子はぱっと態度を切り替えて、しずしずとカップを手に取り口に運んだ。すましてカップを傾ける。
が、取り繕うにはもう遅い。
可愛い人だなぁと和泉は微笑んだ。
「貴方、面白い子ねぇ……ふふ。あの子たちもそこを気に入ったのかしら。ねぇ、どうしてあの子達の誘いを断ったの?」
「……あの部が嫌だって訳じゃないんです。でも、自分には美術の知識も全くないし、誘ってくれる狐さんは美術にまっすぐですし……。なんだか、とても僕がいてもいい場所とは思えませんでした」
「貴方、狐さんて呼んでいるのね。ふふふ。
でも、あげはは貴方に来て欲しいって言ったのでしょ? いいじゃない」
「それじゃあ無責任すぎますよ。まったくあの人は本当に! 美術に関心があろうかなかろうが、気に入った人を部に入れる? なんですかソレ。部長がそんなのでいいんですか!」
「あ、あの……?」
「それに僕だって部活選びくらいします。美術の才能なんてありません。でも僕は特待生じゃないですか! あの人の頼みは無視できない」
「そ、そうね……」
「それでいて、そんなに僕に入って欲しいのかと思えば、『特待生なら勉強だよね』と言わんばかりに突き返す! もう知りませんよ! あんな人!」
「……あちゃー」
……あちゃー。栞子さんにぶつけてしまった。しかも支離滅裂。
栞子は、あぁ……と頭を抱えた。
「もういいわ、あの子達のことは」
気にしないで、ムカつく奴らなのよ、と栞子は笑った。いい人だ。
「でもねぇ、部活には入った方がいいのよ? 知ってた?」
「え? なぜですか?」
「知らなかったのね! お友達にお聞きにならなかったの?…………あっ……」
「…………いえ、はい」
「こ、こほん。ごめんなさい、失礼しました」
「いえ、大丈夫です……本当のことですから……」
「…………。……それで、この学院、こんなお金持ちじゃない?」
言いながら、栞子は指で輪っかを作り手のひらを上へ向ける。
和泉は少し頭がついていけなくなりながら、なんとか頷いた。
「……えっと、はい」
「それぞれの部活の部長もね、実力で決めるというより、家柄で決めるというか……。私も実は文芸部の部長なの。だからね、入る部活によって、派閥が決まってくるのよ……」
「え、そんなのあるんですか」
「そうなのよ。面倒臭いでしょう? でも、結構大事なことなのよ。昔と違って今はこんな感じになってしまっているから……入る部活によって、その後ろ盾が決まってくる感じ? 部員数が多ければそれだけ大きい派閥、って考えもあるけれど、基本的には、力を持った人がいる部活が大きい派閥になってくるわ」
それに、その派閥内で有能だと認められたら、それだけで力を持った人と近づけるんですもの、便利よね、と栞子は付け足した。
うわー……なんだかめんど……何でもないです。
わかった? というように、にこにことこちらを見る栞子に、ええわかりますよ、と嘘くさい笑みを返す。
「面倒臭いでしょう? うふふ、否定しなくても別にいいわよ。
要はね、ただでさえ弱い立場の外部生の貴方たちの、手っ取り早い居場所作りの方法なのよ、コレが。そういう意味でも、あの子達の部活は魅力的だったのよぅ?」
うふふっとこちらを見る栞子の視線に、目を背けて横に受け流す。
ええわかっていますよ、自分だってそんな面倒臭いなら入りたかったですよぅ。
「和泉くん、とりあえず、私の部活に来ます? 文芸部なの」
「文芸部……。ご厚意はありがたいですが、ご迷惑になるので……」
「ぜんっぜん大丈夫よ。いろいろなことをネタにして文章書いてるだけだもの、初心者全然OKっ」
「……どんなもの書いてるんですか?」
「あっ、ちょうど冊子あるわよ。読む?」
これっ、と渡された冊子をぱらぱらと読む。
…………。
「……えっと、どろっどろのびーえる」
「あ、間違えた。こっちだったわ」
栞子は和泉が読んでいた冊子をバッと取り返して、似たようなもう一冊の冊子を差し出した。
栞子はあやしい冊子のほうをひらひらさせた。
こっちは裏で回してるものなの……上に立つ者は時として、人心掌握の為に部下に娯楽を与えるものよ、と栞子はふふふふふと笑いながら言った。
気のせいかもしれないが、さっきの冊子の中に、狐さんと城野の名前が出てきた気がする。……いや、何も見なかったことにしよう。
和泉は取り繕った笑顔で、貰った冊子を読まずに返した。
「文芸部、だめ?」
「遠慮させていただきたいです」
えー、と不服そうな栞子に、今度こそ和泉は有無を言わせなかった。
「……そっかぁ……残念ね。でも、これからもお話させて頂戴ね」
「はい、よろしくお願いします」
「それではそろそろ出ましょうか」
そのとき丁度、学院の時計塔の鐘が鳴った。
「あら、ティータイムも終了ね。急がなくちゃ。きっと凛子が探してるわ、私のこと。友達付き合いも大変よね」
「そうですね……全く本当に。ありがとうございました、目立たないように先に出ますね」
ふかふかだったソファを立つ。
豪華なサロンだなぁ、やっぱり。綾小路ってすごい。
「恐れ入りますわ。くれぐれも見つからないように。私と関わると色々面倒ごとが起こるみたいなの」
「え、わかりました。気をつけますね」
スイッチが切り替わったような栞子は、サロンを出るために身支度を整え始めた。
そっと扉を開け、身を滑り込ませる。
扉の隙間から向こうを振り向くと、栞子さんが小さく手をふりふりしていた。くくく、と思わず笑いがこぼれた。とても可愛らしい。
自分のような人間にも偏見はないし、その上とてもフレンドリーに話してくれる。とてもありがたいし、嬉しい。
上に立つ人は、それだけの器があるんだ、と和泉は感心した。
扉を丁寧に閉めると、和泉は周りをキョロキョロと確認した。右、左。
よし、人はいない。
和泉はささっ、ささっ、と静かにハイスピードで廊下を駆ける。
「…………」
……うーん、そういえば。
「ここどこだろ……」
目にも留まらぬ速さで移動しながら、和泉はぼんやりと考えた。
和泉が無事、教室にたどり着いたのは、5時限目が終わる頃だったという。