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- Re: 臆病な人たちの幸福論【参照2500突破記念感謝祭更新!!】 ( No.226 )
- 日時: 2013/01/25 18:35
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- ◆ 
 ——そうか、このモヤの声は、あの男の声だ。
 贄とか儀式とかそんな物騒な言葉を吐いていたあの男。確か、武田君からは「山田さん」と呼ばれていた。
 でも、何で? 何でモヤがあの男の声で話しているの?
 いや、そもそも……アイツは。
 ——グォォオオオオオ!!
 モヤの雄たけびに、あたしの肩がビクリと震えた。
 そして思い出す。——早く、逃げなければ殺されると。
 モヤはすぐ傍まで迫っていた。
 「うわあああああああああ!」
 腹から声を出し、実を奮い立たせ、そして走った。
 もう体力も精神も限界を超えていた。あたしを走らせた源は、「死にたくない」という気持ちだけ。
 そう、死にたくない。こんな場所で、あんな風に苦しんで死にたくない。
 頭上を見渡すとあるのは、枝に紐を付けて、首を吊っている自殺者たち。
 何だか、進めば進むほど増えていっている。
 ——そうだ、あの男も。
 確か、こうやって首を吊って自殺した……!!
 ◆
 そろそろ、お盆に近かくなったあの日。ママが休みを取れたので、一緒にお買い物をすることになった。
 その時、ママに可愛い麦藁帽子を買って貰った。
 淡い桃色のリボンがついたその帽子は、被って鏡の前に立つと、凄くしっくり来た。被り心地も良くて、何よりもママに随分褒められた。
 それが嬉しくて嬉しくて、武田君にも見せたかった。
 今日も武田君に会いに行く予定だった。
 麦藁帽子を被って、浮き立つ足で軽やかに歩く。
 「(武田君は、褒めてくれるかな)」
 いや、彼のことだ。素直に褒めはしないだろう。
 きっと最後に、辛い一言をいうに決まってる。友達になってから一週間と三日が経って、彼がどんな性格なのか大体理解できるようになっていた。
 「(……でも、きっと可愛いって、いってくれるよね)」
 それでも彼は、ちゃんと言葉にして褒めてくれると、あたしは判ってた。
 どんな風にいってくれるだろうか。まあ、無表情には変わりないだろうけれど。
 想像するだけで、頬の緩みが止まらない。今のあたしは、とてもだらしない顔をしているだろう。
 それを注意されるかもしれない、と想像した。でも、全く悪い気はしなかった。
 その時だった。
 強い風が、麦藁帽子を乗せていったのは。
 「あ、コラ!」
 飛んでいった麦藁帽子は、何と樹海の木に引っかかってしまった。
 追いかけたあたしは、当然戸惑った。だって、あれ程武田君に「樹海には入るな」と釘を刺されていたから。
 諦めようか。そう思ったが、それは嫌だった。
 何せあれは、ママが買ってくれた麦藁帽子。あたしもいたく気に入ったモノ。そして、武田君にも見せたかった。
 「……少しなら、大丈夫」
 自分にいい聞かせるように呟いて、あたしは樹海の方へと入っていった。
 麦藁帽子は、樹海の奥ではなかった。
 そして、引っかかった場所も、そこまで高くはなかった。
 だから、取って早く出て行こうと思ったのに。どうして?
 あの男が、首を吊っている姿があるの?
 「……っひ」
 男は死んでいるにも関わらず、あたしの方へ向いて、笑っていた。
 その姿が、あまりにもおぞましくて、怖くて。
 あたしは、悲鳴を上げたのだ。
 武田君に、褒められたかった。
 それだけだった。
 ……けれどそのせいで、武田君と、ああなってしまうなんて。
 あたしの悲鳴を聞いて、真っ先に駆けつけたのはやっぱり武田君。
 何時も無表情だった彼は……怒りによって、顔を歪めていた。
 「……何で、森に居るんですか」
 「……た、たけ、だくん」
 怒って、いる。
 彼が怒っている姿なんか……いいや、あたしは一度たりとも、友人がこんな風に「怒る」姿なんか、見たことなかったのだ。
 ……いや、そうじゃない。
 「約束したじゃ、ないですか。なんで、なんで居るんですか」
 「ち、違う。あたしは」
 「いい訳なんて聞きたくないッ!!」
 彼の鋭い声が、キイン、と静かな森の中を通った。
 彼の怒りに驚いた鳥たちが、鳴きながら森の外へと向かっている。
 ザワザワと、木々たちは、彼の怒りに呼応するように、揺れた。
 「見損ないました……あれほど、嫌だったのに。
 何で貴女は、笑ってるんですか!!」
 「もういいです!」そういって、彼は森から出ていった。
 待って、なんていえなかった。
 いえるわけ、なかった。
 ……彼は、怒っていた。でも、怒ってるだけじゃない。
 彼は、……泣いていた。
 とても、傷ついた顔をした。
 「(あ……)」
 おそるおそる、自分の頬に手を当てる。でもやっぱり、表情を確認することは出来なかった。
 ……ああそうか、って、この時、やっと気付いたんだ。
 あたしが友達にして来た仕打ちは、とんでもないことだったのだと。
 約束を破られた方は、あんなにも、傷ついた顔をしていたんだって。なのにあたしは何も判らず、寧ろ「何で怒るのよ」って、うざったく感じて……「心が狭い」って、酷い事を心の中で思っていて……。
 ——だから今まであたしは、ずっとずっと、笑っていた……。
 この男が、死んでも尚、笑っているように。あたしは、あたしは……。
 ——何時も何かの、誰かのせいにして、この笑いが他人にどう思われるかも考えず、この笑いを改善しようとも思わなかった……!!
 「あ……ああ! ああぁぁぁぁぁぁ!!」
 あたしは、悲鳴を上げた。でもそれは、遺体を見つけた時の、恐怖からの叫びではない。
 後悔と、……どうしようもない悲しみから上げた、悲鳴だった。
 ——そしてそれが、あの日の最後だった。
 気がつくとあたしは、病院のベッドの上。
 目の前には心配したママの顔。
 その後、警察が来た。あの男が自殺した件について。
 あたしはショックで記憶が飛んでいて、中々質問に答えることは出来なかった。
 ……でも、そんな中でも、武田君を悲しませたことだけは、ちゃんと覚えていた。
 入院中、ずっとずっと、一人で考えていた。
 退院したら、あの子に謝りに行こう。
 あの子は、許してくれないかもしれない。
 でも、謝ろう。勇気を出して。
 例え罵られても、許されなくても、ちゃんと謝ろう……。
 ——でもやっぱり、あたしのしたことは、あまりにも重かったみたい。
 朝早く向かった家は、『ただいま入居者募集中』という張り紙が張られているだけだった。
 傷は、深まる。臆病は、更に加速する。
 心も、身体も、更に小さな場所へと、殻に閉じこもっていった。
 こうしてあたしは、大事な友人と喧嘩し、仲直りをすることも出来なかった。
 そしてそれっきり、あの子とは会っていない。
 謝ろうとしたあの日から、あたしはこの黒いモヤに追いかけられることとなった。
 醜い逃走劇の、始まりだった。
 小さな殻の中じゃ、どうせすぐに捕まるくせに
 (思えばどれだけ、武田君に助けられただろう)
 (思えばどれだけ、沢山の人を傷つけただろう)
 (どうして、あたしは人を傷つけることしか出来ないのだろう)
