コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.52 )
- 日時: 2015/10/19 19:28
- 名前: miru* (ID: 2CRfeSIt)
#11
「おおっ……」
「うわ、まじか……」
「やっぱレベルたけぇな」
廊下に張り出された順位表のもとに、群がる外部生。
今日はテスト明けから一週間が経ち、結果が張り出される日なのだ。
「……ぅよしっ」
一番右に乗る、自分の名前の上には一番の文字。
和泉は小さくガッツポーズをした。
これなら、煩悩から逃げるために頑張った甲斐があったというものだ。
名前の隣を見れば、二位ともかなり離れた点差だ。少し安心。
「あいつか? 一位のやつ。なんかほんとガリ勉じゃん」
「すげー、点数9割取ってるよ」
「きもっ。受験勉強終わったばっかだっつーのに、最初っから一位狙うとか真面目かよ」
「なにそれ僻み? そいえばあの人、特待生とか言ってなかった?」
「あー、一位死守しなきゃな人? かわいそ」
口調が荒いので、外部生と思われる集団の声が聞こえる。
自分のことだよなぁ。
ちらっとそちらに目をやると、バチッと目があった。
あ……ども。
ぺこりと頭を下げると、集団はギョッとしたように固まった。
基本的に陰口にも動じない和泉だった。
「……い、いこうぜ」
「お、おう……」
そそくさとその場を離れる集団の背を見送って、和泉は思う。
もう友達いるのかぁ……いいなぁ……。
ぼっちには動じる和泉であった。
「和泉さん」
「えっ、あはい」
突然声をかけられ変な返事をする。
「すごいね」
新人だった。
テスト期間中、星下荘では自室に引きこもり、休み時間はほぼ教室にいなかった和泉だったので、本当に久しぶりの会話だ。
「え、なにが……」
「ん」
千歳は一番の和泉の名前を指差す。
あ、あぁ……。
「ありがとう」
「どういたしまして」
……相変わらず変だ。
あれ、そういえば新人の名前がない。
「うん……落ちた」
「えっと、どんまい……?」
張り出されるのは、今回、20番までだ。
外部生なのに、こう、ぽわぽわしていていいものなのだろうか。
こんなので、どうやってここに入ったんだ。
今もあからさまに、どんまいって何だろう、という顔をしている。慣れない言葉を使って悪かったから、困った顔をするな。
「……どうやってここに入ったの」
「えっと、推薦……」
「え? 推薦?」
「うん、運動できるほうだから……」
見えない……。とてもじゃないが、そうは見えない……。
「そういえば、もう部活決まった?」
和泉は気になっていたことを思い出した。
うーん……と悩んで、コテンと首を傾ける新人。
大丈夫か。
この様子じゃ……。
「まだ……」
「だろうね」
ちょっとびっくりしたように千歳は和泉を見た。
言い方キツかったかな。
和泉は少しホッとした。まだ置いていかれていなかった。
すると、千歳は少し悩んで、和泉と目を合わせて言う。
「ぼくは和泉さんと同じところに……」
「え?」
「部活、入る」
ん?
「あの、どういうことで」
「選ぶの、苦手……」
「あ、あぁ……。って、人を頼るな」
切り捨てられて、しゅん、とする新人。
……えーと、う、運動部とかいいんじゃないかな。
やだ、やめてよ、そんな捨てられた仔猫みたいな目で見ないでよ。
「……一緒に……来て欲し」
「しょうがない! テスト結果も出たし、今日だけだよ」
「ありがとう……!」
しょうがない、同じぼっちに免じて!
「ねぇ、和泉さん」
「えっ、あはい」
約束通り、放課後部活動見学にまわるふたり。
もうほとんど新入生は部活が決まっているので、正直、めちゃくちゃ目立つ。
突然声をかけられ、いつぞやと同じ変な返事をする。
「最近、なんで元気ない……?」
「え」
誰もいない校舎で、校庭を駆け回る運動部を窓から見下ろす。
千歳は下を見つめたまま、和泉に話しかけた。
「テスト……だったからかと思った。でも違った……何かあった?」
突然、なんのことだろう。
夕ご飯大食いしていたからだろうか。
自室に未だに引きこもっているからだろうか。
時々あの本を思い出して、手が尋常じゃないくらい震えているからだろうか。
「全部」
「え、あ、はい」
声に出てたか。
「和泉さんはわかりやすい」
振り向いて少しだけ、千歳は微笑んだ。
能面みたいな無表情が崩れる。
ぽーっと見つめて、和泉はやっぱ綺麗な顔って得だよなぁと思った。
はぁ……と和泉は憂いを帯びたため息をひとつする。
「……えっと、実は、どっおしても読みたい本があって……」
ぽつぽつと、和泉は数週間溜め続けた想いを話した。
明らかに病気を患っている和泉の話を、うーんうん、と千歳は深く相槌を打ちながら静かに聞いた。
和泉は千歳を見直した。
いいやつだ。
「和泉さんは、その本が読めればいい……」
「そう、だね。でもどうしても読めなくて困ってる」
「じゃあ、今日のお返しに、何とかしよう」
わー、なんかまた変なこと言ってる。
普通に考えて、この状況であの本が読めるようになるとは思えない。
和泉は自分のことを棚に上げ、千歳を細めた目で見た。
「どうすれば、いいかな」
「うん、それを考えてくれるのかと思った」
「不法侵入」
「ダメ」
「正面突破」
「顔割れてるんでキツい」
「誰か他の人に」
「友達いない。……あ」
「……ぼくは無理」
「…………」
栞子さんに頼むのは気が引ける。
美術部に入っちゃいなさいよ、とか言われそう。
「変装」
「……それだ」
バレないように、狐さんだか城野だかのファンを演じて。『貴方の読んでいた本がとても気になって……』『えっ、中にたくさん本があるんですか?!』だの何だの言ってなんとか侵入できれば。
あとは、『あ……! この本って……!』とか言って何とか貸してもらえばよいのだ。ふはははは。
妄想にふけっていた和泉を、一言で千歳が現実に引き戻した。
「どういう変装……?」
……え?
「マスク」
「前髪は……?」
「サングラス」
「前髪は……?」
「帽子」
「前髪は……」
「私服」
「前髪……」
「女生徒の制服着る」
「いいアイディア……でもまえが」
「もうわかった! 前髪をいじってもいい! あの本のためなら!」
「…………」
「…………あ」
「……言ったね……?」
嬉しそうな新人の声を聞いて、ハッと和泉は我に返った。
……しまったー……。
長い間、和泉を苦しめ続けた煩悩は、こうまでも判断を狂わせる。
渋い顔で千歳を見やると、千歳は楽しそうに笑った。
……あの……やっぱ取り消し……。