コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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傷つくことが条件の恋のお話
日時: 2016/04/09 15:38
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

どうも。皐月凛雅です。
今回は、高校生に登場してもらいます。
深い傷を負ったEIGHTEEN女子高生と、
いたって普通だけども普通じゃない男子高生と、
人気モノの男子高生がメインの高校生活のお話。
頑張りますから、小学校の授業参観に来た父兄のような、
温かい目で見守ってくだされば。

ー登場人物ー
・北川 優
 佐久間高等学校3年B組。社会の女王様のあだ名で、落ち着いた雅やかなお姉さま。男女関わらずに人気は高いようだ。テニス部のエースで図書委員会委員長。
・能澤 崇
 別に特徴のない優の同級生。彼はC組でいたって普通。剣道と空手なら誰にも負けないし、水泳とテニスとサッカーだったらできる方。でも面倒臭いから帰宅部。
・朝瀬 翔也
 『めっちゃイケメンで、むちゃくちゃイケボですんごく頼りになる』優のクラスメイト。家も結構な金持ちのお坊ちゃまで、文武両道の憧れの的高校生。


 ≪優 side≫
今から4年前の夏、私は大切なものを失った。
原因は私にあった。どう考えてもそう。
それなのに、それなのに彼の親は私のことを責めなかった。
蔑みもしなかった。私にあたることもしなかった。
ただ、泣きながら一言、
「ありがとう」
そう言った。
私にはそんな言葉をもらう権利などない。
私は貴方の息子の命を奪ったのに。
なんでそんなことを言えるのか、貴方の神経がわかりません。
その時以来、葬式にも出なかったから彼の親に会うことはなかった。
そして、私は心から誓った。
『私は、絶対恋に落ちるようなことをしない』
そうして彼との思い出を、心の奥に封印した。
自分の、心からの笑顔も。

4時限目、あんまり面白くない音楽科が終わり、音楽室から教室に帰る途中、
「ゆ〜〜う!!」
後ろから誰かがばんっと背中を押してきた。
ひょっこりと顔を出すのは私の唯一無二の親友、斉藤沙穂。
「沙穂。今筆箱でぶつかったでしょ。めっちゃ痛かったよそれ。」
そういって彼女を睨めば悪気なんてそっちのけで、すまんね、とだけ言った。
「それより聞いた?朝瀬って、A組の永井紗菜振ったんだってよ。」
「まあ、当然じゃない?永井紗菜ってあの派手なギャルでしょ。あんなのと付き合って長続きした方がおかしい。」
思ったことを、包み隠さずに率直に述べる。この口調が気に入らない沙穂は、その毒舌何とかしなよ、優、と苦笑してから続ける。
「まあ、永井さんって結構面倒臭そうだから付き合ってくれるまで朝瀬に付きまとって、朝瀬が諦めてやっと付き合えたってことじゃないの?」
「・・・、そんなに面倒なの?そのこ。なんか朝瀬に同情できそう。」
そんなに付き纏われていたのなら、あんまり話したことのない朝瀬でも、素直に可哀相だと思える。
「永井紗菜って、女王様気分でいる出しゃばりとか、女子力が半端ない人ってゆうような見た目だったけど、男子にはどう見えているのかな。」
素直に疑問を口に出してみると、じゃあ、と言って沙穂が上を指差した。
「今の疑問、莫迦男子に聞いてみる?誠と拓真、今日は屋上でお昼食べるらしいから。」
「ああ、そうね。聞いてみようか。」
そう答えると彼女は、優のお弁当持ってくるから先行ってて、とだけ言い残して教室へと入っていった。
沙穂と広瀬誠、山崎拓真、それに私は、中学時代の仲間で、4人一緒にこの高校を受験し、合格した。
いつでも一緒だった。今でも放課後になれば4人で新宿行ったり、誰かの家に泊まったりしてるくらいだ。
「誠、拓真。」
屋上まで行き、手すりに寄り掛かっている2人に呼びかける。
2人とも私を認識すると、ふっと笑って手招きしてくれる。
「なんだ、沙穂はどうした。」
誠が笑いながら、話しかけてくる。
「お弁当取りに行ってる。もうすぐ来るよ。」
「あいつはパシリかよ。」
「そうね。自主的にパシリやってくれて助かる。沙穂っていいね。」
「うわっ、出たよ。優の腹黒思考。女っていつみてもおっかねえ生き物だよ。マジで俺そう思う。」
「お前、ほんと擦れたぜ。もう少し大人しくしてればもうちょっとは可愛げあるんじゃねえか?」
拓真の言葉に少しカチンと来て言い返そうとしたタイミングで後方から声がかかった。
「あんただって人のこと言えないでしょ。このぐれ男。」
「うっせーよ。沙穂は黙ってろ、口デカ女。」
「それ、乙女な女子高生にいう言葉?もうちょっとは考えなさいよ、莫迦不良!」
「誰が不良だっての、俺より脳味噌ないくせに。」
これ以上やりあうと白熱しそうなので、そっと私は誠に目くばせする。
「こらこら、ご夫婦様。痴話喧嘩はどっか違うとこでやってください。こちらとしてもこんなに仲睦まじい様子を見ていると少々焼けるので・・・、」
にこにこしながらお世辞を投げかける誠。
「誰が夫婦だっての!!!」
2人一緒になって誠に怒鳴る拓真と沙穂。
拓真と沙穂は幼馴染で、小さいころから一緒にいるのだ。この二人の痴話喧嘩は、言ってしまえば恒例行事なのである。
「で。どうして男同士の貴重な時間を邪魔しにやってきたの?」
夫婦と言われたことでまだ拗ねている拓真が聞いてくる。
優がおにぎりを口に入れてまだもぐもぐしているところを見て、代わりに沙穂が説明してくれる。
「A組にさ、永井紗菜っているじゃん。男ってああいうタイプ、どういう目で見てるのかなあって、疑問ができたから聞きに来たのよ。」
「別にあんま気になんないけど。美人なんだろうなあとは思うけど、やっぱ遠目に見てて、気に障るような奴だとは思う。」
あんまり感情が入っていないこの声は拓真の声。
「気が強いのはわかるけど、自分の意見がしっかりしてるだけなのかもよ。自分に自信があるみたいだし。まあ、男はエロいからね。漫画なんかに出てきそうな美少女だから、付き合いたいと思う男子は多いよ。」
この、客観的な発言は誠のもの。
「美少女ならこんなに近くにいるのに、よくそんなこと言えるねえ。ま・こ・と?」
沙穂の口調には、はっきりと揶揄の響きがある。
「沙穂・・・、私のこと莫迦にしてる訳?凄くムカつく。」
実際に自分が美人だとか、綺麗だとか思わない。みんなが興奮して称賛するような要素は一つも持ち合わせていない。
「優は確かに美少女だけど、中身がめっちゃ黒いから・・・グハッ!」
間髪入れずに飛んだ私の〈怒りの回し蹴り〉のおかげで、誠は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「あらぁ、お大事にね、誠。拓真も誠の対処よろしく。」
私がすたすたと屋上を後にしたせいで、沙穂が慌てて後を追ってくる。
次は、私が好きな和山先生の古文。早く戻って予習しよう。
そう心の中で唱えることで、静かに心の怒りを抑えた。

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Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.34 )
日時: 2016/04/24 12:59
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
沙穂に、すべてを打ち明けた。
もう、これ以上能澤君にすがってはいけないような気がしたから。
私は、彼に頼りすぎた。
これ以上寄り掛かれば、壮也と同じ未来になる。
結局私の恋愛には、誰かが必ず傷ついて誰かがきっと自分の心を捨ててしまっているはずだ。
もう誰かを、不幸にしたくないから。
もう誰かが泣いているところを見たくないから。
もう誰かの心がすさんだ光景を見たくないから。
——私が不幸になれば、みんなが笑顔になるから。

それから私は、必要最低限近づかないようにした。
まあ、向こうから近づいて来ればいつも通りに接するし、あらかさまな拒否はしなかった。
ただ、近づかないでほしい、という気持ちは持って接するようにしていた。
本心は全く逆の事を叫んでいる。
もっとお話ししたい。もっと近づきたい。
もっと彼のぬくもりを感じたかった。
でも、それじゃ駄目だった。
だから私は嘘をつく。
自分自身を欺いて、周りの人の目を欺く。
そうして少しずつ少しずつ、私は狂っていく。
——また、同じ間違いを犯そうとしているのも知らずに。
彼もまた、そんなに莫迦ではなく逆に心に敏いため私の気持ちを察したのかあまりつつくようなことはしなかった。
でも、自分から離れるようなこともせずに、こちらから言い出さない限り今の状況のままだと暗に伝えてくる。
矜持の高い彼は、一歩も引くことがない。
それすらも微笑ましかった。
もう、私にはあまり選択肢がなかった。
もう、そう遠くない時にこれは片をつけなければいけなかった。
ある日の放課後、私は彼を枸橘の丘へと呼び寄せた。
「何か用。」
一切の感情を切り落とした簡潔な一言。
彼らしいようで、彼らしくなかった。
彼はもう、私の言わんことが分かっているから。
最後の最後まで振り回してしまった。
彼も、私に見せなかっただけで沢山傷ついたと思う。
だけどもう、これ以上は無理だから。
「ごめんなさい。今日限りで終わりにしよう。」
泣かないように唇を噛み締めて、振り絞っていったひとこと。
これ以上追及されたら、私は恥を知ることになる。
だから、私は一切の感情を偽物にすり替えた。
嘘つきの笑顔の仮面をつけた。
彼はすぐに気付くはずだ。
「ほんと・・・、ごめん。」
「そ」
それだけ言い残して、彼は背を向け走り去った。
その場に、一滴の涙を残して。
彼の背が見えなくなると、私はその場に泣き崩れた。
“そ”
この一文字にどれだけの気持ちを込めたのだろうか。
最後の最後まで傷つけることしかできなかった。
彼は私を変えてくれた。
でも、私がその代りにしたことは傷つけたこと。
私は、周りを不幸にさせることしかできない。
私はそんな自分が、大嫌いだった。
——もう、私はこの世からいなくなったとしても。
今の私は別にどうでもよいと思えるから。
もう、無理だから。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.35 )
日時: 2016/04/27 15:12
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
能澤君に別れを告げてから二週間。
私はその間、以前よりも倍以上の勉強時間を取っていた。
削れる時間はすべて勉強時間に回し、必要最低限の時間しか残さなかった。
勉強漬けになることで、悲しみから自分を守った。
勉強という脆くも硬い防壁を周りに築いて、深い絶望とつらい現実から目をそらし続けた。
本当はそんなことをしててはしてはいけない。
そんなことは重々承知なのにも拘らず、そのすべてを無視して目をそらす。
そんな自分と向き合わなければいけない毎日に、うんざりする。
私は、そんな毎日の中で、まずは感情を失くし、すべてをいつわりのものにし。そして、人間性というものをどこかに置き忘れた。最後に、私は自分らしくあるための、最後の最後の砦を自分から壊した。
‘周りの人の事をいつでも想って行動すること’
それが、私が一番大事にしていた心の支柱だった。
自分が自分で在るために一番必要なもの。
私という何もできない人間が人間として生きていられた最後の砦。
私はそれを、自分の手で壊した。
我ながらおかしいとつくづく思う。
でも、おかしいと思っていても、自分を直す手立てが分からなかったから。
私は、自分を捨てた。

そして臨んだ、大学一般試験。
結果は好調だった。
合格発表にも受験番号が載っていたし。
嬉しい。
そう、普通の人であれば、涙を流して喜ぶであろう。
もちろん、嬉しくないわけでもない。
嬉しい筈だった。
でも、凄く苦しい、つらかった。
きちんとお父さんや沙穂たちには合格の報告のメールを送っておいた。
でも、能澤君には知らせなかった。
知らせることも出来たが、知らせられなかった。
凄く、怖かったから。
別れを告げたことに後悔はしていない。
だけども、どうしようもない不安と悲しみの波に溺れそうになる。
どうしてだろう。
どうしてなのだろう。
——わからないけど、凄く苦しかった。
でも、その感情は胸の奥に秘められたまま、表に出てくることはなかった。
そうして闇の感情が、己の心を蝕んで————

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.36 )
日時: 2016/04/27 17:34
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪沙穂 side≫
私、斉藤沙穂 専門学校合格。
拓真と優も、吹塚大学合格。
誠は、工業の短大へ合格。
あとは、能澤君。
彼も、念願の和生体育大学への進学が決まった。
みんなのそれぞれの進路が決まった今、そんな私たちが残す行事はただ一つ。
——卒業。
三年間という長くも短い時間を過ごした大切な時間を思い出にする境目の日。
今まで慣れ親しんだ生活から少し環境が変わる境目の日。
時間を共に分かち合ったメンバーとの別れの日。
お世話になった先生たちに、感謝の言葉を述べることの出来る最後の日。
私はその日に、後悔をしないために一つの事を心に決めていた。

「斉藤 沙穂。」
「はい。」
しんと静まった式場の中で、私は祭壇で先生と向き合った。
先生は、にっこりと微笑んで、三年間お疲れ様、と口の動きだけで伝えてきた。
「卒業、おめでとうございます。」
しっかりと卒業証書を受け取り、言葉を返す代わりに精一杯の笑顔で返した。
教頭の、卒業生退場の合図で体育館を後にした私たち卒業生は、校庭で思いっきり心の中の気持ちを爆発させた。
泣き出す人もいれば、筒で友達の頭を叩き出す人もいる。
「さぁーーほぉー!!」
佳乃ちゃんをはじめとした、3‐Aのクラスメートが集まってきた。
大学や短大に進学するもの、そのまま就職するもの、留学するものとそれぞれが選んだ道は様々だが、今のみんなは、未来にかける希望と期待を胸にした、輝きに満ちたものを持っていた。
無意識に零れる笑みをがんばって飲み込んでいれば、端の桜の木の下にいるメンバーが目に入った。
誠、拓真。そして・・・。
「・・・、能澤・・・?」
だった。
能澤は、硬い面持ちで拓真に何かつぶやいた後、足早に立ち去って、男子集団の中に姿を消した。
すぐに駆け出したい衝動をどうにか押さえて、血眼になって優を探す。
浮世離れしたあの秀麗な容姿は探すのに手間取ることはない。
ただ、彼女自身が隠れようと思ってしまったら話は別だ。
優自身で気づいていない彼女の得意技の一つに、気配をとんでもなく薄くするという項目がある。
そのため、中学のころは彼女が隠れてしまうと探すのに2〜3時間はかかったくらいだ。
無意識でやっているものだからもうこれはからかわれているとしか言えない。
「いた。」
昇降口の影のところに女子が三名。
背の高い娘が一人と、同じ背丈の娘が二人。
優を呼ぼうと身を乗り出した時に、会話が私の耳を掠めた。
「・・・。・・・んばって。・・・か・・・え・・よ。」
「・・ん。・・・め・・ね。」
横山さんと、優だ。
詳しいことは分からなかった。
でも、あまり悪い雰囲気ではなかったから、私は少し遠くから優に合図を送り、その話には深く踏み込まなかった。

桜の木の下でそれぞれの卒業アルバムに一言ずつメッセージを書き入れ、談笑した後、他の同級生のところへと散らばった。

さようなら、私の高校生活。
色々あったけど、楽しかった。
そんな気持ちで私は卒業式を、高校生活を終えた。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.37 )
日時: 2016/04/27 18:29
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪拓真 side≫
沙穂や誠らと別れた後、3-Cのクラスメートに数十分くらい正門で捕らえらてしまい色々なことに付き合わされた後に一人、3-Cの教室を眺めていた。
別に何か残したことがある訳ではない。
でも、なんとなくその場を離れたくなかっただけだ。
どのくらいの時間そうしていただろう。
コンコン、と、遠慮がちなノックが聞こえた。
ふっ、とそちらを振り向けば、沙穂がいつも通りの笑顔でそこに立っていた。
「沙穂か。」
「どうしたの?こんな時間までこんなとこにいて。」
「お前こそなんで残っている?」
「あんま意味はないんだけど、ちょっとまだここに居たいなって。」
「・・・、僕も。」
沙穂と同じ理由で学校に残ってたなんて。
学力の差はあろうとも考えるものは人間みんな一緒なんだななんて、そんな阿呆なことを思う。
沙穂が、僕の座っている席の近くまで近付いてきた。
窓側の一番後ろの席。
一番好きだったポイントがここだった。
「・・・なに?」
「ん?なんとなく。」
「・・・。」
「やっぱ、拓真っていつみても変化ないよね。」
「ん?」
「いつでも冷静で、何があったって自分を変えないし。冷めてるくせに友達付き合いいいし。」
「普通だろ。」
「そう・・・・、ね。」
沙穂はそういうけど、僕は僕で、結構考えることも多い。
沙穂が遠くの何かを見るようにして双眸を細めた。
そして、何かを決心したように僕と視線を合わせた。
その小さな手で、僕の腕を引っ張って立ち上がらせてから。
「拓真。笑わないで聞いてね?」
「何が。」
「今から言うこと。」
何を言い出すのか、そう言おうとしたが、彼女の真剣な瞳が視界に入り、言うのを躊躇った。
「私さ、ずっと拓真と一緒にいて、小さいころはずっと幼馴染だよって言ったけど、やっぱ訂正する。」
「?」
「拓真みたいにどんなに素気なくても、どんなに冷たそうでも、やっぱ本当のものを少しでも垣間見ちゃえば、私みたいなのはすぐに騙されるんだよね。」
そうやってふっと笑みをこぼし、そして僕に向き直った。
その表情が、妙に大人びて見えて、内心少し驚いた。
「・・・どうした?」
「ううん。ねぇ、拓真。」
「どした。」
「好きです。」
「・・・・、!!」
いつも通りの笑みを浮かべて述べられたその一言で、こちらの心臓がどんなになったか彼女は露にも知らないだろう。
構えていなかった僕は、もろに受けてもう瞠目するしかなかった。
「・・・ほ、んきか?」
「嘘だと思う?」
「・・・・。」
「すぐに、返事はしなくていいから。ごめんね、こんないきなり・・・、」
「沙穂。」
考えるよりも先に身体が動いた。
身をひるがえして立ち去ろうとする沙穂のその華奢な腕に手をかけ、気が付けば咄嗟に引き留めてた。
そのまま、かすめるように彼女の唇に自分のを口づけた。
「僕も、ずっと前から好きでした。」
彼女が、陽だまりの様に破顔したのが見えた。

Re: 傷つくことが条件の恋のお話 ( No.38 )
日時: 2016/06/29 16:12
名前: 皐月凛雅 (ID: RxjWcSTv)

≪優 side≫
夏と言うのには少し早いが、春と言うのは躊躇われるこの季節。
大学一年になって一か月が過ぎたこの日、この大学で新しく出会った澳南早稀と一緒に食堂で他愛のないお喋りをしていた。
「ふーん。やっぱ考えること大人だね?」
「別に。こんなの誰でも言うでしょ?」
「いや〜ぁ、そんなことないって。そんな美人な容姿にそんな冷たそうな口調でそんなこと言うと、完璧すぎてもう餓鬼扱いできないじゃない。」
「完璧なわけないでしょ。どんなにできた見た目してても、必ずどこか欠点があるものなの。」
そう、私の様に、欠点だらけの人間がいるように、ね。
堪らずに視線を下に落とせば、ん〜、と何かを察したような早稀の声が聞こえる。
四月の始めに知り合ってからのたった一か月で、早稀の美点と欠点が同じくらい見えてきた。
そんな私と同様に、彼女もこの一か月間で私の癖や短所を見つけたのだろう。
早稀は勘が鋭い。
言い換えるなら、女の勘が鋭く、特に男がらみの隠し事ならするだけ無駄だったりする。
人を騙すのが得意技になるつつある私でも、彼女に対してはかなり追い詰められる。
そんな早稀の第一印象は、お世辞なしに女子だった。
もう渋谷にでも原宿にでも、どこにでも行けそうな服装と、完璧に施されているメイク。
少し小顔で、背も私より小さく、全体的に小動物のような彼女は、綺麗よりも、可愛いの方がしっくりくる。
そんな彼女の隣にいると、自分がどうしても女子に見えなくなって居た堪れないが、彼女と一緒に居ると、気が楽になって居易い。
いつもはきちんとしているように見えて、実は天然でおっちょこちょいで、見ていて飽きなくて。
彼女の周りは、暖かな空気に包まれていて、まるで春風が早稀を取り巻いているようだった。
沙穂は、明るい夏の向日葵だったら、きっと早稀は、柔らかい春のチューリップ。
そんな彼女の傍にいるだけで、私は少しだけ黒い感情から逃げる事が出来た。
彼女の、温かみに溢れた子犬のような大きな瞳。
「優は、ゴミじゃ、ないからね?」
そうやって優しさを見せてくれる早稀を、素直に可愛らしいと思える。
その時間が、私にとってはすごく貴重な時間だった。
「ありがと。そう考えるように努力してみる。」
「努力してみる、んじゃなくて、ゴミじゃないの!」
「・・・・。」
「こら!黙んないで!」
「OK。」
「何が!」
「早稀、怒んないで?」
「ぜんっぜん分かってない!!」
私の事をここまで怒ってくれる人は久しぶりに見たかもしれない。
そう、私を本気で叱ってくれたのは能澤君で最後だった。
それ以降は、家族とも必要最低限は言葉を交わしてはいないし、沙穂たちとも会ってない。
拓真とは学部が違うため、ほんのたまにしか会わない。
「早稀・・・。」
「うんうん。一人で何かを考えないでね?ゆっくりでいいから、あたしに話してみて。優があたしをちゃんと信じられるまで、待ってるから。」
「・・・ありがと。」
「素直でよろしい。ところでさ、あの人優の知り合い?」
早稀がホットケーキを食べていたプラスチックのフォークで私の後方を差す。
早稀の瞳の奥に、鈍く怪しい輝きがきらりと光ったのを私は見逃さなかった。
その怪しい視線の先にいたのは、2,3人の男子集団。
その中でも一際冷たい雰囲気を纏う冷徹な面立ち。
「・・・拓真。」
「やっぱ知り合い?あのめっちゃクールなイケメン!!あんなにヘーボンな集団の中にいるから余計目立つのよ。あれは結構いけるわぁ〜。」
一人で大はしゃぎの先を横目に、久しぶりに目にした拓真に内心ドキドキしている。
阿呆みたいな誠と攣るんでいた制服時代の拓真の時より、男らしさの増した彼は、沙穂と付き合っていることを知っていても妙に心が高鳴る。
「ね、ね、彼ンとこ行かないの?」
「なんで?」
「あの人、さっきからこっちの事ずっと見てたから、多分話があるんだと思うんだけど。」
「・・・・。イケメンとか騒ぐ前にそっち報告してくれないと・・・。」
軽く早稀を睨んで、ちらりと拓真を一瞥して目を合わせてから先を引きずって外へ出た。
さすがに五月とはいえ、外に出ればむっとした熱気が容赦なく肌を撫でていく。
足早に近くの木陰へと避難して拓真を待てば、すぐに見覚えのある男子を連れて2人で駆けてきた。
「久方ぶりだな、優。」
「ええ。で、要件は。」
「お前、こいつを覚えているか?」
そう言って顎で指したのは拓真の隣に居る、なにか見覚えのある男子。
思い出そうとして視線を下に落としていれば、その男子が口を開いた。
「俺は朝瀬。朝瀬翔也です。」
そう言って爽やかに微笑むその表情は、確かに彼のものだった。
ああ、なんで思い出せなかったんだろうか。
どうしようもない失敗をしてしまった自分が情けない。
一年間も同じ教室にいたのに、なんてことだろうか。
言い訳をするとすれば、
〈私服姿に慣れてなくて分かりませんでした。〉
・・・、言い訳の風上にも置けないが。
「こいつ、僕と同じ学部受けたらしくて、この前偶然見つけたんだよ。なんか話しあるみたいだから、聞いてやれ。」
それだけ言い残して足早に立ち去る拓真。
それと同時に、いつの間にか早稀の姿も見当たらず、一人でパニック寸前になる。
「ごめんな?こんな急に。」
落ち着いたアルト声に、はっとして顔を上げれば、穏やかに微笑む朝瀬君の面がそこにはあった。
「いいえ。でも、私なんかに何か御用でしたか?」
「こらこら、‘私なんか’ってフレーズ使わない方がいいよ。君はもっと自分に自信を持っていいんだから。」
「・・・それが出来ないから、こんな私のままになるんです。」
「じゃあ、メンタルの方からどんどん力をつけて行かないといけないね?」
「たとえメンタルを磨いたとしても、こんな私じゃ・・・。」
「なぁ、知ってるか?自分が自覚していることよりも、はるかに自分の力はすごいものなんだよ。自分じゃ、自覚するのは難しい。だから、きちんと見てくれていると思って、周りの意見に耳を向けた方がいい。周りの人が言っていることを、少なくともすべてが違っている、そんなにできた人間じゃないと全面的に否定しない方がいい。自分では劣っていると思うことも、他の人間から見れば、良いことだったり、それが自分らしさだったりすることがある。だから、自分を全面的に、漠然とでいいから、好きになってごらんよ。」
朝瀬君の言葉は、柔らかくて優しい雫のように心に沁みこむものだった。
自分をそんな風に見たこと何て、ただの一度もなかったと思う。
いつでもあの人より劣ってる、あんなに言いと子なんて一つもない、そう思って下を向いて歩いてきた。
彼の言葉は、私の間違った考えを、ゆっくりとゆっくりと治してくれる。
静かに、時間をかけて徐々に徐々に癒やしてくれる。
そんな気がした。
「・・・有難う御座います。」
「いんや?思ったこと言っただけだし。じゃあ、今日はここでお暇するから。じゃあな。」
そう言って小走りに正門の方へ走り去っていった。
何か忘れているような気がしたが、別に気にもしなかったし。
心が何か少し軽くなった気がした。


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