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- Re: 手をつないで、空を見上げて【短編集】 ( No.5 )
- 日時: 2016/06/27 21:04
- 名前: ひよこ ◆1Gfe1FSDRs (ID: 8F879P3u)
2.『天体観測』
「あれが、春の大三角」
雲一つない青空、君は指を指す。
「よくわかるね、みえないのに」
「みえなくても、ちゃーんとそこにあるんだよ」
放課後の屋上。心地よい風が優しく頬を掠める。フェンスに背を預けて、君と二人で空を見上げる。
「ねえ、明日も来るの?」
「君が来るなら」
「そう」
そっけない返事をして、君は立ち上がった。くるんっと軽く回って、けらけらと笑う。
屈託のない笑みを浮かべながらも、どこか泣きそうな声で言った。
「バカな人だね」
さして気にせず、僕もそっけなく返事をした。
「そうかもね」
「今日はもう帰るよ」
「そっか」
ドアの開く音、遠ざかっていく足音を聞きながら、僕は再び彼女が指差した空を見上げた。
三角形になって青空に輝く星が、みえた気がした。
彼女とこうして屋上で会うようになったのは、最近のこと。彼女が、屋上のフェンスを乗り越えようとしていた時だった。
また来たの、と少し困ったような笑みを浮べる彼女そっちのけで、僕は隣に座る。最初の頃、無言に耐えかねた僕が夜にみえた星のことを話したのが、彼女の心の扉を開いたきっかけになったらしい。星に詳しいようで、いまみえる星の名前だとか、どこにみえるだとか、まるで玩具を目の前にした子供のように目を輝かせながら僕に話す。そんな彼女をみて、それから空をみて、悪くないなとひとりごちた。なんか言った? と首をかしげる彼女に、なんでもないと言いながら。
星以外のことを話してくれるようになったのも、つい最近のこと。
「なんてことないの。ただ、運が悪かっただけ」
「お母さんが機嫌の悪い時に、話しかけちゃったの」
「いつもみたいに我慢すればいいだけ、それだけなんだけど」
「なんでだか、無性に嫌になっちゃって」
夜中に星をみただけなのにね、なんて彼女は笑う。無意識なのか、自分の体を護るように抱きしめて。
「星は変わらずそこにあるのに、私はいつか消えちゃう。いつか必ず。だったらいま消えちゃったほうが......なーんてね」
今日は帰るよ、そう言った彼女の背中を、僕はただ見つめていた。
今日は少し遅くなってしまった。慌てて屋上のドアを開ける。
「......遅かったね」
初めて会った時とは、違かった。
君はもう、フェンスを乗り越えていた。
「もう、私なんかいらないんだって」
君はそう、独り言のように呟く。
「あなたと話すの、楽しかったよ。でももうダメみたい」
泣きそうに笑った君の顔をみて、咄嗟に駆け出した。
「ばいばい」
空に、君が消えそうになる。
澄み渡った青に吸い込まれる前に、君の腕を掴んで強く抱き寄せた。
その勢いで、君を抱いたままアスファルトに仰向けになる。背中が少し痛い。
「......どうして」
「今日はまだ、星をみてないから」
「......昼間じゃみえないよ」
「でもあるんでしょ、ちゃんと」
「......うん」
「君の隣で、君と二人で、星がみたい。春も、夏も、秋も、冬も。一人でみたって、僕は星の名前なんてわからないから、君が教えてよ」
「......あなたは、本当に、バカだね」
「そうだね」
君の声が、弱々しく震える。灰色のセーターが温かいもので濡れている気がするが、そんなことはどうだっていい。
ぐりぐりと僕の胸にこすりつけてくる君の頭を、できるだけ優しく撫でる。
雲一つない青空、僕は指を指す。
「あれが、春の大三角」
さあ、天体観測を始めよう。