コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

五話 ( No.10 )
日時: 2016/08/10 23:08
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

「少しの間、大人しくしていてくれよ」

 俺は周囲に聞こえないくらいの小声で子猫に言い聞かせる。
 ちなみに今は授業中、先生がこちらに背を向けて黒板にチョークを走らせている。
 当然だが校内に動物を持ってきてはいけない。子猫が鳴いたりしたら一発アウトという自分でもかなりスリリングな事をしていると思う。けど、こいつを家に置いて何かあったら困るという気持ちの方が最終的に勝った。
 猫はというと、親父が持っている大き目なエコバッグに適当なタオルを敷いてたその中で寝ている。机の横のフックに引っかけているが、幸いにも鳴くどころかスース—と静かな寝息を立てていた。

「——で、ある。じゃあ、次のページを……逢坂、読んでみて」

「はい」

 俺は先生に促されて立ち上がると、エコバックの中で眠る猫を一瞥してから、教科書に視線を戻す。

「我々は群衆の中にいた。群衆はいずれも嬉しそうな顔をしていた。そこを通り抜けて、花も人も見えない森の中に来るまでは——」

「ニャウン」

 ……音読している途中で、普通なら出るはずのない声が出た。いや、もちろん俺じゃない。エコバックの中に居るコイツ(猫)だ。シンと静まり返った教室の中では、その鳴き声は異質なもので、皆の視線が俺に集中する。

「逢坂、何をふざけているんだ?」

「す、すいません」

 先生は眉間に皺を寄せ、俺を訝しげな表情で見つめながらそう言った。
 あぶねぇ、どうやらまだセーフみたいだ。周囲の視線で疑いは晴れていない事は感じているが、先生に咎められない以上はセーフ判定だろう。気を取り直して、俺は教科書に視線を戻した。

「そこを通り抜けて、花も人も見えない森の中にくるまでは、同じ問題を口にする機会がなか——」

「ニャッニャー」

 またも途中で猫の鳴き声がして、再びざわめき始める教室。

「……逢坂、お前はふざけないと気が済まんのか?」

 古臭い丸眼鏡を指先でクイクイっと直しながら、先生は不機嫌さを露わにする。授業の進行を俺が止めているのだから当然と言えば当然なのだが、実際に鳴いているのはコイツ(猫)なので理不尽な気もする。「俺じゃないんです」と言いたいが、連れてきたのは俺なので、そんな事は言えずに言葉を呑み込む。

「すいません、集中できてませんでした」

「……もういい。じゃあ前田、次の段落から」

 先生は深い溜め息を吐き、呆れたような口調でそう言った。俺は静かに座ると、エコバックに入った猫に目をやる。今のはさすがに肝が冷えた。
 もう少し何か対策を考えないと、毎回こんな事はしてられないな。


 ***


「やぁ、逢坂優斗。先程は危ないところだったな」

 チャイムが鳴ると、後ろの席に居た前田が話しかけてきた。前田 憲之まえだのりゆき俺とは違う意味で浮いた存在。男子にも女子にも敬遠されているが、それは彼が別の意味で近寄りがたいからだ。その独特な性格と容姿で人を寄せ付けない。
 細見の体躯、顔の半分くらいは覆うのではないかという大きい眼鏡で素顔を隠し、ワックスを大量にでもつけたのか、全体がテカテカの髪の毛、それをサイドから流していて、いわゆる七三分けの髪型になっている。
 それにしても、まるで頭から油でもかぶったかのようなテカり具合だな、おい。

「何の話だ?」

「とぼけるな、その手提げに入っているモンスターの事だ」

 すっとぼけてみるが、前田は言い逃れなどさせないとばかりに顔を近づけてくる。ちなみに同じクラスだから名前と顔は知っているが、まともに話したのは初めてだった。
 どんな性格か分からない以上、迂闊に本当の事を話す訳にはいかない。
 ってか、モンスターってなんだよ。どう聞いても猫の鳴き声だったろうと言いたいが、ここはグッと堪える。

「モンスターって何の事だ? 窓の下に野良猫でも居て、そいつが鳴いたのを聞き間違えたんじゃないか?」

「何を聞き間違えたと言うのだ? 僕はまだ猫などと一言も言ってないぞ?」

 前田は意地悪そうな笑みを浮かべて、さらににじり寄ってくる。
 しまった、言わなくいい情報をつい口走ってしまった。

「どうやら、語るに落ちたな。案ずるな、誰にも言わない」

 前田は接近していた身体を離すと「フッ」と、芝居がかったような仕草で笑う。

「……本当か?」

「あぁ、それどころか、いいものを見せてやる」

「いいもの?」


 ***


 昼休み、俺は前田に連れられて別棟にある部室棟の方までやって来ると、空き教室に案内された。中はいつも使っている教室と同じ配置だが、机や椅子など物が無い。カーテンは閉め切られていて、今日の空模様も相まって中は薄暗く感じる。
 ここは一体何なんだ? 前田はいいものと言っていたけど。ちなみに猫はまだ寝ている。あの後は変に鳴く事もなかったので、怪しまれる事はなかった。と、言いたいが、クラスの何人かは俺を見ながらひそひそ話していたので、おそらく怪しまれてはいるんだろうな。

「さぁ、遠慮せず入りたまえ」

「あ、あぁ」

 言われるがまま足を踏み入れるが、やはり何も無い。こんな場所で一体何をしようと言うのか? 疑問に思っていると、前田が室内の真ん中辺りで屈んで床を触っている。

「何してるんだ?」

「静かに。誰かに見られたら大変だ」

 キョロキョロと辺りを見回し、ポケットから出した銀色の小さな鍵を床に差し込んだ。すると、床だと思っていた場所の一部分が、ギギギッと鈍い音を立てながら上へと開いていく。
 例えるなら床下収納のような、隠し扉のようなそんな感じ。人が一人余裕で通れるくらいの大きさだ。

「さ、中へどうぞ」

 底が見えないような暗闇、ご丁寧に脚立があって、そこから下へと行けるらしい。
 恐る恐る脚立に脚を掛けて、ゆっくりと下へ降りていく。やがて地面に足がつくと、上から前田も降りてきた。前田は暗闇の中だというのに、まるで見えているかのような動きで明かりを点ける。チカチカと数秒点滅してから蛍光灯が辺りを照らす。

「お、おぉ……」

「驚いたか? 僕の秘密基地さ」

 前田は少し得意気に鼻を鳴らして、そう言う。
 広さは六畳くらい。本などが床に積み上がっていて少し雑然としている気はするが、他に物が無いせいか意外に広く、部屋の周りは壁になっていて出入口は降りてきた上の扉しかない。前田の言う秘密基地という言葉はピッタリだと思った。

「半年前に偶々、僕がここを発見してね。以来、ここを部室として使っているんだ」

「部室?」

「あぁ、人間観察研究部。略して人研だ」

 前田の口から意外な言葉が飛び出すが、いまいち状況が掴めない俺は反応に困ってしまう。ここを俺に見せてどうしようというんだ?

「ふふふ、不思議そうな顔をしてるな。ここは君のモンスターを隠すのに絶好の場所だと思わないかい?」

「だからモンスターじゃな——」

 ……待てよ。もしこの場所を使えるなら、授業中にビクビクする事もないじゃないか。登校したらここに預けて、休み時間に様子を見に来る。んで、帰りは連れて帰る。もし猫を実際に見てみたいとか、触ってみたいなんて人が現れたらすぐにでも対応出来るし、良い事尽くしじゃないか。

「な、なぁ、相談なんだが、ここに猫を預けてもいいか? 俺が授業出てる間だけでいいんだ」

「ふふ、構わないよ。ただし、条件がある」

 俺が頭を下げると、前田はテカテカに光った髪をかき上げながら——

「うちの部に入ってもらいたい」

 その条件を提示した。

六話 ( No.11 )
日時: 2016/08/09 23:08
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: w4lZuq26)

 人間観察研究部、通称人研は部長である前田が「面白い人間だ!」と感じた奴を観察するという部活。観察という名目上、部活中はそのターゲットをつけ回し、今日は何をしたとか、こんな事を言っていた等を日記に付けるらしい。まぁ端的に言ってしまえば、やってる事はストーカーだ。
 部活は人数が五人以上で、顧問も居なければ部として認められない。現時点では、部長(自称)の前田一人のみ。つまり事実上あそこの部は同好会って括りになる。
 部室は魅力だったが、あんなストーカー部に入部するのはゴメンだ。それに部室だって言っているけど、勝手に使っているだけだから見つかれば使えなくなるのは明白。
 なら、別の方法を考えた方がいいに決まっている。結局、前田の誘いを断り、部室に関しては口外しないと約束して別れた。

「まぁ、それはさておき、問題はコイツだよな」

 エコバックに入った猫を見る。夕方になってさすがに起きたコイツは、エコバックから顔を出そうともがいている。結局、あれ以降は起きなかった。起こして無理に飲ませる訳にもいかなかったので、せっかく持ってきたミルクも朝のままだ。
 雨は止んだけれど、分厚い雲は居座ったまま俺を見下ろしている。また雨が降り出す前に急いで帰った方が良さそうだ。そう思い、俺は少しだけ歩調を速くした。


 ***


「ただいま……って、そういや今日は親父居ないんだったな」

 昨日の夜に一日居ないと言っていた。野暮用というのが気になっていたのだが。
 そんな事を考えながら、二階へと上がり猫を自室へと運ぶ。

「今日は色々疲れたろ? 少し休め……まぁ、お前はほとんど寝てたんだけどよ」

「ニャウ?」

 まるで「何の事?」とでも言っているかのようで、少し可愛く思える。俺は頭を軽く撫でてから一階へと降りた。目下の問題は猫のトイレと今日の俺の夕飯。
 あいつのトイレは例によってググるとして、俺の今日の夕飯はどうしようか? 何か買いに行ってもいいが、途中で雨に降られるのも面倒だ。今日の降水確率は五十パーセントと言っていたし。油断は出来そうにない。

「ダッシュで飯を買いに行くか」

 そう思い、再び外へと出た。


 ***


「しゃーせー」

 いつものスーパーに来ると、また気だるげな声が掛かる。
 チラリと一瞥すると、チャラ店員が駆け寄ってきた。いや、別に来なくて良かったんだが。

「ちっす、今日は何すか? あ、また猫用のミルクっね。今日はテンチョーに聞いておいたんでマジ完璧」

「いや、昨日の人に教えてもらったから大丈夫です」

「えぇ、マジっすか? できるとこ見せようと思って張り切ってたのに、残念」

「あぁ本当に残念ですね、じゃ」

 これ以上絡みたくない相手だったので、雑に切り上げてその場を立ち去ろうとすると、チャラ店員に腕を掴まれる。

「まぁそんな急がなくても良いじゃないすか。今日暇なんで、少しトークしましょうよ、トーク」

 くっ、暇なら仕事見つけて動け! 顔をしかめて目で訴えるが、チャラ店員は意に介さずケラケラと笑っている。

「何すか? 変顔っすかソレ?」

「地顔だよっ! ほっとけ!」

 強引に振りほどいて、前回は見向きもしなかった食品コーナーへと急ぐ。
 肉、魚、野菜、材料を一通り見てから思ったが、俺は料理が出来ない。どうせ一日なら大人しく惣菜を買った方が安上がりというもの。
 無駄な努力に注ぎ込む労力を別の何かに回した方がよっぽど効率的だ。そう思い惣菜コーナーへと足を向けると、見知った顔を見つけた。

「あれは……」

 セミロングくらいの黒髪に、大きな瞳、華奢な体躯、整った顔立ちに儚げな雰囲気、昨日、俺を助けてくれたお隣さん、霧咲雨音さんだ。何やら野菜売り場に並ぶトマトと睨めっこしているようだが……。

「おーい、霧咲さん」

「こんにちは」

 俺の声に気付くと霧咲さんは、表情は変えずに視線だけこちらに向けると軽く会釈した。

「霧咲さん買い物? ……って、見りゃ分かるか」

 俺の問いに霧咲さんは、首を上下に振って頷く。昨日と違って、今日は何だか動きやすそうな格好しているな。ショートパンツに、七分丈の薄い白のブラウスを着ている。ファッションなんて言葉は縁遠い俺だが、これくらいなら分かる。

「猫の餌を買いにきたの?」

「いや、今日は俺の餌。親父が今日は居ないから、夕飯買いに」

 俺がそう言うと、霧咲さんは小声で「そうなんだ」と呟く。餌というちょっとしたジョークは軽く流されてしまった。まぁ別に大して面白くもないと自分で分かってたのでいいんだけど。

「今日は何作るの?」

「あぁー。俺、料理出来なくてさ、今日は簡単に惣菜とかインスタントで済ますつもりなんだ」

「インスタントだと、栄養偏るよ?」

「まぁ、大丈夫だろ。一日くらい」

 爺さんになるまで続けてたらヤバいかもしれないが、一日でどうこうなるとは思えない。ってか、そんな商品が出てたらその方がヤバい。

「良かったら夕飯作ってあげようか? 私も一人だし、一人分も二人分も手間は一緒」

「……ま、マジ?」

七話 ( No.12 )
日時: 2016/08/10 23:09
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 人生ってのは帳尻が合うようになっているらしい。
 秋野さんにフラれて失意のどん底だった俺に、こんなラッキーイベントがあるなんて思いもよらなかった。全男子の憧れと言っても過言ではない、そのイベントの名は手料理。男臭い料理とは違う。なんでもご飯の上にぶっかければいい料理ではないのだ。
 親父が作ってくれる料理は基本的に全て茶系統に落ち着く。別に文句がある訳ではないが、彩りというか、華やかさに欠けるのだ。
 そのわりに、変な所には凝っていたりもする。
とりあえず、ご飯の上にカットした海苔で俺の名前を書くのは止めてほしい。別に誰に見せる訳でもないが、すげぇ恥ずかしいから。弁当を開けてから驚く弁当in俺の名前。
 ピンクのあのカラフルのやつ(名前が分からない)や、玉子で書くのではなく海苔。
 たまに上蓋に海苔がくっ付いていて、原形をととどめてない時もある。そんな理由で弁当を開ける時は、細心の注意が必要だ。と、今はそんな事はどうでもいいか。

「逢坂君、食べられない物とかある?」

「ないないっ! 食える物なら何でも食べる!」

「ん、分かった」

 ちょっとがっつき過ぎたか? いや、でも変にクールっぽくなる必要ないよな。というか、なれない。家のキッチンで自前のエプロンをしながら調理する霧咲さんの後ろ姿を眺めて、結婚したらこんな幸せが毎日味わえるのかという我ながら気持ち悪い想像をしてしまった。善意の塊である霧咲さんにそれは失礼というものだ。反省。
 ……あぁ、今日が俺の人生のピークな気がする。


 ***


「うまっ、美味いよ! マジ!」

 出来上がるまで、ほんの十分少々。こんなに短時間で霧咲さんは作ってしまった。
 今俺が食べてるのは、鶏肉のソテー。シンプルだけど、程よくきつね色に焼きあがった鶏肉の上にかかったオニオンソースが絶妙にマッチしていて、美味い。
 玉子スープはまろやかで優しい味わい、サラダは切って盛っただけと言うが、家もあそこのスーパーで野菜を買っているのに、このサラダのシャキシャキ感は出ないし、自作だという和風のドレッシングも口の中で後を引く。マジで霧咲さん料理上手だ。

「良かった、まだあるから沢山食べて」

 あまり表情と声音に変化はないが、嬉しそうに感じるのは俺の希望的観測なのかもしれない。その後もどんどんと箸を進めて、あっという間に食器の中が空になってしまった。

「ふぁ、さすが男の子。一杯食べるんだ」

「そ、そうか? 普通だと思うけど、今日はあまりに美味しかったもんだから。なんか変だったか?」

 綺麗に空になった食器を眺めて、霧咲さんは感嘆の声を漏らした。
もしかして行儀が悪かっただろうか? 家には親父しか居ないし、よその家庭の食事風景など俺は知らない。ガツガツ食べてしまって、気を悪くさせたら申し訳ない。

「ううん、家は共働きだから家族揃って夕飯を食べる事は少ないの」

 そう言って話し始めた霧咲さんは、どこか寂しげに見えた。

「夕飯はいつも私一人だから。誰かと久しぶりに食べれて、逢坂君が美味しい美味しいって食べてくれて、凄く嬉しかった」

「うっ、そうか。そりゃあ良かった」

 はにかみながら霧咲さんにそう言われて、少しグラッときてしまった。いかんいかん、霧咲さんは善意の行為、霧咲さんは無邪気、他意なんて一ミリもない! ……ふぅ、これでよし。

「俺の方こそ、こんなに美味しい飯食べさしてくれるなら、毎日でもお願いしたいくらいだ」

「毎日? それって——」

「あぁ、いや! 別に深い意味がある訳じゃなく! その、そう一般論! それくらい美味しかったって言いたい訳で」

「そうなんだ」

 あっぶねぇ。嬉し過ぎて変な事口走っちまったよ。
 せっかく仲良くなれたっていうのに、ドン引きされて隣人トラブルに発展するところだった。

「猫ちゃんは元気?」

「俺の部屋で寝てる。よく寝るんだあいつ」

「猫は寝る子と言って、猫と呼ばれるくらいだから」

「そうなのか? そりゃ納得だ」

 飯食ってるかトイレを除いたら、後は寝てるんじゃないかってくらいには寝てる。
 前にも思ったが、やっぱり霧咲さんが猫の事に詳しい。ミルクの件も世話の仕方だって、飼っていなければ分からない事ばかりだ。実際、俺がそうだし。

「霧咲さんは猫飼ってるのか?」

 俺がそう尋ねると、霧咲さんはふるふると首を横に振る。

「飼ってたけど、一年前に病気で亡くなった」

「あ、悪い。嫌な事思い出させて……」

 慌てて謝るが、霧咲さんは気付かないくらいに小さく笑う。

「平気。最初は凄くショックで落ち込んでたけど、その子もうお爺ちゃんだったし、気持ちの整理もついたから」

 淡々と話してはいるが、少し無神経だったと後悔した。
 動物を飼った事のない俺には分からないが、長く一緒に居れば愛着も湧くし、それはもはや家族と変わらないのかもしれない。そしてその家族が居なくなったと想像したら、凄く悲しいものだ。俺だって親父と年中言い合いしてたりするが、居なくなったら悲しいと思う。
 普段は口にも出さないし、わざわざ言いたくもないが、そういう事なのだろう。

「それに、生き物を飼うなら覚悟は必要。長寿の生き物ならともかく、猫や犬は寿命が人間よりずっと短い」

「そっか、そうだよな」

 霧咲さんはそういう経験をしてきたのだ。そう言い切る瞳には強い意志を感じる。
 覚悟……か。俺はそんな覚悟を持ってあいつに接しているのだろうか? もちろん、拾って飼い主を見つけるまでは責任を取るつもりでいる。でも、もし見つからなかったら?
 考えてなかったといえば嘘になる。そうならないように努力するというのは、その現実を見ないようにする為の言い訳なのだろうか?

「大丈夫?」

「あぁ、俺も頑張って飼い主捜さなきゃなと思って」

「ん、逢坂君なら大丈夫だと思う」

 相変わらず表情の変化は乏しいが、霧咲さんのその瞳を見ていると何故か出来る気がしてくるから不思議だ。しかし冷静に考えれば凄い状況だ。彼女でもない子が手料理を作ってくれて、家の中でこうして二人で話をする。もうこれは油断したら勘違い一直線だろう。
 ギリギリの所で俺が冷静なのは、やはり秋野さんにフラれたのが大きい。
 俺にそんな好意を持ってくれる人なんて存在しないんだ。現実は映画や小説のように上手くはいかない。
 もし彼女にフラれずに霧咲さんと会ってこうして話していたら、速攻で勘違いしたに違いない。それはもう光の速さで。

「ありがとう。なんなら猫見てくか?」

「寝てるならまた今度でいい」

「そっか、じゃあ送るよ。と、言っても隣だから玄関までだけどな」

 ……とかなんとか、あれだけ心の中で言い聞かせたし、勘違いしないとか思ってたのに、密かな期待を抱いてしまった俺が憎い。そんな自戒しながら、霧咲さんを玄関まで見送る。

「飯、ありがとな。本当に美味かった」

「ん、どう致しまして。お隣さんのよしみ」

 お隣さんって凄いお得なんだと今日初めて思った。……いや、霧咲さんが特別で普通のお隣さんは家に来て飯を作ってくれたりしないのは分かっている。
 今度何かの形でお返しを出来たらいいな。と言っても、俺に出来る事なんて限られている訳だが。