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Re: 狼どもと同居中。〜狼さんちの赤ずきん〜 ( No.94 )
日時: 2015/10/21 16:33
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

【苛めて、愛して】——園田リク、桐野由紀

「ちょっとちょっと、聞いてよあゆみちゃん!」

 リビングでソファに座り、文庫本を開いていると、いきなりリク君が後ろから首に手を回して抱きついてくる。最近ではこんなスキンシップにも慣れてしまってきていることが怖い。

「どうしたの?」
「もうすぐ文化祭あるじゃん? クラスの出し物でハロウィンの格好やることになったんだけど、由紀がさあ——」



『き、桐野君、衣装作りたいから採寸させてもらってもいいかな?』
『……』
『お願い、顔上げてくれない?』
『……』
『リ、リク君助けて……』
『あー、ごめん、後で僕がやるから由紀は放っておいてあげて?』


「——ってわけよ。もう頑張って話しかけた女の子が可哀想だったよ」
「まあ、そうなるよねえ……」

 理不尽な話だが、そうなるだろうなと思ってしまう。由紀君は一緒に住んでいる私たちに対しても敵対心が前面に出ている。それがクラスの人たちとなると余計に警戒してしまうだろう。

「その後僕に何て言ったと思う? “あの人の声、甘ったるくて吐き気がする”だよ?」

 リク君が笑いながらそう言う。さすがにそれは笑えないぞ、とは言わなかった。
 そうしてリク君が次の“由紀のスクールライフ(?)”話をしようとした時、地震かと思うほどの地鳴りと振動が上階から聞こえてきた。リビングへ入るための扉が思い切り開く。

「リク! 何を勝手に話してる!」
「あ、由紀! 由紀も混ざる?」
「ふざけないで下さい!」

 由紀君が烏のような色のパーカーのフードを珍しくほとんど頭から落ちそうにしてこちらを睨む。いつも隠している蒼い瞳も今日は少しだけ露わになっている。

「僕のことを勝手に話さないで下さい、迷惑です」
「えー? 学年が違うあゆみちゃんに由紀の生活を教えてあげたいなーって思ったんだけど」

 どことなく険悪な雰囲気が私を挟んで放出される。すごくやりにくい。しかし、この会話の流れだと私にとばっちりが来そうな気がする。

「君、そんなことをリクに頼んだんですか?」
「頼んではないよ!」
「あゆみちゃん、僕を見捨てるの?」

 やっぱり流れてきた! と思って全力で否定すると、今度はリク君の子犬のように潤んだ瞳でこちらを見てくる。そんな目はしないでほしい。犬に酷いことは出来ないではないか。

「そ、そういうわけじゃないけど……!」
「そうやってリクの味方をするんだ……」

 由紀君が血統書付の猫のように整った顔で黒猫の様な鋭い目を向けてくる。猫のような不器用な愛情を蔑ろに出来るわけもなく。

「いや、二人を否定するわけじゃないからね?!」

 そう言うと、由紀君が私の腕を思いっきり引く。首に腕を回していたリク君の力はすでに弱まっており、私はするりとその鎖から外れ、由紀君の蒼い瞳を真正面に見る形になった。

「僕のことがそんなに知りたいのなら、リクじゃなく僕に聞いてよ。もっと、僕に近付いて下さい」

 由紀君が放った言葉に困惑する。それは、もっと踏み込んできてもいい、という意味だと受け取ってもいいということだろうか。由紀君の思わせぶりな言葉に心が鷲掴みにされる。私の呆けているであろう顔を見て、由紀君は不敵な微笑みを浮かべた。

「由紀はずるいなー、そうやってあゆみちゃんが喜ぶこと分かって言ってるんでしょ? いつも厳しいことばっか言ってるし嬉しさ倍増でしょ」
「そういうつもりはないけど」

 私が喜んでいることを口にした本人に、喜んだことを知られるのは何だか気恥ずかしい。そう思いながら少し俯くと、急に頭に手を添えられ、上を向かせられる。そこには、背中から悪魔的な笑顔を浮かべて私の目を覗き込むリク君の顔があった。

「あゆみちゃんは僕のことを知りたいとは思ってくれないの?」
「リク君はいつもたくさん教えてくれるから……」
「そうだよね、僕は少しでも長くあゆみちゃんと話していたいから、ね」
「り、リク君!」

 嬉しさと感動で思わずいつもより数段高い声でリク君の名前を呼ぶ。リク君は満足そうに頷いた。

「どう? 由紀」
「……そんな声でリクを呼ぶなんて、許さない」

 私の腰に手を回す由紀君の腕の力が一瞬強まったかと思うと、リク君の手を、私の頭から片手で振り払い、由紀君にしては珍しく少し取り乱して私の目を見た。

「リクの名前なんか出すな! そんな、そんな口、針で縫いつけてやる。そうして君が壊れてしまえばいい。一生僕に怯えていればいい……!」

 由紀君の本気か冗談かわからないその言葉に背筋が凍る。そうなってしまったら、私は本当の意味で“由紀君のモノ”になってしまう。それでも、その言葉を本当に拒絶したいとは思わない。それは無条件に求められることも愛情だと思ってきてしまったからなのだろうか。

「うわー、それは酷いって由紀」

 リク君が苦笑いを浮かべながらそう言う。由紀君の性格に耐性が付いているためであろう、さらりと受け流すことが出来ている。

「でも……あゆみちゃんの怯えながら恍惚に浸ってる顔……ゾクゾクするね」
「な……?!」

 リク君の口からそんな言葉が出るなんて。そこまで私の今の顔は歪んだ言葉に嬉しさを感じている、みっともない顔なのだろうか。

「そういう顔、すごい煽られる——」

 リク君が耳元に顔を寄せてそう呟く。合間にかかる吐息に、ふわりと身体を撫でられるような甘い感覚を与えられる。

「ねえ、リクだけじゃなく僕のことも見て」
「駄目、由紀に気を取られないでよ?」

 そんな言葉で惑わすのはずるい。
 高鳴る胸の鼓動の原因は、誰なんだろうか——。



    end