コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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雨と野良猫
日時: 2016/09/05 21:30
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: GlabL33E)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=37477

 【挨拶】

 初めまして、ゴマ猫です。
 コメディ・ライトで書かせて頂いて、4作品目になります。
 これまでずっと短編をちょこちょこ書きながら、長編を書き溜めていました。なんとか長編の目処がついたので、ようやくといった感じでアップできます。「またか」と思われる方も居るかと思いますが、今回もジャンルはラブコメです。はい。
 コメ返信や拝読など出来ないまま、長らく経ってしまいましたが、これから少しずつやっていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。
 上記URLは、同じ板で書いている短編集です。「長い物語はちょっと」というお客様は、よろしければこちらをどうぞ。


 〜あらすじ〜

「ごめんなさい、あなたとは付き合えません」
 想いを寄せていた相手、秋野沙夜に告白してフラれた逢坂優斗は停滞していた。
 季節は夏へと移り変わろうとする中、激しい雨が降る日に一匹の猫と出会う。偶然にも捨てられた猫を見つけてしまった逢坂優斗は、飼い主探しをする事に。初めての出来事に戸惑いながらも奔走する毎日。
 停滞していた日々が少しずつ変化していく。


 【お客様】

 立山桜様

 織原ひな様

 詩織様

 てるてる522様

 河童様




 【目次】

 プロローグ>>1

 一話〜三話
 >>2-4

 四話 五話〜七話
 >>7  >>10-12 

 八話〜十話
 >>15-17

 十一話〜十二話>>21-22

 十三話〜十五話>>25-27

 【Side View】>>28

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六話 ( No.11 )
日時: 2016/08/09 23:08
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: w4lZuq26)

 人間観察研究部、通称人研は部長である前田が「面白い人間だ!」と感じた奴を観察するという部活。観察という名目上、部活中はそのターゲットをつけ回し、今日は何をしたとか、こんな事を言っていた等を日記に付けるらしい。まぁ端的に言ってしまえば、やってる事はストーカーだ。
 部活は人数が五人以上で、顧問も居なければ部として認められない。現時点では、部長(自称)の前田一人のみ。つまり事実上あそこの部は同好会って括りになる。
 部室は魅力だったが、あんなストーカー部に入部するのはゴメンだ。それに部室だって言っているけど、勝手に使っているだけだから見つかれば使えなくなるのは明白。
 なら、別の方法を考えた方がいいに決まっている。結局、前田の誘いを断り、部室に関しては口外しないと約束して別れた。

「まぁ、それはさておき、問題はコイツだよな」

 エコバックに入った猫を見る。夕方になってさすがに起きたコイツは、エコバックから顔を出そうともがいている。結局、あれ以降は起きなかった。起こして無理に飲ませる訳にもいかなかったので、せっかく持ってきたミルクも朝のままだ。
 雨は止んだけれど、分厚い雲は居座ったまま俺を見下ろしている。また雨が降り出す前に急いで帰った方が良さそうだ。そう思い、俺は少しだけ歩調を速くした。


 ***


「ただいま……って、そういや今日は親父居ないんだったな」

 昨日の夜に一日居ないと言っていた。野暮用というのが気になっていたのだが。
 そんな事を考えながら、二階へと上がり猫を自室へと運ぶ。

「今日は色々疲れたろ? 少し休め……まぁ、お前はほとんど寝てたんだけどよ」

「ニャウ?」

 まるで「何の事?」とでも言っているかのようで、少し可愛く思える。俺は頭を軽く撫でてから一階へと降りた。目下の問題は猫のトイレと今日の俺の夕飯。
 あいつのトイレは例によってググるとして、俺の今日の夕飯はどうしようか? 何か買いに行ってもいいが、途中で雨に降られるのも面倒だ。今日の降水確率は五十パーセントと言っていたし。油断は出来そうにない。

「ダッシュで飯を買いに行くか」

 そう思い、再び外へと出た。


 ***


「しゃーせー」

 いつものスーパーに来ると、また気だるげな声が掛かる。
 チラリと一瞥すると、チャラ店員が駆け寄ってきた。いや、別に来なくて良かったんだが。

「ちっす、今日は何すか? あ、また猫用のミルクっね。今日はテンチョーに聞いておいたんでマジ完璧」

「いや、昨日の人に教えてもらったから大丈夫です」

「えぇ、マジっすか? できるとこ見せようと思って張り切ってたのに、残念」

「あぁ本当に残念ですね、じゃ」

 これ以上絡みたくない相手だったので、雑に切り上げてその場を立ち去ろうとすると、チャラ店員に腕を掴まれる。

「まぁそんな急がなくても良いじゃないすか。今日暇なんで、少しトークしましょうよ、トーク」

 くっ、暇なら仕事見つけて動け! 顔をしかめて目で訴えるが、チャラ店員は意に介さずケラケラと笑っている。

「何すか? 変顔っすかソレ?」

「地顔だよっ! ほっとけ!」

 強引に振りほどいて、前回は見向きもしなかった食品コーナーへと急ぐ。
 肉、魚、野菜、材料を一通り見てから思ったが、俺は料理が出来ない。どうせ一日なら大人しく惣菜を買った方が安上がりというもの。
 無駄な努力に注ぎ込む労力を別の何かに回した方がよっぽど効率的だ。そう思い惣菜コーナーへと足を向けると、見知った顔を見つけた。

「あれは……」

 セミロングくらいの黒髪に、大きな瞳、華奢な体躯、整った顔立ちに儚げな雰囲気、昨日、俺を助けてくれたお隣さん、霧咲雨音さんだ。何やら野菜売り場に並ぶトマトと睨めっこしているようだが……。

「おーい、霧咲さん」

「こんにちは」

 俺の声に気付くと霧咲さんは、表情は変えずに視線だけこちらに向けると軽く会釈した。

「霧咲さん買い物? ……って、見りゃ分かるか」

 俺の問いに霧咲さんは、首を上下に振って頷く。昨日と違って、今日は何だか動きやすそうな格好しているな。ショートパンツに、七分丈の薄い白のブラウスを着ている。ファッションなんて言葉は縁遠い俺だが、これくらいなら分かる。

「猫の餌を買いにきたの?」

「いや、今日は俺の餌。親父が今日は居ないから、夕飯買いに」

 俺がそう言うと、霧咲さんは小声で「そうなんだ」と呟く。餌というちょっとしたジョークは軽く流されてしまった。まぁ別に大して面白くもないと自分で分かってたのでいいんだけど。

「今日は何作るの?」

「あぁー。俺、料理出来なくてさ、今日は簡単に惣菜とかインスタントで済ますつもりなんだ」

「インスタントだと、栄養偏るよ?」

「まぁ、大丈夫だろ。一日くらい」

 爺さんになるまで続けてたらヤバいかもしれないが、一日でどうこうなるとは思えない。ってか、そんな商品が出てたらその方がヤバい。

「良かったら夕飯作ってあげようか? 私も一人だし、一人分も二人分も手間は一緒」

「……ま、マジ?」

七話 ( No.12 )
日時: 2016/08/10 23:09
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 人生ってのは帳尻が合うようになっているらしい。
 秋野さんにフラれて失意のどん底だった俺に、こんなラッキーイベントがあるなんて思いもよらなかった。全男子の憧れと言っても過言ではない、そのイベントの名は手料理。男臭い料理とは違う。なんでもご飯の上にぶっかければいい料理ではないのだ。
 親父が作ってくれる料理は基本的に全て茶系統に落ち着く。別に文句がある訳ではないが、彩りというか、華やかさに欠けるのだ。
 そのわりに、変な所には凝っていたりもする。
とりあえず、ご飯の上にカットした海苔で俺の名前を書くのは止めてほしい。別に誰に見せる訳でもないが、すげぇ恥ずかしいから。弁当を開けてから驚く弁当in俺の名前。
 ピンクのあのカラフルのやつ(名前が分からない)や、玉子で書くのではなく海苔。
 たまに上蓋に海苔がくっ付いていて、原形をととどめてない時もある。そんな理由で弁当を開ける時は、細心の注意が必要だ。と、今はそんな事はどうでもいいか。

「逢坂君、食べられない物とかある?」

「ないないっ! 食える物なら何でも食べる!」

「ん、分かった」

 ちょっとがっつき過ぎたか? いや、でも変にクールっぽくなる必要ないよな。というか、なれない。家のキッチンで自前のエプロンをしながら調理する霧咲さんの後ろ姿を眺めて、結婚したらこんな幸せが毎日味わえるのかという我ながら気持ち悪い想像をしてしまった。善意の塊である霧咲さんにそれは失礼というものだ。反省。
 ……あぁ、今日が俺の人生のピークな気がする。


 ***


「うまっ、美味いよ! マジ!」

 出来上がるまで、ほんの十分少々。こんなに短時間で霧咲さんは作ってしまった。
 今俺が食べてるのは、鶏肉のソテー。シンプルだけど、程よくきつね色に焼きあがった鶏肉の上にかかったオニオンソースが絶妙にマッチしていて、美味い。
 玉子スープはまろやかで優しい味わい、サラダは切って盛っただけと言うが、家もあそこのスーパーで野菜を買っているのに、このサラダのシャキシャキ感は出ないし、自作だという和風のドレッシングも口の中で後を引く。マジで霧咲さん料理上手だ。

「良かった、まだあるから沢山食べて」

 あまり表情と声音に変化はないが、嬉しそうに感じるのは俺の希望的観測なのかもしれない。その後もどんどんと箸を進めて、あっという間に食器の中が空になってしまった。

「ふぁ、さすが男の子。一杯食べるんだ」

「そ、そうか? 普通だと思うけど、今日はあまりに美味しかったもんだから。なんか変だったか?」

 綺麗に空になった食器を眺めて、霧咲さんは感嘆の声を漏らした。
もしかして行儀が悪かっただろうか? 家には親父しか居ないし、よその家庭の食事風景など俺は知らない。ガツガツ食べてしまって、気を悪くさせたら申し訳ない。

「ううん、家は共働きだから家族揃って夕飯を食べる事は少ないの」

 そう言って話し始めた霧咲さんは、どこか寂しげに見えた。

「夕飯はいつも私一人だから。誰かと久しぶりに食べれて、逢坂君が美味しい美味しいって食べてくれて、凄く嬉しかった」

「うっ、そうか。そりゃあ良かった」

 はにかみながら霧咲さんにそう言われて、少しグラッときてしまった。いかんいかん、霧咲さんは善意の行為、霧咲さんは無邪気、他意なんて一ミリもない! ……ふぅ、これでよし。

「俺の方こそ、こんなに美味しい飯食べさしてくれるなら、毎日でもお願いしたいくらいだ」

「毎日? それって——」

「あぁ、いや! 別に深い意味がある訳じゃなく! その、そう一般論! それくらい美味しかったって言いたい訳で」

「そうなんだ」

 あっぶねぇ。嬉し過ぎて変な事口走っちまったよ。
 せっかく仲良くなれたっていうのに、ドン引きされて隣人トラブルに発展するところだった。

「猫ちゃんは元気?」

「俺の部屋で寝てる。よく寝るんだあいつ」

「猫は寝る子と言って、猫と呼ばれるくらいだから」

「そうなのか? そりゃ納得だ」

 飯食ってるかトイレを除いたら、後は寝てるんじゃないかってくらいには寝てる。
 前にも思ったが、やっぱり霧咲さんが猫の事に詳しい。ミルクの件も世話の仕方だって、飼っていなければ分からない事ばかりだ。実際、俺がそうだし。

「霧咲さんは猫飼ってるのか?」

 俺がそう尋ねると、霧咲さんはふるふると首を横に振る。

「飼ってたけど、一年前に病気で亡くなった」

「あ、悪い。嫌な事思い出させて……」

 慌てて謝るが、霧咲さんは気付かないくらいに小さく笑う。

「平気。最初は凄くショックで落ち込んでたけど、その子もうお爺ちゃんだったし、気持ちの整理もついたから」

 淡々と話してはいるが、少し無神経だったと後悔した。
 動物を飼った事のない俺には分からないが、長く一緒に居れば愛着も湧くし、それはもはや家族と変わらないのかもしれない。そしてその家族が居なくなったと想像したら、凄く悲しいものだ。俺だって親父と年中言い合いしてたりするが、居なくなったら悲しいと思う。
 普段は口にも出さないし、わざわざ言いたくもないが、そういう事なのだろう。

「それに、生き物を飼うなら覚悟は必要。長寿の生き物ならともかく、猫や犬は寿命が人間よりずっと短い」

「そっか、そうだよな」

 霧咲さんはそういう経験をしてきたのだ。そう言い切る瞳には強い意志を感じる。
 覚悟……か。俺はそんな覚悟を持ってあいつに接しているのだろうか? もちろん、拾って飼い主を見つけるまでは責任を取るつもりでいる。でも、もし見つからなかったら?
 考えてなかったといえば嘘になる。そうならないように努力するというのは、その現実を見ないようにする為の言い訳なのだろうか?

「大丈夫?」

「あぁ、俺も頑張って飼い主捜さなきゃなと思って」

「ん、逢坂君なら大丈夫だと思う」

 相変わらず表情の変化は乏しいが、霧咲さんのその瞳を見ていると何故か出来る気がしてくるから不思議だ。しかし冷静に考えれば凄い状況だ。彼女でもない子が手料理を作ってくれて、家の中でこうして二人で話をする。もうこれは油断したら勘違い一直線だろう。
 ギリギリの所で俺が冷静なのは、やはり秋野さんにフラれたのが大きい。
 俺にそんな好意を持ってくれる人なんて存在しないんだ。現実は映画や小説のように上手くはいかない。
 もし彼女にフラれずに霧咲さんと会ってこうして話していたら、速攻で勘違いしたに違いない。それはもう光の速さで。

「ありがとう。なんなら猫見てくか?」

「寝てるならまた今度でいい」

「そっか、じゃあ送るよ。と、言っても隣だから玄関までだけどな」

 ……とかなんとか、あれだけ心の中で言い聞かせたし、勘違いしないとか思ってたのに、密かな期待を抱いてしまった俺が憎い。そんな自戒しながら、霧咲さんを玄関まで見送る。

「飯、ありがとな。本当に美味かった」

「ん、どう致しまして。お隣さんのよしみ」

 お隣さんって凄いお得なんだと今日初めて思った。……いや、霧咲さんが特別で普通のお隣さんは家に来て飯を作ってくれたりしないのは分かっている。
 今度何かの形でお返しを出来たらいいな。と言っても、俺に出来る事なんて限られている訳だが。

Re: 雨と野良猫 ( No.13 )
日時: 2016/08/10 08:54
名前: 詩織 (ID: JJibcEj3)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=39374

>>ゴマ猫さん


初めまして!
コメディ・ライトで「はじまりの物語」という創作をしている詩織と申します。

題名がすてきだったので拝見したのですが、読んでてすごく楽しかったです。

猫と少年の出会いから始まる物語。
発想がすごくいいですね!
キーワードが猫って面白いです。

雰囲気の描写もお上手で、読みやすくて。
ぜひ続きがんばって下さい。

楽しみにしています。

Re: 雨と野良猫 ( No.14 )
日時: 2016/08/11 00:03
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 >>13 詩織さん

 初めまして、コメントありがとうございます。ゴマ猫と申します。

 描写を褒めて頂き、楽しかったと言って頂けて嬉しいです。ありがとうございます。
 はい、まだまだ序盤ですが、また覗いて頂いたら嬉しく思います。

 詩織さんもこちらで書いていらっしゃるのですね。
 自分も詩織さんの小説拝見させて頂きますね。

八話 ( No.15 )
日時: 2016/08/11 00:18
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 物置に仕舞ってあったビニール製のプールを広げて空気を入れる。
 俺が子供の頃、親父に駄々こねて(記憶に無いが)買ってもらったものだ。子供用プールとはいえ、普通はもう少し大きいものだが、どこで見つけてきたのか、子供一人入るのがやっとなくらい狭い。これなら風呂で泳いだ方がよっぽどマシという物だ。
 だが、猫用のトイレにするならちょうど良い。スペースをそこまで取る訳じゃないし、洗うのも楽だ。飼い主が見つかるまでの急場は凌げるだろう。

「ほら、トイレはここでするんだぞ」

 その小さな体を持ち上げて、即席ビニールプール(猫のシーツ付き)の上に移動させた。
 今日の餌はあげたので、あとはこれさえ覚えてくれれば当面の心配は要らなくなる。猫に限った事ではないのかもしれないが、初めに自分の匂いが付いた所でトイレをする傾向にあるらしい。繰り返しさせる事で、ここが自分のトイレなんだと覚えていく。
 何事も最初が肝心という事だ。

「ニャウニャウ!」

「いてててっ、引っ掻くな。ワガママ言ってもちゃんとしないとダメだぞ」

 どうにも落ち着かないのか「ここから出せ」と言わんばかりに、身体を掴んでいる俺の手をガリガリと引っ掻く。小さくても爪なので引っ掻かれれば当然痛い。正確には痛痒い程度だが。

「お前がちゃんと一人でトイレ出来るようになったら、掴んだりしねぇから」

「ニャウニャウ!」

 得体の知れない所に入れられたのが嫌なのか、猫は必死に俺の手から脱出しようとする。

「分かったから。頼むから大人しく——いてててっ! 刺さった」

この後、猫と押し問答(独り言とも言う)しながら、何とかミッションは達成したのだった。


 ***


 翌日、けたたましいアラームの音ともに起床し、壁掛け時計に目をやり時刻を確認。
 六時半。いつもより少し早いが、猫の餌やら自分の飯もあるので起きてしまった方がいいだろう。
 そういえば、親父はどうしたのだろう? 昨日はあのまま寝てしまったが、帰ってきた様子もない。帰ってきてるのなら、もう少し物音がしてもいいはずだし……。
 昨日と同じように猫が部屋の隅で丸まって寝ている事を確認してから、下に降りる。

「やっぱり帰ってないのか」

 リビングは昨日のまま。親父の部屋も確認してみるが、もぬけの殻だった。
 一体、親父はどこで道草食ってるんだか。スマホに連絡が来ていないかチェックしてみると、一通のメールが入っていた。どうやら、出先からそのまま仕事に行くらしい。

「朝飯、どうすっかな」

 一食くらい抜いた所で差支えないとは思うが、授業中にお腹が鳴って注目を浴びるのは避けたい。それと、今日はあいつを連れていくかどうかも問題だ。

「……昨日の事を考えると、連れていくのはマズイよな。でも、家に残していくってのも心配だし」

 過保護かもしれないが、助けた以上は責任として不安要素は一つでも無くしておきたい。
 これは、前田にあの部室使わせてもらうのを断ったのは失敗だったかな。部活に入るって適当に言って、流しとけば良かった訳だし。いや、さすがにそれは気が引けるか。
 結論が出ないまま、猫の餌の準備をして二階に戻るが起きる気配はない。起こすのも可哀相だし、かといって待ってる訳にもいかないので再び一階に降りて、今度は自分の飯の準備をする。

「卵とご飯があれば何とかなるか」

 冷蔵庫から生卵を取り出して、余っていた昨日のご飯をレンジに入れて温める。
 料理が出来ない俺でも簡単に出来る……その名も『卵かけご飯』シンプルイズベスト。人類が発見した究極の簡単料理と言っても過言はないだろう。
 卵を割ると、それを溶いてご飯にかける。ただそれだけ。あとは醤油を垂らせば完成。

「うまい」

 安定の美味しさ。このコスパで、この美味しさなら文句のつけようがない。

「……でも、何か物足りない気もするな」

 前までこんな事を思った事も無かったけど。昨日の霧咲さんの料理を食べたからか、そんな事を感じる。親父の料理もいいけど、霧咲さんの料理はもっと優しくて胸の中が満たされるような感じで。そういえば、霧咲さんって何処の高校に行ってるんだろう? その辺の話はしなかったけど、今度機会があったら聞いてみるかな——って、こんな事している場合じゃない。もうそろそろ行かないと。
 残っていたご飯をかき込むと、洗面台で手早く身支度を整え二階へと上がる。

「今日は留守番しててくれ。終わったらすぐ帰ってくるから」

 まだ眠る猫の頭を撫でて、そんな事を言ってみる。もちろん聞いちゃいないし、そんな事を言っても分からないだろうけど一応。初めて留守番させる事に一抹の不安を残しつつ、俺は家を出た。


 ***


 授業終了のチャイムが鳴り響き、昼休みになった。
 今日はあいつを連れてきてないから、つつがなく午前中の授業は終わった。でも、授業中も家に残してきたあいつが心配で集中出来なかったので、昨日とあまり変わらないかもしれない。

「逢坂優斗、今日はあのモンスターは連れてきてないのか?」

 今日の昼飯はどうしようかと考えていると、背後から前田の声が聞こえてきた。

「毎回連れてきたら大変だからな。……ってか、でかい声で俺をフルネームで呼ぶな。あと、モンスターじゃない」

「はっはっは、いいじゃないか。ところで今日の昼は空いているか? 良かったら一緒にランチをしないか?」

「なんでよりによってお前と飯なんか……断る」

 溜め息を吐きつつ不満気に俺がそう言うと、前田は秋野さんの席に視線をやる。

「ふふん、逢坂優斗は秋野沙夜にフラれたのだろう?」

「おまっ——!? どうしてその事を!?」

 触れられたくない部分を急に触れられて、心臓が勢いよく跳ねる。

「見ていたからね。夕暮れの教室、君が秋野沙夜に向かって恥ずかしいくらいの告白を——」

「やめろぉぉぉーーーー!! それ以上俺の傷口に塩を塗るなら泣かす! 絶対泣かす!」

 パニック気味にそう叫ぶと、教室に残っていたクラスメイトの視線が俺に集中しているのが分かった。
 周りでひそひそと囁かれている。昨日も「ニャウ」とか、授業中に注目を浴びるような事をしていたから、話されているその内容は察する事は容易にできた。
 何故に俺がこんな目に……俺はただ好きな人に告白して、フラれただけじゃないか。他の誰にも迷惑なんて掛けてないじゃないか。
 心の中で嘆いてみても、状況は変わらない。幸いだったのは秋野さんが居なかった事だ。今日は休みのようで、朝から見ていない。

「別に驚く事はないだろう。我が部活はそれが活動内容なのだから」

「お前の所の部は、人のプライバシーを尊重するという言葉はないのか?」

「そんなものを気にしていたら活動できないだろう? それに、あんな公共の場で堂々と告白なんぞしていた君がそんな事を言えるのかい?」

「……くっ!」

 前田はいやらしい笑みを浮かべながら、にじり寄る。

「僕はね、君に興味があるんだ。君が望むなら、秋野沙夜と付き合う為の手助けをしてやってもいい」

 耳元で囁かれたので、身体に悪寒が走る。
 テカる七三分けの髪が目の前にあって、別の意味でドキドキしてきた。言うまでもないが、決して甘い方ではない。恐怖とかそっちの類だ。

「俺に近寄るな」

 とりあえず後ろに下がって距離を取る。

「大体、秋野さんにはもうフラれたんだ。キッパリ断られたし、これ以上秋野さんに迷惑は掛けたくない」

 声を抑えて、周りに聞かれないようにしながら前田に言う。
 あれだけキッパリ言われたんだ。これ以上、俺が秋野さんに好意なんて持っていたら、彼女にとってそれは迷惑以外のなにものでもないだろう。
 たださえ気まずいし、俺だって人並みにショックぐらい受けてる。もう一度なんて、そんな気持ちにはならない。死ぬと分かっている場所に自ら飛び込むほど俺もバカじゃない。

「ふふん、人生はいつだってトライ&エラーだ。一度の失敗で怖気づくのは面白くないだろう」

 したり顔でそんな事を言ってくる前田を無視し、俺は立ち上がって教室を出る。
 何がトライ&エラーだ。知ったような事を言いやがって。俺にとっては一世一代の告白だったんだ。そう何度も何度もトライする程、俺の心は鋼じゃない。

「購買に行くのかい? 今の時間だともうほとんど売り切れだと思うよ」

 背中から掛かる前田の言葉にハッとして、教室内にある壁掛け時計に目をやれば、既に休み時間の半分は過ぎようとしていた。
 購買はいつも混雑していて、昼時はさながら戦場のようになっている。もちろん、早く行かなければ人気のパンはおろか、不人気のコッペパンだって食べられるか怪しい。
 つまり、この時間の意味するところは、今日の昼飯は絶望的という事だ。俺は恨みを込めて前田を睨む。

「何だい? そんな熱い視線で見られると照れるね」

「……俺はお前が大嫌いだ」

 結局、この日は前田と話していたせいで、昼飯を食べられなかったのだった。


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