コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

一話 ( No.2 )
日時: 2016/08/03 23:53
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /48JlrDe)

「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」

 彼女は、そう一言だけ告げると、振り返る事もなく去っていく。その瞬間、空間に漂う花のように甘い香りの残滓が、俺の胸を締め付ける。
 まるで、脳内を重たい鈍器でおもいっきり叩かれたような衝撃だった。
 物理的な意味じゃない。精神的な意味だ。告白には絶好のロケーション。夕暮れ時の教室、放課後の教室はとても静かで2人きり、なのに——
 遠くから吹奏楽部の音色がBGMのように静かに耳に響く。窓から傾いた日差しが射し込んで、一人その場に残された俺の目に、その鮮やかなオレンジ色だけが映し出されていた。


 ***


 梅雨時に入れば太陽は日に日に顔を隠す事が多くなり、ここぞと言わんばかりに厚い雲がでしゃばってくる。求めてないのにやって来て、曇天の空から零れ落ちた一粒が気分を憂鬱にさせていく。

「……はぁ、傘買わなきゃダメか。いや、面倒くせぇな」

 さっきまであんなに晴れていたのに、急激に雲行きが悪くなって、今は激しい雨が降ってきていた。
 昇降口で雨が弱まるのをしばらく待っていたが、段々と勢いを増す雨脚に痺れを切らし、半ば自棄になって俺は校舎を飛び出した。
 今日は予報すら見ていないから傘を持ってきていない。このまま外に出れば、ずぶ濡れになるのは必至だろう。けれど、熱のこもった頭を冷やしたかったという理由もある。
 理由は──そう、あの一件だ。
 俺、逢坂優斗(おうさか ゆうと)は恋をしていた。キッカケは些細な事だ。目つきが悪く、なまじ体格もデカいせいか、普段からクラスの奴らは俺を敬遠していた。もちろん、それだけなら良かったのだが、俺の口調や態度も相まって『怖い人』というイメージが定着してしまった。俺は普通に話しているつもりだが、男だらけの家庭で育ったせいなのか、少し言葉遣いが乱暴なのかもしれない。
 それはさておき、一度付いたイメージは中々払拭出来ず、俺は一人でいる事が多かった。
 特に気にもしていなかったが、授業内容なんかによっては、困る事もしばしばあって、俺とペアは嫌だとかなんだとか。もちろん、直接言われたわけじゃない。けれど、目は口ほどに物を言うのだ。正直どうでも良かった。
 別に強がっている訳でもなんでもなく、嫌なら仕方ない。そんなスタンス。
 けれど、二年になってクラスが変わり、また同じ一年が始まると思っていた俺に転機が訪れた。席が隣になった女子、また嫌がられると思っていた。
 けれど、その子は違っていた。俺を敬遠する訳でもなく、普通に接してくれた。モノクロだった世界に色をくれた。
 彼女と接するうちに、日に日に彼女の事を目で追って行くのが分かった。膨らんだ想いは、いともたやすく溢れ出して、気がつけば取り返しがつかないくらい好きになっていた。
 きっと初めて恋をして浮かれてたんだろう。今考えれば、あり得ない話だ。
 どうして、あんな事を口に出したんだろう? 言わなければ、こんな思いもする事もなかった。

「……我ながら女々しいな。さっさと忘れちまおう」

 そう独り呟きながら、身体に打ちつけるように降り注いだ雨粒に抗うように地面を蹴って家路へと急いだ。


 ***


 家に帰る時にいつも通る小さな橋。
 川沿いに架けられたこの橋は、地元の人しかあまり使わない。
 と言うのも、近くに大きな新しい橋ができたので皆そちらを使うのだ。老朽化が進んでいるこの旧橋は、台風なんかが来たら壊れてしまうかもしれない。さすがにそんな事は無いと思うが「危険だからそろそろ取り壊しを」という話は前々から住民の間では言われていた。そんな橋だから、好き好んでこの狭い橋を使う奴は少ない。今でも使っているのは昔気質な頑固な爺さんか、変人が少々……まぁ、そんな俺も少数派の一人な訳だが。

「ここまで来ると、さすがにずぶ濡れだな」

 衰えるどころか、さらに激しくなったような雨に打たれて服はおろか、靴すら浸水し始めていた。
 まだ真夏ではないせいか、濡れた身体が冷えてきて少し寒い。早く家に帰って着替えなければ風邪を引きそうだ。そんな事を考えながら急いでいると、激しい雨音に混じって聞こえるかすかな声。

「なんだ? こんな雨だって言うのに、どこから?」

 耳を澄ませば、やはり聞こえてくる。これは──動物、だろうか?
 さっきまで急いで帰ろうと思っていたのに、足が動かなくなる。
 ……確認だけだ。そう心の中で自分自身に言い聞かせてから声のする方へと歩き出した。


 ***


「…………」

 酷い事をする奴も居たものだ。
 鳴き声のする方へと来てみれば、橋の下に辿り着き、その橋の下にはダンボール箱に入った一匹の子猫。
 ダンボールの外側に貼り付けられた紙には『拾って下さい』と簡素なメッセージが書かれていた。これはつまり、この子猫は捨てられたという事なのだろう。

「ニャーッ、ニャーッ」

 白と黒の毛の色がまだら模様になっていて、ブチ猫とでも言うのだろうか? けして整った顔立ちではないが、愛嬌はある。降り止まない雨の中、心細いのか子猫はしきりに鳴いていた。なぜ人はこんな事をするのだろう? 同じ命なのに。これがもし人間だったら、同じ事をしたのだろうか? きっとそんな事はしないのだろう。残酷なものだ。

「……ちっ、鳴いたって助けてはやれねぇぞ」

「ニャーッ、ニャーッ」

「……じゃあな。運が良ければ誰か助けてくれる」

 そのまま踵を返して帰ろうとしたが、子猫の鳴き声にまた足が止まってしまう。
 縋るような瞳が脳裏を掠める。俺も同じ事をしようとしているのか? こいつを捨てた人間と同じ事を。せっかく見つけたのに、見殺しにしようとしている。胸の奥からぞわぞわとした何とも言えない不快な感情が込み上げてくる。
 元はと言えば、こいつを捨てた奴が一番悪い。俺は偶々見つけてしまっただけで、罪悪感を抱くような事はないはずだ。

「ニャーッ、ニャーッ」

 さっきより強くなった雨は、周りの音をかき消している。叩きつけるような雨音。
 俺がここで見捨てたら、こいつはどうなるのだろう? 俺が去った後で、都合良く心優しい人物に拾われるなんて可能性は低い。そうしたら、こいつは——

「…………くそっ」

二話 ( No.3 )
日時: 2016/08/04 22:44
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

「お前、猫なんか拾って……俺は、動物は苦手なんだよ」

 家に帰ってくると、手に持ったダンボール箱の中身を見て親父が怪訝な表情でそう言った。雨に濡れた段ボールは、ふにゃふにゃになっていて崩壊寸前。自分の体で段ボールの中に居る子猫が雨に濡れないように覆ってはみたものの、焼け石に水だったようだ。
 俺はずぶ濡れになってしまったけど、こいつはそこまでじゃないようで、ほっと胸を撫で下ろす。せっかく助けたのに、雨で濡らしてしまって風邪なんて引かせたら本末転倒だ。

「頼む。飼い主が見つかるまでで構わねぇから、家に置いてやってくれねーか?」

 濡れた段ボールが崩壊しないように玄関にそっと降ろすと、俺は親父にゆっくりと頭を下げた。

「……ちゃんと、責任持って飼い主探せるんだろうな?」

「あぁ、俺が責任持って飼い主は探す」

 親父の睨みつけるような厳しい眼差しを真っ直ぐ見つめ返す。俺の言っている事が本当だと伝わるように。

「……ったく、世話はちゃんとお前ひとりでやれよ? あと、一週間以内だ。それまでに見つからなきゃ戻してこい」

 少しだけ睨み合いを続けてから、目尻を下げて親父は嘆息混じりにそう言った。俺は無言で頷くが、戻してくるなんて選択肢は無い。そんな事になったら、何の為にこいつをあの場所から連れてきたのか分からない。そうならない為にも、飼い主は必ず見つけてやらなきゃ。


 ***


 リビングから自分の部屋へと戻り、明かりを付けると、胸に抱いていた子猫を適当なところへ下ろした。子猫は物珍しそうにカーペットの匂いを嗅いでいる。

「とりあえず、明日から飼い主探さねーと」

「ニャー、ニャー」

「おい、お前も自分の事なんだから愛想良くしろよ?」

 そう皮肉混じりに猫に言ったところで、伝わるはずもなく、キョトンとした顔で俺を見つめ返してきた。
 ったく、コイツには危機感ってもんがないらしい。この一週間がお前の人生──違った、猫生を分けるかもしれないってのによ。

「いいか、大事な事だからもう一度言うぞ。お前を飼ってくれるかもしれないって人に会ったら、愛想良くするんだぞ? 分かったか?」

「ニャウン?」

「……アホらしい、何で俺は猫になんか喋ってんだ」

 雨で濡れた毛をタオルで拭いていくが、嫌がる素振りも見せずされるがまま。
 まるでお猫様だな。さしずめ俺は下僕か。毛繕いをしながら呑気な表情をする子猫を見ながら、俺は小さな溜め息を吐いた。


 ***


 翌日から飼い主探しが始まった。
 クラスの奴らや知り合いにスマホで撮った写真を見せて回ったが、反応は芳しくなかった。だが、考えてみたら当然なのかもしれない。テレビ等で観る分には「可愛い」と言ってればいいが、飼うとなれば飼い主には責任がついてまわる。
 家にアレルギーの人が居るかもしれないし、家によっちゃ、飼うのが禁止されてる所だってあるはずだ。そうした様々な事情のせいなのか、はたまた俺の顔が怖いせいなのか、放課後になっても飼い主は見つからなかった。

「……成果無しとは」

 初日から上手くいくと思っていた訳ではないが、手応えすらなかったのは痛い。
屋上で茜色に染まる空を見ながら、ひとりごちる。落下防止の為の鉄柵に突っ伏すように寄り掛かり、視線を校門に向けると、見知った顔を見かけて心臓が小さく跳ねた。

「……秋野さん」

 無意識に呟きながら、その姿を目で追う。
秋野沙夜あきのさや昨日、俺が告白して見事に振られた相手。俺みたいな目つきの悪い奴にも分け隔てなく話しかけてくれる優しい女の子。
 いつかどこかで思っていた。この子ならって。けれど、そんな淡い期待は泡のように弾けて消えてしまった。同じクラスだというのに、今は微妙な距離感を保ちながら、以前のように気安く話す事もない。

「やっぱり、目つき悪いのがいけねぇのかな」

 眉間の皺を指でぐりぐり押してほぐしてみる。こんな事したって、何かが変わる訳じゃない。人には変えられないものだってある。それは個性だなんて、ありふれた言葉で言い繕ったって現実はこれだ。生まれながらにして、人生はある程度決まっているものなのかもしれない。そんな事を考えて、虚しさばかりが心に募る。

「俺がこんなんじゃいけないな」

 頬を両手で挟むように叩き、気合いを入れる。別に今に始まった訳じゃない。ずっと前からこうだったんだ。振り出しに戻っただけ。胸に残った感情を、そう無理やり押し込めて俺は屋上を後にした。


 ***


「ニャゥニャゥ」

「ほれ、食べないのか?」

 帰り道にコンビニで買った猫用のドライフードをあげてみるが、子猫は寂しそうに鳴くだけで、口にしようとしない。
 昨夜は色々あり過ぎて飯を与えていないから食べさせないと。とは思うけれど、猫はおろか、動物すら飼った事のない俺に何故こいつ(猫)が飯を食べないのか、その知識がない。
 このままでは、せっかく助けたのに衰弱していってしまう。ここは、先人達の知恵を借りるしかないな。

「……生後間もない子猫は、ドライフードなど固形の餌ではなく、柔らかな子猫用の餌か、人肌に温めた猫用ミルクを与えましょう」

 ネットで検索をかけて調べると、出るわ出るわ。どれが正しいのか分からないので、とりあえず一番上に出てきた記事をクリックしてみたが……子猫用の餌とか猫用のミルクって、どこで売ってるんだよ?
 一般常識みたいにサラッと説明しているが、初心者はどこに売ってるかもわかんねー。そもそもこいつは生後間もないのか?
 検索ワードを変えて、再検索をかけてみると、どうやら猫用ミルクとやらは専門のお店ないし、ホームセンターやスーパー、一部のコンビニなんかでも売ってるらしい。
 時刻は六時、急げばまだ間に合うな。俺は上着を手に取ると、夜の街へと繰り出した。

三話 ( No.4 )
日時: 2016/08/05 23:15
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: QxkFlg5H)

「しゃーせー」

 気だるい店員の声を聞きながら、俺は傘を畳んで自動ドアをくぐる。
やってきたのは自宅からほど近いスーパー、店はさほど大きい訳じゃないが、日常の買い物なんかここで全て揃う。
 もう少し行けば、大型ショッピングモールなんかもあるが、あそこはいつも混んでいて好きじゃない。近隣の住人達も考えている事は同じなのか、こちらを利用する事も多いようだ。
 俺は入口付近にある食品フロアには目もくれず、猫用ミルクが置かれている棚を探しに奥へと進む。

「……どこにあんだよ」

 洗顔、歯ブラシ、柔軟剤——違う。日用品を買いに来た訳じゃない。今俺が欲しいのは猫用のミルクだ。もしくは、猫用の離乳食。目を皿のようにして探してみるが、見つからない。どういう事だ? ネットじゃ確かここにあるって書いてあったんだが。

「あの、すいません」

「あぁ?」

 俺が棚の端から端までうろうろしていると、背後から蚊の鳴くような小さい声音で話しかけられた。唐突だったせいか、口調が悪くなったと気付くが時既に遅し。どうせまた怯えたような顔されて——いや、怯えてないな。珍しい事もあるものだ。

「商品を取りたいので」

 そう言って、棚に指を差して俺の顔を見つめる少女。その女の子はセミロングくらいの黒髪に、大きな瞳、華奢な体躯で、どこか儚げな雰囲気が漂っている。歳は俺より少し下くらいだろうか? 言葉少なげに言われ、俺は言いたい事を察して横にずれた。どうやら、俺が立っていた場所の棚の商品を取りたかったみたいだ。

「あぁ、悪い。気付かなくて」

「いえ、大丈夫です」

 そう言って、棚から商品を取ろうとするが、上の棚にあるせいかこの子の身長じゃ届かない。一生懸命に背伸びして頑張るが、あと指先一つ分ぐらいの差がある。
 ここの商品棚って基本的に高いんだよな。踏み台も少ないし、そういう意味では不親切な店だな。

「ほら、これでいいのか?」

 届かないのに、必死でつま先立ちになって頑張る女の子を見ているのも気の毒だったので、これだろうという商品を取ってやった。

「……ありがとうございます」

 表情の変化が乏しくて分かりづらいが、女の子は少し恥ずかしそうにしながら俯いてお礼を言った。どうやらこれで正解だったらしい。
 おっと、いつの間にかこの子に気を取られていたけど、猫用ミルクはどこにあるんだ? 仕方ない。ここはお店の人に聞いた方が早そうだ。そう思い、女の子に軽く会釈をしてから入口付近まで戻ると、入店時にだるそうにしていた店員に俺は声を掛けた。

「すいません」

「しゃーせー」

 長く伸びた茶髪に、耳ピアス、首元がよれたTシャツの上から店のエプロンを付け、ダメージ加工されたジーンズ。およそ接客をする服装ではない気もするが、それでもここの店員。勝手が分からない俺と違って、猫用のミルクの場所くらい朝飯前に違いない。

「猫用のミルクが置いてある場所はどこですか?」

「猫用のミルクっすか? さーせん、ちょっとわかんねぇっすね。あっ、ちなみに俺、昨日からここに入ったんすよ。以後よろしくっす」

 頭をがりがりと掻いて、申し訳なさそうな様子もなくそう言うチャラい店員。何故か聞きたくもない自己紹介をされて、俺は自らの眉間に皺が寄るのが分かった。

「誰に聞けば分かりますかね?」

「そりゃ、テンチョーに聞けば一発っすよ」

 ——くっ、腹立つ。「当たり前じゃん、何聞いちゃってるのコイツ?」みたいな顔しながら言われても。なら早く店長を呼べよ。もし俺がハードクレーマーだったら、その店長の顔が青ざめてるぞ。まぁ、そんな事して余計に時間取られても嫌なのでしないけど。
 イラついても仕方がないので、深呼吸をしてから先を促す。

「……それで、その店長はどこに居ますか? できたら呼んでほしいんですけど」

「あぁ、今日はもう帰ったすね。なんか、今日の試合見逃せないらしくて——あっ、試合って、野球の事っすよ。マジうけますよね、野球観たくて早退とか」

「…………」

 落ち着け、逢坂優斗。今日のお前は何しに来たんだ? そう、拾ってきた猫のミルクを買いに来たんだ。そうだ、このチャラ店員と戯れに来たんじゃない。だから、俺は怒らない、イラつかない。よし、大丈夫。とりあえずこのチャラ店員はダメだという事は分かった。
 なら他の店員に聞けばいい。無言で踵を返そうとすると、背後から服の袖をクイクイと引っ張られた。

「猫用のミルクならこっち」

 振り返れば、そこに立っていたのは先程の女の子。俺の服の袖を引っ張ったまま、誘導するように歩いていく。すると、すぐに犬猫用のコーナーへと辿り着いた。
 ネットで確認した通り、犬や猫の餌からペット用のトイレシーツや砂なんかもある。一時的とはいえ、家の中で飼うのだからトイレの問題も重要だよな。こちらも一応調べてはある。とりあえず、目に入った猫用シーツを手に取っておく。

「おぉ、これだよこれ。やっと見つけた! ありがとな!」

「さっき助けてくれたから。猫飼ってるの?」

 抑揚のない声音でそう問いかけてくる女の子。

「あぁ、飼ってるっていうか、預かってるっていうか、まぁそんな感じ」

「……ん? よく分からない」

「あー、なんだ。橋の下に捨てられてた子猫が居て、偶然通りがかって拾ってきたんだけど、家じゃ飼えないから飼い主捜してて、その子猫の飼い主が見つかるまで俺が飼い主って事だ」

 女の子は理解したのか、俺の説明を聞いてうんうんと頷いた。さっきはよく見てなかったけど、この子かなり整った顔立ちをしてるな。秋野さんも可愛いけど、この子も負けないくらいだ。ノースリーブの落ち着いた色合いのワンピースが彼女によく合っている。

「子猫用のミルクなら、それを買えばいいと思う」

 女の子は棚に並んでいる商品の一角を指す。視線をやると、『子猫用ミルク』と書かれた缶があった。他にも色々あるが、女の子のオススメはこれらしい。俺はそれを手に取る。

「マジか、動物飼った事なんてないから助かる」

「ちなみに、生後どれくらい?」

「せ、生後? そんなん見た目で分かるのかよ?」

「大体分かる。テレビでよく観る、動き回るような子猫なら、生後二、三ヶ月くらい。動き回れず、目も明いてないとかなら生後間もない」

 つらつらと説明されて、俺はぽかんと口を開く。
 なんだ、この子俺より全然詳しいじゃん。もしかして飼ってるのか?

「目は開いてるけど、動き回れる程じゃないな」

「そう。ならじきに普通の餌も食べられると思う。哺乳器は持ってる?」

「哺乳器ってアレか? 赤ちゃんとかが使うやつか?」

「うん、子猫用のがある」

 当たり前だけど、そんなの持ってねぇ。普通にミルク買えばなんとかなると思ってたし、その哺乳器っていくらするんだ? ミルクだけ買うつもりだったから、小銭しかないぞ。
 あっ、そういえばシーツは……まぁ、ぎりぎり足りそうだな。

「もし無いのなら、貸してあげるけど?」

「えっ、マジで!? あっ、でもいいのかよ?」

 見ず知らぬの子にそこまでしてもらっていいのだろうか? それに、俺は厳つめの感じだし、この子に迷惑が掛かるような気がする。
 そんな俺の思いをよそに、女の子は「何が?」とでも言わんばかりに、小首を傾げる。特に気にしていないのか? 警戒心が微塵も感じられない。

「家はどこ? 近く?」

「三丁目なんだけど、遠かったら別に明日でもいいぞ」

「なら大丈夫、家も三丁目」