コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.80 )
- 日時: 2015/09/05 15:23
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: HTruCSoB)
【 私、先輩を襲います 】1/2
午後三時。
甘い香りの漂うドーナツ屋の店内で、大学の講義が早く終わった私と優子は、向かい合ってドーナツを頬張っていた。
「大体、あんたもこりないよねー」
「? 何が? ドーナツのこと?」
それなら食べる量制限してるし、運動もやってるし大丈夫だよ、と言いかけた所で優子が遮った。
「宇野先輩のこと!」
私と優子は高校時代からの友人である。そして宇野先輩は、私が高一のときからずっと好きだった人。というか今でも好きな人。
彼女は先輩と面識があって、かつ現在でも交流のある大切な存在だ。だから先輩の話を聞いてくれる貴重な存在でもある。いつも話し出すと止まらなくなってしまうのだけれど。今だって、先週の日曜日に一緒に出かけたときの話を延々と語っていた。先輩って、最高に私をドキドキさせてくれる人なんだよ! と。
「ごめん。つい……」
「まあいつものことだし良いけど」
そうして彼女はクリームドーナツを一口齧って続ける。
「でもずっと片思いしてた人と付き合えるなんて幸せだねえ、璃乃は」
私はドーナツを食べていた手を止めた。
「先輩とは付き合ってるわけじゃないんだ」
「は、何で!? もうとっくにそういう関係だと思ってたのに! ていうか大学違うのに、わざわざ二人で会ったり、お互いの家に行ったりして、それがただの友達な訳ないじゃん!」
「いや、そうなんだけど……」
確かに先輩が私より二年早く高校を卒業してからは、接点がなくなってしまっていた。それでも交流が絶えなかったのは、私の執念があってこそだと思う。私は友人伝いに先輩の連絡先を聞きだし、定期的に尚且つ嫌われないように細心の注意を払いながら、電話やメールを送り続け──そして現在に至る。
そういえば高校生のとき、先輩が友達の男の子と読んでいた雑誌を脇から覗き見したことがある。そこには透けた服を着て妖艶に微笑む、一人の女の人の写真が載っていた。私は思わず唾を飲んだ。先輩が惹かれるのはこういう大人っぽい女の人で、私みたいなお子様は眼中にないのだな、と実感した瞬間だった。だから私は努力を重ねた。何とかして先輩と釣り合う女の人になりたいと思って。
不意に、先週の日曜、別れ際に先輩に熱く抱きしめられたときの感触を思い出した。でも、まだ彼の口から好きだと言われたわけでもない。
「先輩は、私のことどう思ってるのかな」
優子が呆れ顔になる。
「何だ、そんなことも知らないの?」
「だって先輩、いつも訊こうとしたら逃げちゃうんだもん……」
私はふらふらと席を立ち、優子に荷物を見ておいてほしいと頼むとお手洗いに向かった。
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.81 )
- 日時: 2015/09/03 23:49
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: HTruCSoB)
2/2
*
数分経ってお手洗いから戻ると、優子がにこにこしながら目配せをしてきた。
「どうかしたの?」
「さっきね、『今日の午後六時に私の部屋に来て下さい』ってメールしといたから。璃乃の愛しの先輩に」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
私はすぐに机の上にあった自分のスマホを起動し、メールの送信履歴を見た。…………どうやら優子の今の言葉は冗談ではなかったようだ。私から先輩を呼び出すなんて恐れ多い! 先輩の家から私の住むアパートまで、電車で一時間もかかるのに……。
気が遠くなりそうになるのをこらえて、私はどうにか席に座る。
「宇野先輩が逃げられないように、追い詰めてから訊きだすの。そのためには璃乃のテリトリーに先輩を入れるのが一番でしょ?」
「でも……」
「今日は絶対に逃がしちゃ駄目だよ。分かった?」
「でも、そんなに結論を急ぐような話じゃないし」
もし先輩が私のことを異性として真剣に見てくれていないとしたら? そう思うと怖かった。
「何言ってんの! 第一ね、恋人なのか友達なのかも分からないような不安定な関係が長続きするわけないでしょ! 今まで続いてきたことが逆に凄いくらい。それに、このままだと他の女の子に取られちゃうかもしれないじゃない! 先輩って璃乃みたいなM女に人気ありそうだし──とにかく、一回本人の気持ちをちゃんと訊いた方が良いと思う」
分かってる、分かってるよと心の中で呟く。優子の言うことは全て正論で、私はけじめをつけなければいけないのだ。
私が頷くと、机の上でスマホがバイブ音を立てて振動した。先輩からの返信だ。私は呼吸を整えてから、スマホを手に取った。優子が画面を覗き込んでくる。
「了解。覚悟して待っとけ」
先ほど優子に言われたことが頭の中で蘇った。──先輩が逃げられないように追い詰めてから訊き出す、か。逃げられないように、追い詰めて……。
私は想像した。先輩を追い詰める様子を。私は先輩に馬乗りになって、彼の逃げ道を塞ぐ。私より力が強く頭の回転も速い先輩を追い詰めるには、この方法しかないと思った。でもこれじゃあ、追い詰めるというより襲っているみたい。……まあいいか。大切なのは方法云々よりも先輩の気持ちを訊くことなのだから。
「ありがと優子。私、頑張ってみるね」
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前作【 鳥籠の愛 】に出てきた璃乃と先輩を再び登場させました。
こちらのほうが時系列は先ですが;
優子のような積極的なキャラは物語を進める上で書きやすかったです(・ω・)
そして私にしては珍しく友情モノでしたね(