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天使の泣く声
日時: 2015/10/29 21:03
名前: 京野空 (ID: q6woXfHh)

 僕らの住む夜ノ守村(よるのもり)は人口千人にも満たない小さな村だ。この村にある建物といえば、学校、スーパー、村役場、施設、家、神社、診療所、郵便局、図書館くらいなもので周りは森で覆われている。昔はこの村のシンボルであったろう樹齢数百年を超える桜の木は面影もなく腐りきっていて今では何の木だったかも分からない。どこにでもありそうな小さな村だが、他とは決定的に違うところがある。それは雨がやまないということだ。聞いた話によると数十年前から降っていてそれ以降やんだことがないらしい。なぜか村の周りに重鎮している森の木々は腐ることがなくあり続けている。雨がやまないだけならまだよかったかもしれないが、たちの悪いことに呪いのようなものが存在する。
 ①ほかの人はこの村に出入り可能だがここの住民は出られない。
 ②ここに生まれた人は大人になると消える。
この二つの呪いの解呪法は分からずに今に至っている。原因が雨だということは火を見るより明らかだったため、世界各地からありとあらゆる研究者が調べに来たが何も分からず帰っていった。だが、このままだと町がなくなってしまうとの理由で一時的な対策としてある年の村長が掟を制定した。
 ①親は子供の許嫁をつくりなさい。
 ②お互いが20を超えたとき子を残しなさい。
 ③呪いの解呪法を探し続けなさい。
 ④上記の掟を破ることは許されない。
生まれた子供はどちらかが消えたときに施設に預けることになっていて、中学卒業と同時に出ていき親が住んでいた家に移り住む。僕たちはこの掟の中だけで生きていた。


 「なあ、空。俺たちもう少しで卒業だろ。だから四人でなにか特別なことをしなくちゃいけないと思うんだ! 」
友達の碓氷 弌(うすい いち)は体型と同じくらい大きな声で言ってきた。
 「うるさいな。そんな大きな声じゃなくても聞こえるよ。それで例えば? 」
 「んー、そうだな。解呪法を探すとかはどうだ。もし見つかれば俺たちは長生きできるぞ」
 「却下だな。今を楽しく生きればいいし。それに、本当は死ぬことを何にも思ってないだろ」
たぶん死ぬことが怖いと思っているのはこの村にはただの一人もいないと思う。今では呪いの解呪法を探してる奴なんて見たこともなければ聞いたこともない。
 「まっ、それもそうだな。じゃあ秘密基地を作るとかー、学校を爆破するとかー・・・・・・」
馬鹿な話を聞き流しつつ雨が降り続く外を眺める。別に今の生活に不満を持ったことは一度もない。
 「なーに馬鹿な話をしてんのよ。全く、小学生でもあるまいし」
一人の女の子がため息をつきながら近づいてくる。
 「詩、お前はなんかやりたいことはあるか?? 」
詩(うた)に言われたことを気にせず弌が聞いた。
 「そんなことより文化祭でしょうがっ!もう来月よ。そっち優先」
 「そうか。そういえば文化祭なんてあったっけ」
完全に忘れてた。確かうちのクラスは喫茶店もどきをやるんだっけ。
カフェと喫茶店の違いってなんだっけ?確かお酒があるかないかの違いだったような。
 「聞いてるの?! 空」
いきなり声がする。くだらないことを考えていてもちろん聞いていなかった。
 「え? えっとなんだっけ?」
 「ちゃんと聞いててよね。今日は生徒会の手伝いだから先に帰っててって言ったの」
 「あー、なるほど。了解。じゃあ今日の夕ご飯は俺が作るよ」
よろしい、と満足げに彼女は教室から出て行った。彼女が生徒会や実行委員を頼まれるのは珍しいことではない。成績優秀、スポーツ万能という漫画に出てきそうな彼女だからそういったことが頼まれるのは必然だろう。詩を許嫁に選んでくれた親に感謝しかない。あたりを見まわして気づいたが弌はいつの間にかいなくなっていた。昼はあんなに騒がしかった教室は音ひとつしなく静寂に包まれていたて、この世に自分ひとりしかいないんじゃないかという錯覚に陥る。本当はそんな訳ないのに。
 「帰るか」
誰に言うわけでもなくそうつぶやいて教室を後にした。
許嫁どうしは一緒に住むことになっている。理由はよくわからないが多分、お互いを知れということなのかもしれないし親がいないぶん助け合って生きていけということかもしれない。まあ、いつもは僕がこんな性格だから頼り切ってしまってるんだけど。
 今日は久しぶりに料理をすることになったので学校からの帰り道にあるスーパーへ向かう。お金は毎月村役所から生活費として最低限の支給がある。支給されるといっても生きていけるくらいなので贅沢は出来ず、なにか欲しいものがある人は節約するとかバイトするなどして稼いでいる。特に欲しいものがあるわけではないが部活もやってなく時間もあるので小さな定食屋で働いている。そこを経営してるのは他の町からきた老夫婦なのだが子供がいないらしく、僕を孫のように可愛がってくれてるのでとても心地が良い。

 いろいろ考えているうちに村で唯一のスーパーに着いた。品ぞろえが豊富で値段が安いことが売りなことだけあって村のほとんどの人がここに来る。今日のご飯は焼き魚に決めていたので魚のコーナーに行こうとしたとき名前を呼ばれた。
「空君!どうしたの?お買い物?」
声のする方向へ振り向くと彼女、夜ノ守 儚(よるのもり はかな)が珍しいものを見たという顔をしていた。苗字から分かる通り村長の娘だ。今は村長がいず、国から派遣された人が村の政治などを行っている。子供のころ好きだったりもしたが昔の話で、今は弌の許嫁だ。
 「そんな驚くことじゃないでしょ。僕だって買い物くらいするさ」
 「えー? そうなの? いつもは詩ちゃんに任せてるくせに」
彼女はキレイな長い黒髪を揺らしながら、からかうように言ってきた。うっ、それを言われるとなにも言い返せない。これ以上突っ込まれないように急いで話を変える。
 「そ、そんなことより儚はどうしたの? 」
 「私はね、弌君がハンバーグが食べたいっていうから食材を買いに来たの」
弌のご飯を作って、弌と一緒に食べることがとても幸せなんだと雰囲気で語っていた。
 「あ、それじゃあ弌君がおなかをすかしてるから私はこれで」
ばいばい、と手を振りながら小走りにレジに向かって行った。
 「俺もさっさと必要なものを買って帰るか」
見た目が一番いい脂がのってそうなサンマを二匹買い店を出るとすっかり日が暮れていた。もし先に詩が帰ってきてしまうと夕ご飯がないと怒られるので大急ぎで家に向かうことにした。

 実を言うとあまり料理なんていたことない。それでも魚を焼くだけなら簡単だと思って焼き魚にしたのだが甘い考えだったらしい。目の前にある皿の上には焦げたサンマが二匹乗っている。今日の夕ご飯はどうする、この悲しき末路のサンマは?! などと必死に考えていると玄関の開く音と同時に詩の疲れた声が台所に届いてきた。
「ただいまー」
今帰ってこられると非常にまずい。下手したらご飯がないのと食材を無駄にしてしまったことで相当怒られる! とりあえず居間に入られないようにドアを押さえた。
 「空ー? 居間にいるの? 」
詩は真っすぐ居間に来てドアを開けようとしたが押さえているので当然開かない。
 「ねえ、なんでドアを押さえてるの」
 「いやいや、なんでもないよ! 」
 「何でもないなら開けなさいよっ! 」
無理やりドアを開けようといきなり力をいれてきた。負けじとこっちも押さえる。そんな力の応酬が何分か続いたころ相手からの力が弱まった。
 「そこまでなら、もういいわ。お風呂入ってくるから」
僕はホッとしてドアノブから手を離したがこれがまずかった。
 「スキあり! 」
とドアを開け、居間の中に勝ち誇った顔で入ってきた。そしてテーブルに乗っている無残な姿になってしまったサンマを見られた。
 「えっとこれはですね、あのすいません」
怒られることを覚悟して土下座したが詩からの叱責はなく代わりにこんな言葉が聞こえてきた。
 「うわ、冷たくなってるじゃない。温めてきてよ」
え? 予想外の言葉で驚く。顔を上げると詩は焦げたサンマを食べていた。
 「怒らないの? 」
 「え? なんで怒るのよ」
不思議そうな顔でそう問うてきたが、すぐにわかったという風に続けていった。
 「別に料理で失敗したくらいじゃ怒らないわよ。空の腕を知って頼んだ私も悪いしね」
 「でも、それは食べられないんじゃ・・・・・・」
 「何言ってんのよ、これくらい食べられるわよ。それに」
 「それに? 」
 「空が一生懸命作ってくれたのを食べないわけないでしょ」
顔を背けながら彼女はそう言った。この位置からじゃ顔は見れないが多分照れてると思う。だって僕も、同じだから。
 「詩・・・・・・」
 「い、いいから! 早く二人分温めてきてよね!」
にやけが止まらないままサンマを温めて一緒に食べる。少しどころかすごく苦かったが今の僕にはそれがちょうど良かった。気まずい空気が流れているが嫌な気持ちにはならない。スーパーで会った儚よりも幸せな自信がある。食べ終っていつもと同じように二人で食器を洗っている時も幸せで、こんな日々が続くことを信じて疑わなかった。

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Re: 天使の泣く声 ( No.1 )
日時: 2015/10/29 21:21
名前: 京野空 (ID: q6woXfHh)

その日の学校は喧騒に埋もれていた。廊下を歩く人の笑い声や自分のクラスの出し物を宣伝する声だったりで、いつもの学び舎として雰囲気はすっかり消えている。そう何を隠そう今日は僕たちの通っている高校の文化祭なのだ。一年で最後の大きな行事ということでみんな気合が入っていて、特に三年生は最後の文化祭だということもあり大成功させようと奮起していた。外は相変わらずの雨で使えないので必然的に校舎内と体育館だけでやることになる。そのせいで熱気が凄く、耐えかねて僕は閑静な場所を探していたのだが途中で弌に見つかって教室に強制連行されている。
 「なんか楽しそうだね」
笑顔の弌に嫌味っぽく言うがそんなこと気にせず満開の笑顔で話す。
 「ああ。すごく楽しいぞ。最後の文化祭を四人一緒にできるからな。誰か一人でも違うクラスならここまでじゃなかっただろう」
 「お前はどうなんだ? 空」
 「僕は普通かな」
そうか、とだけ言ったが弌は笑顔を崩さず本当は知ってるぞといった感じだった。
 
 僕たちのクラスは喫茶店のはずだったがそこはいつの間にかメイド喫茶に変わっていて、教室の前にはものすごい行列ができていた。
 「えっと、いつの間にここはメイド喫茶になったんだい」
目の前の光景に圧倒されながら尋ねる。
 「客足が遠かったもんでなインパクトを出すためにちょっと衣装を変えたんだ。おかげでこんな行列だ」
弌が行列を指をさしながら満足そうに答えた。ちょっと衣装を変えたといったが原型はまったくといっていいほどない。最初は意気揚々と話していた弌だったが、いきなり顔が曇る。
 「実はな、こんな服着たくないというやつがいてな。そいつをお前に説得してほしいんだ」
自分とのご指名があったということはあの人しかいないが一応きく。
 「で? 誰なの」
少しためた後、弌が満を持してストライキしてる女子の名前をぼそっと蚊が鳴くような声で言った。

 「みんな着てるから恥ずかしくないって。儚だって着てるよ」
女子更衣室の中に閉じこもってる詩に話しかける。
 「いやよ! なんであんなに恥ずかしいものを着て、お帰りなさいませご主人様なんて言わなきゃいけないのよ」
うーん。そこまでしろとは誰も言ってないんだけどなー。はて、どうしたものかと考えてると一つの攻略が浮かんだ。
 「このままじゃクラスの人が詩の分まで働かなくちゃならなくなって迷惑をかけることになるよ。それでもいいの? 」
彼女は義務感が強いから自分のせいで他の人に迷惑をかけるのは嫌なはずだ。長所につけ込むようで悪い気はするが今はしのごの言ってられない状況なので心の中で謝る。
 「分かったわよ。その代りあとで文化祭一緒に回ってよね」
言い終わると、目の前の開かずの扉が開かれて詩がメイドさんになって出てくる。
 「ど、どう? なんかおかしくない・・・・・・? 」
顔を赤らめながら問うてきた。
 「いや、大丈夫だよ。むしろ可愛い」
 「ば、馬鹿じゃないの!それより早くいくよ!! 」
あまりメイド服を見せたくなかったのか、それだけ言って詩は走って行ってしまったが僕の頭からメイド姿が離れることはなかった。

 文化祭の後片付けも終わり学校には数時間前にあった喧騒はどこかに消えてしまい、どこか寂しさのある教室に俺たち四人だけが残っていた。
「それにしても儚はメイドをノリノリでやってたな」
弌が驚きと感心が混ざったような風に言った。
 「えへへ。そうかな」
 「ほんとよ。よくあんなに出来るわね」
儚は照れてるがほんとになりきっていた。プロの人を見たことはないがプロ顔負けだったんじゃないだろうか。
「それに比べて詩はねぇ」
 「うるさいわねー。しょうがないでしょ恥ずかしかったんだから」
注文は間違えるし、かみまくってて何言ってるのか分からなかったりでいつもの詩からは想像がつかないくらいひどかった。
 「いろいろあったけど楽しかったな」
誰もなにも言わなかったが雰囲気で肯定してるのだと感じた。それについては僕も何もいうことはない。残る行事は卒業式だけだが進路については、この村には大学や専門学校といったものがないので特にすることもなくなる。大人とは具体的には分からないけどいつか消えてしまう。不思議とそれが特に怖くもなく皆その運命を受け入れてる。
 「さて、もう帰ろうか」
そう言うと弌と詩が名残惜しそうに教室から出ていく。儚はというと窓際で外の雨を愛おしそうに見ていたがすぐに教室を後にした。そんな儚に違和感を持ったが特に気にすることはなく、今はこの達成感や充実感からくる幸せを感じていたかった。


 「今日も儚は休みか」
空白の席を見ながら呟く。文化祭が終わった後から彼女は学校に来なくなった。弌に聞こうにも弌も学校を休み続けていて、携帯も通じない。
 「ほんとね。今日で一週間よ。こんなこと一度もなかったのに」
詩も神妙な面持ちになる。それも仕方ない、儚はいたってまじめな生徒で人を恨んだりすることもないような綺麗な子だ。
 「そうだね。今日の放課後寄ってみようか」
そう言い終わるのと同時に先生が入ってきたのでお互い席に着く。
嫌な予感が頭から離れず、そのあとの授業を集中することは出来なかった。

 学校が終わり儚達の家の前につく。元村長の家なだけあって僕たちのより1.5倍くらい大きい平屋だ。インターホンを押してからしばらく待つと、中からやつれた弌が出てくる。
 「お、お前ら。どうしたんだ」
 「どうしたじゃないよ。一週間も無断で休んで」
少し怒り気味で言う。
 「すまん。でも、それどころじゃなかったんだ」
弌が視線を逸らす。何か嫌なことがあったらしい。
 「まあ、入ってくれ」
促されるまま僕と詩が家に入る。久しぶりに入る家は前とは少し違った雰囲気に包まれていた。
 真っ先に寝室に案内されると、そこには寝ている儚の姿があった。寝室にはスタンドライトとベットしかない。
 「儚はどうしたの? 」
詩が問うと弌の顔が曇る。一瞬ためらったが、覚悟したように言い始めた。それはあまりにも衝撃的な内容ですんなり呑み込めるものではなかった。
 まず、儚は病気であること。その病気は過去に何件か事例はあったものの一人の例外もなく死んでしまったらしい。この村以外で確認されたことはないことから雨が原因の可能性が高いのだそうだ。
 「余命はどれくらいなんだ? 」
 「長くて一ヶ月ほどと言ってた」
 「一ヶ月・・・・・・」
驚きで言葉を失う。詩も同じようで、開いた口が塞がらないようだった。
 「治す方法は? 」
 「一つだけ。一つだけ治せるかもしれない方法がある」
その言葉で救われる。良かった、薬とかがあるのかもしれない。今にも消えそうなものだが確かに希望が生まれる。
 「雨が原因かもしれないと言ったろう」
 「ちょっと待って! それって」
詩が声を荒げて言う。
 「ああ。そうだよ。治す方法ってのは雨をやますことなんだ」
さっき生まれた淡い希望は雨でかき消されてしまった。数百年もの間やむことのなかったものを一ヶ月でやませるなど不可能に近い。
だが、それをしなくては儚は死んでしまう。大人になって消える前に死んでしまう。なら、答えは一つだ。
 「分かった。必ず雨をやませよう」
 「そんなことできるわけないだろ。出来るなら俺がもうやってるさ!! 」
 「んんー。弌君、どうしたの? 大きな声出して」
弌の大きな声で儚が起きる。その声音や表情はいつもと変わった様子はなく病気と言われなくては分からないだろう。
 「あれ? なんで二人がいるの」
儚の目をしっかりみて宣言する。
 「僕たちは絶対に雨をやませてみせる。四人で卒業式にでよう」
あまり状況が呑み込めてなかったようだが、すぐに首を縦に振る。
 「うん。ありがと! 」
目に涙をためながら彼女は言った。可能、不可能なんて関係ない。彼女に生きてほしいから何百年も降り続く雨をやませる。いや、終わらせる。これが空っぽの僕に出来るただ一つのことだから。


 

Re: 天使の泣く声 ( No.2 )
日時: 2015/10/29 21:24
名前: 京野空 (ID: q6woXfHh)

 次の日から僕たちは動き始めた。学校は休んで、儚達の家に集まる。
 「まずは、雨が降る理由を知ることよね」
 「そうだね。村の歴史が書いてある本を探そうか」
話し合った結果、村唯一の図書館に行くことになった。図書館は村の中心にあるが訪れる人はそう多くなく、外見はも木造建築の二階建てになっていて特に変わったものはない。
 図書館につくと受付に行き、司書の人に頼んで村の歴史本を出してもらう。
 「これは・・・・・・厚いな」
弌が本に目線を落としながら言う。弌が言うのも分からないこともない。司書に渡された本は辞書並みに厚く、およそ一日で読み切れるものではなかった。それが、三冊もある。
 「まあ、読みましょう」
手分けをして古びた本を読み始める。三人のページをめくる手が軽かったのは原因が簡単に分かると心のどこかで楽観視していたからかもしれない。その日の終わりには手が鉛のように重くなっていて
一日目は何も見つけることは出来ずに終わった。


 「なんで、なにも書いていないのよ」
詩が苛立ちの表情を浮かべる。二日目には全部読み終わってしまい、儚達の家に集まっている。
 「これはさすがにおかしいね。雨の降り始めた年すらも書かれていないなんて」
本の内容はあまりにも不自然で不信感を覚えずにはいられなかった。わざと雨について何も書かないようにした、そんな不信感。
 「でも、これに書かれてないってことはもう・・・・・・」
詩の言葉で再確認してしまった。これで現状は手がかりがなくなったという無慈悲な現実を。
 「やっぱり無理だったんだ。ただの高校生が終わらせるなんて」
続けて弌が言う。
 「ありがとな、空、詩。儚に変わって礼を言うよ。ほんとにありがとう」
 「なんだよ、それ。諦めんのかよ」
 「もういいんだ。これからの一ヶ月間は儚と一緒にいるよ」
言葉につまる。言い返す言葉が出ない。誰よりも彼女に思われ、誰よりも彼を思っている彼が決めたことなのだ。これが答えなんだろう。僕と詩は無言で家をあとにすることしか出来なかった。

 その日は晴れた雨の日だった。雨がやまないといってもいつも曇りなわけではない。雪と雨が混ざったような霙だって降る。
 あれから数日経った今日、郵便ポストに村役場からの手紙が入っていた。内容は、渡したいものがあるから来てほしいというものだった。
 土曜日になり、村役場に行く。受付にいき差出人の名前を言う。
 「文和さんはいますか」
 「はい、少々お待ちください」
近くにある椅子に座っていると背の高い白髪が似合うおじさんが向かってくる。
 「こんばんは。君が空君だね」
 「どうも」
少しの挨拶だけでいい人なんだと伝わってきた。
 「ふむ。寝ていないのかね」
あの日からあまり寝ていない。それもそうだ寝れるわけがないんだ。こうしているうちにも彼女は徐々に衰弱している。余命の一ヶ月に近づいていく。
 「あなたに関係ないでしょう。それで渡したいものってなんですか」
こっちに来なさいと、小さな部屋に案内される。そこは小学生のころ見た校長室に似ていた。文和さんは机の引き出しから本を取り出して僕に渡す。
 「これは君のお父さんに渡してくれと頼まれたものだ」
 「え? 父さんが? 」
文和さんが頷く。それから少し話をしていたが読みたいなら帰ってもいいよ、と言ってくれたのでお言葉に甘えて帰ることにした。最後にお礼を言って村役場をあとにする。早く本が読みたかったので早足に帰宅した。

 
 自分の部屋につくとすぐに本を開く。それは何かの物語になっていた。
 あるところに人間が大好きな天使がいました。彼女はいつも人間を見ていましたがある時とても可哀想な村を見つけました。その村では雨が降らないせいで飢饉が起きていました。天使はその村に行き、奇跡を起こして人々を助けました。ですが、帰ろうとしたとき助けた村の人たちに呪いをかけられてしまいます。あまりに奇跡を起こしたすぎた天使は神様と崇められてしまったのです。信仰という呪いを。それ以来、彼女は村の神様となってしまい村人達の負の感情を押し付けられてしまいました。人間の欲は止まることを知らず、大人になればなるほどそれは強くなります。耐えられなくなった天使はとうとう泣き出してしまいました。その涙は雨となり、やむことはなかったそうです。無自覚のうちに心が汚い大人になると消えてしまう呪いを村人にかけてしまいましたとさ。
 物語は終わりだ。それで、これが一体なんなのだろうか。父さんはこれを読ませて何が言いたいのだろうか。再度読んでいると本の中から手紙がヒラヒラと落ちる。父さんから僕への手紙だった。
 いきなりで悪いがこの物語は本物、ノンフィクションだ。
一行目の言葉で思考が止まるが、すぐに一つの仮説が浮かぶ。もしこれが真実なら儚を助けることが出来るかもしれないというものだ。食らいつくように続きを読む。
 この物語は代々受け継がれているものだが、もし雨がやんでいたらお前の代でこの本を燃やせ。降っているなら子供に受け継いでほしい。これを知っているのは京野家だけだ。くれぐれも他言無用にしてほしい。今でも天使は村の神社にいるが決して近づくな。
 手紙はここで終わり。一番驚いたのは最後の天使がまだいるということだ。
 「ごめん。父さん。約束は守れそうにないよ。僕は何があろうと雨をやませなくてはいけないんだ。」
今はいない父さんに謝ると急いで神社へ向かった。

Re: 天使の泣く声 ( No.3 )
日時: 2015/10/29 21:28
名前: 京野空 (ID: q6woXfHh)

 森の中にある神社に着く。ここへ来るのは小学生以来だがなにも変わっていない。社の扉を開くと中からカビのにおいがした。中には何もない。足を踏み入れて、呼びかける。
 「あなたと話がしたい。どうか姿を見せてください」
変化はなく、僕の声だけが反響している。それから一時間ほど粘ったとき声が聞こえてきた。 
 「お前はなぜここに来た」
一瞬驚いたがすぐに事情を説明する。ある女の子が病気であること、それを助けるには雨をやませるしか方法はないということ。
 「なるほどな。お前の事情は分かった。だが、それは私にも無理なことだ」
 「な、なぜです」
すかさず聞き返す。無理だなんて認めたくないから。
 「お前さんも知っているのだろう私が泣いている理由を。私という負の感情を入れる器はもういっぱいなんだ。これ以上、入れることは出来ないからこぼれるしかないんだよ。こぼれた感情は私の涙となり雨となる。この循環を止めるには村人みんなが幸せにならなくてはならないがそんなことは出来ないだろうよ」
村の人すべてを幸せにするのは不可能だ。だけど、一つだけ雨をやませる方法が浮かぶ。
 「器がいっぱいなら代わりを用意すればいい。僕が器に・・・・・・」
 「ダメっ!! 」
声のする方を見ると詩が立っていた。走ってきたんだろうか肩で息をしていて雨に濡れている。
 「詩、なんでここに」
 「机に手紙出しっぱなしだったわよ」
やってしまった。あまりにも急いでいて確認不足だった。
 「そんなことより、絶対ダメだから! 」
 「なんでだよ。儚が死んでもいいっていうの」
 「そんなわけないでしょ!でも、あなたの方が大切なの」
彼女は泣いていた。ここまで自分を思ってくれる人がいるなんて、とても幸せなことなんだろう。
 「ごめん。選ばせるようなことして」
 「でも、何を言われても僕はやるよ。儚のためだけじゃない。これから生まれてくる子供たちのためでもあるんだ。ここで僕に変われば大人になって消えることもなくなるし、村の外にも出られる」
 「考えは変わらないの? 」
無言で首を縦に振る。怖くないわけではない。人間の負の感情を受け止めるなんて考えるだけでおぞましい。
 「話は決まったかのう」
どこからか天使の声がする。
 「ああ、決まったよ。僕はどうしたらいい」
天使は少し待ってろ、とだけいうと気配が消えた。いきなり、目の前の空間に光が現れる。その光は徐々に人の形を成していき最後には小学生くらいの女の子になった。
 「実体をもつのは久しぶりだが意外といいものだな」
 「き、君は」
 「うむ。元天使の神である」
想像とのあまりの違いに口がふさがらない。もっと年がいっているものだとばかり思っていた。
 「それで、どうしたらいいんだい」
 「お前さんは私の手を握っていればよい。あとはこっちがやろう」
迷いなく天使の両手を握ることに心配になったのかもう一度問うてくる。
 「本当にいいのか? 流れで来た感じがあるけど、私は天使だからまだよかったけどお前は人間だ。想像以上の苦しみがあるだろう」
 「やっぱり優しいんだね、君は。信仰が薄くなった今なら逃げられるのに逃げなかった。負の感情をまき散らすことが嫌だったんだよね」
 「それでも、やめないよ。それに僕は空っぽなんだ器には最適だよ」
手を強く握り返す。
 「空!! 」
声に反応した時にはもう僕の唇と詩の唇が合わさっていた。最初で最後のキスなのだろう。彼女は一歩下がると笑顔でいってらっしゃい、と言った。
 「うん、行ってくるよ」
 「挨拶は終わったか。では、始めるぞ」
天使が何か呟くと、体に変化が起きた。まず、触覚がなくなり手を握っているのかどうかもわからなくなる。しゃべれなくなる前にこれだけは言いたい。
 「詩。大好きだよ」
発した時には聴覚がなくなっていて自分が声を出せたかどうかもわからない。それでも彼女が口を動かしたのできっと届いたのだろう。
次の瞬間には視覚がなくなり、目の前が真っ暗になった。


 この暗い世界にきてどれくらいが経っただろう。一年、一ヶ月、それとも一日も経っていないかもしれない。月日を気にする余裕もないほど苦しい。人間の負の感情は止まることを知らず、絶えず流れてくる。妬み嫉み嫉妬憎い憎い憎い憎い憎い。気が狂いそうになるが耐える。ここで耐えられなくなってしまうと天使の二の舞だ。

 気を抜くとここに来た理由を忘れそうになる。もういいんじゃないか、受け入れてしまおうか。いやダメだ。三人の顔を思い出して耐える。

 なぜ僕がやらなくてはいけないんだろう。もう理由なんて忘れてしまった。

 聴覚が戻ったのか、音が聞こえるようになった。一番最初に聞こえてきたのは雨の音だった・・・・・・


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