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- Re: 臆病な人たちの幸福論【参照1000突破記念感謝祭更新!】 ( No.121 )
- 日時: 2012/11/27 23:25
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: qgJatE7N)
 「貴方だけでした。あの子の存在に、気づいてあげれたのは。
 あの子の為に、一生懸命になった人も、貴方が初めてで。
 貴方が一生懸命になってくれたから、周りの人たちは貴方を通じて、あの子に手を差し伸べることが出来た。実体化が困難だった私を呼ぶことも、貴方だから出来た」
 みんな、貴方を信じてるよ、と雪乃さんはいう。
 「貴方が、諷子さんを助けるのを。みんなが、信じている。だから」
 そこまでいって、彼女は厳しい目つきになった。
 深い緑の瞳に、鋭い光が差し込む。
 「迷いを捨てろ! 思考をとめるな! 迷うことと考えることは、まったく違う!
 グズグズするな、自分は無力と思い逃げるな! 諦めたらそこであの子は死ぬぞ!
 これから先は、お前しか助けられない。お前しか、あの子に言葉をかけられない!
 お前以外に、あの子を救い上げることは出来ないんだ!!」
 雪乃さんの切り裂くような啖呵に、俺は身体の芯が痛いほどしびれた。
 その後、じょじょに暖かくなっていく。
 ——俺にしか、出来ない。
 こんな臆病な自分しか、フウを救えないというのだろうか。
 逆に、こんな臆病な自分でも、フウを救うことは出来るというのだろうか。
 「……」
 大気を、飲み込んだ。
 未だに、俺の覚悟はぐらついている。
 けれど、叱られてわかった。
 こうしている間にも、フウの痛みは長引くのだと。
 フウはきっと、たくさんの事を悩んでいる。
 ……この一ヶ月で、判ったんだ。
 一人というのが、どれほど怖いのか。
 大丈夫、平気だ、と思い込むのが、どれほど危ういか。
 その思い込みが折れたとき、人というのはあっという間に壊れしまう脆いもの。
 そうして、安全地を探し、何も無いところへ逃げたがる。
 なのに、何も無いところへ逃げ込めば、存在する意義が見つからなくなって、またあるところへ行きたがる。
 なのに、臆病になって。何も無いところに、閉じこもって、憎んで、迷って。
 その癖、一人じゃないと気づいたとき、すぐに立ち直ってしまうんだ。
 その、繰り返しで。
 期待したり、裏切られたり、そしてまた期待するの繰り返し。それに疲れたこともあったけれど。
 判ったことがあった。
 気づけたことがあった。
 変わったことがあった。
 判っていたつもりで、判っていなかった。判ったと、思い込んでいた。
 多分、これからも、臆病な俺は、判った振りを演じたり、思い込むこともあるだろう。
 ——けれど、きっと、今までの俺があったからこそ、今俺は気づいたんだ。
 ようやく、気づけたんだ。
 俺は顔を上げた。
 胸を張って、彼女に答えることが出来た。
 ◆
 「……あーあ、もう行っちゃった」
 同時刻、院長の部屋では、透明な少女が佇んでいた。
 眠った青年の身体を、試行錯誤しながら病室にこっそり寝せ、布団を被せた後、院長の部屋に戻った。
 そこに、何時か院長と一緒に居た老婆が、何処からもなく入ってくる。
 「……お久しぶりです」
 雪乃は何処か、寂しさをにじませた笑みで、振り向いた。
 「佐保姫様」
 「……久しぶりじゃのう、雪乃」
 「その年寄りの姿、まるっきり私とであった頃と変わりませんね。気に入ってるんですか?」
 雪乃の問いに、老婆は口元に笑みを浮かべる。
 「威厳が出るから、気に入ってはおるわ」
 「えー、意外です。……いや、貴女が意外なのは、何時もですよね。
 ……千年前、出会ったときから、貴女は何時も私の予想以上を超えてくれた」
 「——意外と予想以上なことをしでかしてくれたのは、貴女もじゃない」
 シャラン、と鈴の音が鳴る。
 それと同時に、老婆は一瞬で少女の姿に変わった。
 「あ、少女になった」
 「あの姿も気に入っているけれど、やっぱりこっちのほうが、性にあってるわ」
 サラリ、と佐保姫は髪を上げる。そのしぐさは様になっていたが、やはり何処か幼さを感じさせた。
 「年齢詐欺」ポツリと雪乃は零す。
 「……あの子は?」
 「健治君のことですか? ——判っているくせに」雪乃は、苦笑した。
 「そうじゃないわ。貴女から見て、あの子はどう映っていたかって事」
 「あ、そういう意味でしたか」
 少し間を置いて、雪乃はいった。
 「ついさっきまではぐらいついていたのに……覚悟を決めた途端、顔つきが変わりましたよ。迷いがまったく無いとは言い切れませんが、それすらも受け入れる姿勢でした。もう、あの子一人でも平気です」
 「何ですかねえ、あの思い切り。若さゆえ、ってやつなんですかね」雪乃がいうと、「それは千年前の貴女もいえることよ」と佐保姫は返す。
 「全く、あの後死んだと思ったら、ちゃっかり念を留めて、落ち込んだ杏羅を異世界っていうか、この時代へ飛ばすなんて。普通の妖が出来る業じゃないわよ、全く。チートよチート」
 「アハハー、ほめ言葉として受け止めますねー」
 雪乃は、笑う。
 笑い事じゃないわよ、と佐保姫が返そうとしたとき、彼女の身体が輝きだした。
 「さて、もうそろそろですか」やけに明るい声で、雪乃はいった。
 「……また、いつ会える?」
 そう聞いた佐保姫の姿は、神様とはとても思えなかった。
 雪乃の目には、大切な一人の、大切な友の、ねだっているような姿だった。
 「……さあ、当分会えないでしょうけど。
 佐保姫様や、あの子たちが覚えてくれれば、またひょっこり実体化できるかもですね」
 「……そう。じゃあ、さよならはいわないわ」
 「またね」と佐保姫がいうと、雪乃も「それじゃ、また」といった。
 「あ、後で杏羅さんの生まれ変わりの……杏平さんですよね?フォローでもしてくださいな。何か、怒鳴られているようだから。あの人には、恩が沢山ありますし」
 「今さっき通りかかったら、雪にバカ正直に話して、怒られていたわ。全く、バカみたいに愚直なのは、前世でも来世でも変わらないわね」
 「——でも、そんな人が居たからこそ、私はこの世界を救えましたよ?」
 雪乃がいうと、佐保姫はバツが悪いような様子で、「茶化さないでよ」といった。
 「……ねえ、佐保姫様」
 「うん?」
 「——私、この世界に生まれて、本当によかった」
 そう告げた少女は、溶けるように消えた。
 踏み出す文学青年と、輝く世界は
 (「……諷子も、そう思えるようになればいいわね」)
 (ポツリとつぶやいた神様の言葉は、)
 (ちゃんと、文学青年が叶えるでしょう)
