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Re: 彼女の命は、未だ散らない。 ( No.12 )
日時: 2016/07/01 17:20
名前: 深海 ◆XAZUAOywuY (ID: eLuLNElF)

□Episode 7 〜蜂須 瑞貴side〜


■ 日常の進歩


あの日、俺は迫河にめでたく『友達認定』されたのだけれども、あまりそれ以前の日常と変わらない事の方が多かった。

屋上から飛び降りたり、カッターを常に持っていたりと、迫河の不死故の自殺癖(実際、この様な言葉は存在しないのだけれど)も相変わらずだし、昼食も栄養補給ゼリーでワンパターンな食事だし、俺への態度も劇的に変わったかと問われれば否だ。

まぁ、それでも挨拶は返してくれるし、食事に誘っても嫌な顔をされなくなったんだから、少しずつでも進歩しているのかな……、などと部活中にナツに話したら、『知るか』と一蹴されたけど。

はぁ、とそんな今日の出来事を思い出しつつ、帰路につく。

申し訳程度に配置されている街灯は、暗闇に灯された蝋燭の様に、決して暗くはないが明るくもない。

生者以外のモノが這い出て来そうなこの仄暗い夜道は、いくら男の俺でも不安になる。

恐らく、怪談めいた小話に恐怖するのは、性別とか関係無く、人間のサガだと思う……、多分。少なくとも俺は苦手だ。

迫河なら、俺とは違って、夜道だろうが霊園だろうが涼しい顔で堂々としているんだろうなぁ、と思うと、笑みが溢れて、恐怖が薄らいだ。

そんな事を考えてながら歩いていたら、いつの間にか家の前まで来ていて、霊的なモノへの恐怖は、頭からすっかり飛んでいた。

これは迫河さまさまだなぁ、などと思い、家のドアに手をかける。

『ただいまー』

『あ、瑞貴兄ちゃんお帰り!』

ひょこっと顔を出したのは、弟の柚樹ユズキだ。

今年で12歳となるこの弟は、未だ無垢な瞳を輝かせていて、こいつに反抗期なんて来るのかと思い始めてきている。

『今、静葵兄ちゃんが夕飯作ってるから、着替えてなよ!』

そうだね、と柚樹に相槌を打ちながら、俺は自分の部屋に向かう。

静葵シズキ、というのは俺の兄さんだ。

もう成人して働き始めており、この蜂須家の長男兼、大黒柱である。

自分の部屋に向かう途中、今はもう写真や記憶の中でしか会えない両親に、ただいま、と声をかける。

俺には、いや、俺達には、両親がいない。

6年前、俺が11歳の時、この町で起きたバス事故で2人とも帰らない人となっている。

今はもう割り切れている、と言えば嘘になるけど、前よりは大分マシになったなぁ、と思い返しながら、自分の部屋に入り、着替えを済ませる。

部屋を出ると、静葵兄さんが作ってくれた夕飯の香りが、俺の胃袋を刺激して、腹が情けない音を出す。この香辛料の強い匂いは、中華かな。

期待に胸を膨らませてダイニングを覗くと、そこには白い湯気が立ち込めた料理と、兄さんが立っていた。

『お、瑞貴やっと来たか』

柚樹はもう座っていて、俺のせいで待たせてしまったとなると、少し申し訳ない。

『久しぶりに兄さんの料理だね』

『おいおい、そんなに期待するな、瑞貴の料理スキルには敵わねーよ』

そう静葵兄さんは笑いながら、いただきます、と箸を取り、俺と柚樹もそれに続く。

いつもは、料理や洗濯は俺がやっているのだけど、今日みたいに部活が長引く日とかは、兄さんか柚樹に任せるしかなくなる。

両親が亡くなった直後、18歳だった兄さんは、大学進学を諦め、就職して仕事を始めた。元々、そんな兄さんの力に少しでもなれたらと思って始めた料理は、自分でも驚く程上達して、好きになっていった。

今では特技となっており、毎朝凝った弁当を作れる程となったなぁ、としみじみ浸っていると、目の前の兄さんが口を開く。

『そういえば、瑞貴、前言ってた迫河って子とはどうなったんだ?』

兄さんのいきなり過ぎる言葉に、口に含んでいた麻婆豆腐を吹き出しそうになったが、何とか喉に押し込む。

『兄ちゃんのクラスメイトだっけ?兄ちゃん、最近話題に出さないよね』

純粋な興味で光る瞳で俺を見上げてくる柚樹に、俺は少したじろく。穢れのない探究心こそ、怖いものはない。

そんな俺の様子を見かねてか、兄さんは助け船とも言える言葉を投げた。いや、元はと言えば兄さんの言葉から始まったのだけれど。

『まぁ、話したくないならいいさ。

ただ、唯一の『友達』のお前なら、何か、お前だけがその子にしてあげられる事があるんじゃないか?

それは、他人すら出来る同情とか、共感とか感情的なモノじゃない、認められた奴こそが出来る、小さくてもいい、確かなモノ』

その言葉を聞いて、俺は思わず食事の手を止め、兄さんを見る。

俺は迫河の不死の事は一言も話していないのに、兄さんは時々、こちらを見透かしたような事を言うから、その度に驚かされる。

案の定、兄さんはこちらを見ていない。

まるで、それは俺自身が自力で発見しない事には、意味が無い、という様に。


俺だけが、迫河に出来る事、か。

必ず、あるはずだ。